イランの思い出

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仕事の写真を探していたら、イランの写真が出てきました。今はずいぶん変わったことでしょう。バザーの奥のほうでトントンテーブルクロスに木版で模様を押していた老人が、自慢げに版木を見せてくれました。「これは名人がワシに作ってくれた名品の版木なんだ。だから、ウチのはよく見ると、ぜんぜん細部の出来が違うのがわかると思うよ。撮るならこの版木と写してくれ」と爺さま。

黒い影の向こうに中庭が見えているのは、絨毯屋です。まるでシルクロードの隊商が駱駝をつなぐ中庭のようでした。緑色の池のある建物は王族の館だったところです。なんだか、日本の平等院を思い出しました。

コメント

raijin&fuujin

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:みにゃさま
私がいたころは、ベッコウ飴のようなものが銀のサラにのって紅茶と一緒に出てきて、それが超一流のお店で10円ぐらいだった記憶が(笑)。「みんな今日はおごるよ」なんて職場の現地の人を呼んでも使っても使ってもお金が使い切れなかった思い出があります(笑)。地上の天国。そんななか、現地の女の人に「VOGUEとストッキングが欲しい」とよく言われました。そういう物価のなかで、VOGUEは闇市で1万5千円以上していました。LUXの石鹸の箱の女の人の髪の毛が黒く塗りつぶされていたのを覚えています。ファッション雑誌は禁止だったのです。絨毯は手で結んで作って行きますから、たいへんな手間がかかります。2.5cm四方で何万回も結んであるのがあったと思います。絨毯の値段はこのノット数で決まっていたように思います。

みにゃのつれづれ日記

No title
は~王宮級のフルコース、そんなお値段で!!(@Д@)
驚きです!でわたしも京都の漢方の医者にいくときに
ペルシヤ絨毯屋さんがありますが、びっくりするような値段がついて
います・・しかし「ろっぽんぎ」には参りますね(笑)

raijin&fuujin

No title
:無精ひげさま
今はどうかわかりません。ここ10年ぐらいでずいぶんイランは変わったらしいですから。しかし、私がいた頃はロバに藁をたくさん背負わせて歩いている老人などがいました。ああいうところで1ヵ月ぐらいサイクリングをしてみたいと思いました。それには超ヘビーデューティーなキャンピング車が必要でしょう。夜2時過ぎまで喫茶店はにぎわっており、夜通し宴の感じ。「もし酒飲みと美女好きが地獄行きなら、天国は人影もまばらな寂れ果てたところに違いない」と書いたペルシャの反骨の哲人詩人オマル・カイヤームのペルシャは健在でした。

無精ひげ

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土色のレンガから空色の屋根、形、模様、視点が上に向かってその向こうの空、宇宙へ・・・なにか、神話的な感じがします。
シルクロードで岩塩を運ぶキャラバン隊に何故か心引かれるものがあり、1回で良いので同行したいなぁと憧れますが、その気持の半分は現実逃避かもしれません。あ~空飛ぶ絨毯に乗り自由に飛び回りたい(笑。

raijin&fuujin

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:みにゃさま
イラン人はアラブ人でなく、ペルシャ人。伝統文化もかなりアラブ諸国とは違うので、建築もかなり違います。(ペルシャ絨毯とは言ってもアラブ絨毯とは言いませんよね)私はイラン政府が手配してくれたホテルに住んでいたのですが、そこの庭はもと王女の宮殿でした。そのホテルでフルコースを注文して、前菜から豆のスープをかけたごはん、シークケバブ(6つの具を串に刺していることから、シークとは6の意味)、ステーキ、くだもの山盛り、デザート、ペルシャ紅茶まで注文して150円ぐらいでした。使いでがありましたよ(笑)。

絨毯屋さんは情報通でした。砂漠をヒタ走り1時間、とんでもない僻地の崩れかけた数百年前の崩れかけたバザールの2階の片隅で絨毯を見せられ「ずいぶん高くないか?」と言ったら「いや、そんなことはない。これと同じようなのがろっぽん木の◎△□では860万円する。」と言われ、たまげました(爆)。そんな場所で東京の地名を聞くとは思いませんでした。

みにゃのつれづれ日記

No title
建築物がとても個性的ですね。
イラン、の絨毯屋さん。のぞいてみたいです♪面白そう。
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roughton

自然と調和して、自転車の上のEthicalな生活をして、健康長寿。

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