言いたいことがない
言いたいことが急に蒸発してしまった。ちょっと前までいろいろ言いたいこととか気づいたこととか書きたいことがあったのに、今はもうなんにもない。
いろいろ原因は考えられて複合的なものだとは思うけど、そもそも最初から、目指していたところに行き着いたら書くことがなくなるようにできていた気がする。成長痛みたいなことを書き続けていたし、背が伸び終えれば当然何も出てこなくなる。
基本的にはどうにもやり場のない怒りを発散させる手段として文字をひねり出しているつもりだったけど、ある状態から変異しているときのワクワクも不可欠な燃料になっていたのだと思う。変わらない俺が変わらないことをやっているのだから、目新しいものなんて見つからない。そもそも俺はひたすら自分にしかフォーカスが合わないから、やってることをちょこちょこと変えたところで大きく感情が動くことなんてない。
いい感じに生きていけそうな確信を得るというのが、ここ5年のテーマだった。そういう気持ちでいたらなぜか変なことがたくさん起きて、俺の構えは大きく変わった。大変革と言っていい。エキサイティングだった。俺が書いたものが面白かったのは出来事がまず面白かったからだ。起こることがどれも面白いと心から感じられたから、素直にいるだけで面白くなる。
そのある意味刹那的な、思春期的と言い換えてもいいが、そういう楽しさは持続するわけがない。そのことをよくわかっていなかった。そもそものテーマからして普通の人ぐらい愚鈍でつまらなくなることを目指していたのだなあと思った。特に才能もなくどうにも悲観的な俺の人生が恒常的に楽しくあるなんてことはまるっきりあり得ないわけで、いい感じに落ち着いて何年か先のことがなんとなく見えるようになることは同時につまらないことを受け入れることでもあった。それを目指していたのだから、成就に近づくにつれてつまらないのは当然である。全然嬉しくない。
媚びるようなことをとんと書けなくなった。読める文章を書くために必要なのはサービス精神だけなんだけど、いよいよそんなもの持てなくなってきた。
もちろん妬み僻みが大いに含まれるが、極端な話、金持ちのガキが金配ってるのと何が違うんだ?という気持ちがある。読まれそうなことを読まれそうな味付けで出して、それで集まってくる人間はタカってるだけだ。そんな営みは何の変革ももたらさない。インターネットで読まれるというのは一部の腕利きを除けば、変な我を出さずにどれだけピュアに金を配り続けられるかのマラソンでしかなくて、嘘偽りなく全然楽しくない。羨ましくはあるがなりたくはない。
お金配ってるやつが周りにいると萎えてくる。知らなかったと言うほどナイーブではないが、横で延々見せられたら気分悪いよな。それで変なプライドが刺激されて延々悪口を言うもんだから、潔癖が悪化した。
なんでそんな穢い真似が楽しくできていたかといえば、ひとえに人を殺したかったからだ。言葉で人は死ぬけれどそれは受け取り手あってのことだ。だから読まれなければいけない。目論見通りいけばこれほど面白いものもない。金で釣って嫌いなやつに毒食わせるのが一番面白い。怨恨や殺意、見下しが俺のサービス精神を支えていた。そのどれもがもはやどうでもいいことだ。
異様に頭が悪くなってきた。本が読めない。noteが読めない。議論がわからない。こんなだったっけ?要するに何が言いたいのかをびっくりするぐらい整理できなくなっている。今まで学校の関係で義務で読まなければいけない堅めの文章がそれなりの量あって途切れなかったのが良かったんだろうか。元から怪しかったが、書いていてもここって何言ってるんだっけ?という感じで全体の流れを把握するのにひどく苦労するようになっている。その苦労を越えるやる気はない。
あと、愛想が尽きた。これについては何回も書いているから適当に書くけど、俺はインターネットで「傍から見ている分には面白いが間違っても関わりたくないおじさん」をたくさん見て、それで勇気付けられて生きてきた。人の善性を信じられる気分になった。俺もヒーローになりたかった。それでしばらく生きていたら、救いたかったはずの自分にものすごい嫌悪がむくむくと湧いてきて、関わり合いになりたくなくなっちゃった。これも「いい感じに生きていけそうな確信を得る」中で必然的に通る通過点だった。俺は死にたくないんだ。
いつ書けなくなってもおかしくないということをずっと言い続けてきたけど、当然の帰結として訪れるものだとは思っていなかった。俺はもう干からびたから面白いものが読みたかったら昔のやつを読んでてくれ。
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