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sanahama
なんだか、扱われ方が変わった
最近「いいね」が24時間で30%まで減っていることも日によって、ある。私の資産を減らした人たち、小室哲哉も松浦勝人も孫正義もジェンスンファンもオラクルもテレビ東京も私の閃きのみに頼っているにも関わらず私の名前を公に言うことが無い。最近は、中部日本ビルディング(旧中日ビル敷地?)ですれ違った男に「気付かんかな?」と言われた。手術用のゴム手袋のにおい成分を注射してきたアホも中学生自体に居た。その体臭を今嗅がれることで、「ウッェ~」という人とたくさんすれ違った。夜中の2時に多分に私に言っているはずだが、「いいかげんにしろ~。いい加減にし~や」と叫んでいる若い感じの声が聞こえる。まあ、そろそろ引っ越し時なのでしょう。私自身は、齢が齢だからか、視野に入っている人の顔を視覚が認識しなくなってきた。要するに、知り合いとすれ違っても気付かない。
いつものように金持ちへの妬みと感じられる文を書き終えて、一つ思うことがある。
アメリカの宗教はマネー教。
良いことをするときちんと評価され、お金を貰える社会の構築をしていると目に映る。昔は評価経済学と言われていた。アジアのお金のポジションとアメリカのマネーのポジションを比較すると、アメリカはマネーをあまり持たない人に(労働をすれば)優しい社会で、マネーを他人に与えることで世間が良くなるならば惜しみなく与えるという社会に見える。しかし、上記の金持ちの妬まれリストの人は、反対。
「勝手なことをするな!」という人は、その発言を義務か権利かどちらの意味で言っているか、気になる。


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