深掘り

アトム、ヤマト、エヴァ……慶大が取り組む「アニメ平和学」とは?

桜井林太郎

 世界中で人気を集める日本のアニメ。いまやコンテンツ産業は世界的にも成長が期待される一大産業だ。そんな中、慶応大学が「アニメ平和学」という独自の研究分野を打ち出している。どんな思いが込められているのか。

 4月28日、慶大の三田キャンパス(東京都港区)の大講義室。今年度の春学期に設けられた「アニメ平和学」の講座に約300人の学生が集まった。

 この日は、ゲストスピーカーとして、デジタルハリウッド大の津堅信之・特任准教授が日本アニメの起源や歴史について講義した。

 津堅さんによると、日本初のアニメは1917年に誕生、すでに100年以上の歴史があるという。海外では小さな子どもがいる家族向けが多いが、10代から20代のヤングアダルト世代向けの作品が多いのが日本のアニメの特徴で、「鉄腕アトム」(放送開始は63年)、「宇宙戦艦ヤマト」(74年)、「新世紀エヴァンゲリオン」(95年)が三つの転換点だったと解説。「ローマ字で書かれたアニメ(Anime)が今日では英語でも、フランス語でもイタリア語でも完全に通用する」と紹介した。

 法学部4年の石川愛実さんは講義後に「機動戦士ガンダムの人物構造が敵と味方と一概に分けられず、複雑な人間関係になっているという話が今の世界情勢にもあてはまる。歴史的な過渡期にある今、どうしていくべきかを、アニメを通じて考えていくのが興味深い」と話した。

 慶大がアニメ平和学に取り組み始めたのは昨年から。これまでに研究会やブートキャンプ(短期間教育プログラム)を開いてきた。

「対話につながるポテンシャル」

 担当教員の山本龍彦・慶大教授(情報法学)は「世界各地で紛争がやまず、分断が広がる。法の力は重要だが、それだけで平和を構築するのに限界があるのかと痛感するなか、日本のアニメは紛争している国や地域でも親しまれ、対話につながるポテンシャルがあるのではないか」ときっかけを話す。

 平和学といっても、戦争に対する平和学習というだけでない。より幅広い意味で、国際的な相互理解や共感、多様な社会での共生・尊厳の構築をアニメコンテンツを通じて探る。水谷瑛嗣郎・慶大准教授は「アニメといってもコンテンツの内容から、表象研究の領域、産業、ソフトパワー的な意味での外交ツールなど、多角的な可能性があり、それをみんなで考えていこうという実験的な試み」と解説する。

 学生たちはどうしてこの講座を選んだのか。法学部3年の秋田華音さんは「国際社会の秩序の混乱や、人間関係の希薄化などいろんな問題がいま出てきている中で、アニメが持つソフトパワーの力の可能性を信じたい。アニメの産業、コンテンツ産業としてこれからすごい成長を見せていくと聞くが、アニメの中の人文主義的な側面も評価されてもいいのではないか。功罪も含めて考え、いろんな人たちとつながるきっかけにしたい」と意欲的だ。

 慶大では今後、アニメ平和学を学問として体系化して教科書をつくるほか、ほかの大学での展開も視野に入れつつ、分断の解消や平和構築の方法論を確立することをめざす。アニメのプロパガンダ利用の側面も研究対象とし、民主的な統制の必要性も指摘していきたいという。

 山本さんは「法学だけでなく、安全保障やコンテンツ研究など、様々な領域を横断した新しい学問体系ができないか。日本のアニメが好きな留学生も多く、(ネット検索やSNSで自分の興味にある情報だけが優先される)フィルターバブルによって関心領域が狭く、閉鎖的になりがちな日本の学生も、アニメを通して異なる文化的背景を持つ人たちと交流することで国際感覚を身につけられれば、紛争などの国際問題に主体的に向き合っていける。そんな試みが日本の大学の活力につながっていく」と期待する。

ネトフリが協力 次世代育成の狙いも

 「アニメ平和学」の講座は米動画配信大手のNetflix(ネットフリックス)が寄付講座の形で協力し、講師も派遣する。初回の講義では、世界各地で日本のアニメがどのように受け止められているか、作品を世界に届ける際の実務的な観点、クリエーターと動画配信サービスがどのように協働しているかを紹介した。

 同社の広報担当者は「日本のコンテンツ産業を支える次世代人材の育成に取り組んでおり、今回の寄付講座への協力もその流れの一環。制作や配信の現場で得られた知見を直接共有することで、産業を多角的に理解し、その発展に貢献しうる人材の裾野を広げることにもつながる」と意義を語る。

 経済産業省の報告書によると、アニメを含む日本のコンテンツ産業の海外売り上げはこの10年で約3倍に成長、半導体や鉄鋼の輸出額を超え、自動車産業に次ぐ規模だという。基幹産業として2033年までに海外市場規模を20兆円とする目標を掲げ、高市政権でも戦略投資する17分野の一つに選ばれている。

 講義は7月までに計14回。コンテンツ産業の育成・振興を図る総務省などの担当者らも登壇を予定している。

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この記事を書いた人
桜井林太郎
くらし科学医療部
専門・関心分野
環境・エネルギー、先端技術、医療、科学技術政策
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    雨宮処凛
    作家・反貧困活動家
    視点

    むちゃくちゃ面白い!! と思いながら読みました。 思えば3月と5月に参加した「オタクによる反戦デモ」の現場でも、アニメや漫画の名前が飛び交いつつ、「武器輸出はこのアニメで、外国人排斥はこの漫画で警告されていた」というようなスピーチもありました。 そして何より、平和でなければオタクの活動も推し活もできない。 そして日本のアニメや漫画は世界に誇る文化です。 これを最大限、生かさない手はない。 アニメ平和学、期待しています。

    2026年6月1日 09:00
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    藤田直哉
    批評家・日本映画大学准教授
    視点

    時々、アニメについて書く機会があるときに、戦争とアニメの関係を考えますが、アニメに限らず戦後日本のサブカルチャーの世界は、戦争の痕跡を様々に抱えているな、ということですね。日本(アニメ)研究者のスーザン・ネイピアは、敗戦のトラウマをその文化の起点として論じていますが、それも頷けます。 隠喩や象徴の形で、敗戦・原爆、そして加害の問題を扱ってきたのが日本のアニメで、そこに平和への希求も確かにあると思うのです。宮崎駿、『ガンダム』などはもちろん、『宇宙戦艦ヤマト』でも、加害者としての自己を痛切に感じ、その罪悪感を平和への希求につなげるための祈りや願いにつなげるシーンがあります(『ヤマトよ永遠に』)。 アニメの中では、戦後日本の中ではぐくんできた、様々な葛藤や思想、表現が、特定のどこかではない形でモデル化・構造化されていることが価値なのではないかと思うのです。それが、世界平和に貢献する道はあると思っていました。この講座を受けられる学生がうらやましいですね。

    2026年6月1日 15:19