2013年02月24日

ティコノタビ ~聖なる性編~

ティコノタビ ~聖なる性編~

いつも旅のおともに本を何冊か持っていくんだけど今回のおともの中に「タオ 性科学」という子がいた。

タオとは涙形の黒と白が合わさった陰陽のシンボル、道教の祖・老子の説く「道」のことで、実はその道とは性行為による陰陽の交わりを起点に次元を超え宇宙万物との合一(究極のエクスタシー)を体現するという真理への道が隠されていた!というのだ!

そしてこの「タオ 性科学」にはタオを実践するための知識や修行法、本番でのテクニックがにしっかりのっている。

まさに古代の仙人、賢者たちがきづきあげた、性を神聖なものとしてとらえた性の教科書だ。

その教科書によると男女の交わりで射精せずに長時間オルガズムを味わい続けその過程で霊性を高めていくというのだ。

射精してエネルギーを外に出さずに、それを性エネルギーに変容して自分や相手のカラダに送り、男女の陰陽の気を互いに分かち合い、深い調和の中に溶けていくというのだ。

そしてそれを達成するための1人身の男のための修行法も用意されている。旅で1人だし、未知の世界でおもしろそうなので旅の出発と同時にタオの道を進み始めた。めざせ究極のエクスタシー!!!

1人での修業法はまず精をためることから始まった。つまり「射精をするな」ということだ。

精子には驚くべきほどの生命エネルギーが宿っており、ためると元気に活動していける実年齢がかなり伸びるらしい。

逆に浪費すると新しく精子をつくるのにかなりのエネルギーをつぎ込んでいるという。

そして性エネルギーをカラダや心、霊性を高次のレベルへ変容させることにも精子が必要なのだ。

ということでまずマスターベーションをやめてみた。

旅の舞台は南米ペルーからアマゾン川を渡り、ブラジルに移っていく。
今回長く滞在したサルバドールという街では女性の肌の露出度は高く、それも男の本能をかりたてる豊満な肉体をしている。
そこの男たちは理性がほとんどなく本能だけで生きてる者が多く、野獣のような目で女たちをなめまわす。中には目をギラギラさせて舌をペロッとするやつまでいる。
路上の物売り仲間たちも決まって話題はSEX。
目の前をグラマーな女性が通ると話も仕事も中断して足から腰まで何度も往復なめまわし。おっきなお尻が見えなくなるまで鋭い眼光をその肉につきさす。女性たちもそれを当り前のように受け入れているし、快感も感じているんだと思う。

そんな環境にいながらも精液保持の修行は苦にならなかった。

なぜだかわからないがマスターベーションを我慢するというよりも性欲自体あまりわかず、性のことを忘れてしまったかのように興味がわかない。

夢精もしないし、逆に性の機能が衰えちゃったのか?と心配になったことがあるくらいだった。

そして精液保持と並んで大事な修行は気をカラダに循環させることだ。SEXの時にはその気が流れる経路に性エネルギーを流すので、まずはその経路を開通させておくことが重要なのだ。

それは心を使って瞑想することによって開いていくと書いてある。

瞑想ははじめは気の流れる経絡や気そのものも感じることはできなかったけど、続けていくうちに何となく「これかな?」というのは感じられるようになっていった。

そして特に性的出来事も大きな発見もなく8カ月がすぎた。

都会の喧騒から離れテントを持って人のほとんど来ないビーチにきた時の話。

素っ裸で海に入ったり、砂浜を転がったりして解放感に満たされていた。

ビーチで全裸で瞑想していると、波ぎわをこっちに向かって歩いてくる3人組に気づいた。

布で股間のところを隠して瞑想を続ける。彼らが目の前を通るのをうす目して見る。

入れ墨の入ったぶっとい腕のイカツイ男と、男より年上とみられる爆発寸前の胸とお尻を弾ませながら男に寄り添う女2人。

「こんな人も来ない海で何をする気だ?」

うす目のまま3人の姿を追った。ロマンティコから離れたところに荷物を置いて女たちが海に足を踏みいれる。

表情はわからないけどカラダはしっかり見えるいい距離間だ。

荒い波を背景に2つの肉体がじゃれ合っている。

8ヵ月眠っていた性欲が目をこすりながらそのマブタを開き始めた。

ブラジルの食べごろ果実が
「食べて~食べて~」とロマンティコを海へと誘う。

しかし、今は修行の身。

うす目をしっかり閉じて再び瞑想に集中する・・・

目を閉じれば存在するのは波の音と海の風、そして塩の香りだけ・・・

うす目を開けてみる・・・

やっぱ気になる・・・

するとなんと!

誘惑の果実たちが信じられないポーズをとっていた!

胸やお尻をつきだして豊満なカラダを大胆に見せつけている!

イカツイ男に自分たちのカラダを写真に撮らせているのだ!

何という官能的な風景だ・・・

熟れた果実がいろんな角度からいろんな形となってロマンティコにせまってくる・・・

甘い汁がトロトロと垂れだし乱れた花びらがロマンティコを飲み込んでゆく・・・

押せば跳ね返り、飛び込めば包み込む魅惑の肉の塊・・・

上も下も左も右も・・・

息をしててもしなくても、どちらでもかまわない・・・

おぼれたまま永遠に逝きたい・・・

ロマンティコの目は男の持つカメラのレンズ、ズームイン!

そして皮膚感覚は女たちの肌にしみこむ海の、し・ず・く

もう瞑想どころではない。ロマンティコの全てを絶大な神、性欲様にささげる。

どんどんエネルギーがみなぎってくる。

「うぉぉぉおおおお~~~~~!!!あの熟した果実を皮ごと喰らってやる!!!」

「熱い!!!熱い!!!」

股間に着火された炎は今ではロマンティコの全身を燃えあがらせている!!!

「ワォォォォオオオオオオオ!!!!あのメスたちを犯してやる!!!!」

ついに野獣ロマンティコが目を覚ました!!!

もう股間も気持ちも爆発寸前!!!

!!!その時!!!

「今がチャンスだ 瞑想しろ」

野獣に誰かがささやいた。

「その膨大なエネルギーをカラダにまわすのだ」

「目を閉じて股間に集中する性エネルギーをカラダの経路に流すのだ」

野獣ロマンティコは素直にその声に従っていた。

すると!

「グル~~~~~~~~~ゥン!!!」

っと感じたことがないほど強く明確に気がカラダを回っているのがわかった!!!

くりかえし気をまわしてるうちに爆発しそうだった性欲は落ち着きを取り戻し、さっきまで欲望の標的としか見てなかった女性たちが1人の人格を持った尊敬すべき存在だと気づいた。

さっきまでの欲望の渦の中にいた自分やその自分が見てた世界がまるで嘘のようだ。

まさに我に返った。

欲に身をささげた自分がみてたものは何だったのか?

それは欲望が生み出した単なる幻想。イリュージョンとしか言いようがない。

渦の中にいるときはそれが全てだと思い込んでいたが、目がさめればその存在すらない。

ただ記憶の片隅にかすかに残る夢のようだ。

彼らが帰る際、笑顔で挨拶(ブラジルの軽い挨拶、親指を立てたオッケーサイン)をした。

男が両脇にナイスバディーの女性たちを連れながらステキな笑顔と挨拶で通り過ぎた。

ありがとう、すごい大事なことを学ばせてもらった。

次の日、ココナッツの木の下で裸でパパイヤを食べていた。

そして思った・・・

「これでいいのだ・・・」

人生複雑すぎた。

‘‘生きる‘‘ってことは、‘‘人生‘‘ってものはすごく単純なもんなんだと。

つかんでもつかめないような幻想を追いかけるのはもうやめようと。

追いかければ追いかけるだけ複雑にこんがらがってた。

だからこの空と海のようにただ、あればいいやと。

これでいいやと。

老子の聖なる性の秘儀を継承した中国の村では人々は自然の中で裸に近い状態で過ごし、SEXも隠すことなく静かに、美しく、芸術や祈りのようであったという。

自分がどうやって生まれてきたか?

子どものころに描いた永久のようなこの疑問の答えは自分を生んだはずの親たちによって隠され続けた。

そして年齢がきて、事実を知ると同時に大人の欲望によって生み出された性の情報にまみれ、その渦に飲み込まれた。

そして欲望自体が性そのものとなり、その隠されるべき性によって自分は生まれてきたということになる。

大人になれば頭では両親の愛によって生まれてきたのはわかるだろう。

けど子どもの潜在意識は何を思うんだろうか。

もし親が子供に愛の行為によって生まれたことをきちんと伝え、性を解放し神聖なものとしてとらえていたら、どんなに素晴らしい世の中になるだろうか。

子どもたちは祝福の中で解放され、あるがままに生きるだろう。

それから2カ月後、ある女性と出会いやがて彼女と肉体関係を結ぶこととなった。

彼女はヨガや瞑想をやっていることもあり‘‘カラダの感覚‘‘や‘‘気‘‘、人間の持つ‘‘霊性‘‘についての理解はもともと深く、性エネルギーの変容にも同じように興味を持っていた。

なので射精をしないSEXにも積極的に協力してくれた。

精液をため始めて10カ月、ついにタオ実践編の時が来た!

今まで一人で回していた性エネルギーを今度は二人でまわすのだ!

女性の持つ陰のエネルギーと男の陽のエネルギーを性器を通し交換するのだ!

彼女との初めての愛の儀式は満月の月明かりのもと行われた。

満月の力か、焚き火の炎に導かれてか、なぜかお互い裸になっていて自然とそうなった。

久々のSEXだったので射精しないよう慎重にやった。

この時はカラダの相性はいいことがわかったけど、特に変わった体験はなかった。

しかし次の日、合体して口と口で呼吸を循環してるときに今までイッタことがない、すごいところにイキそうな予感をしばらく感じていた。

大きな未知の世界が一歩目の前に雄大に広がっている感じだ。

彼女はこの時デジャブでバリかタイで昼間にSEXしてるビジョンが見えたと言っていた。

この日寝るときにはカラダの中ですごい何かが円を描いてずっとまわっていた。

それは肉眼で見えるものではなく、心の目で見ているんだけど、カラダの感覚としてもその円が渦巻いてるのを実感していた。

とにかく二人にとって、未知の世界に踏み込み始めた時だった。

昨夜の体験でお互い性についてすごい可能性を感じ始めた。

そして今まで別々にやっていたヨガや瞑想、呼吸法を一緒にやり始めた。

この日の夜は合体しながら額と額をくっつけていたら、額の合わさってるところが小さな小さなサワサワした粒の集合体みたくなって彼女の粒と混じり合ってどっちの額か区別がつかなくなった。

その粒が‘‘気‘‘だ。

そして気の集合体の動きが一つの波動となり額から顔、肩から指先、胴体、足の先まで広がる。カラダ全身の力が抜けて顔なんてトローっととろけた感じだ。彼女の足が動けばその波動が彼女のカラダから額を通って自分にも伝わりやがて消えていくのも確認できたし、自分が唾を飲み込めばその波動が彼女のほうへ伝わっていくのもわかる。

合わさった腸と腸も次元を超えたところで会話しているかのように交互に音をだしている。

二人とも静かな安らぎの中にいて、時間の感覚もない。

というよりも時間の概念すらない。

物体としてのカラダの感覚がないから、空間の概念もない。

自分という感覚より、自我がもともとなかったころの生命体に戻った感じで

自分と彼女を区別するものもない。

この時、他におもしろい体験もあった。

カラダの一部分が分裂したのだ。

といっても実際に離れたのではなく、カラダの部分それぞれが意識を持っていて、その一つの意識をもった部分が分裂して新しい部分が誕生した。しかもその新たな部分にも新たな意識が存在してるのだ。

アメーバの細胞分裂を味わってる感じだった。

元のほうも分裂したほうもそれぞれ違う意識があるのにどっちも自分なのだ。

自分のカラダの中にはいろんな生命体がいて、それぞれが意識をもったひとつの存在であるけど、それ全部合わせてもひとつの存在で一つの意識になる。

そして全部合わさった一つの存在が自分ということなんだ!

だから人間もひとりひとりが意識を持つ一つの存在だけど、みんな合わせれば一つの大きな存在となり、その大きな存在のもつ意識というのも実際に存在するということだ!

とにかくスゴイ体験となった。

興味半分、面白半分で進んだタオの道、全く違う世界がそこにあった。

日によっては集中できなかったり、気がなかなかうまく回んなかったり、時には我慢しきれず精子がでちゃったこともあったけど、精液を保持して気を全身に流すことによって目に見えて自分の変化していくのがわかった。

自分のもつ生命力や潜在能力も感じるし、カラダの痛いとこや気になるところ、人のカラダに手を当てて気を送ると、その部分にいやしを与えることもできた。それに創作活動時の創造力や集中力も自分で実感できるほど高まった。

そして毎晩深~く眠り、毎朝目覚めて朝日を浴びるたびに新しい世界の始まり、新しく生まれ変わった自分を感じていた。

毎日が一生に感じた。

その後、気の交流で味合うオルガズムはさらに強いものとなっていった。

全身電気が走って震えるオルガズムが連続で起こったり、第一チャクラ(睾丸と肛門の間あたり)にうごめく揺らぎを感じ、足や骨盤周りが非常に気持ち良くなって、蛇がらせん状に背骨を昇っていくかのように気が上昇し、

頭が「パカ――――ッ」って開いてまっ白なエネルギー体がそのまま天に昇っていくのを見たりした。

この時はホントに逝ってしまったかと思った。

今回の旅でタオを始め、幸運にもパートナーと巡り合い、聖なる性の世界、気の世界、そしていろんな種類のオルガズムを体験することができた。

これらすべての体験は体験する前には想像もつかない、存在するのかもわからない未知の世界だった。

そして新しい体験のその奥に、さらなる世界をいつも感じた。

アメーバになった夜に感じたように、部分は全体の一部で、その全体も何かの一部であり、そういったことが永遠に続くのかもしれない。

本当にこの世の中は神秘と不思議に満ちていて、無限の可能性が広がっていると思った。

今回出会った彼女とは恋を超えた関係だった。

もともとお互い付き合うとか、好きとかいう感情で縛ったり、相手に何かを求めるという気はなく、自分と相手の自由を尊重して学び合うという考えだった。

さらに趣味や生きている意味まで一致し、まさに出会うべく時に出会うべき人と出会えた。

そしてタオの実践で時間や肉体、自我を超越したところで愛し合い、カラダや感情だけじゃなく、意識の深いところや細胞同士で融合することができたと信じてる。

そのせいか自分の中に彼女の存在を感じる。だから離れていても一緒にいる気がするし、これからもお互いをしばることもない。

ただ彼女の幸福と自由を願いその存在に感謝するだけだ。

ありがとう、グラシャス

古代の賢者、仙人たちが何千年もかけてきずきあげ、今でも消えずに残っている知恵。

真理への道 タオ

この道をきずきあげてくれた偉大な賢者や仙人たち、書き残してくれた老子、自分がタオに出会うまでに道案内してくれた全ての人たち。

ありがとうございます、しぇしぇ。

ここで老子が残してくれたタオの秘儀を簡単に言うと

ペニスは女性の受け入れ態勢が十分整ってから挿入する。

女性を水にたとえると、ゆっくりぐつぐつ温めて沸騰直前になって挿入。

リラックスしてエネルギーを交換。

浅く9回深く1回を9セット、突く。

動きを止めて性エネルギーを循環させる。

途中でどちらかがイキそうになったら一度動きを止めて気を循環させる。

エネルギーの交換自体が静かなオルガズムになる。

ピストン運動と気の交換を交互に繰り返すことによって、そのオルガズムのうねりが全身に広がり続ける。

そして性の悦びにつつまれ、長い間愛情を分かち合うことができ、絡み合った男女に次々とオルガズムの波が押し寄せ、大きく強い究極のエクスタシーになる。

めでたちめでたち

最後まで読んでいただきありがとうございました。

最後の最後にロマンティコをこの道に導いてくれた本を紹介したい

*「タオコード」 著者 千賀一生 老子の聖なる性の秘儀を継承した村を訪れた著者の衝撃体験談。

*「タオ 性科学」 著者 マンタク・チャ 聖なる性へのバイブル。

posted by ロマンティコ at 21:32| Comment(4) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
沖縄で心理士(カウンセラー)をしていますsandmanと申します。
タオイズムの実践に興味があり,ネットサーフィンしていたところ、ロマンティコさんのブログに行き着きました。
マンタクチャ老子の「タオ性科学」を参考に実践していますが,まだまだ気を回すというレベルにいたっておらず、日々精進といった感じです。そのためロマンティコさんの体験談や具体的記述(気を回すところの)が非常に参考になり、わくわくした気持ちになりました。また、タオの実践をともにする女性との出会いも非常に素敵だな、これこそが人生の喜びなんだな、と感じました。自分もそのような女性にいつかめぐりあえることを願ってます。。。

となんだかつたない感想ですがとても楽しく読ませていただいたので書き込んでみました!それでは失礼いたします。
Posted by sandman at 2014年08月04日 01:13
タオ性科学で検索して伺いましたが、あまりにもダイナミックなテキストにびっくりしてしまいました。
ありがとうございます!
Posted by ぽっぴ at 2015年09月27日 21:56
こんにちは。
マンタク・チャ師の別の本ですが「タオが教える性奥義 ラブメイキング」の方を読み、その感想のほうでこちらの記事にリンクさせていただいております。
本では「パートナーとの間の壁が溶解する」と書かれていましたが本当にあるんですね。感動です。
Posted by ぽっぴ at 2016年02月21日 22:42
sandmanさん、ぽっぴさん コメントありがとうございます!長い間ブログから離れてしまいました~
今、コメントに気づき遅くなってごめんなさい!
いろいろ発信するモードになってきたので、またコンタクトできることを願っております!
Posted by ロマンティコ at 2016年09月18日 15:05
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