端午プレラ6を終えて(自分の曲について)
今回のプレラでは、オリジナル曲を2つ、アレンジを1つ投稿しました。これらについて裏話をしていこうと思います。
「シメティール」
なんか模倣してみたいなぁと思って作った曲です。
ところで、初模倣がアブジェというのは相当珍しいと思います。これにはいくつかの理由があります。
まず、アブジェ模倣が一番自分の作風に合っていると思いつきました。
私は主にxx方面の人ですが、すべあな模倣も結構聞きます。とはいえ、自分ですべあな模倣を作るとなると中々思いつかないものです。ノコギリ波をブイブイ言わせるのは不得意で、自分が作るとどうしても落ち着かなくなってしまいます。やっぱり、ぼーっとしてモコモコした曲調が自分には合っているなと感じました。
また、私にとっては、「本家と同じ順で模倣する」という考えが、発想の束縛になっているように感じられました。
「模倣」という広い目で見ると、多様な音楽性が考えられるのに、本家に忠実になることだけにこだわるのは勿体ない。私はそう思います。それぞれ好きなジャンルや得意なジャンルは違うのだから、柔軟な発想で創作していいと思います。それを実際に示すためにも、初投稿でアブジェ模倣をしたわけです。(もっとも、この考えを広めるという点においては、例えば最近の全て過去の所為です。さんの方がよほど影響力は大きいでしょう。)
こうして、アブジェ模倣をすることとしました。テーマは「墓場」です。
このテーマにした理由には、作者自身が将来を見据えなければならない年齢になってしまったことなどがあります。(詳細は下の黒枠参照。気持ちよくない文章なので、一般人が読むのはおすすめできない)
=====================目隠し用テクスト=====================気付けば時は流れ、もう21歳となった。私はまだ大学生だが、年齢からすれば働いていてもおかしくない。だがしかし、未熟なもので私は、これまでの人生で「働く」という経験をしたことが一度も無いのだ。将来を考えてみても、いつも目的や目標、意味を見出せずに終わってしまう。日々私の目に映る情報からすれば、現代の日本においては、働く能力・気力がない人でも、何らかの方法で「生」は許されるのだろう。しかし、目的が見つからない中で生きることは、死と何の違いがあるのだろうか。どうなのか。死については分からないことが多い。思想・宗教・科学などの分野によって考えにかなりの違いがあり、それの決着は今でもついていない。私にはそんな恐ろしいほど不透明なものに自ら進んで飛び込む勇気はない。可逆か不可逆か分からない「死」を真剣に考えると、どうしても生きている間は判断を先延ばしにできると考えてしまう。こうして生きている。ある意味では究極の逃避で、惰性である。考えてみれば、私の人生ずっとそうだったのではないか。生きている理由が「逃避」とは、これはいかに。何事にも意味を見出せない。すると、すれば、したら、、、と頭がゴチャゴチャして、一度「死」について見つめなおしてみたいと思って歌詞を書きました。
話が重くなったので、なんか適当に話の雰囲気を戻したいです。
MVについては、ほとんどをDesmos(グラフ計算機)で作りました。アブジェ模倣でおなじみの「波紋」が「波形」になってるのは、単純にそっちの方が作りやすかったからです。テーマにも合ったものになったので、素敵でいいなと思いました。
氷の魂(ヒノタマ)
この曲を作った理由の一つに、サムネの前半の文章があります。この曲に関する詳しい説明は、下の記事に私の創作論も交えて書いてありますので是非。
「桃源郷なんてなかった Arrange feat.俺の持ってるUTAU音源全部」
使わないでいたUTAU音源、コーラスとして「あー」しか歌わせてないUTAU音源が可哀想になったので作りました。この曲の耳コピは自信作です。あと、「俺の持ってるUTAU音源全部」って言ってるけど実はこれは嘘で、インストールしたけど技術的な都合で歌わせられなかったUTAU音源もいくつかあります。「俺の持ってるUTAU音源の中で、UTAわせられるもの全部」って言うべき
その他
大学院のための試験の都合とかで、次のプレラは参加できないかもしれません。今回のプレラで、作曲も視聴も楽しめたのが良かったと思います。
私の曲以外の年末プレラの振り返りについては、下のnoteに書きました。



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