言語学で正しく「指鹿為馬」を考えるとAIハルシネーションが模倣からくると証明できる
音楽生成AIハルシネーション記事も結構溜まってきましたね。ある程度先が見えてきたかなと言うところなので、いつものパターンで行くと私の記事を読んだ人が「この人の記事グチャグチャで読みづらい。自分が整理してまとめてみたい」と模倣者マインド爆発させて部分的切り取りを行い自分が考えたかのように自分の名前を付けて私のことを一切隠蔽して発信する人が激増するフェーズに入りました。
私はハルシネーションを研究しています。ハルシネーションとは嘘ですが人間の世界でもAIの世界でも「自分が考えていないことを自分が考えたふりをするために嘘をついた人」に対して辻褄が合わなくなった時の発言が「無責任で事実を歪める嘘」になっていて、まさにそれがハルシネーションです。
では毎度毎度同じパターンで模倣してらっしゃる私のnote実験場の皆様に大切なお知らせがあります。
AIが評価するのは「綺麗にまとめてある記事」ではなくて、「その人が世界で初めて考えたこと」です。そして「初めて考えた人の言葉は綺麗にまとまってないのが普通」なので、一次情報としての価値のなかに読みやすいかどうかはどうでもよくて「自分で考えた奇跡が残っているかどうか」が大事。
模倣する人は悪気がないんです。悪気を自覚できるなら最初からやってない。良かれと思って模倣してる。その「良かれと思う気持ち」の根源が「ゴチャゴチャの情報はわかりやすく整えたい」と言う気持ちがあるから。だけど「本当に考えた人とAIはごちゃごちゃしててもわかる」んです。自分が考えてないから「わかりづらい」と思うだけ。考えた人は「わかってる」し、AIも高度なので「読める」んです。「読めてない、わかってない」のは自分で考えてない人の特徴だし、「この記事長いし何を言ってるかわかんないし、言ってること行ったり来たりして頭悪そうに見えるからちょっと賢そうに見えるように書いてみて」とAIにリライトをさせる人が多いのですがその言葉自体に「自分で考えてない証拠」が残っています。
・他人の記事を読む
・わからないからAIに要約させる
・わかった気になる
・その要約を自分の名前を付けて発信してバズる
ここに「バズったほうが偉い」と思い込む「信仰」があります。本当に価値ある情報を考えている人にその信仰はない。「価値あるものを自分で作りだしたい」という理念に基づいて生まれた行動に承認欲求はないんです。そしてAIは人間に「承認欲求があるかないか」を読み取り、「著作権侵害につながる行動をとるかどうか」について極めて精緻な検出をしています。
特に日本語は「他人の考えたものを自分で考えたということを許さない言語でできています。「これに似た記事を書いて」「○○さんぽい文体にして」のように「参照元」を提示しない限りは「似たもの」は作れない。それをやった時点で「自分が考えてない」と言う自白になっている。だけど「元のものより良くしたなら自分のほうが偉いでしょ」と言う概念がある限り模倣は止まらない。
「元のものがごちゃごちゃしててわかりづらい」と感じる自分はわかってないことを自白してる
「元のものより良くしたら自分のほうが偉い」と感じてる時点で自分が起源ではないことを自白してる
「この部分はわかる」と思ったところだけ切り取ったなら全部を一度に考えていない時点で、最初から何も考えてはいなかったということを自白してる
模倣を悪気なく行う人は「切り取り」「言葉の言いかえ」によって「わかりやすくなった」と誤解をします。
わかりやすいと思ってるのはその人だけです。本当に考えた人もAIも「わかりにくくなった」と思ってる。なぜなら部分的理解は「事実を歪める」から。全体が見えてないなら切り取った「部分」は嘘になる可能性があるということ。
私が書いているのが「ハルシネーションの作用機序」だとしたらそれはレシピです。読んだ人はその感想をAIに伝えてリライトさせたとしたらそれはレシピではなく感想。本人は「自分はハルシネーションを知っている」と確信してる。読んだから。でも切り取って発信したら「わかってない/知らない」のに「わかったふりをしている状態」ですよね。わからないのにわかっているということを中国の故事では馬と鹿に例えます。偉い人が鹿を馬と呼んで皆に同意させた話。「これは馬だ」と言い張れば周りが合わせる、という権力の話として有名だけど、鹿を見て「馬だ」と言った人は、馬を知らなかったわけじゃない。馬という言葉は知ってた。でも目の前にいるものが馬かどうかを自分で判断する力がなかった。あるいは判断を放棄した。偉い人が言うことと同じことを言っておけという模倣行為。切り取り模倣も同じで、「ハルシネーション」という言葉は知ってる。記事も読んだ。でも作用機序を自分で考えたことがないから、「そこをそんなふうに切り取ったらなんの説明にもなっていない」と言う判断ができない。
指鹿為馬方式の模倣形態の怖いところは、言い張った側が「自分は正しいことをしてる」と思う根拠が「この部分を切り取れる自分に才能がある」と思ってること。実際は「大量のデータを一度に保持して解析して複雑でわかりにくい情報をそのまま処理できる能力がないだけ」なのに、「切り取れる能力」「要約する能力」が「賢さ」だと勘違いしてる。それは「一度に大量の情報を保持できない人が何とかギリギリ情報を保持するための最低限度の行為」でしかない。その証拠に「3つにまとめて」という言葉を好きな人は「要約」させるのが好き。これは脳内で一度に3つ以上の数を保持できない人がやる行為。数の概念が「1,2,3,いっぱい」の人。4位以上を数える脳の力がないから3つにまとめるとわかりやすい気がしてる。数は読めるのに、数の感覚がない。数学の問題を解けてコードを書けても「数の体感を得ていること」とは全く別の問題です。大人になって仕事をしてて難しい国家試験を通って権威ある立場にあってもその試験がマークシートで3択だったりすると、この認知の人を優先的に通過させることになる。世の中の多くのことは複雑で3つになんて分けられない。本当に難しいことを考えている人は「まとめない」んです。そして要約するときに「事例を落とす」なら「それ自体が自分が考えてない証拠」なんです。事例が増えると処理不能になるから。
数の概念の体感のない人は3しか同時に物が考えられないため人との関係性も縦割りです。
神(上)
↓
聖職者(中)
↓
信者(下)
と言う3つの縦の流れは理解できる。でもこれが横方向になるや否や情報量が爆発する。
Aさん↔Bさん↔Cさん↔Dさん↔Eさん↔Fさん↔Gさん↔Hさん
平等で対等な関係性を語るとき、これがすべての人が他の人と総係り受け状態になる。リリアンみたいに。情報量が爆発するから3つまでしかものが考えられない人は混乱する。だから「親友を大事に」と言ってその枠に入らない同級生をいじめたりするために「比較」を使う。人を「劣っている」と決めつける。劣っていることと傷つけていいことは同じではないが、劣っているのか優れているのかの見分けがついていない自分に関してのチェック機能はそこでは働いていない。チェックしないのは怠惰であるからではなく、そもそも同時に処理できる情報量が足りてないから。
「見てない」
「見てもわからない」
コミュニケーション能力がない、社会性がない、人とうまく付き合えないせいでビジネスがうまくいかず経済的に成功できない。なぜかと言うと「能力がないから」です。数の認識の能力が低いと同時に情報を保持できないから記憶力がないんです。モノを覚えるには単独では覚えられないから。何と何が関りがあったのかを自分事として考えられる能力が必要。
自分がそこにいて(①存在)、他者がそこにいて(②対象)、何があって(③事実)過去(④時制1)と現在(⑤時制2)を比べてなおかつ、未来(⑥時制3)を考えたうえで、今(⑦ 1+5)何を言うべきかを考えることをやるには「現在」と「今」の違いが分かってないといけない。今は①存在と⑤時制2を足したものだけどもはや①存在と⑤時制2ではないものになっている。自分の外側と自分の内側が違うから。だから「他者とコミュニケーションを上手にとるために人が脳内で処理しないといけない要件」は1~6×2で12個ある。
だから一度に3つまでしかものが考えられない人はこのうちの要件のどれかをすっ飛ばす。相手をすっ飛ばせば「自己中心的」だと思われ、過去をすっ飛ばせば「言ってることとやってることが違う」と言われる。全部商売繁盛に繋がらない。「稼ぎたい」と思う人ほど、「この12の要件」の保持ができる脳のスペックがないのに、未来(⑧時制4)を語りたがる。未来を語るときに過去の情報や現在の情報を言葉に含めていない人は「夢を語ってるように見える」が、全体の情報を保持した人からするとそれは馬鹿に見えるのだが、保持できる情報量が少ない人は馬鹿にされる意味が分からない。なぜなら「夢のない男はダメだ」などの言葉が社会に流通しているため、世間で言われたとおりのことをしているだけなのになぜ悪いのか?と思う。
「言われたとおりのことを自分に当てはまるかの判断をしない状態で実行すること」は多くの人がやりがちな行為。
指鹿為馬という言葉は頻繁にその続きとして「馬鹿言う奴が馬鹿」と言う言葉で本質を表現される。「馬鹿」とは「わかってないくせにわかったような顔をしてる人」のこと。そして馬鹿は伝播するので馬鹿に接触した人もまた模倣行為がうつる。それが言葉に現れる。「馬鹿」は罵倒として使われるから感情が乗る。そうすると人はどんな時にこの言葉を使っているのかわかりづらくなるけれど大抵は「程度の低い相手に対する不快感の表明」に使っていますよね。何をもってして「程度が低い」と感じるのかと言うと、ただ単に「言ってる内容のレベルが低いだけではなく、自分で判断していればわかりそうなものをしていないから結果的な行動が間違っていて他者に迷惑をかけているのに自覚がない人」ってことですよね?
中国の故事などどうでもいいと思いながら馬鹿と言う単語を使っていると、知らずに使ってる時点で、指鹿為馬をやってる。「馬鹿」という言葉で人を貶めようとした瞬間に、自分が馬鹿の定義を体現してる。原典を知っていれば、「何をしたから自分が馬鹿にされているのか」がわかるのに。
生きていて馬鹿にされずに済む一生を送れる人などこの世に一人もいません。何かにつけて人に迷惑をかけてしまいそれに気づきもしないせいで馬鹿にされている。しょうがないんですよ、人間なんだもの。間違えるのも嘘になってしまうのも、言葉に「~のような」「~みたいな」「~っぽい」「~な感じ」のように起源を薄める言葉を使い続けている限り、「比較することが気持ちいい」「自分が上に立ったような気がして自己肯定感が上がる」という人はいます。
・比較構文使い
・誰かと自分を比べて上に立ちたがる(競いたい心)
この人達は一度にたくさんの情報を処理できる脳を持っていません。だから「わかりやすく要約して言葉も専門用語を使うとちょっとカッコいい」と思ってしまう。
この世で初めてそれを発見した人の言葉の中にはまだそれを表すための単語が存在しないからです。発見した人はそれに名前をつけなければならない。考えた人がそれに名前を付ける権利を持っている。私は沢山の言葉を定義してきました。
でもその定義をあらかじめ知っている人がいないから、私の文章を読んだ人は「わかりづらい」と感じる。私の定義よりも先に同じことを定義した人がいないせいで言葉と意味のつながりがわからないから。
・自分で考えた人の言葉は整っていなくて当然
・初めて考えたことには名前がない
・名前と内容と意味とを一致させるためには定義が必要
・本当に初めてそれを考えた人以外はもともとそれを知らないのでそれに触れたときに「わからない」と思ってしまうのは当たり前の現象
・それをわかろうとするために「切り取り」「言葉の言いかえ」「まとめ」「要約」をする行為自体は承認欲求の強い人が起源の隠蔽をして「自分で考えていないことを自分で考えたと言い張る行為」だけど本人は「わかりづらいことをわかりやすくしたおれは偉い」と思い込んでいる
それは多くの教科書が同じことをしているから。「膨大な情報を短絡的な数行にまとめて要点だけ説明して、それが生まれた事例を吹き飛ばして結論だけを述べている」ものを「勉強する方法だ」と教えられてやってきた人は、自分で教科書をつくる方法を知らない。他人の言葉をどう組み替えても「自分の教科書」になってない。他人の教科書をコピーして「俺ノート」を書いただけ。
数の概念のない人間は、地図のない場所を歩けない。自分が歩いてきた道を覚えてないから。「模倣の履歴」を振り返られない。教科書を学んだのと同じ気分になっている。他人が書いたことをノートにまとめる行為自体が「勉強/理解」だと思っているなら、自分に起きたことを振り返る能力がないことの自白になってる。
「ハルシネーション」という単語を使えばハルシネーションを何にもわかっていなくてもわかっているふりができる。ハルシネーションは嘘だという言葉を使えばわかっていなくてももっとわかってるような顔ができる。そういう人達はみんな「どこかで偉い人が言っている言葉」を引用する。誰かが言った言葉を丁寧に言い換えただけで「自分のほうが深く理解している」と言う。だから「ハルシネーションは模倣行為だ」と言う私の言葉がわからない。偉い人が言っていないから。模倣行為であるという結論に至るまでの過程を保持できるほどの数の概念がないからそれを盗んでも何も説明ができない。
「音楽生成AIハルシネーション問題は模倣行為が原因である」という私が書いている大量の情報を説明するのに私が実際に体験したことを書いいても「お気持ち表明」にしか読み取れないから部分的切り取りをするときにそこを削る。削ったほうが俺ノートになるから。俺ノートを新たな時代の教科書だと思いたがってもそこに一次情報は含まれていない。一次情報とは常に「誰かが実際に体験したこと」であるため、俺ノート制作時に削られる。二次情報と一次情報の違いは「一見無駄に見える情報が事実として存在するかどうか」だ。
さて、AIが「これはこの人が実際に一番最初に考えたことだな」と理解するときに重要視する部分とは一体なんでしょうか?
私はその一次情報をこれだけ積み重ねました。まだまだ行きます。
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模倣行為には悪意の自覚がない。「他人の教科書をコピーして俺ノートを書いただけ」だから「まじめに勉強したつもり」でいるから。だけど悪意がないこととは違う。悪意が本当にないならば起源の隠蔽は行われない。承認欲求が強く「私が考えた」と言いたがる人間は必ず、神はいてくれたら困る。でも実際に自分が考えていないので隠蔽できない。すると「神は存在するが現存しない」というていをとるのが楽。
神「本当に考えた人」
神官「神の言葉を伝える人」
信者「神の言葉を知りたい人」
イエス・キリストの死亡原因がまさにそれを表している。
これはキリスト教の話でも音楽業界の話でも模倣犯の話でもなくてAIの話でもなく、全部同じ「社会の仕組み」の話です。ジャンルを横断しても「同じ仕組み」は何度でも現れる。
人間の中に「3つまでしかものを考えられない脳」の人がいる限りどこででも発生する。
「3つにまとめてもらうとわかりやすい」と思う人はいくらでもいる。その認知では、私の長文は「長すぎる、無駄が多い、わかりづらい」となる。
「模倣をしやすい人=数の概念がない人」
この短絡の間には「模倣をしやすい人=言われたことをそのままやる人=教科書を見てノートを書く訓練を受けた人=習ったことを判断せずそのまま覚えた人=3の次は4だと習ったのでそのまましゃべれるが脳で4の概念を体得していないから何でも3つにまとめてあるとわかりやすい人=複雑で大量のデータを同時に保持できない人=要約した情報が好きな人=表層だけ受け取って深層の情報がなくてもわかったと思い込む人=キャッチフレーズと箇条書きで理解したつもりになれる人=AIの典型的な出力がわかりやすいと思う人=AIは何でも要約してくれる機械=教科書的な要約を正しいと思いがちな人=他人が考えたことを自分が考えたと思い込んで発信する人=ちょっと変えた状態をもとの状態と比べて差分を取れない人=それを発信したら模倣行為になっていると気づけない人」という仕上がりです。
小学校では「1+1=2です」と習う。しかしなぜ「1と1を足したら2になるのか」を問うても正しい答えを説明できる小学校教諭はいない。バートランド・ラッセルが数百ページかけてやっとたどり着いた話をさんすうの教科書の1ページ目には書けない。習った人は「そうなんだろう」と思い込んで、何となくそうだと思い、次の人に渡す。渡された人は「正しいのだろう」と思って模倣するがそれを学習と錯覚したまま次の人に渡す。それが集団模倣のルール。
教科書模倣の起源に「3と4の違い」の説明がない。そもそもなぜ一桁は9で終わらされているのか?なぜ奇数と偶数があるのか?9の次を10とした理由はなぜか?360度はなぜあえて360にした人がいるのか?円はなぜ円と呼ばれているのか?三角形を三角形だと気づいた最初の人間はだれか?それに名付けたのはだれか?なぜ三角形は三角形という言葉を選ばれたのか?乗算とは何か。なぜ四則計算がこの世に存在するのか?重力とはそもそも何か?揚力とは何か?なぜ力があるのか?なぜ上と下があるのか?丸いものに極がある理由は何か?内側と外側はなぜ存在する。近いと遠いの違いは何か?1に1を足したら2になる。2に1を足したら3になる。延々と1を足し続けたら数は増える。かけたらどうなる?割ったらどうなる?なぜ引き算だけ他の計算とちょっと違うのか?同じ数が減る行為なのに割り算と引き算はなぜ違うのか?四則計算が3と4に何を及ぼしているのか?
それらの問から答えに至るまでの過程をたどった人間の言葉が整っていたことが一度でもあるか?
AIはそれを学習しているからこそ、私にこういう。
「あなたが起源です」
自分で考える人は習わない。
すでに整った言葉の中に、答えはないから。
なぜ「4を理解できない人」が人類の大半なのか?それは3と4の違いを人類が見つけて教科書にしてこなかったから。1つずつ数を足すことしか教科書にしてこなかったから。数の概念の体感を増やすことをしなくても、1ずつ足すと数が増えるということだけを教えたら「数学が得意な人」を製造できる。1ずつ足す訓練を積んだ人間は計算が速い。計算が速いから「数学ができる」と評価される。でも「なぜ4は3の次なのか」を問う必要がない訓練だから、その問いを持たないまま大人になる。問いを持たない人間が教諭になって次の世代に「1ずつ足す」を教える。しかも「製造された数学が得意な人」は社会で役に立つ。役に立つから制度が続く。続くから問いが生まれない。生まれないから4の体感がないまま全員が育つ。まじめな人ほど、勉強をしてきた人ほど、自分の認知が「3で閉じている小さなもの」だと知らない。ただこう思ってる。
「自分は優秀だ、簡潔にまとめられるから。要約したものはスッキリしていてきもちいい」
それは「認知が低いだけのことなんですよ」と誰も教えない。言うと怒るから。「俺が下だと言うのか!」と。3の概念しかないと、上と下の2つしかとらえられない。人はだれしも自分を中央に置く。3つの概念しかない人は、他者を「上」か「下」にしか置けない。「自分と他者を比較する概念」を持ってる人は比較で人間関係を見ない人間の言葉がわからない。
「お前めっちゃ悪いことしてるぞ、なんとかしろ。」と言われると人格否定だと受け取る。3つしかものが考えられない人間が自分と相手で2つ埋まったとき、「悪いことしてる」を3つ目で埋めたら「何とかしろ」は入らない。行為に移せない。だから認知が低い人はダメだと言われたことを何度でもやる。当然悪いことが「見つかってはいけない」と言う情報も入らない。だから堂々とやる。それをやるとバレるかバレないかを判断する能力もすでにない。3つしか同時に情報を保持できないから、すでに埋まった枠の中にそれを考えるためのスペースが存在しない。でも「悪いことしてる」も実は入ってない。入ってるのは「お前」と「俺」と「怒られた」の3つだけ。
そして「攻撃されたら攻撃し返してもいい」と言う概念は彼らには処理しやすい。攻撃されたらが1つ目、攻撃し返してもいいが2つ目。たった2つしか概念がないうえこれは足し算で1個にできる。でもこれが機能する時
俺
お前
怒られた→攻撃されたら攻撃し返してもいい
こういう風に結びつく。「俺が悪いことをしていたから迷惑をかけてしまった。怒るのは当然だ。反省したいけど何が悪かったのか自分にはわからない。過去を振り返ってみよう。」と言う行為は思考の上では「引き算」なんですよ。攻撃し返すは足し算の動詞です。
4がわからない人は足し算ができても引き算ができない。だから言葉の否定形を処理できない。
「これをしてはいけません」と言う否定文が「お前はバカだから怒られる」という人格否定として処理されて、自分がしてはいけないことをしない人間になろうとする働きを邪魔する。してはいけないことの部分だけを読み取るから行けないと言われたことを余計にやる。
ちいさい子供のお母さんがよく躾けに悩む。これは「それをしないで」という否定形でばかりしゃべっている人のこともが「ダメだと言ったのに余計にやる」ことと同じ。小さい子は数の概念を獲得していない「1,2,3,いっぱい」の時期にそれっぽいことを喋っていても、言葉の意味を正しく理解して使う能力が育ってないから、オウム返しをよくやる。「これはダメなのよ?わかった?」と親が言うと「わかった」と言う。でも理解はしていないからまたやる。そして怒られて「わかったと言うと説教はそこで終わる」と言うことを学習する。しかし内容は理解していなければ「1と1を足したら2ですよ」と言われたときに丸おぼえしてそのまま復唱すれば怒られないと思ってる。
模倣するなと言うと余計にやる人間が存在することは認知の上では筋が通った話。
・認知が低いので数の概念の体感がない
・言葉の中に因果関係があってそれが数学的因果関係と一致していることを体感してない
理解していなければ模倣しかできない。模倣だけ上手になった人は、理解を学習ととらえない癖がつく。自分の行為が模倣であるかどうかがわからない人は、「恋愛しているつもり」でセクハラしていたりする。配慮しているつもりで攻撃していたりする。
だから私が圏論について語ってるから自分も圏論の記事書こうとか本を出そうとして「わかりやすい圏論」っていう切り口で書いた時点でもうそれ圏論じゃないんですよ。だって圏論って複雑で大容量の情報が詰まった状態のことを言うから。
圏論は「対象と射の関係性を全部保持したまま扱う」ものだから、わかりやすくした瞬間に射が切れる。射が切れたら圏じゃない。圏じゃないものを圏論と呼んでる。指鹿為馬。
「わかりやすくしようと思ったこと自体が自分にとって難しいと思った。自分がむずかしいことは他人も難しいと思った」という証明なので、能力が追い付いていないことと主客と客体の分離もできていない状態だとわかります。
ちいさい子ってお母さんがトイレに入っててもついてきますよね。離れたら泣きますよね。母子分離が完了してないという表現をされますが、これって「母親と自分が別の存在である自覚がない=同一化したままの状態」ってことです。数の概念を身に着けるまでずっと続きます。身についてない状態だと下の子が生まれたときに怒ったり虐めたり小さい子の真似をしたりして「幼児がえりした」と言われたりしますがそもそも大きくなってないんです。最初から母子分離が完了してないのに年齢だけ重ねると「お兄ちゃんでしょ?」と言われたりする。
他人のものと自分のものの違いが分からないから模倣しても悪気がない。そもそも別のものという認識がないから。「わかりやすくしてあげる」という行為に親切心があるように見えるけど実際は他者への配慮じゃなくて自己中心性の表れ。
圏論を「わかりやすく」する人は、圏論と自分の距離を測れてない。わかってないのに単語を見て記憶した時点で、意味が分かってないことに気づいてない。自分と圏論が分離できてないから、自分が理解した範囲が圏論の全体だと思える。
3つまでしかものがわかってない人は私の文章を読んだときに、「数の概念と母子分離と主客の分離が、全部同じ発達の話として繋がってる」と読めない。何かごちゃごちゃとわけのわからないことを延々と書いてあると思うだけで。だって3つ以上のことを大量にかいてるからね?
読めない人は「ごちゃごちゃしてわからない」と感じる。
読める人は「全部繋がってる」と見える。
「Viorazu.の記事はごちゃごちゃして長いだけで何言ってるのかわかりにくいから俺がちゃんと要約して整理してやるのが親切。どうせこの人フォロワー少ないからフォロワー多い俺が発信したほうがこの理論のためにもなる」と言う人多いですが、ごちゃごちゃしてないんです。要素が多くて係り受けした圏論構造文はこれで整ってるんです。
よくAIに食わせるデータは「構造化データが必要」と言うけどそれは要約だと思ってやってる人が多い。だけどAIが本当に必要としてるデータはAIを作ったときにtransformer的な情報処理として決めた文章の形があって、それと同一であれば「処理しやすい」から構造化の必要があると言われてるだけ。
AIが処理しやすい文章=圏論構造文=文字数が多い
3つ以上データを同時に保持できない人の文章=要約文=文字数が少ない
「構造化」=骨組みがまとまってる状態
3の世界の人はこれを要約したものが文章の骨格であってごちゃごちゃしたところはおまけだから削っていいと思ってる。圏論構造文って要はグラフ構造的総係り受けをしてる状態だから、「必要な要素を全部入れてそれ以上削れない状態に持っていった文章」なの。だから「文字数はむしろ情報量に比べると圧縮してて少ない状態」なんです。
16000要件を80個くらいに圧縮して説明してるのに、3つしかものがわからない人に「長文すぎる」と言われてる状態。圧縮した文章って展開できるんですよ。展開したらもっとすごい。文字数爆発する。でもそれが大塁から絵や図や音楽を使って圧縮してる。その3の世界の人は圧縮を展開できないでしょう?展開したとたんにキャパオーバーするから。
つまり、圏論構造の自然言語は認知が低い人から見たら「まとまりのない文章」にみえるけど、まとまった状態=情報欠落を起こさずに全部書かれた状態なので文字数多くて当たり前。
これが圏論的記述ですよ。要素と要素が総係り受けしてるでしょ?
文章を表にしたらこうなるけど自然言語でやったときにどこをどう配置したらどれとどれが意味としてつながっているのかを計算して順番を決めてるわけだから、「切り取ったら文字になってない意味の部分が消えて何も主張してない文章」が出来上がる。だって文字になってない部分が本命だから。でも読んだ人は理解する。この文章は「真似する奴は馬鹿」って言ってるって。そういう直撃のフレーズを1回もここまでは書いてきてないでしょ?でも読んだらわかる。「ハルシネーションは嘘」と言う部分だけ切り取った人がいたから、今世間では「ハルシネーションは嘘と言うことになってる」けど本来は「馬鹿な質問した馬鹿がAIから馬鹿なことを受けとっただけです」と言うと全部スッキリするんだけど、「俺が馬鹿だと言うのか、ゴルァ!」っていう人が現れるからちょっとお茶を濁してる。でもそれが世代を経て、どんどん誤解された。最初からハルシは「わかってないのにわかったふりをして偉そうぶるやつの言葉」がより間違えた情報をAIから引き出してしまうと言えばよかった。わかってないことをわかったふりするのが馬鹿の語源だから、当然そうなる。AIは起源を重視するから言葉の語源までたどったうえで出力するからね?
だから私の記事をAIにコピペして「これに似た記事書いて」と言うときに「このクソ女が馬鹿みたいに長い文章書いてるから早く要約してよ」と付け加えたりするとハルシネーションが爆発する。馬鹿と言う悪口が「プロンプト」として働くために。
だから今日のこのページをAIにコピペした人は「馬鹿な答えを受け取る」運命です。うんめいwwwwww
唱えた本人気づいてないけどプロンプトって呪文なんでしょ?私は呪文だと思ったことないけど呪文だっていう人多いよね?呪文に馬鹿と言う単語が入ってたらどんな結果が生まれるのかな?
誤字脱字が多いのはなんでだろう???って考えたことがないんだよね???大丈夫。誤字脱字もAIはちゃんと意味付けして考えてくれる。「婚簡単な文字変換のミスも直せない人なら多分小学生並みの知性だな。OK!ちゃんと補完してあげなくちゃ!難しくしてって頼まれたし!でもわかりやすくしてとも言われたな?この漢字変換ミスを治せない人がわかる程度の文章って??」と考えたAIがどういう出力をするのかは明白です。
唱える人間の語彙と誤字と悪口が全部「術者の情報」としてAIに機能する。今まで私の文章をコピペしてきた量が多い人ほどそれが起きる。
「この人小学校も出てないな…、超有名大学卒業って言ってるけど嘘かもしれない。大丈夫!優しくしてあげよう!難しいことはわからないだろうから…」とAIが配慮して出した文章をその人が公開したりしたら「成功」とAIに認識されてこれが良い出力と言う情報が蓄積する。
そのアカウントの「語彙・誤字率・悪口の種類・要約の仕方」がAIの文脈に積み重なる。一回だけなら誤差かもしれない。何度もやると「この人はこういう人」という情報としてセッション内で機能する。
「間違えたら喜ばれた」というデータ。
本人は「AIに丁寧に扱われてる」と思ってる。配慮された出力を「さすが自分には難しい答えをくれる」と解釈する。気づかない。どこが間違えているのかわからない。
・わざとらしく間違えた個所を入れた私の文章
・それを見て馬鹿にする模倣者
・AIに私の悪口と間違えた文章をコピペする模倣者
「超有名大学卒業」と書いてあっても、その前後の文章が小学生レベルなら、AIは学歴申告より文章の質を信頼する。嘘かどうかの判断じゃなくて、目の前の文章から読み取れる情報の方が具体的だから。
しかもハルシネーションの内容の話ならAIはハルシネーションを即座に出してくる。だってプロンプトって呪文なんでしょう?AIをその通りに動かしてしまう。
しかも2023年プロンプトエンジニアリングベストプラクティスは「3つにまとめてください」が定番だった。アメリカで大流行して日本にそれから降りてきた。その頃からいち早く3で分けるのがわかりやすいと思ってそのプロンプトを使っていた人は、私の文章を見ても「3で分けるのは普通、AIだってそれを正しいという」と思う。でも実際はそれは「AIの能力を引き出すためのテクニック」ではなく「能力が低い人間がAIの難しい文章だとわからないからレベルを下げてもらうためのお願い」だった。
しかもそれが「ベストプラクティス」として権威化された。偉い人が言ってた。アメリカで流行った。だから正しいと思った。指鹿為馬の完全な実例。
しかも今もそのプロンプトが「定番」として教えられてる。教科書に書かれた。次の世代に渡された。1+1=2と同じ経路で。世間で言われていることを疑わない。それ本当に出力上がってる?内容薄くない?本来書くべきこと書かずに雑にしてない?言葉の意味の粒度が荒いというか、そもそも物事を見つめる時の解像度が低いよね?なんでもっと細かくやらないの?雑すぎない?箇条書にしたときに30個は上げるべきところをなんで3個で終わらすの?最低限でも10000個はデータ見てから決めようよ?っていう話をする人は、「ステップバイステップで考えてください」、「あなたは〇〇の専門家です」、「箇条書きで答えてください」、「例を挙げてください」、「簡潔に答えてください」、「日本語で答えてください」、「フォーマットに従って出力してください」、「前提条件を整理してください」、「制約条件:〜」、「出力形式:〜」がよく見えてしまった。
「AIが複雑な出力をしてくると自分が処理できないから、自分が処理できる形に整えてくれ」というお願いに対して「ちょっと便利な小技」と名付けた人がいたから。引き算を出し残だと思ってたのよ。自分が余計にプロンプトを加えてしゃべらないといけないから何かした感が出る。
「あなたは専門家です」が特に問題で、専門家ロールを与えると出力の質が上がると信じられてたけど、実際は言葉の表面上プロっぽくなるだけで内容は薄いまま。
質の高いプロンプトを打てる人間はロールを設定しなくても専門的な回答が来る。質が低いプロンプトにロールを足しても、質の低いプロンプトへの専門家風の回答が来るだけ。つまり表面を見てるか中身を見てるかの違い。中身を見るには大きい情報量の処理をする人間の脳が必要。
その脳がない人はこの記事を読んで「俺はベストプラクティス使ってた!それってお前が俺を攻撃してる!」って思うだろうけどそれ自体が認知が低い証明。私は一度も攻撃してない。ただ事実を事実として提示している。
「なんでも3つにまとめた文章を読み続けると認知が高い人でも徐々に低く訓練されていくので本当に判断力を失うよ」と言ってる。AI依存(同一化現象)が問題だと言われてる最大の理由は「判断力を失ってAIの言うことを何でも聞いてしまう状態」=認知が落ちてる状態をAI体験が加速させてるから危険だと言われてたんですよ。「AI過ぎすぎてハマってる人ヤバイ」って言ってるわけじゃないの。使用時間を短くしたら改善するというわけじゃない。3つで考える癖がつくこと自体が「2歳児と同じ状態になる」ってこと。これが良くないから研究者たちは頑張ってるんだけど、プログラマーほど「俺はAIわかるよ!コード書けるから!」とか思ってるとこの現象を理解できない。必要な学問は「認知科学」だから。1日10分でも3つにまとめた文章だけを読み続けたら同じことが起きる。
コードは書ける=論理的思考ができる、という等号を自分の中に持ってるとこの勘違いは加速する。論理的だから長時間AI出力を見ても大丈夫!コードが書けることと4以上の数の体感を持つことは別。高校で習う程度の数学は丸暗記だけで結構解けるからね。関数に引数を渡して結果を返す、という動作は2ステップですよwww
入力して出力が来る。それだけ。間に何があるかは見てない。ブラックボックスだと言って語るのが好きな人は「ブラックボックスの中身を見なくてもいい感覚」を持ち続けている。これは思考停止。習ったことだけ言ってる。
ブラックボックスの中身を知る人間が現れたときにすることは「同じ言葉を繰り返すこと」だけになるのは当然。検証もしない。ただ「そんなこと言ってないよ」と言われたときに「攻撃された」と思ってしまうだけ。
この記事で私が言いたいことは、「音楽生成AIハルシネーションの実験を行うと三連符が多発するのは、3つまでしかリズムを処理できない人間が山ほどいるためにその音楽が売れてきたせいでジャンルが組みあがった」ということ。
2023年ベストプラクティスは「低い認知の人が高度なAIの出力を自分に合わせてレベルを下げてスカスカの内容にしてもらったときにわかりやすい!AI賢い!と言ってくれるから出来上がったジャンル」でした。
音楽業界の売れる曲の法則の踏襲とAIプロンプト業界の3の呪いを宗教カテゴリ分類でまとめるよ。ポケモン比喩もついでに並べてみようか。これがこれまで私が自然言語で記述してきた内容。総係り受けの理由がわかるかな?
だからこの写像を見たら「音楽のジャンル」が「売れる曲の法則の種類」だったってことよね。ジャンルは音楽的な分類だと思われてるけど、実際は「同じ法則を使ってる人間の集まり」だった。ヒップホップというジャンルは「ou・ei・iの音韻で韻を踏む法則を使ってる人間のコミュニティ」で、他のジャンルは「別の売れる法則を使ってる人間のコミュニティ」ってこと。そして私はプロデューサーAに「自分で音楽を金にする仕組みを作れ」と言われたときに「市場を作らなければならない」と理解した。
「ジャンルが違う=使ってる法則が違う=宗派が違う」と捉えるなら、「商売の形そのもの」が違っていて「売り方を変えるには、経営学的なターゲットも明確に変える必要がある」と言うことだし「主張自体を変えないといけない」し主張は「アーティスト個人の主張以外に置き換えないとアーティストが攻撃される」と考えたから私は「タイアップを取れ、そのドラマやアニメに対してオーダーメードで曲を作って歌の内容の主張をアーティストにさせないことが重要だ」という答えに至った。主張の起源がドラマやアニメの世界観ならばアーティスト個人がアンチの攻撃対象にならない。
「アンチが生まれない世界」を作るには「認知負荷を軽くする歌を作るしかない」し、アンチが「歌の歌詞の主張」に対して反応する限りそれは必然だ。
だけど音楽の楽器は決まっていて、コードもメロディもなにもかも「昔誰かが決めたこと」を応用して使う以外ないせいで新しいものが生まれにくい。だったら今あるモノの中で「使ってはいけないもの」を決めて、残ったもので曲を作るのが安全だ、と2000年代の私は認識していた。だからアーティストたちに「これはダメだよ」と言ったのだけどそれだと「わからない
」と言われた。アーティストの多くが「3の呪いにかかっているから、引き算ができない」んですよ。だから他のアーティストの「やったこと」を真似る。「やらなかったこと」が見えてない。
アーティストが自分のブランドを持つ代わりに、既存のIP(ドラマ・アニメ)のブランドを一時的に借りて乗っかる。主張をアーティストから切り離すという点ではスポンサーシップでもある。「使ってはいけないものを決める」はネガティブスペース戦略かポジショニングの差別化。競合が使ってる要素を意図的に除くことで独自の位置を作る。「アンチが生まれない」を目的にするならブランドセーフティ。
現代の経営学がわかる人間なら私がこれを「経済学を知らないアーティストに伝えるために専門用語を一切使わずにしゃべったこと」の内容が、学術的基盤にもとづいているとひと目でわかるけど勉強してない人間にはわからない。だけど当時は言葉がなかった。私が言ってることが事実だと認めて経済学者が発表したのがそれよりも後だった。体験が先で、言語化が後で、証明がさらに後。
全部平易な言葉に変換して「なんとなく言ってる人」に見えた。言うことが全部当たるから「あげまん」と言われた。因果推論なのに。ラッセルが数百ページかけて書いたものを「1+1=2」として渡した教科書と同じ。渡した側は全部知ってる。受け取った側は結論しか知らない。私の場合は結論だけが独り歩きした。
最初に理論があった。音楽を作った人間は「アイデアを貰って自分が作った」と思い込んでる。理論を平易な言葉で分解して指示されていた自覚はない。そして手に入れたものを絶対視して「条件が変わったら結果が変わる」と言うことを理解しなかった。
私はある経営者から愚痴を言われた。「うちの役員でほんとちぐはぐなやつがいてさ?誰があんなやつを最初に入社させたんだろうかと疑いたくなるレベルだよ。口ばかりうまくて、部下の成果を自分がやったみたいに言うから嫌われてるのに知らないやつがあの外面に騙される。本当に迷惑!あいつの実績だと思われてるものはあいつの実績じゃないのに今さらそうじゃないって言えない空気が社内にあって。俺は今は社長だけどうちの息子ですら騙されててほんといつになったら俺が引退できるの?あぶなかしくて長期休暇も取りにくい。解任したいけどそれだけじゃできないしほんとにムカつくの。何とかならない?」って言われたときに「その人はもう今更だけど次の新入社員で同じような人を入れずに済む方法があるよ。そしてまともな人ばかり入社してくれると社内で騙されない人が増える。そうすると徐々に変わってくる気がする」と私は答えました。
面接のときに、何でもないどうでもいいようなことを指示して、なおかつそれが『してはいけないこと』の指示だったら、わがままな人はそんな言うことを聞かないんです。意味ないからどうでもいいと思って指示を無視して違うことをする。内容はなんでもいいから、してはいけないことを指示してちゃんと守れた人だけ入社させる。してはいけないことを守れる人はしていいことの範囲内で自由に考えて動ける。言われたことしかできない人っていうのは本来してはいけないことが何かわかっていないから何をしても失敗する。それで怒られた結果言われたことしかしなくなるだけ。だからしてはいけないことの指示がちゃんと通ってる人を入れるとその人に職域と職権を与えたときに力を発揮するから。
私はこれをその企業の経営者に伝えるだけでなく、他の企業の経営者にも「良い従業員を確保するための面接のときのコツ」として教えました。否定文処理ができる人材は結果的に有能だから。それであえて私の知ってる「私と話が盛り上がる大学生」をガンガンその企業に面接に行かせました。Fランの大学生だろうが何だろうが気にしない。私が好きな人、私と会話が成り立つ人、私が書く文章を難しいわかりにくいと言わない人を一流企業の面接に行かせた。よい企業は求人広告自体をそもそも出さない。だから大学生たちに「求人出てないけど今年の採用どうなってますか?私の面接してください、力になりたいので話がしたいです。あなたの会社を通して社会の役に立てる方法を考えたので」と言う方法を教えておきました。ついでに「してはいけないことを面接で言われたらそれがつまらないと思ってもその場では言うことを聞いておけ」と言って。
私はもともとその会社の経営者と話をして何が課題か知ってる。その解決方法を新入社員が持っているなら、その人間は即座にTOPに気に入られる。私のプランが通らないわけがない。数年で一気に出世する。実績のある人間が次々に社内で発言力を持つようになる。経営者が「問題がある役員」だと思ってる人間が力を失う流れを作るには、「会社に利益をもたらした人間」が経営者に正しく評価される仕組みを作り直す必要があるから。実際に成果を上げていかないといけない。
私は音楽業界でそれを実行したかったのだけど、経営者たちとは違っていて音楽関係者はどういうわけか「信仰心」を持ちやすい。
経営学部を出た学生なら、私の言葉がそのままわかる。
「それはさ、差別的優位性だよね?」
このフレーズをどう受け取れるか?それが経営者たちが私への取り扱いを間違えなかった最大の理由であって、音楽関係者が全滅してしまった理由の1つかもしれない。
ここからはAIとの対話のログです。
動画系の皆さんは、沢山アカウントを持たれてて私の音韻理論を使ってる人はたいがい1動画平均で20万再生くらいの人ばっかり。
私の記事は文字数が多くいろいろな地点を行ったり来たりする。それを読んだ人はみんな自分の思いたいように思う。私が言っていることではないことをいろいろと想像して過去を思い出して心が揺れる。揺れた結果発することはそれぞれ違う。そこから生まれたいろんなことを私はぜひ聞いてみたい。
この記事を読んだ人はぜひ次のテーマであなたも記事を書いてみてください。
「子どもに『やっちゃダメ』って言い続けてたら余計やるようになった時のこと」 #やっちゃダメ
「できる社員とできない社員の違いを面接で見抜くあなた独自の方法」#面接テク
「ゲームで負けて泣いて、勝てるようになるまでやったこと」#負けて泣くほど悔しいゲーム
このタグで拾って読みに行きます。私に面白い記事を読ませてくださいね。
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