中国農村に溢れる「放棄された子ども」(前)
Voicyで中国の「ぬい」事情の座談会を行ったのですが、そのなかで「中国の農村部はマイルドヤンキー化する」という話があります。
中国はざっくり言えば沿岸部を中心とした豊かな都市部と、内陸部を中心とした貧しい農村部で構成されています。
そして、これまで農村部の貧しい生活から脱出するためには「良い学校に入り、良い会社に入る」といった、一種の学歴神話が存在していました。
しかし今、その神話が崩壊しようとしています。
なぜ農村部の人々は学歴神話を放棄しようとしているのか。その裏側には烂尾娃(放棄された子ども)という流行語の存在があります。
「烂尾」とはもともと、途中で建築を放棄された未完成マンション(烂尾楼)を指す言葉でした。
今回は「烂尾娃」という言葉が示す、社会全体の深い無力感と構造的な問題が伝わる記事を前後編に分けてお伝えします。
農村に溢れ返る「放棄された子ども」
30万元(約600万円)
これが、王建国が息子を大学まで卒業させるのに費やした総額である。
0元
これが、息子が卒業して3年が経ち、実家に入れた金額である。
王建国は今年58歳。河南省の農村出身で、生涯を泥にまみれて生きてきた。
息子は彼のすべての希望だった。 2018年、息子は二本(中堅の公立大学)に合格した。王建国は嬉しさのあまり一晩中眠れなかった。
彼は村の入り口にある売店に走り、上等なタバコを2カートン買い、人に会うたびに配り歩いた。
「うちの息子が大学に受かったんだ!」
その日の夜、彼は庭にしゃがみ込んでタバコを吸いながら、息子がいつか都会に出て管理職となって高給をもらい、マンションで暮らす姿を想像していた。
自分のように、一日中地面にへばりついて天を仰ぐような生活をする必要はもうなくなるのだと。
学費を工面するため、彼は貴重な耕作牛を売り払った。大学の4年間、学費と生活費のために、ありとあらゆる親戚から借金をした。
嫌な顔をする親戚もいたが、彼はへつらう笑みを浮かべながら言った。
「あいつが卒業して働き始めたら、絶対に返しますから」
2022年、息子は卒業した。 王建国は、ようやく良い暮らしが始まると思った。
しかし、現実はどうか。息子は河南省・鄭州市で3ヶ月間履歴書を送り続け、20社以上の面接を受けたが、すべて落ちた。
学校のレベルが低いと見なされるか、経験不足を理由にされるか、あるいは返信すら来ないかのどれかだった。 3ヶ月後、息子はコソコソと実家へ戻ってきた。
「少し休んでから、また探すよ」
そう言って始まった休息は、すでに3年に及ぶ。
現在の息子の日常はこうだ。昼過ぎまで寝て、起きたらゲーム。夜は2〜3時までショート動画をスワイプし続ける。
たまに王建国が仕事を探すよう急かすと、息子は激怒する。
「父さんに何が分かるんだ? 今どき大学生なんてそこら中に溢れてる。仕事なんてそう簡単に見つかるわけない!」
王建国には分からない。彼に分かるのは「30万元」という大金が牛を売り、借金をし、節制をし、人生を少しずつ削り出すようにして貯めたという結果だけだ。
彼は、この30万元が息子の将来を買い、家族全員の人生を大逆転させてくれるものだと信じて疑わなかった。
しかし引き換えに手に入ったのは、一日中ベッドに寝そべったまま動こうとしない息子だった。
彼は村の人々に真実を話せない。
誰かに息子の近況を聞かれると、「家で公務員試験の勉強をしている」と答えている。
実際には、息子は本の一ページすらめくろうとせず、寝室にあるのはゲームのコントローラーと空のカップ麺だけだ。
王建国は時折、夜中に目が冴え、ベッドに横たわったまま考える。
「あの金は、出す価値があったのだろうか?」
答えは無い。
だが、それ以上考える勇気もない。なぜなら、考え始めると涙が止まらなくなるからだ。
王建国は決して特異な例ではない。
中国の農村には、彼の息子のような子どもたちを指す、ある特別な言葉が存在する。
爛尾娃(放棄された子ども)
「爛尾娃」とは一体何か?
それは、親が全財産を投げ打って育て上げた大学生でありながら、卒業後に仕事が見つからない。
もしくは見つかっても月給2,000〜3,000元(約4万〜6万円)程度の仕事しかなく、進学せずに村に残った同世代以下の生活しかできない子どもたちのことだ。
莫大な投資に対し、リターンはゼロ。
建築の途中で資金が底をつき、工事が止まってしまった爛尾楼(未完成マンション)と同じように、底なしの泥沼と化している。
大袈裟に聞こえるかもしれない。だが、ここにいくつかのデータがある。
中国社会科学院が2013年末に発表した『社会白書』の時点で、すでに次のような数字が示されていた。
農村家庭出身の大卒生の失業率は、実に30.5%に達していたのだ。
30.5%。およそ3分の1である。
つまり、農村から出てきた大学生の3人に1人は、卒業と同時に失業している。それから10年以上が経過した現在も、この格差は本質的には縮まっていない。
同じ大学卒業でありながら、なぜこれほどの差が生まれるのか?
研究ではさらに、都市部の卒業生の初任給の平均月収は、農村家庭出身者よりも数百元高いことが示されている。
この「数百元」の差を侮ってはならない。卒業したばかりの若者にとって、この差は都会で部屋を借りられるか、実家に仕送りができるか、そして人間として最低限の世間体を保てるかを分ける境界線になる。
数百元の差の背景には、完全に分断された2つの世界が存在する。
なぜ、農村の子どもたちは大学に行っても都市部の子どもたちに敵わないのか?答えは残酷だ。最初から、同じスタートラインに立っていないからである。
都市部の子どもたちは幼少期から塾に通い、特技を磨き、賞に挑み、広い世界を見て育つ。
彼らはどの専門分野に将来性があり、どの業界がトレンドなのか、卒業後にどう履歴書を書き、どう面接を受け、どう給与交渉をすべきかを熟知している。
では、農村の子どもたちはどうだろうか。彼らの親の大半は農民か出稼ぎ労働者(農民工)であり、学歴も低く、子どもに専門分野の選び方を指導する知識など持ち合わせていない。
「何を学ぶかは重要じゃない。大学に受かりさえすればいい」
これが、多くの農村の親たちの本音である。
その結果どうなるか。子どもは何の知識もないまま、レッドオーシャンの分野を選び、卒業してみたらその専門を求める求人などどこにもない、という現実に直面する。
私は湖北省出身の、ある若者を知っている。2019年に大学受験を迎えたが、志望校を決める際、何を基準に選べばいいか分からなかった。
父親が「コンピュータをやれば稼げるらしい」と言ったため、彼はコンピュータ応用技術を専攻した。
彼が知る由もなかったのは、当時のIT業界がどれほど熾烈な生き残り競争(内巻)の渦中にあったか。
そして三流私立大が教える程度の知識では、大手IT企業の足元にも及ばないという厳しい現実だった。
卒業後、彼は100通以上の履歴書を送ったが、返信があったのは10通に満たなかった。
面接官から「Pythonは使えるか?」「アルゴリズムの理解度は?」と問われても、彼は何一つ答えられなかった。
結局、彼はある電子機器工場の品質検査員になった。
月給は3,500元、昼夜の2交代制で、社会保険もない。母親から仕事はどうかと電話がかかってくると、彼は「順調だよ」と答える。
本当のことは、面目がなくて言えない。
4年間の大学生活で、十数万元を費やした。しかし最終的に就いた仕事は、高校を卒業してそのまま工場に入った人間と全く同じだった。
唯一の違いは、彼はその労働者たちよりも4年分稼ぎ始めるのが遅れ、おまけに背中には重い借金を背負っているということだけだ。
都会への道を断たれた農村の若者たちはどこへ向かうのか。後編では農村のマイルドヤンキー化へと繋がる実態をお伝えします。
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日本だと地方出身や貧しくても東大や旧帝大に入れば…という目安がありますが、 中国は大学創設からの年月の裏付けが少ないから、何処でも大学出れば良いんだ、 と勘違いしていた農村出身者、というのは貧困再生産そのもので、しんどい話ですね。
この問題については中国でも情報格差や教育機関への養分といった議論がなされています。誰が悪いと言う訳ではないのですが、仰る通りしんどい話です
「烂尾娃」という言葉、初めて知りました。30万元かけて育てた息子が3年引きこもるという現実、日本の就職氷河期世代とも重なる部分があり考えさせられます。後編では学歴神話崩壊後の農村側の対応策にも触れますか?
後編では学歴神話崩壊後の意識の変化とその理由がメインとなります
まだ話が続くようですから、感想は控えますが、それでも、ここまででも「痛い」痛々しいですねえ。
非常に生活感の漂うリアルを感じました