もし「国家」が、自らのルールはある集団に利益をもたらす一方で、ほかの集団を妨害し、傷めつけるようにデザインされている、とはっきりさせてしまったら? その背景にあるのが、人種的、社会的、宗教的、どんな理由であれ、すべては振り出しに戻ります。ルールは無効で空虚なものとなり、抗議デモがそれに続きます。平和的なデモでも、そうでなくても。
しかし、抗議デモは何世紀も起こってきましたが、ぼくが思うに、デモは平和的だろうが暴力的だろうが、権力者にとって違いはない気がします。権力者は自分よりも大きな力から命じられなければ、権力を放棄することも、譲歩することもありません。現在の場合、本当に民主主義ならば当然、一番大きな力は人々の力です。そして「国家」がそのことを忘れたら、人々が国家にそのことを思い出させなくてはならないのです。
日本の皆さん、アメリカでの抗議デモや不穏な状況の映像を観ている時に、あなたが目撃しているのは人々の力です! 血と怒りをもって、政府に思い出させているのです。人々にきちんと向き合え、さもなくば、破壊を含めた報復を覚悟しろ、と。
アメリカの黒人たちはもう400年以上、抗議と蜂起をする状況にいます。正義は与えられず、だから平和もありません。そして今またホワイトハウスには、正真正銘の、おおっぴらな人種主義者がいます。彼に票を入れたのは主に人種主義者たち、変わるのを恐れ、現状を維持したい者たちです。
もうぼくたちには、白人至上主義と構造的人種主義について論議している余裕はありません。前者は文字通りぼくたちの首に膝をめりこませ、後者はやった者たちを野放しにしつつ、ぼくら黒人を刑務所や棺桶に入れます! 平和的な抗議デモをするとか、ただじっと肌の色の関係ない平和な世界を願って祈り続けるなんて、そんな贅沢をしている余裕はないのです。ぼくたちは殺されているんです!
日本人には白人至上主義の標的になった過去がある
こんなに火を見るように明らかなことを、そもそも説明しなければならないのがふしぎです。人間なら、わかるはずです。日本のみなさん、あなたたちは白人至上主義の最も恐ろしい形の一つ、原爆の標的となりました。ならば、わかるはずです。ぼくからあなたたちに説明する必要なんて、ないはずです。
あなたたちにも、ぼくらの皿に盛られたのと同じものが盛られてるんです。黒人がアフリカから連行されて以来、白人至上主義がぼくらに出し続けてる皿と同じものが。その皿の味を忘れたとは、言わないでください。もし忘れたなら、それは本当に残念なことです。
日本は知らないうちに、ポスト原爆の白人至上主義の病に冒された悪夢の中で生きているのかもしれません。
多くの日本人が自問自答するべき、カギになる問いはこうです。抗議デモ参加者がした暴力や略奪が許せないから、世界に満ちる白人至上主義とあからさまな構造的人種主義を暗黙に支持するのですか?(略奪さえなければ、抗議デモを支持できるのに!)
それでしょう? 略奪という行為が、気に障る。わかります。でも、ちょっと1つ聞いて下さい。
黒人のアメリカ人は、真のアメリカを本当に知っている唯一のアメリカ人です。星条旗の赤は、ぼくたちが流した血です。あなたがアメリカのメディアから聞くことのほとんどは、プロパガンダか、間違った情報か、嘘です。あなたがぼくたちから聞く話は、リアルです。ぼくたちが話すのを聞く時、あなたはアメリカの本当の話を聞いています。
ぼくたちの話はさまざまなところで聞くことができます。ゴスペルで、ジャズで、ブルースで、ロックで……。しかし、ぼくらの喜びの声と、音の中にある涙や苦痛を聞き分けることができますか? 聞こえないでしょうか? ならば、こういうことを言っているんです。聞いて下さい。
「アメリカンドリーム」なんてありません。アメリカは悪夢で、同時に夢のような可能性を秘めています。もしその可能性に近づこうとするなら、アメリカは黒人の人間性に対する罪の償いをありとあらゆる面で尽くし、ありとあらゆる面で「黒人性」が受けたダメージを修復しなければなりません。
略奪の責任は誰にあるのだろう
略奪については、もともとアメリカという国は黒人の無償労働によって築かれた国です。奴隷解放後も、解放以前の状態を維持するために人種主義的な政策が時にあからさまに、時に水面下で、政府によって支持されてきました。ジム・クロウ法、ピオネージ(懲役や負債による事実上の強制労働)、レッドライニング(黒人居住区に課せられた様々な制限)などです。これらの政策で利益を得たアメリカ政府や企業のすべてに、国の初めからの黒人たちの略奪行為の責任があります。アメリカは「黒人性を略奪する」という強奪行為の上に建てられていて、今も不平等、不正義、そして強奪された富の遺産によって栄えています。
ディス・イズ・アメリカ(これが、アメリカです)!
黒人たちの略奪に注目を集めようとするのは、今書いた本当の問題から人の目をそらすためにデザインされたメカニズムです。それを知った上で、選んでください。目をそらされ続けるか、真実に気がつくか。つまり、4世紀に渡って構造的な人種主義にさらされてきた人たちの行動の責任を負わずに済むことを狙って、人種主義政府が必死であなたの目をそらそうとしていると気がつくか。
さて、現状はこうです。
白人の警察官が、無実で丸腰で手錠をされた男性を窒息死させ、それが映像に残っていても(警察署が丸焼けにされるまで)罪に問われないのです。これはとんでもない権力の乱用です。法による抑制と均衡の正義が裁判所で満たされないことが続けば、残された道はストリートの正義しかありません。
ストリートの正義はきれいごとではありません。保証します。
フェンスに座って傍観するなんてできない
人々は警察を軽蔑します。警察は責任を問われることなくぼくらを痛めつけ、良い警官ですら、黙って不正義を続けることはおかしいと声を上げることはできないようになっているからです。
人々は政府を軽蔑します。はっきりと大声で警察の暴力を非難せず、そうすることで暴力の黙認を匂わせるからです。
人々は企業たちを軽蔑します。心なく利益を手にするばかりで、ぼくらのお金は取るが、ぼくらの子供たちが、妻や夫が、友だちが、ぼくら自身が殺され、路上に転がっていても、助けてはくれないのならです。そういう企業たちは傍観し、ほとぼりが冷めるのを待って、いつものビジネスに戻るのです。
人々は白人たちを軽蔑します。その人たちが白人の特権に気づいていても、いなくても。黒人の友だちがいようが、全米黒人地位向上協会に寄付していようが、“Black Lives Matter”のバッジを買っていようが、ぼくらには関係ありません。人の心があれば、絶え間なく続く黒人に対する犯罪に嫌悪感を持ち、悲しみに暮れ、激怒するはずです。そうしないのなら、軽蔑に値します。そんな嫌悪感、悲しみ、激しい怒りがあっても、同じ人間として黒人を助ける行動をとらないのであれば、その人も黒人の首に膝を押し付けているのと同じです。
フェンスに座って傍観するなんて、もうできないはずです。世界のどこにいても、あなたは虐げる側と一緒にいるか、虐げられる側と一緒にいるか、どちらかなのです。
あなたが今ニュースで目にしているのは、文字通り、白人至上主義の社会を焼き落とそうとしている人々の姿です。そのシステムから恩恵を受けているはずの多くの白人たちでさえ、その特権が黒人に文字どおり膝を押しつけ、路上で窒息死させることで成り立っていることに、今やうんざりしています。
あなたは今まさに、アメリカの運命を見ています。もっと早く来たるべきだった、当然の報いを見ています。もしそれが見えないなら、そこに正義を感じることができないなら、日本よ、自分の心臓が動いているのか確認してください。
知らないうちに、死んでるのかもしれません。
(翻訳編集:小沢健二 翻訳:集合知和訳バトルロイヤル33人衆)