外国勤務の過労死、労災補償にハードル 日本の労働法令適用されず
企業の海外進出が進むなか、駐在員らを対象にした労災補償の拡充を求める声が出ている。労働基準監督署の調査権限は国外に及ばず、労災認定のハードルは国内より高い。そもそも海外赴任者向けの労災保険加入は企業側の任意で、未加入の企業も少なくない。専門家は制度改正を検討すべきだとしている。
「なぜ家族は命を落とさなければならなかったのか」。8月下旬、大阪市内の弁護士事務所。海外勤務の夫を亡くした妻が会合で訴えた。東京や海外などとオンラインで結び約50人が参加。事例を共有し、労災保険制度について意見を交わした。
会合を開いたのは「海外労働連絡会」。日本から海外に派遣された人の労働環境や働き方について情報交換し、考えるため3月に発足した。遺族、弁護士、研究者らのメンバーは今後、遺族の意見を反映した政策立案や提言を目指す。
会発足の背景には海外勤務者の労災認定のハードルの高さがある。
共同代表の上田直美さんは2021年、日立造船(現カナデビア)に勤務しタイ駐在中だった息子、優貴さん(当時27)を失った。大阪南労基署は24年、優貴さんの労災を認定。海外での不慣れな業務や上司の叱責などで強い心理的負荷を受け、精神疾患を発症して現地で自殺したとした。
死因を巡る見解は分かれた。会社側は残業時間が過労死ラインとされる月80時間を下回り、プラント建設現場で誤って転落し死亡した可能性があると主張した。
直美さん側は優貴さんのスマホの分析などから、死亡直前の1カ月の残業時間が100時間超だった可能性が高いと指摘。直美さん自身がタイを訪問し、優貴さんが上司から叱責されていたとの同僚の証言を得た。
結果的に労災認定されたが、遺族側代理人の岩城穣弁護士は、「労基署の調査権限は海外まで及ばない。遺族が現地調査するのは負担が重く、国内と比べて立証が難しい」と話す。
日立造船が設置した調査委員会は23年11月にまとめた報告書で、会社側が改善すべき点を挙げた。
優貴さんの労働時間について、手入力の記録を基に把握したとする同社に対し、「自己申告がやむを得ない場合でも、実際の時間と合致しているか調査するなど適切な管理体制が求められる」と注文した。
海外労働連絡会によると、日本企業の社員が海外駐在中に亡くなる労災事例は2000年代から目立ちはじめた。
大林組の40代男性社員は18年、ラオスでくも膜下出血で死亡。アラブ首長国連邦駐在のソニーの40代男性社員は同年に心臓起因で突然死した。それぞれ19年と21年に労災認定された。
日本に本社を置く企業の社員でも、海外の事業所の指示に従って働く場合は日本の労働法令は適用されない。補償を受けるには、企業が労災保険の「特別加入」を事前申請する必要がある。労災保険は国内では原則、企業が強制加入するが、特別加入の申請は任意だ。
厚生労働省の統計では、特別加入制度に基づく過労による労災認定は24年度までの5年間で11件だった。海外労働連絡会によると、企業が未加入のため労働者が労災申請できずに泣き寝入りとなった例もあるという。
同省によると、24年3月末時点で特別加入を申請した事業所は約9800で、補償対象となる労働者は約8万人だった。外務省の統計などから、海外勤務者は数十万人程度と見込まれ、補償対象外の労働者は少なくないとみられる。
金沢大の早津裕貴准教授(労働法)は「国は企業に特別加入制度の周知を徹底すべきだ。企業は海外勤務時の労災リスクを十分に把握する必要がある。リスクの備えが不十分では、民法の注意義務違反にあたる恐れもある」と指摘する。
労働者の海外勤務が一般的となるなか、「国内外で補償に差が出る労働環境は好ましくない。補償対象から漏れた過去の事例に制度を遡って適用したり、企業に加入を強制したりするなどの制度改正も検討すべきだ」と話す。
(森賀遼太)
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