亜留間次郎の先祖が計算した円周率の話の整合性がとれない
三行まとめ
語られた計算方法に不明な点や無駄な点、おかしい点が多い
実際に計算しても結果が合わない
手法も結果も黒めのグレー、原本を出して欲しい
噂の概要
まずは亜留間次郎が、彼の先祖が円周率を小数点以下8桁まで算出したという一連のツイートをご覧下さい。
室町時代に小数点以下8桁まで円周率が計算されていた可能性はもちろんゼロではありません、ですが彼の理論を聞けば聞くほどおかしな点が増えていくのです。
亜留間次郎の主張
三角関数と積分法に極限の概念を導入し、算出した正三万六千角形の辺の長さの合計値と直径の比率で求めた
エイトケンのΔ2乗加速法を使用して最少の計算資源で答えを導いた
小数点8桁まで求めた
これらが正しいのかどうか、私が違和感を抱いた箇所も含めて検証していきます。なお面倒なので今後三万六千角形は正36000角形と表記します
違和感のある記述
「積分法を使用した」
積分は17世紀の後半(1660~80年)に、ニュートンとライプニッツがヨーロッパで発明しました。つまり日本の室町時代に積分法として確立されているものは、今までのところ確認されていません。
ニュートンとライプニッツによって手法が確立されるまで、一部の特殊な形を除いて、積分に類する手法を使うことは不可能でした。
仮に室町時代に日本国内で積分法が確立されていれば、円周率より遥かに重要な発見です。
「積分法に極限の概念を導入」
これもとてもおかしい記述です。そもそも積分というのは
と表せるように極限の概念が含まれています。もちろん概念が含まれているだけで、当時は無限に小さい値の扱い方が解決されていませんでしたが、極限という概念を利用して微積分学を作ったことは疑いようがないでしょう。
「三角関数と積分を利用して正36000角形の辺の合計の長さを算出した」
この部分の立式がよく分かりません、半径1の円に内接する正n角形の辺の長さの合計は
で表されます。三角関数を使うならこのnに36000を代入すれば十分求まるはずで、ここに積分を使う意味はあるのでしょうか?
「正36000角形」
正36000角形を使うのはあまりにも非合理的です。三角関数を用いて正36000角形の1辺の長さを求めるには、
加法定理で求めるにせよ相当な計算が必要で、計算資源が限られている状態でわざわざそのような手間をかけるでしょうか?
世界を見ても、円周率を求める際には正
「エイトケンのΔ2乗加速法を使用した」
そもそもエイトケンのΔ2乗加速法は数列の収束を早める方法です。正36000,18000,9000角形の辺の長さの合計を求めた後に、それらを使って円周率との誤差を少なくすることはできても、正36000角形の辺の長さの合計を求めることはできません。
以上のことから亜留間次郎が語る円周率の計算方法は、相当な疑義が含まれています。
参考:関孝和の手法
https://www.kurims.kyoto-u.ac.jp/~kyodo/kokyuroku/contents/pdf/1625-19.pdf [史料1]
多角形を作るときは角の数を2倍にしていきます。こうすることで比較的少ない計算量で角を増やすことができます。
実際に計算
論より証拠ということで、36000角形で円周率を計算し、不自然な点を挙げていきます。と言っても計算自体は
このサイトを使用し、それを補足する形で計算していきます。
36000角形では精度不足
まず正36000角形では円周率を小数点8桁まで求められません。
辺の長さの合計は6.28318529920472107865….となり
円周率は3.14159264960236053932….です。1415926の小数点7桁が正しい値となります。
つまり彼が述べた辺の合計と直径の比から求める手法では、精度が足りません。それではどのような可能性が存在しているのでしょうか?
小数点8桁ではなく8桁だった?
頭の3も桁数に含めればちょうど8桁になるので、それも含めて8桁なのかもしれません。それならば一応の納得はありますが、「違和感のある記述」で解説したように、過程や計算量などに不自然な点が多く存在しています。
エイトケンの$${Δ^2}$$乗加速法を使用した
先程も述べたようにエイトケンの
(筆者はこの手法を理解しきれていないので、誤解や誤りが存在する場合は、コメント等で指摘していただけると幸いです。)
おそらくこれを初見で理解するのは難しいので、実際に使用した関孝和を例に挙げて、どのような計算を行ったかを少しだけ解説します。
まず
そうなると
数列
s_n がある極限値に収束するとき、以下の定義によって新たな数列t_n を作ると、後者の収束が極めて良くなることがある(状況によっては速くならない場合もある)。t_n:=s_n-\cfrac{(s_{n+1}-s_n)^2}{s_{n+2}-2s_{n+1}+s_n}
この新たな数列t_n によって、極限値の近似値の精度を上げる方法をエイトケンの\Delta ^2 加速法と呼ぶ
この部分にあたります。つまり収束を早めて
そこで関孝和は
それではこの手法を利用して正36000角形から小数点第8位まで求めた、と考えるには不可解な点が2つあります。
計算手法の問題
エイトケンの
つまり正36000角形の辺の長さだけでなく、近似値を求めるのには正18000,9000角形の辺の長さの合計値も必要で、三角関数を使って求めるにしても、積分を使って求めるにしても、これらを得られているのでしょうか?
わざわざ後で求めるなら、最初から角の数を2倍に増やしていく手法のほうが絶対に計算量は少なくなります。
求めた桁数がおかしい
首尾よく正36000,18000,9000角形でエイトケンの
=6.283185307179586525510945442
となり、小数点第16位まで正しい値を求めることができます。[史料1]から
と近似されます。
という値が求まり、誤差のオーダーは小数第17位、なので16桁目まで正確だということが理論的にも示唆されました(厳密に正しいかは私の理解不足ではっきりとは言えません)
なぜ8桁なのか?
関孝和も村松茂清も、算出できた正しい値よりも多くの桁数を計算しています。村松茂清は21桁まで計算し、上で参考として挙げたレポートでは関孝和は26桁まで計算したのではないかと考察されています。
一方、彼の話ではエイトケンの
積分や
結論
亜留間次郎が語った内容から、室町時代に行われたとされる手法の検討や、実際に値を算出してから、求められた値の妥当性の検討を行った。
その結果、手法で語られた部分には三角関数と積分を同時に使うという不可解な点や、
結果から手法を検討した場合、正36000角形の周辺長と直径の比では8桁求まらないこと、工夫をすれば小数点8桁まで求めるのは不可能ではないものの、語られた手法と整合性が取れず、むしろ少なすぎることが浮き彫りになった。
私個人としては、ありえないという判断を下さざるをえない。
本当ならば歴史が変わるので彼が確認した史料を出して証明して欲しい。


コメント