異常なクレームとバッシング報道に脅えた校長と市教委は、全ての責任をひとりの教師に押しつけた。そして彼らは今…(ノンフィクション作家・福田ますみ 月刊正論5月号)
ショッキングな事件とあらば飛びつくマスコミにとって、これは格好のネタだったに違いない。
2003年5月、福岡市の公立小学校の教師が、教え子の児童に対し、人種差別によるいじめや体罰、自殺強要を行ってPTSD(心的外傷後ストレス障害)を発症させたとして、バッシング報道が繰り広げられた事件があった。
きっかけは朝日新聞西部本社版の記事だが、一躍全国区にのし上げたのは「週刊文春」である。
「『死に方教えたろうか』と教え子を恫喝した史上最悪の『殺人教師』」。目を剥くようなタイトルと実名、顔写真を晒しての告発に、全国ネットのワイドショーまでが取り上げる大騒動になった。
2007年1月に発行された拙著『でっちあげ 福岡「殺人教師」事件の真相』(新潮文庫)は、関係者の証言によってこの事件を再現し、教諭が無実であることを訴えたルポである。児童の保護者による民事訴訟の控訴審の判決で、わずかな体罰やいじめが認定されてしまったところで締めくくったが、教諭の冤罪を確信している筆者としては納得のいかない幕切れだった。
ところが、この事件にはさらに続きがあったのである。
それを語る前に、まずは事件を振り返ってみよう。
10カウントと5つの刑
被害を受けたとされる4年生の児童、浅川裕二(仮名)の母親、浅川和子(仮名)は、2003年5月に行われた家庭訪問の際、担任の川上譲(仮名)教諭が常識では考えられないことを口走ったと主張した。教諭は、和子の祖父がアメリカ人であることを聞き出すや、「血が混じっているんですね」と言い出し、その後アメリカ批判を展開。「日本は島国で純粋な血だったのに、外国人が入って来て穢れた血が混ざってきた」と発言したという。
この家庭訪問の翌日から、教諭による凄惨ないじめが始まったという。下校前、教諭は裕二に「10数える間に片付けろ」といい、10秒間でランドセルを取りに行き、学習道具を入れることを命じた。それができないと、「アンパンマン」(両頬を指でつかんで強く引っ張る)、「ミッキーマウス」(両耳をつかんで体が浮くほど強く引っ張る)、「ピノキオ」(鼻をつまんで振り回す)などの「5つの刑」のうち一つを裕二自身に選ばせ、体罰を加えるなどした。