会話

神武天皇は、漢倭奴國王として後漢書に記録されていて、漢委奴國王金印という物証もあるから、実在性を疑う方がおかしい。 137歳まで生きたのは実際には77歳で崩御したが、大人の事情で、60年(干支一運)足しただけだ。 日本書紀では、12人の天皇の宝算(崩御時年齢=享年)が一運長い。 合計720年慎重。 神武天皇即位は紀元前660年となるが、720年分を差し引くと、紀元61年になる。漢倭奴國王金印を賜った57年の四年後。 後漢に朝貢して北部九州奴國の王と後漢光武帝から承認されたから、九州だけでなく、本州の王になろうとして、東遷を目指したわけだ。で、神武の孫、安寧天皇は、後漢書に倭國王帥升として107年に後漢に朝貢して、王として認められている。神武は倭奴國王だったが、安寧は倭國王に格上げだ。で、安寧天皇の玄孫(孫の孫)にあたる卑彌呼=倭迹迹日百襲姫が、景初二年(238年)に、魏に朝貢する。倭國王帥升から131年後だ。天皇系譜からみて、倭國王帥升は、安寧天皇が20代そこそこのときで、卑彌呼が朝貢したのは、卑彌呼の晩年で50代か60代。131年はまさにぴったりの年代差になる。
引用
鴉間
@karasmaS63
私がいつも言っている事だが、「神武天皇が本当に実在して137歳まで生きたのか」なんてどうでも良く、少なくともそういう神武天皇とされる人物の言い伝えが日本に文字が伝えられるより前から存在し、古事記や日本書紀に纏められてさらに今の時代まで伝えられている事実が重要 #建国記念の日 x.com/KitaguroNorth/…
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