「11億円を自ら振り込んだ」エンジニア集団の悲劇 はてなを襲った巨額詐欺、IT企業の意外な盲点
「IT企業に広報は不要」という致命的な誤解
危機管理広報の仕事をしていると「うちはIT会社だから、コミュニケーション戦略とかは関係ない」という言葉に、時々出合う。広報担当者がいないか、いても手薄なIT企業に多い反応だ。 しかし、それは大きな誤解だと考える。 確かに、「コミュニケーション戦略」と聞くと、メディア向けのプレスリリースや、記者会見での立ち居振る舞いを思い浮かべるかもしれない。しかし筆者が伝えたいのは、もっと広い意味でのコミュニケーションだ。あらゆるリスクが表面化したとき、企業は必ず「誰かに何かを伝える」という局面に立たされる。そのとき、どこに、何を、どの順番で、どんな言葉で伝えるか――それがコミュニケーション戦略の本質だ。 今回のはてなのケースで言えば、伝えるべき相手は一人ではない。株主・投資家、取引先、従業員、銀行をはじめとする金融機関、そして捜査機関3それぞれに対して、適切なタイミングで、適切な内容を届けなければならない。 実際、はてなの適時開示を読むと、発生から3日後の4月24日という開示のタイミング、個人情報漏えいの有無の明示、運転資金の流動性への言及など、一定の配慮は見受けられる。それでも株価はストップ安となった。情報開示の内容そのものより「この会社はこの先どうなるのか」「経営への影響はどの程度か」という問いに、市場が十分な答えを見いだせなかったからではないだろうか。
内部統制とは「組織内の血流」を設計すること
クライアント企業に繰り返しお伝えしていることがある。「リスク管理の設計段階から、コミュニケーションをセットで考えてほしい」ということだ。 例えば、送金フローの内部統制を整備するとき。「どういうケースで、誰が、誰に報告するか」を決めることは、実はコミュニケーション設計そのものだ。一定金額以上の送金が発生したとき、財務責任者だけでなく代表取締役にも即時通知が届く仕組みを作る。それは単なるセキュリティ強化ではなく、異常を「組織として検知・共有する」ためのコミュニケーション設計だ。 あるいは、万が一被害が発生したときの対応フローも同じだ。誰が対策本部の責任者になるか。外部専門家(弁護士や危機管理の専門家)にはいつ連絡するか。取引銀行へは誰が連絡するのか。捜査機関への相談と並行して、いつの時点で開示するか。これらをあらかじめ決めておくことが、実際に事案が発生したときの「初動の速さ」と「対外メッセージの整合性」を大きく左右する。 はてなは今回、「代表取締役を中心とする対策本部の設置」「外部専門家による事実関係の調査」「捜査機関への全面協力」という対応を取った。いずれも適切なステップではある。ただ、それが「あらかじめ決まっていた対応フローに従ったのか」「その場その場で判断したのか」では、組織としての負荷が全く異なる。