滋賀の42歳独身女性銀行員が「10歳下のヒモ男」に貢ぐために「9億円横領」…女の「出世」が裏目に出た「衝撃の末路」…事件をもとにした作品で「史上最悪のヒモ男」を演じた「意外な俳優たち」
ヒモ男には「妻子」もいた
犯罪においても「ギネス」がある。ケタ違いの罪を犯せば、それだけ人々の記憶に残る。1973年に発覚した「滋賀銀行9億円横領事件」もまさにギネス級であり、破格すぎる金額に世間は騒然となった。
すなわち滋賀銀行山科支店に勤めていた42歳の女性行員が年下のヒモに貢ぎつづけて7年、積もりに積もって9億円(現在の貨幣価値にして30億円以上)という顛末である。男はギャンブルにカネをつぎこみ、さらには女に内緒で妻子までいたというオチがつく。まったく、書いてるだけでやるせない。
先ごろ筆者は一家心中をふくむ5人死亡の「立教大学助教授教え子殺人事件」について論じたが、ほぼ同時期の滋賀銀行9億円横領事件にもメディアが群がり、数々のフィクションが生まれていった。名画座・ラピュタ阿佐ヶ谷の東映ニューポルノ特集で上映中の『史上最大のヒモ 濡れた砂丘』もその1本。大部屋俳優からスターへとのし上がった川谷拓三の第1回主演作品であり、長らくの封印から解禁されて今よみがえった(7月12日まで上映)。
事件のあらまし……出会いはタクシーだった。1965年、滋賀銀行勤務の女は懇親会のあとに拾ったタクシーで運転手の男と出会う。それからおよそ1年後、たまたまバスで再会したことから交際がスタート。女は35歳、男は26歳という年の差もあって言葉巧みに騙されつつ彼の面倒を見るようになり、100万円+利息分の横領からとめどなくエスカレートしてゆく。
60年代後半にコンピューターを導入した滋賀銀行だが、女はアナログな手段で同僚を欺き、本店の抜き打ち検査を回避すべく逢瀬のホテルでせっせと書類を偽造した。男はそれらのカネを競艇にぶっ込むかたわら、ほかの女性と結婚し、下関に居を構える。派手な振る舞いから「競艇場のスター」と呼ばれ、やがて舟券研究所を設立した。
罪を重ねつつ模範的な銀行員として表彰され、インフレ下の事務決裁者としてさらなる横領を可能とした女だったが、東山支店への栄転が決まってしまい万事休す。ひとり逃亡の果て、大阪の四畳半アパートに「入江よし子」という偽名で潜伏し、勤め先の居酒屋で出会った別な男と同棲生活に入った。
1973年10月21日、ついに女性行員は逮捕される。逃亡生活8ヶ月、42歳の出来事であった。そして滋賀銀行の調査によって事件の全貌が明らかに……7年間で9億2170万円、犯行回数は1366回に及んでいた。女は「ハイミス」という呼称でメディアに報じられ、年下の男に尽くした中年女性の犯行に同情が寄せられた。
事件はさっそくフィクション化。逮捕から1ヶ月半後の12月8日には、大阪・朝日放送の『助け人走る』第8話「女心大着服」が放映された。金をもらって恨みをはらすテレビ時代劇「必殺シリーズ」の第3弾であり、吉行和子演じる飛脚屋の奉公人が遊び人(寺田農)に翻弄されて店の金に手をつけてしまう展開。「幸せと不幸せ、地獄と極楽は紙一重だ」――悪を裁くだけでなく苦い結末が用意されており、あさま山荘事件からエリマキトカゲまで世相を反映し続けた時代劇らしいスピード感である。
当然「事件が起きれば即映画」の精神をもつ独立系のピンク映画も目をつけ、翌74年1月に『発情おんな寝物語』が発表される。舞台は銀行ではなく農協、横領額も3億5000万円とコンパクトになった。監督の唐沢二郎は本名を唐順棋という中国人で特撮、昼メロ、ピンクとなんでもござれのアルチザン。出自を生かして『水滸伝』や『西遊記』では時代考証を担当という類まれな人物だ。
大手映画会社も黙ってはいない。続いて74年2月には日活ロマンポルノ『OL日記 濡れた札束』が公開される。主人公は犯人の実名をもとにした「北村潤子」であり、中島葵が中年女性の孤独を活写。事件発覚後の逃亡生活から始まり、時系列を錯綜させつつ犯行を描き、玉音放送や三島由紀夫の演説などが横たわる。
シナリオは『プレイガール』でも活躍した宮下教雄、のちに典厩五郎として作家デビューを果たす。そして没後の再評価も著しい加藤彰が抑制の効いた演出で「女の戦後史」を抽出させた(実録フィルムの挿入も加藤の案)。ポルノ性は薄いが、淡々とアートフィルムのような雰囲気さえまとっており、取調室でカツ丼を食らう中島葵の姿は、まぎれもなく彼女の代表作といえるだろう。