二人だけの狭い檻に閉じこもり、外の世界の音を遮断して貪り合うような日々は、長くは続かなかった。
ハルトが高校の授業を何週間も欠席し、それまで「便利なパーツ」として完璧にこなしていたアルバイトすら無断で休みがちになったことで、均衡はあっけなく崩れ去った。
******
ひどく灰色に曇った午後だった。 けたたましく鳴り響いたインターホンの音に、俺とハルトは同時に身体を強張らせた。ハルトは俺のセーターの裾を白くなるほど強く握りしめ、怯えた小動物のように俺の背後に隠れる。
ドアの向こうから聞こえてきたのは、かつてハルトを「手がかからなくて助かる」と放置し、犬という記号でしか愛情を処理してこなかった実の両親の声だった。
「ハルト! いるんでしょう。学校から連絡があったのよ。一体全体、何をやっているの。いつもあんなに手がかからなくて良い子だったのに、急にこんな……一体何があったの?」
ドンドンと扉を叩く暴力的な音が、狭いワンルームに反響する。その瞬間、俺の背中にしがみついていたハルトの身体が、これまでにないほど激しく震え出した。
『……あ、……あ、う、あ……』
過呼吸だった。ハルトの淡い色彩の瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出し、仮面の破片を伝うようにして床へ落ちていく。
『嫌だ、嫌だ……! 戻りたくない、あの冷たい家には戻りたくない……! 先輩、助けて、俺をあいつらに渡さないで……!』
ハルトは頭を掻きむしり、自分の爪が皮膚に食い込んで血がにじむのも構わずに暴れ狂った。それは、かつて周囲の期待に応えるために自らを殺し、空っぽのまま立ち尽くしていた男の子の、生々しく、哀れな悲鳴そのものだった。 俺は取り乱すハルトを床へ組み伏せるようにして、その細い身体を全力で抱きしめた。
「ハルト! 落ち着け、ハルト……!」
外からの罵声と扉を叩く音は、しばらくの間続いた。やがて、「一時の猶予をあげるわ。後日、先生を連れて迎えに来ます。それまでに荷物をまとめておきなさい」という冷徹な捨て台詞を残し、足音が遠ざかっていった。
嵐が去った後の部屋は、死んだように静まり返っていた。
カーテンを閉め切った薄暗いリビングで、俺はハルトを抱きしめたまま、果てしない絶望の淵に立たされていた。
もう、普通の世界には、俺たちの居場所なんてどこにも残されていない。 明日になれば、ハルトは力ずくで連れ去られ、また「手のかからない便利な人形」へと強制的に戻されるだろう。
「ハルト! いるんでしょう。学校から連絡があったのよ。一体全体、何をやっているの。いつもあんなに手がかからなくて良い子だったのに、急にこんな……一体何があったの?」
ドンドンと扉を叩く暴力的な音が、狭いワンルームに反響する。その瞬間、俺の背中にしがみついていたハルトの身体が、これまでにないほど激しく震え出した。
『……あ、……あ、う、あ……』
過呼吸だった。ハルトの淡い色彩の瞳から、ボロボロと大粒の涙が溢れ出し、仮面の破片を伝うようにして床へ落ちていく。
『嫌だ、嫌だ……! 戻りたくない、あの冷たい家には戻りたくない……! 先輩、助けて、俺をあいつらに渡さないで……!』
ハルトは頭を掻きむしり、自分の爪が皮膚に食い込んで血がにじむのも構わずに暴れ狂った。それは、かつて周囲の期待に応えるために自らを殺し、空っぽのまま立ち尽くしていた男の子の、生々しく、哀れな悲鳴そのものだった。 俺は取り乱すハルトを床へ組み伏せるようにして、その細い身体を全力で抱きしめた。
「ハルト! 落ち着け、ハルト……!」
外からの罵声と扉を叩く音は、しばらくの間続いた。やがて、「一時の猶予をあげるわ。後日、先生を連れて迎えに来ます。それまでに荷物をまとめておきなさい」という冷徹な捨て台詞を残し、足音が遠ざかっていった。
嵐が去った後の部屋は、死んだように静まり返っていた。
カーテンを閉め切った薄暗いリビングで、俺はハルトを抱きしめたまま、果てしない絶望の淵に立たされていた。
もう、普通の世界には、俺たちの居場所なんてどこにも残されていない。 明日になれば、ハルトは力ずくで連れ去られ、また「手のかからない便利な人形」へと強制的に戻されるだろう。
彼をこの社会の荒波から守り抜くほど、俺には財力も、権力も、正当な資格もありはしなかった。
******
腕の中で、ハルトは疲れ果てたように、微かに息を漏らしながら俺を見上げていた。
俺の胸の奥から、言葉がせり上がってきた。それは、逃避でもなく、諦念でもなく、この歪な愛を永遠に完成させるための、唯一無二の答えだった。
「……ハルト」
『はい、先輩』
俺はハルトの冷え切った頬を両手で包み込み、その頸動脈をそっとなぞりながら、静かに、だけど確かな熱を込めて告げた。
「どこにも行かずに、誰にもお前を渡さずに……二人だけで、終わろうか」
その瞬間、ハルトの顔に、劇的な変化が訪れた。
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腕の中で、ハルトは疲れ果てたように、微かに息を漏らしながら俺を見上げていた。
俺の胸の奥から、言葉がせり上がってきた。それは、逃避でもなく、諦念でもなく、この歪な愛を永遠に完成させるための、唯一無二の答えだった。
「……ハルト」
『はい、先輩』
俺はハルトの冷え切った頬を両手で包み込み、その頸動脈をそっとなぞりながら、静かに、だけど確かな熱を込めて告げた。
「どこにも行かずに、誰にもお前を渡さずに……二人だけで、終わろうか」
その瞬間、ハルトの顔に、劇的な変化が訪れた。
これまで彼が浮かべていた、相手の警戒心を解くための「物分かりの良い笑顔」ではない。ただ一人の幼い子どもが、欲しかった玩具をようやく手に入れた時のような、息をのむほど純粋で、美しく、歪んだ本当の笑顔。
『……嬉しい。先輩が、俺を誰にも渡さないために、この世界ごと捨ててくれた。……俺を狂わせた責任、ちゃんと一緒に取ってくれるんですね』
『……嬉しい。先輩が、俺を誰にも渡さないために、この世界ごと捨ててくれた。……俺を狂わせた責任、ちゃんと一緒に取ってくれるんですね』
ハルトの淡い瞳から、幸福な涙がまた一筋こぼれ落ちた。彼は自らの意思で、震える指を俺の手に重ね合わせ、引きちぎらんばかりの強さで強く、強く握り締めた。
俺たちは、心中という名の、完璧な幸福へと向かって走り出していた。