俺は大学に進学し一人暮らしを始めた。 そして当然のように、ハルトは俺の部屋に入り浸っている。
「先輩、ただいま」
玄関のドアが開く。ハルトは靴を脱ぐのももどかしそうに、リビングでカレンダーを見ていた俺の背中に、後ろから容赦なくしがみついてきた。コートの冷たい感触が背中に伝わる。
「ハルト、まだコートも脱いでないだろ」
そんなある日、急な予定が入って返信が一時間ほど遅れてしまった。
慌てて家に帰ると、部屋の明かりは一切ついていなかった。暗闇の中、ソファの前に体育座りをして、じっと玄関を見つめていたハルトのガラス玉のような瞳と視線が合う。
「ごめん、ハルト。ミーティングが長引いて――」
「先輩、ただいま」
玄関のドアが開く。ハルトは靴を脱ぐのももどかしそうに、リビングでカレンダーを見ていた俺の背中に、後ろから容赦なくしがみついてきた。コートの冷たい感触が背中に伝わる。
彼はそのまま、俺の首筋に冷たい指先をそっと這わせ、頸動脈の脈動を確かめるように定位置になぞらせた。
「ハルト、まだコートも脱いでないだろ」
『……外にいる間、ずっと先輩の匂いがしなくて、死にそうだった』
微かに漏れ出るハルトの声は、かつての計算されたトーンではなく、低く、低く掠れている。リビングのソファに二人で雪崩れ込むようにして座っても、彼は俺の膝の上に頭を乗せたまま、片時も離れようとはしなかった。
ハルトの執着は、部屋の中だけに留まらなかった。
俺が講義に出ている間、スマートフォンの通知欄はハルトからのメッセージで埋め尽くされた。「何時に終わりますか」「今どこにいますか」「何をしていますか」。短い言葉の羅列が、狂ったような頻度で画面を明滅させる。
微かに漏れ出るハルトの声は、かつての計算されたトーンではなく、低く、低く掠れている。リビングのソファに二人で雪崩れ込むようにして座っても、彼は俺の膝の上に頭を乗せたまま、片時も離れようとはしなかった。
ハルトの執着は、部屋の中だけに留まらなかった。
俺が講義に出ている間、スマートフォンの通知欄はハルトからのメッセージで埋め尽くされた。「何時に終わりますか」「今どこにいますか」「何をしていますか」。短い言葉の羅列が、狂ったような頻度で画面を明滅させる。
そんなある日、急な予定が入って返信が一時間ほど遅れてしまった。
慌てて家に帰ると、部屋の明かりは一切ついていなかった。暗闇の中、ソファの前に体育座りをして、じっと玄関を見つめていたハルトのガラス玉のような瞳と視線が合う。
「ごめん、ハルト。ミーティングが長引いて――」
『……嘘つき。俺を置いていかないって言いましたよね。離さないって言いましたよね。……俺を狂わせたのは、先輩なのに』
ハルトは立ち上がると、キッチンのカウンターに置いてあったカッターナイフに手を伸ばした。その刃を、自分の細い手首に躊躇いなく押し当てる。
「ハルト! やめろ!!」
俺は叫び、彼の体へ飛びついた。カッターナイフを取り上げ、床に放り投げる。
「何考えてんだお前は! 頼むから、そんなことするな!!」
『……じゃあ、俺を独りにしないで。外の奴らと話さないで』
ハルトの淡い瞳から、一筋の涙が溢れて俺の胸元に落ちた。泣いているのに、その表情は驚くほど静かで、無機質だった。 ハルトは俺の首筋に冷たい指先を食い込ませ、引きちぎらんばかりの強さでしがみついてきた。
俺の中で、何かが音を立てて摩耗していくのが分かった。友人からの誘いを断り、スマートフォンの連絡先を一つ、また一つと消去していく。社会的な繋がりが断たれ、世界の境界線がどんどん狭まっていく。
周囲のすべてを削ぎ落とし、二人だけの世界が、不気味なほどに完成しつつあった。
ハルトは立ち上がると、キッチンのカウンターに置いてあったカッターナイフに手を伸ばした。その刃を、自分の細い手首に躊躇いなく押し当てる。
「ハルト! やめろ!!」
俺は叫び、彼の体へ飛びついた。カッターナイフを取り上げ、床に放り投げる。
「何考えてんだお前は! 頼むから、そんなことするな!!」
『……じゃあ、俺を独りにしないで。外の奴らと話さないで』
ハルトの淡い瞳から、一筋の涙が溢れて俺の胸元に落ちた。泣いているのに、その表情は驚くほど静かで、無機質だった。 ハルトは俺の首筋に冷たい指先を食い込ませ、引きちぎらんばかりの強さでしがみついてきた。
俺の中で、何かが音を立てて摩耗していくのが分かった。友人からの誘いを断り、スマートフォンの連絡先を一つ、また一つと消去していく。社会的な繋がりが断たれ、世界の境界線がどんどん狭まっていく。
周囲のすべてを削ぎ落とし、二人だけの世界が、不気味なほどに完成しつつあった。