マネージャーでなくなっても、マネジメントは続けたい
AIによって、さまざまな仕事のあり方が変わりはじめています。
これまでは「この役割はこういう仕事をするものだ」と思われていたものが、少しずつ分解され、組み替えられています。エンジニア、デザイナー、プロダクトマネージャー、カスタマーサポート、バックオフィス。どの職種においても、AIを前提にしたときに「人が担うべき仕事は何か」が問い直されています。
その波は、当然ながらマネージャーにも及びます。
Blockのジャック・ドーシー氏らは、AIによって従来の階層型組織や中間管理の役割が変わり、企業が「hierarchy」ではなく「intelligence」として組織されていく可能性について述べています。そこでは、マネージャーが上下の情報をつなぎ、調整する役割の一部を、AIが担えるようになるという見方が示されています。
この話を読むと、少し胸がざわつく人もいるのではないでしょうか。
「マネージャーという役割は、これからどうなるのだろう」 「自分がやってきたことは、AIに置き換えられてしまうのだろうか」 「マネージャーは、もう不要になるのだろうか」
私自身も、これは他人事ではないと感じています。
マネージャーという役割は、分解されていく
これから先、「マネージャー」という役割は、いまの形のまま残り続けるとは限りません。
たとえば、より手を動かす方向に戻っていく人もいるでしょう。いわゆるプレイングマネージャー、あるいはプレイヤーコーチのような形です。実際にBlockの構想でも、従来のマネージャーに代わるものとして、個人としても貢献しながら人やクラフトを育てる「player-coach」という役割が語られています。
一方で、人事や組織開発に近づいていく人もいると思います。評価制度、採用、育成、配置、キャリア支援、組織文化づくり。これらは、もともとマネージャーが日々の仕事の中で担ってきた領域でもあります。
あるいは、社内外のコンサルタントのような役割になる人もいるかもしれません。チームの状態を見立て、課題を構造化し、変化のための支援をする。直接の上下関係を持たずに、組織に働きかける形です。
つまり、「マネージャー」というひとつの箱に入っていた仕事が、いくつもの方向に分かれていくのだと思います。(もとより、プロダクトマネージャーやプロジェクトマネージャー、エンジニアリングマネージャーなど細分化の向きはありましたが、それが急峻に進んでいく予感があります)
情報共有、進捗確認、リソース調整、会議体の運営、レポーティング。こうした仕事の一部は、AIによってかなり補助されるようになるでしょう。場合によっては、人間がやる必要がなくなるものもあるかもしれません。現時点でも人間がやらなくてよくなっているものもあります。
その結果として、従来型の「マネージャー」という役割は縮小する。あるいは、名前が変わる。会社によっては、本当にそのロールがなくなることもある。
これは十分にありえる未来です。
マネージャーもまた、不安の中にいる
「AIで仕事が変わる」という話になると、エンジニアの不安がよく語られます。
コードを書く仕事はどうなるのか。設計はAIができるのか。ジュニアエンジニアの成長機会はどうなるのか。そうした問いは、とても重要です。
しかし同時に、マネージャーもまた不安の中にいます。
むしろ、場合によってはエンジニア以上に不安を感じているかもしれません。なぜなら、マネージャーの仕事はもともと見えにくいからです。
コードのように成果物が明確に残るわけではありません。仕様書やデザインのように、目に見えるアウトプットが常にあるわけでもありません。1on1をする。会議を設計する。チームの詰まりを取り除く。人と人の間にある違和感を拾う。組織の方針を翻訳する。意思決定の前提をそろえる。
これらは、なくなったときにはじめて重要性に気づかれる仕事でもあります。
だからこそ、「AIで中間管理が不要になる」と言われたとき、マネージャーは説明しにくい不安を覚えます。
自分の仕事は本当に価値があったのか。 自分はただ、情報を中継していただけなのか。 自分が大切にしてきたものは、これからも必要とされるのか。
その問い、そして不安は、簡単には振り払えません。
「役割」がなくなったとて、「仕事」としては残るのでは?
ここで、一度分けて考えたいことがあります。
それは、「マネージャーという役割」と「マネジメントという仕事」は同じではない、ということです。
マネージャーという役割は、組織設計上のラベルです。会社の構造、評価制度、責任範囲、権限設計によって決まるものです。
では、マネジメントという仕事は、いったい何なのでしょうか。
組織の目標に向けて、人やチームが前に進めるようにすること。 成果を妨げている障壁を取り除くこと。 人が力を発揮できる環境を整えること。 混乱の中で、進む方向を見失わないようにすること。 個人の成長と、組織の成果をつなげること。
私はハイアウトプットマネジメントの、「マネジャーのアウトプットとは、その直後の監督下にあったり、または影響下にある組織体のアウトプットである」という考え方がとてもしっくりきています。
これらは、たとえ「マネージャー」という肩書きがなくなっても、必要であり続けます。
AIが進捗を可視化できるようになっても、人がなぜ前に進めないのかを感じ取ることは簡単ではありません。
AIが情報を整理できるようになっても、対立する価値観の間で何を選ぶかは、人間が引き受ける必要があります。
AIが会議の要約をしてくれても、その場にある沈黙やためらいに意味を見出すのは、人間の仕事です。
AIが組織の状態をダッシュボード化してくれても、その数字の奥にいる人の可能性を見ることは、人間にしかできない仕事だと思います。
だから私は、「マネージャーは不要になる」という話を、そのまま受け取らなくてもいいんじゃないかな、って思ってます。
正確には、「これまでのマネージャーという役割の一部は、不要になる」のだと思います。
しかし、マネジメントという仕事そのものは、むしろ重要になるのではないでしょうか。
人の可能性を信じ、可能性をひらく仕事
私がマネジメントという仕事に惹かれている理由は、突き詰めるとここにあります。
人の可能性を信じ、可能性をひらくこと。
これは、きれいごとのように聞こえるかもしれません。
けれども、私はこの仕事に何度も救われてきました。
本人がまだ気づいていない強みに気づく。 うまく言葉にできていない違和感を、一緒に言語化する。 挑戦するには少し怖いけれど、手を伸ばせば届きそうな機会を渡す。 失敗したときに、その人の価値まで失われたわけではないと伝える。 チームの中で埋もれていた声を、ちゃんと届く場所に置く。
こうした仕事は、派手ではありません。
短期的な成果にも見えにくいです。KPIにしにくいし、評価もしにくい。AIで自動化できるような定型業務でもありません。
それでも、組織が長く成果を出し続けるためには、必要な仕事です。
人は、ただタスクを処理するためだけに働いているわけではありません。自分の仕事に意味を見出したいし、自分の成長を感じたいし、誰かの役に立っている実感を持ちたい。
その実感があるから、困難な状況でも踏ん張れる。 不確実な状況でも、自分で考えて動こうとする。 チームのために、もう一歩踏み出そうと思える。
マネジメントは、その火を灯す仕事だと思っています。
アップデートは必要。でも、捨てる必要はない
もちろん、これまでのやり方のままでよいとは思いません。AI時代のマネジメントには、アップデートが必要です。
AIを使って情報を整理する力。 組織の状態をデータで見る力。 自分で手を動かし、現場の変化を理解する力。 人事や制度、組織開発への理解。 コーチングやファシリテーションだけでなく、事業やプロダクトへの解像度。 そして、AIができることと、人間が引き受けるべきことを見極める力。
これらは、これからのマネージャーにとって避けて通れないテーマだと思います。
ただし、だからといって、これまで積み重ねてきたマネジメントの専門性を捨てる必要はありません。むしろ、それを土台にして変化していけばよいのだと思います。
1on1で人の話を聴いてきたこと。 チームの状態を観察してきたこと。 目標をつくり、ふりかえり、学習のサイクルを回してきたこと。 不確実な状況で、なんとか前に進めるようにしてきたこと。 人と組織の間に立ち、矛盾や葛藤を引き受けてきたこと。
それらは、AI時代に不要になる経験ではありません。むしろ、AIによって定型的な調整や情報処理が軽くなるほど、そうした経験の価値は浮き彫りになるはずです。
マネージャーでなくなっても、マネジメントは続けたい
これから先、私たちの肩書きは変わるかもしれません。
マネージャーではなく、プレイヤーコーチと呼ばれるかもしれない。 組織開発担当になるかもしれない。 イネーブラー、アドバイザー、コンサルタント、リード、あるいはまったく別の名前になるかもしれない。
もしかすると、「マネージャー」という役割そのものが、今よりずっと小さくなるかもしれません。
それでも私は、マネジメントという仕事はやりたいと思っています。
人が力を発揮できるようにすること。 チームが目標に向かって進めるようにすること。 組織の中にある障壁を取り除くこと。 不安や停滞の中に、次の一歩をつくること。 そして、人の可能性を信じ、可能性をひらくこと。
それは、肩書きが変わっても続けたい仕事です。
AI時代に、マネージャーという役割は変わっていくでしょう。その変化は、不安でもあります。 けれども同時に、自分たちの仕事の本質を問い直す機会でもあります。
私たちは、ただ管理するためにマネージャーをやってきたわけではないはずです。ましてや、肩書が欲しくてマネージャーになったわけでもありません。
人とチームが、よりよく前に進むために。 組織が、より大きな成果に向かうために。 そして、その過程で一人ひとりの可能性がひらかれていくために。
そのための仕事を、これからの時代に合う形へ変えていく。
マネージャーという役割がなくなっても、マネジメントという仕事はなくならない。
だから私は、これからもマネジメントをやっていきたいのです。たとえ、肩書がマネージャーじゃなくなったとしても。



「肩書が変わっても、人を動かす本質は変わらない」という視点、刺さりました。 No.2として複数社に入ってきた経験からも、マネジメントって役職じゃなく姿勢だと実感します。 むしろ肩書のない立場の方が、相手が素直に動いてくれることもあって。
AIで進捗確認や情報整理は軽くなっても、人の違和感を拾う仕事は残る。 マネジメントの本質を考えさせられました。