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目取真俊 魂魄の道

今年2月に影書房から発売された目取真俊の短編集『魂魄の道』を読んだ。


わたしが目取真俊を知ったのはいつだったろう。確か大学生だったときに作家の名前を知り、『沖縄「戦後」ゼロ年』という新書を読んだ。小説を読むようになったのは今から十年ほど前ではなかったかと思う。「沖縄戦」の記憶とただ今現在を結びつけること、米軍基地問題や本土からの沖縄差別の問題を文学で表現し続けている作家だ。そして反基地運動にもコミットし続けている。

今回の短編集に収められた5つの物語は、2014〜2022年にかけて雑誌に発表されたものだ。8年で短編5つというのは、小説家にとってたぶん少なすぎる。しかしこれは沖縄の現実が厳しいことの裏返しなのだと思う。小説を書くより優先されるべきなのが、反基地の運動だという現実。

主人公はいずれも、子どもの頃に戦争を体験した世代(「露」の主人公だけは戦後生まれ世代)。人生の終盤になって戦争の記憶を掘り起こすきっかけに出会うところは共通している。また、これらの人たちは加害、被害にかかわらず「自分の戦争体験を語ることを躊躇し、口を噤む」存在でもある。ある視点からすると加害者であり、またある視点からすると被害者である彼らが、そのあわいをたゆたいながらどういう辛さを抱えているのか、読みながら考えることができる作品が多い。

これまで読んできた目取真作品は暴力の描写がきつく、なかなか再読する勇気が出ないのだが、この短編集は現実を直視するために何度も読み返したい。三作目「神ウナギ」、四作目「闘魚とーぃゆー」がとくに良いと思った。

※以下、各作品のストーリーの核心部分に触れている。

魂魄の道

主人公(私)は86歳、沖縄戦当時は18歳。防衛隊に配属され、中部戦線で活動していた。砲弾の破片に膝をやられ運び込まれてから一週間後に、南風原陸軍病院壕から南部に撤退するときの体験を、息子の和明と戦跡めぐりをしながら回想する。

その体験とは、重傷の若い母親と幼児を見つけ、女の「殺して…」という呼びかけに応じ幼児を刺し殺したことだ。刺した瞬間にカッと見開いたその子の目が焼き付いて離れず、戦後自分の四人の子供が同じ年頃になると、トラウマのように必ず記憶がよみがえる。
自分がしたことは本当に母親の望み通りのことだったのか。そのときは正しいと判断したことであっても、後から考えると「殺して…」の言葉を誤って解釈したかもしれないという迷いや苦しみに苛まれ続ける人生を主人公は送ってきた。
南部をめぐり、「若い女と幼児が仰向けに倒れていたあの場所」を探し出し、花を手向け線香を上げたいという思いのもと付近を探索したものの、見つけることはできず、平和祈念公園にある魂魄の塔で祈ることになった。

幼児を刺した体験だけは、誰にも話したことがない。和明に打ち明けるなら今しかないと思いながら、話しても子どもたちを苦しめるだけだという思いから話すことはできなかった。


主人公は大学卒業後、1986年春〜夏にかけて、北部の港で荷上げ作業のアルバイトをしていた。自分のほかに73歳、68歳、65歳、55歳、32歳の男たちが一緒に作業をすることがよくある常連メンバーだった。

8月のある日の仕事終わり、港湾事務所の金城の呼びかけで飲み会が催された。32歳の勝弘が釣ったミジュン(イワシの仲間)を丼にして食べたり、サザエをバター焼きにしたりして飲み会は進んでいったが、犬汁が出たくだりで場の雰囲気がやや険悪になる。
金城は話題を変えようとして、最年長の上原に戦争中の中国での体験を聞こうと話を振る。「我達伯父さんの話やしが、支那居てぃ、殺ちゃい、強姦しちゃい、やりたい放題やたんでぃ言うしが、汝もそうとうしちゃんな?」
上原が自分の舞台ではそういうことはなかったと一言答えると、金城はさらに畳みかける。上原の次に年長の宮城が、水がない渇きの中を行軍したときの体験を語り、65歳の安吉も自分がガマに隠れていたときにどうやって喉を潤したかの体験を語る。

金城は終始、彼ら戦争体験者の話を茶化している。安吉は飲むのをやめて帰宅し、二次会を回避した主人公は安吉の家を通りかかる。「我や、露なめてぃ生き延びたんよ。」
これは、安吉が戦争を体験していない世代には伝わってほしいという思いから発せられた言葉なのだとわたしは受け取った。


神ウナギ

主人公・安里文安は、出稼ぎ先の沖縄居酒屋で、戦争のとき自分が配下についた赤崎と偶然居合わせる。当時国民学校の生徒だった文安は、自分が友軍の役に立てることが嬉しく、赤崎隊長にも尊敬の念を抱いた。赤崎は「軍は死力を尽くして米軍の上陸を阻止する」と言明した。
生徒に与えられた役割は間諜(スパイ)摘発だった。文安の父勝栄はハワイに渡った経験から、アメリカと日本の国力の差を知っている。自分の意見を表明することもあったが、日本軍が沖縄にやってきてからはスパイの容疑をかけられることを避け、なるべく口を噤むようにしていた。

軍は村に食料の供出を命じていた。そんなさなか、産泉うぶがーという集落の神聖な泉に住む「神ウナギ」が兵隊に釣られてしまう事件が起こる。これに抗議し、神ウナギを逃がしてくれるように懇願していたのは勝栄だった。
赤崎は「そういう非科学的なことを言っているから、お前たち沖縄人は駄目なんだ。」と言い放つ。これは勝栄からしてみれば、そっくりそのまま返してやりたいような言葉だったに違いない。

5篇の中でいちばん長い本作では、沖縄で戦争が始まってからの勝栄の献身的な行動とその最期が語られ、文安と赤崎の緊迫した対決の場面が描かれる。
文安は、孫がいて小学生に剣道を教え、地域の人に好かれる生活を送っている赤崎に対し、40年以上前のことを今問い詰めることに何の意味があるのかという思いも抱きつつあった。
だがいざ対面してみると、自分の行為を正当化するために塗り固めてきた言葉とは裏腹に、文安の追求に勢いを失っていった。二度目の対面では文安の素性が細かく調べられていることまでが明かされ、赤崎の娘はこれ以上父に会社と警察に通報しますよ」と言い残して去っていく。

「あなたは沖縄の人らしいですけど、父は戦争中、沖縄で戦って、沖縄県民のために尽くしたんです。それがどうして、あなたに変な言いがかりをつけられないといけないんですか。」
娘からしてみれば父は立派な軍人で、今は脅迫の被害者。尊敬する父の説明を疑うなんて夢にも思わないのかもしれない。だが、沖縄戦のことを少しでも知ろうとしていたら、「一言謝ってほしいだけだ」という文安に聞く耳を持ったはずではないか。ただし文安の父は日本軍、つまり赤崎に殺されている。そのことを知ったら、この娘は一体どういう反応をするだろうか。そこは短編に描かれていない。

この話は、忘れてぃやならんど。の言葉で終わる。


闘魚

小説は、辺野古の大浦湾埋め立てに抗議する座り込みの人たちと、それを排除しようとする機動隊員たちの攻防のシーンから始まる。
主人公のカヨは84歳。ヤンバルで生まれ育ち、日本復帰前に勤めていたころ、同僚が米兵に殺される事件を経験したカヨにとって、基地建設は他人事ではなかった。

 米軍が自分達を守ってくれるはずがない。むしろ、自分達を脅かす物でしかない。(中略)彼女達が隠れていた防空壕の近くには日本軍の陣地があり、集中的に爆撃を受けていた。日本軍のそばにいれば安全だと考えていた村人は、その誤りに気づいた。軍隊がいる所が真っ先に敵に狙われる。

「闘魚」『魂魄の道』pp.122-123

 基地が必要だという人は、自分の家のそばに造らせたらいいさ。
 カヨはよく子ども達に言っていたが、必要だという連中に限ってそれを嫌がり、よそに押しつけていた。ヤマトゥンチューに限らず、ウチナンチューの中にも、人口が少ないヤンバルの方が普天間よりまし、と言うものがいて、腹立たしくてならなかった。

同 p.123

娘の和美に付き添われてカヨは座り込みの様子を見ていた。座り込みが始まる前、カヨにインタビューを頼んできた女子学生の城間が、機動隊員に引き摺られていった。
城間に頼まれてカヨは73年前の記憶を語っていた。7歳だった弟の勘吉との話が生き生きと語られるなか、米軍による収容所でのエピソードがあった。

ただ、途中で友軍の敗残兵に見つかって、せっかく取ってきた芋とか食料をね、奪われることも多かったさ。うちの親も何度か奪われて手ぶらで帰ってきて悔しそうにしていたさ。
 日本兵が奪うんですか。
 戦争に負けてね、山の中に隠れている兵隊がたくさんいたわけさ。敗残兵といってね。あれなんかもひもじいからね。道に立って物乞いするおとなしい兵隊もいたみたいだけど、たいがいはね、自分達はお国のために戦っているんだから、食料を寄こせって、向こうは銃とか日本刀を持っていて、逆らったら殺されるわけだから……。
 殺すんですか。
 城間は顔をこわばらせた。
 日本兵だけではなかったよ。CPと言ってね、沖縄人の警察がいて、こいつらもね、食料を取り上げよったさ。

同 pp.134-135

城間のインタビューは、座り込みの再開を機に一時中断されることになった。彼女に向かって続きが語られることはなかったが、読者は勘吉の死を知ることになる。
この話の最後は、娘の和美がカヨにかける言葉で終わる。「私たちがちゃんと覚えておくからね。」「勘吉叔父さんがいたことは、私達兄弟がちゃんと覚えていて、子ども達にも孫達にも伝えていくから。


斥候

主人公の勝昭は90歳を越えている。国民学校の同級生だった金城勝造の死を、同じく同級生の伊良波盛安からの電話で知ることになった。勝昭と盛安は沖縄戦のとき護衛隊として、勝造は鉄血勤皇隊として活動していた。

米軍が島に上陸すると、勝昭たち小柄な少年たちは斥候に選ばれた。敵軍の動向を探り、多くの情報を集め、味方の作戦に役立てるのが斥候の役割だ。勝昭にはこの仕事が向いていた。上官に褒められることでさらに懸命に任務にあたることになった。

この話は、「神ウナギ」とは逆の立場の側から描かれている。というのは、成果をあげられずにいたある日、勝昭は自宅に立ち寄り、母にこの部落に米軍の協力者はいないかと尋ねる。母は勝昭に二人の名前が書かれたメモ書きを手渡す。そのうち一人は勝造の父だった。
勝昭は迷いながらも上官にその紙片を渡した。それが直接の原因になったかは知り得なかったが、勝造の父が日本兵に殺されたという話を聞いた勝昭はすぐに「自分のせいだ」と思い、村を出て仕事の忙しさと酒に没頭した。

40年ぶりに勝造と再開したとき、勝昭は打ち明けるなら今しかないと思いながら切り出すことができなかった
認知症を患っていた母も亡くなり、勝昭は八十代になって妻とともに沖縄戦の証言映像の上映会のために公民館へ行った。その映像の中に登場した勝造の姉の証言によって、勝造の父が自分の母にスパイと疑われた真相が明かされていた。

あの時、母が目にした光景の背後には、証言に出てきた理由があった。勝造の姉からすれば、勝昭と母こそがスパイであり、密告者だった。

同 p.183

映画の後で、勝造にすべてを話すべきかという思いに駆られたが、勝昭はそうしなかった。今さら話して何になるのかという虚しさと、あんな戦争さえなければという思い。
作家は、勝昭ひとりを責めているのではない。戦争そのものに反対を唱えている。

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