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昔の日本では、ある特定の家系や職業にある人を差別する意識が強く、こうして差別された人たちは、町や村で他の人たちと同じ地域に住むことは許されず、河原のような条件の悪い土地しか与えられませんでした。 ところで、歌舞伎役者の原型にあたる人たちは、江戸時代以前には、芸をしながら全国を回って暮らす人が多かったのですが、当時は、こうした一定の土地に定着しないで流れ歩く人たちも、卑しい身分と見なされており、上に書いたような差別を受ける人たちの同類と見られていました。 また、歌、踊りなどの芸は、趣味として楽しむべきものであって、それを見世物にしてお金をもらうのは、乞食と変わらないという考えもありました。そこから、江戸時代には、歌舞伎役者たちを「河原乞食」と呼んで、差別する人もあったわけです。 能も、室町時代初めに発生したころは猿楽と呼ばれ、こちらも演じるのは差別を受ける人たちでした。ただ、能の場合、将軍、大名など、上層武士に好まれたことから、芸として洗練されていき、それに合わせて演じる人たちの地位も上がっていきました。 ことに、江戸時代になると、幕府は重要な儀式のときは、朝廷が雅楽を演じるように、能を演じるようになりましたから、能役者の地位も格段に向上し、武士と同格の待遇となりました。 そのため、江戸時代には、能役者は武士として尊ばれましたが、歌舞伎役者に対しては、人気者としてもてはやす一方、河原乞食と呼んで軽蔑するという、なんとも矛盾した意識があったわけです。
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質問者からのお礼コメント
ふっきれましたありがとうございました☆☆
お礼日時:2021/12/18 18:17
その他の回答(1件)
芸能全般をそのように言った場合があったそうです。河原で演じた説や動物の皮に関する職業の人も関与したとか瓦版(今のマスコミ)職業の人も関わったとか諸説あるみたいです。