原正憲の愛車遍歴
自分の車を持つまでは
それまで私は父親のトヨタ・MARK Ⅱ(ヤマハ製1Gエンジンを詰んだGX71)を借りていたが5メートル走れば同じ車とすれ違う(MARK Ⅱ現象なる言葉まで生まれた)ゴミのような車だ。
車を運転して惨めで屈辱的な気分になったのはコイツが初めてだった。
いすゞ・ピアッツァ XE(JR-130)
私が18歳のときにゲームを売った収益で初めて買った車だ。
彼女(ピアッツァ)を初めて見たのは、1979年にコンセプトモデルとして発表された『アッソ・ディ・フィオーリ』。
もちろんデザインは巨匠『ジョルジェット・ジウジアーロ』。
私がまだ10歳の時だった。
一目惚れである。
可能なら1981年の初期生産モデルをどうしても乗りたくて中古車屋を探し回って手に入れたのがシルバーのXE最上級モデル。
デジタルメーターにセンターコンソールにはドライヴコンピュータまで付いてある。
買って早速イジる。
先ずはシルバーのボディーカラーを漆黒に全塗装
イルムシャーが既に販売されていた時期なのでヘッドライトを角目四灯化
イルムシャー用の大型フロントエアダムとリアウイング
いすゞ武者シリーズの『Mscher Blue』を更に出所不明にした感じ
まだスポイラーは付けてないしアルミも純正のままだ。
私(右)までモザイクかける必要はなかったか。
横の男はミツオだが他の女は完全に忘れた。
誰だ?コイツら。
日産・スカイライン(R32)
何を血迷ったかここでR32を買ってしまった。
写真が無いのは彼女に全部捨てられたから。
(なぜか車と前カノが一緒に写っているものしかなかった)車自体はよく出来ていたが、愛着が沸かなかった。
大型リアスポイラーを外して最高速仕様にしていた。
いすゞ・ピアッツァネロ イルムシャー(JR-120)
原点回帰。
今度はヤナセチャンネルのネロ VZ700最終限定モデル、サンルーフ付き。
フロントグリル中央にスピードガレージG5の小さいIrmscherエンブレム、カロッツェリアウッドベルのサイドスカートで武装。
BBSの16インチアルミホイール(ピアッツァはヨーロッパ車と同じPCD100なので国内で付けられるホイールが少ない。
取った策はBMW純正のBBSを流用してセンターキャップだけを交換。
最後のネロ イルムシャーは20年以上乗ったが、住んでいたマンションの地下駐車場がゲリラ豪雨に遭い、冠水してしまった。
引越しとも重なり、オーナーズクラブの人に引き取ってもらった。
会者定離です。
あ、オーブが写ってる ここ湿気多いからなぁ
以来、車は買っていない。
乗りたい車も無いし。
以前海外サイトでテキサスの実業家が現存するDMC-12のパーツでデロリアンを製造販売している?記事を見て一瞬触手が動いたがやめてしまった。
アルファ5は微妙だし、LYNX DMC-EVは酷いもんだ。
もうピアッツァみたいな魂持ってかれる車は出ないんだろうなぁ…
そこがイイんですけどね。


コメント
2今は燃費のことばっかりで、ロマンのあるクルマはなくなりましたね。
人も車も無個性になりました。
つまらない。