燐羽「ありがと、プロデューサー。ちゅっ♡」 美鈴「!?!?」
美鈴が最も恐れていた事態が起こってしまった話。
燐羽は悪役ぶりながらも仲間想いな感じが良い味出してますよね。しかもキス魔。
日常的に手毬を焚きつけて欲しい。そして美鈴に嫉妬されて欲しい。
美鈴のSTEP4はぼろぼろ泣きながらプレイしました。
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ああ、遂に。最も恐れていた事態が起こってしまいました。
あんなに警戒していたのに。あんなに注意するように言い聞かせていたのに。
不意に訪れたそれに気づいたときには、もう手遅れでした。事態を打開しようと急速に巡る思考と、それに反比例してスローモーションになる視界。
まるでこれから行われる惨劇を、まざまざと、無慈悲に。私に見せつけようとしているようでもありました。
「ありがと、プロデューサー。ちゅっ♡」
「ちょ、賀陽さん!?」
「あ~~~!燐羽がチューしたぁ~~~!!」
「まったく…アイドルとしての自覚が足りませんよ、もう」
「取り繕ってるところ悪いけど、顔真っ赤よ?」
なんてことでしょう。
私は文字通りに膝から崩れ落ちました。
燐羽がプロデューサーを気に入っていることは明白だったのに。彼女の好意がどうやって出力されるのか、身を以て知っていた筈なのに。
我が伴侶となる御方の純潔は今この瞬間、旧友の手によって目の前で散らされてしまったのです。
「許しません…許しませんよ、賀陽燐羽…!」
「何よ、頬にキスしたくらいで。こんなの挨拶じゃない。ね、手毬?」
「えっ」
まさか同意を求められるとは思っていなかったのか狼狽するまりちゃん。
ああ、誰よりも純粋で無垢なまりちゃん。いまだにコウノトリやキャベツ畑を信じて疑わない、天使のような私の親友。
誰よりも付き合いの長い私だからこそ、あなたが次に何と言おうとしているのかは聞かなくてもわかります。
「…まぁ?私達も良い大人だし。キスくらい挨拶っていうか?別に普通じゃない?」
もはや崩れ落ちる膝が残っていない私は、掌で顔を覆うしかありませんでした。
ええ、知っていました。思い通りにならないまりちゃんだからこそ、大好きになったんですから。怒る気も落胆する気も毛頭ありません。
悪いのは、燐羽。プロデューサーもまりちゃんも、彼女自身も。私の大切なもの全てを奪っていった、燐羽なのです。
「他人の恋人に手を出しておいて、ただで済むと思っているんですか?」
「いや俺、秦谷さんと付き合ってないですけど」
「付き合ってないって言ってるけど?」
「勝手に言っているだけです。プロデューサー、黙っていてください」
浮気しておいて、まさか私に反抗してくるなんて。まさかキスの一つで心まで奪われてしまったのではないでしょうね。信じられません。
もはや辛抱たまりません。今回ばかりは事態が事態です。やられっぱなしでいる訳には行きません。
とはいえ三対一のこの状態ではいくら説得しようにも、まるで私が癇癪を起こしているかのようです。
「…まりちゃん」
「な、何?」
「キスは挨拶なんですよね?」
「…まぁ」
「復唱してください。キスは挨拶だと」
「…挨拶だよ。キスは」
人数不利を打開する最も効率的な手段。それは裏切り。
この場で最もちょろいのが誰かは考えるまでもありません。
「では、どうぞ?」
「は?」
「プロデューサーにご挨拶をしてください」
「は?は?」
「担当アイドルでもないのに勝手に事務所に入っておいて、挨拶の一つもないのは失礼でしょう。さぁ、ご挨拶を」
知っていますよ、手毬。
どれだけ大人ぶっても、燐羽の真似をしてみても。
せいぜい刺々しい言葉を使う程度の背伸びしかできないあなたに、キスなんて大それたことができる筈がありません。
「…ほっぺ?」
「出来るというなら何処でも構いませんよ?もし出来るのなら」
「…うぅ」
私の目論見通り、赤くなって固まってしまったまりちゃん。ああ、可愛い。
いじわるをしてごめんなさい。あとでカツカレーを作ってあげましょう。うふふ。
「あらぁ~?やっぱり手毬は口だけってわけ?」
自分の瞳から光が消えるのがわかりました。
ニヤニヤといやらしい笑みを湛えた闖入者によって私の目論見は狂わされてしまったのです。
この流れは良くない。こうなってしまったら、まりちゃんは。
「ば、馬鹿にしないで!プロデューサー、何を突っ立ってるんですか!」
「はい?」
「…もうっ!」
思いもしませんでした。走馬灯を日に二度も見ることになるなんて。
愛する者たちが触れ合う瞬間は、もしかすると幸福な光景なのかもしれません。少なくとも私も、そうかもしれないという一縷の望みにかけて、スローモーションの世界を眺めていました。
まりちゃんがプロデューサーの頬に口づけするまで、そうすることしかできませんでした。
「なんか、しょっぱい」
「キスの感想としては最低よ、それ」
「この状況なら汗の一つもかくでしょう、許してください」
「え、ばっちぃ」
しかし残酷にも脳裏をよぎったのは、孤独感。暖炉の前で団欒する幸せな家族を、寒風の吹く窓の外から眺めているような。私一人だけがこの世界に取り残されてしまったような、寂寞とした無力感。
「手毬、そしてプロデューサー。どうか、お元気で…」
「消えるの!?」
「消えさせてください…」
私の存在意義が、今この瞬間にすべて崩れ去ってしまったのです。これから先、二人を見れば何度でも。張り裂けた胸が痛み続けることでしょう。失った幸せのことを考えずにはいられないでしょう。
その幻肢痛を退ける唯一の手段は、私が立ち去ることしかないのです。
「ああ、どうかお幸せに…いえ地獄に落ちてください」
「酷くないですか?」
「当然の報いです。あと黙っていてください」
この浮気者。あなたの声なんか聞きたくありません。
何故そんなに飄々と受け入れられるのですか。
せめてあなたが私と一緒に憤慨してくれたのなら、こんなにも私の胸は痛まなかったはずなのに。
それが何よりも悲しく、妬ましく、腹立たしい。
「なんか怖いよ美鈴…ほ、ほら、『ぷーん』は?そんな顔、美鈴には似合わないよ」
「……」
「……ごめん」
珍しく謝ることができたのは立派です。謝ったところでどうにもなりませんが。
覆水は盆には帰らず、割れた鏡は元の姿には戻らない。
そう、最早どうにもならないのです。
「……」
「……」
「……」
長い沈黙。
失望、怒り、嫉妬、罪の意識。
この世の負を寄せ集めたような息苦しい泥濘が静かに重くのしかかり、どんよりとした静寂が漂っていました。
そしてそれを破ったのは、この事態の元凶。
「それで。美鈴は?」
重い空気がまとわりつくこの空間に、責任の欠片も感じていないような軽薄な声がよく響きました。
あるいはいつもの、不埒物を演じるような軽薄な声が。
「しないの?キス。私達はしたけど」
「…そんな、はしたないこと」
いくら想っていても、焦がれていても。
いえ、だからこそ、大事にしなくてはならないのです。
「あ~あ、可哀想なプロデューサー。美鈴はキスしてくれないんだってさ。実はあんまり好きじゃないのかしら」
「あなたにはわかりません。心から慕うからこそです」
慕っているからと言って、本能のままに欲をぶつけるのは相手を軽んじることも同じ。
時代錯誤だとしても、貞操を守ることは相手を尊重することなのだと、私は信じているのです。
「プロデューサーが可哀想だから、もう一回キスしてあげる。今度は唇にしようかしら」
「…燐羽」
「何?奥手な美鈴ちゃんの代わりをしてあげるって言ってるの。キスもできない臆病者は引っ込んでなさい」
「……燐羽」
久しぶりに会っても、やっぱり貴女は相変わらずですね。
あからさまで明け透けで。
本心を隠すのが下手なのか、本当は気付いて欲しいのか。いつも図りかねてしまいます。
「調子に乗らないように。私が上で、貴女が下です」
そんな貴女を見ていると思わず調子が狂ってしまう。
誇ってもいいくらいですよ?私をここまで乱せる人間は、この世に三人しかいないんですから。
「プロデューサー。お顔をこちらに」
彼にこびりついた残滓を払うためにすべきことはただ一つ。
より強く、より鮮烈に、彼の中に私を焼き付ける。頬よりももっと近く、彼の内側に。
眼前の顎に手を添えてほんの少しだけ下に向けると、視界の全てが彼で埋め尽くされました。
無骨な輪郭に浮かぶ隈の浮かんだ鋭い瞳。視線が交錯した途端に頭に熱が灯る。意識がぼやけて麻痺しそうです。
「…目を、瞑ってください」
彼が瞳を閉じたのを見届けて、大きく息を吸って、吐いて。私もまた、目を閉じました。
近づくたびに少しずつ増していく熱と匂いが、姿の見えない彼の存在を教えてくれます。
ゆっくりと、しかし導かれるように迷わず、真っ直ぐに。それが定めであったかのように、唇が触れ合う感触が訪れました。
「…ん」
指先よりも更に微細な唇の感覚。
日常では訪れようのない粘膜の接触。
禁忌を侵した背徳の高揚。
思いつく理屈をいくら並べてみても、五体を満たしていく多幸感を説明するには足りません。
これが、愛する人との口づけ。いつまでも、この幸せに溺れていたい。
息をするのを忘れて、文字通り溺れてしまいそうになってしまいました。
名残惜しさを感じる余裕がなくなるまで貪りつくしてから、そっと顔を離して目を開きます。
久しぶりの光の中で、それよりも眩しく映る彼の姿。顔を真っ赤にして、こそばゆそうに目を細める、私の愛しい人。
しばらくそうして見つめ合っていたら、遅れて恥ずかしさが込み上げてきました。
「…何か言ったらどうなんですか」
「黙っていろと言ったのは秦谷さんでしょう」
「まぁ、減らず口を。そんな悪いお口は塞いでしまいましょう」
我ながらなんと掌返しの早いこと。でも、もし誰に文句を言われても一向に構いません。
私達の繋がりは終生揺らぐことは無いのだと、触れた唇が安寧を与えてくれるのですから。
もう一度目を閉じて彼に顔を寄せます。二回目といえども少しも褪せることのない幸せが私を満たします。
少しかさついた唇の感触。熱っぽい吐息。カチャカチャと鳴る金属音。
…金属音?
この空間に相応しくない環境音に違和感を覚えて、目を開けてみると。
「…燐羽!?な、な、何を…」
今まさに、燐羽がプロデューサーのズボンをずり下ろそうとしているところでした。
「何って。美鈴が言ったんじゃない。『私が上で、貴女が下です』って」
「そういう意味じゃありません!」
「あら、じゃあこっちも美鈴がやる?」
「やりません!!」
どれだけ焚きつけられたとしてもしません。絶対にしません。
キスだけでも胸がいっぱいなのに、これ以上のことなんてとても想像できません。頭がおかしくなってしまいます。
だから絶対にしません。
…いずれ必ず来る、その時までは。
ちなみにまりちゃんは私がキスしたあたりから白目で放心していました。