深掘り

第1回山上被告への判決、苦しんだ宗教2世「『40代だから』はむしろ逆」

 アクリル板越しに届くその声は、少しくぐもっていた。

 「メディアと会ったのは『義理』を果たすため。控訴については詳しく言えないです」

 大阪拘置所の面会室。

 髪を肩まで下ろした山上徹也被告(45)は、目線を落としたまま語った。面会に応じたのは、何度も手紙を送ってきた記者への礼儀や、仲介した弁護士の思いを考えてのことだという。

 2月4日。ちょうど、奈良地裁の無期懲役判決に対し、弁護団が控訴したばかりのタイミングだった。

 20分という限られた面会時間のなかで、記者はこう尋ねた。

 「一審の判決をどう受け止めていますか?」

 山上被告は、考え込む様子を見せながら答えた。

 「うーん。どうですかね……問題はあるけど……兄が亡くなっていなければ、普通に生活していただろうと」

 無期懲役は、検察が求めた通りのものだった。

 生い立ちに不遇な面はあるが、犯行時は40代の自立した社会人だった。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)への怒りはあっても、合法的な解決を模索すべきだった。安倍晋三元首相に落ち度はなく、犯行には大きな飛躍がある――。

 裁判所はそう判断して、刑を軽くするよう求める弁護側の主張を一蹴した。

 「迷いのない判決」

 識者の一人は、そう表現した。

 朝日新聞に寄せられた読者の声にも、違和感のにじむものが目立った。

 「責任を個人に帰すことは、つまり自分で選べない成育環境も含めて自己責任であるということ」

 「被害者と教団の関係について解明しなければ真実はつかめないと思う」

誰かに相談はできなかった

 四国に住む教団2世の20代男性は、合法的な解決を模索すべきだったという判決に「衝撃を受けた」と話す。

 幼い頃から「信者以外はサタン」と言われて育ち、交友関係を制限された。自分から友人に話しかけることをためらうようになり、人間関係はどんどん希薄になった。

 集団に溶け込めないがゆえに、就職活動はうまくいかず、ようやく職を得ても長続きしない。やがてうつ病を発症し、いまは障害年金で生活する。犯行そのものには共感しないが、山上被告のたどった道筋は「想像できる」という。

 「誰かに相談すればよかったのでは」と自分が問われれば、法廷で山上被告が言ったのと同様、「できなかった」と答える。「周囲には宗教へのタブー感があって、話してもわからないだろうという気持ちが強かった」からだ。

 30代女性も「『どうにかできたのでは』というのは、自由を抑圧されてこなかった人が言うことだ」と話した。

 キリスト教系の新宗教の2世。幼いときは親の言うことをきかないと、下着を脱いだ状態で尻をたたかれた。信者間で「ムチ打ち」と呼ばれる行為だ。

 事件を機に2世一般の葛藤が可視化され、社会の理解は進んだように見えた。「でも全く追いついていない」といまは考える。

負の感情があふれ出しそうなときに

 愛知県に住む教団2世の女性(45)は、「40代の社会人なら思いとどまれた」という言及に、胸がしめつけられた。

 5歳のときに母が入信し、まもなく父も信者になった。

 当初に1千万円、それからも両親は献金を続けたといい、父は献金のためにローンを組んだ。小学2年のころ、米がなくなり、水で溶いた小麦粉を焼いて食べたこともある。母親は教団活動を優先して授業参観にも来てくれない一方で、暴力を振るった。

 大人になっても苦しみは変わらず、負の感情は積もっていった。

 母は献金のために金を無心し、選挙のたびに「自民党に投票しなさい」と言った。

 誰も教団を裁いてくれないなら、自分が――。感情があふれ出しそうなときに、あの銃撃事件が起きた。

 「『40代だから思いとどまれただろう』ではなく、むしろ逆だ」

 山上被告はなぜ、教団幹部に対する殺意を安倍氏に向けたのか。

 一審の法廷でほとんど感情を表に出そうとせずに、安倍氏は「本筋ではない」と淡々と言った。

虐待と言うと、本質を見失う気がする

 母親の1億円以上の献金、それに伴う家庭内の不和、教団に反発する兄の自殺……。弁護側は、被告が「宗教を背景とした虐待の被害者」でもあり、そうした生い立ちが事件に直結していると主張した。

 取材班は、長く児童相談所の所長を務めた、精神科医の藤林武史さん(67)を訪ねた。法廷で、こんなやりとりがあったからだ。

 弁護人「自分を止めようとして何かしたことは」

 山上被告「(教団幹部の)襲撃に失敗したあと、精神科医に相談すれば止められるのではないかと思ったことはありました」

 藤林さんは意外にも「精神科医に会っても、防げなかったのではないか」と答えた。

 精神障害がうかがわれないだけでなく、宗教2世の苦しみというものが、当時は社会に認知されていなかったからだという。

 そして、こう続けた。

 「虐待と言うと、本質を見失う気がする。より幅広く、小児期の逆境体験と捉えたほうがよかったのではないか」

 記者が思い起こしたのは、面会で山上被告が漏らした、こんな言葉だった。

 「虐待を受けていたとは、思いたくないんですよね」

    ◇

 安倍元首相銃撃事件は「大きな飛躍」だったのか。どうすれば止められたのか。控訴審に向けて、考えます。

【ニュースの見取り図】

◆どんな事件:2022年7月8日、安倍晋三元首相が奈良市内で参院選の応援演説中に銃撃され、亡くなった。山上徹也被告がその場で逮捕された。

◆一審は:母親が入信した旧統一教会の影響をどう考慮するかが最大の争点。弁護団は被告が宗教を背景とする児童虐待の被害者だと主張したが、検察の求刑通り無期懲役に。

◆控訴審はいつ:新たな弁護団が控訴理由をまとめた書面を準備中。夏ごろに提出される見込みで、大阪高裁がそれを踏まえて日程など決める。

◆旧統一教会はいま:高額献金の問題が注目され、裁判所が解散命令を出した。教団側は不服を申し立てたが、清算手続きは始まっている。

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    藤田直哉
    批評家・日本映画大学准教授
    視点

    性売買を巡る搾取や人身取引の件もそうですが、幼少期の逆境体験などの不平等・不公平に対して、この社会が冷たすぎると思います。経済や法などにおけるリベラリズム的な主体、抽象的な主体という前提が成立するためには、人々の置かれている具体的な状態が同じでなければいけません。しかし、ケアの倫理寄りのコミュニタリアンが主張するように、具体的な状況に置かれている人間はみな同じではありません。幼少期の逆境、様々な被害、トラウマなどは、そのあとの「自由意志」とされているもののあり方を歪めます。それを自由意志や、自己責任や、合意などと見做すのは、社会を運営するための約束事としては必要なのかもしれませんが、しかしながら約束事であり、人間の生きている実態とは異なっているのではないか。そのことを考慮する社会になっていくべきであろう、と個人的には思います。

    2026年5月28日 06:00

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