2026/05/27 (水) 18:00 9
netkeirinをご覧のみなさん、こんにちは、伏見俊昭です。
今回は5月に平塚競輪場で行われた「日本選手権競輪(GI)」(ダービー)の振り返りと、元競輪選手の岩見潤さん、有坂直樹さんとのエピソードをお話ししようと思います。また、前回のコラムはたくさんの方に読んでいただけたみたいで、本当に嬉しいですし、ありがたい限りです。いつも「どういう内容にすれば喜んでもらえるかな」と考えているので、大きな励みになります。近況報告だけでなく、今回も僕にしか語れない裏話もお届けしますね。
4年ぶりのダービー。コツコツとやってきたことが、ようやく実を結びました。まずは、5月に平塚で開催されたダービーの振り返りから。僕にとっては4年ぶりのダービー出場となりました。ダービーは1年間の獲得賞金で出場が決まる最高峰の舞台です。1年間事故なく、与えられたレースでしっかり結果を残し続けなければ出場すら叶いません。この4年を振り返ると、本当に腐らず、コツコツとやってきて良かったなと、しみじみ感じています。
2年前、いわき平での地元ダービーでは、僕は出場できず誘導でした。あの時は「もう選手として、GIを走るのは厳しいのかな…」と弱気な気持ちがよぎるほど悔しかったんです。怪我による悪循環も続いていて、年齢を重ねてから調子を戻すことの厳しさも痛感していました。だからこそ、今回4年ぶりにあの舞台に立てた時は「神様が見ていてくれたんだな」と思えましたね。
今回の僕の目標は「とにかく6日間を走り切ること」でした。ダービーは参加人数が多い分、3日目でお帰りになってしまう選手が60人ほどいます。少し小さな目標に見えるかもしれませんが、1日でも多く走りたいというのが僕の本音でした。その気持ちもあってか、初走から気持ちの入ったレースができ、2走目には嬉しい1着も取れました!点数がない状態でのGI参加だったので3番手回りという厳しい位置でしたが、前を走ってくれる自力選手が良いレースをしてくれたおかげで、外を踏み込んでゴール前勝負ができました。ダービーに向けてしっかり練習を追い込んできた成果が出て、本当に嬉しかったです。
そして何より、ゴールデンウィークということもあって、お客さんの熱気と声援がものすごかったです。4年前とは明らかに違う活気を感じました。コロナ禍の苦しい時期を乗り越え、ネット投票などをきっかけに競輪に興味を持ってくれた方々が、今こうして生の迫力を観に本場へ足を運んでくれている。競輪界に活気が戻ってきたことを、肌で感じられた素晴らしいシリーズでした。
成績としてはやり切れたと思える4走でしたが、一つだけ猛烈に反省している点があります。それは、体調が万全ではなかったことです。前検日あたりから、どうも喉がイガイガして呼吸が苦しいな…という症状が出てしまって。咳も出ていたので、宿舎の同部屋の選手にうつしてはいけないと思い、1日中マスクをして過ごしていました(逆にマスクが心肺機能を高めてくれたのかもしれませんが(笑))。
実は前検日の周回練習の時、福島の後輩・山崎芳仁君と集団で一緒に走ったんです。山崎君はその日からちょっと風邪気味だったんですよ…。
昔からそうなんですけど、彼と開催が一緒になると、僕はよく風邪をもらうんです。相性が良いのか何なのか…とにかく「山崎の菌」は強力なんですよ!レース後、彼に「また山崎からもらったよー」と笑いながら自虐ネタで言ったら、山崎君は「いや、自分は咳出てないです。症状が違いますよ」とか、よく分からない言い訳をして認めないんです(笑)。福島の間では「山崎が風邪をひいている時は要注意」って有名ですからね。呼吸が深くできないのは競輪選手にとって本当に致命的で、夜も咳き込んで寝られず、実はかなりキツい開催でした。
今回の平塚は出場選手が多かったこともあって、通称“隠れ部屋”(体調不良者のための隔離部屋)がないほど、全フロア満室のパンパン状態。同部屋の気心の知れたメンバーが僕に気を使ってくれたり、僕も絶対にうつさないよう細心の注意を払ったりして、なんとか全員無事に走り切れてホッとしました。今は競輪界全体の売り上げが伸びている素晴らしい時期だからこそ、こうした宿舎での選手管理や体調面のケアの環境が、今後さらに整っていくと嬉しいな、なんて思いながら走っていました。
山崎の菌の寿命は本当に長くて、実は2週間経った今でもまだ薬を飲んでいます。開催期間中はドーピング検査に引っかからない薄い成分の薬(PL配合顆粒のような気休め程度のもの)しか飲めないため、自力で治すしかなく、本当に厳しかったです。それでも、同じレースで後ろの選手が落車するような激しい展開のなか、自分は4走とも一度も落車せず、無事に走り切れた。GIならではの激しいリスクを背負った勝負のなかで、確定板に上がれたことは大きな自信になりましたし、「まだ俺はGIでもいける」。そう思わせてくれた、収穫のあるシリーズでした。
平塚競輪場といえば、ファンサービスやイベントへの熱量がすごいことで有名です。今回も豪華な有名人の方がたくさん来られていましたが、最終日のプレゼンターは、なんと僕ら世代のヒーロー、“マッチ”こと近藤真彦さんでした!
僕は10年ほど前にライブへ行ったことがあるくらい、マッチの大ファンなんです。好きになったきっかけは、引退された先輩の“マサさん”こと斉藤正剛さん。競輪の打ち上げの席で、よくマッチのモノマネをしながら歌ってくれたんです。それがめちゃくちゃ似ていて、場が最高に盛り上がるんですよ。マサさんの歌を聴くうちに、僕もすっかりマッチのファンになってしまいました。今回のダービーを完全優勝した古性優作君が、表彰式でマッチから直接花束を手渡されているのを見て、「いいなあ…」って、ちょっとうらやましかったですね(笑)。
また、平塚のイメージキャラクターを務める元乃木坂46の中田花奈さんも来られていました。僕は麻雀が大好きで「Mリーグ」をよく見るので、中田さんがプロ雀士として毎回メキメキ上達していく姿を、本当に尊敬の目で見ているんです。マッチと中田さんのダブル共演なんて、最終日は本当に華やかでしたね。
そんな大観衆の前で走った最終日、一昔前には聞けなかったような大声援が僕の耳に届きました。
「伏見!頑張れ!」
その声を聞いた時、僕のようなベテランを今でもこれだけ応援してくれる人がいるんだと、胸が熱くなりました。応援してくれる人がいる限り、絶対に妥協せず、やれるうちは泥臭くても頑張り続けよう。そう心に誓ったダービーでした。
ダービーが終わった後、5月9日からは松阪ナイターGIIIがありました。その初日の夜、僕にとって忘れられない“事件”(笑)が起きたんです。
少し前に、去年引退された岩見潤さんが『Jun’s Bar』(ジュンズバー)というYouTubeチャンネルを開設されました。松阪GIIIの際、そのチャンネルのゲストとして有坂直樹さんが来られるということで、「夜、ご飯でもどうだ?」とメッセージをいただいていたんです。当日はナイター開催だったため、レースが終わって集合したのは夜9時半。岩見さん、有坂さん、競輪関係者の方、計4人でもつ鍋を食べに行きました。
有坂さんといえば、昔から博多に行くと鬼のようにもつ鍋を食べるほどの“もつ鍋好き”。今回も松阪で美味しいと評判のお店にお連れしたところ、現役時代と変わらない勢いでバクバク食べておられました。久しぶりにお会いした有坂さんは、メディア出演のお仕事でお疲れだったのか、ちょっと目がトロンとしていて、なかなかやばい顔をしていましたね(笑)。「あの番長でもテレビ収録は疲れるんだな…」と思っていたら、お腹をさすりながら「俺、最近太ってきたよー。でも明日朝飯食わないで、夜は部屋でネトフリ見てるわ」なんて、相変わらずのマイペース全開で大笑いしました。今の解説のお仕事の裏話や、最近の競輪界の話など、お二人とも出し惜しみせず何でも教えてくれて、本当に楽しい時間でした。
ただ、僕も話を聞いてばかりでは申し訳ないと思い、お二人を盛り上げようと、とっておきの“自虐ネタ”を披露したんです。それは、僕がまだ20代で右も左も分からない若手だった頃の話。当時、ものすごく信頼していたある方に、言葉巧みに「山」を売りつけられたんです(笑)。今思えば、一種の詐欺ですよね。その方は、僕を伊勢神宮の特別参拝に案内してくれたり、美味しいご飯をご馳走してくれたり、グランプリ前には福島の自宅まで占い師を連れてきてくれたりと、後援会の方以上に僕に尽くしてくれていました。
「身寄りがないから、ぜひ伏見さんにこの山を引き継いでほしい。いずれ道が通って価値が高騰するから」
そう言われて、僕はすっかり信じ込み、高額な値段でその山を買ってしまったんです。この話、岩見さんには以前からしていたんですが、有坂さんは初耳だったみたいで。人の不幸話が大好きな有坂さんは、「おいおい伏見、マジかよ!」と大喜び。最高の盛り上がりでお開きになりました。そして次の日。知り合いから「おい伏見! YouTubeの生配信で、有坂たちがお前が詐欺で山を買わされた話を大々的に喋ってたぞ!」と連絡が入ったんです。「えっ、もうネタに使ってるの!?」さすがに驚きましたね。もう完全にプライバシーの侵害ですよ(笑)。今度お二人に会ったら、「公の場で僕のプライベートをネタにしないでください!」って、一言文句を言ってやろうと思っています(笑)。
ちなみに、その山は今どうなっているのかというと……未だに僕が所有していて、毎年せっせと固定資産税を払い続けています。
知り合いの不動産業者などに「誰か買ってくれないかな」と相談しているのですが、そもそもいまだに道は通っていないし、実用性も全くなくて、誰も買ってくれません。僕はこれからも末永く、あの山の所有者として税金を払い続けます……。
体調不良もありましたが、ファンの皆さんの温かい声援、そして先輩方との楽しい再会にエネルギーをもらった最高の5月でした。これからも、応援してくれる皆さんのために全力でバンクを駆け抜けます。
(※文中敬称略)
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伏見俊昭
フシミトシアキ
福島県出身。1995年4月にデビュー。 デビューした翌年にA級9連勝し、1年でトップクラスのS級1班へ昇格を果たした。 2001年にふるさとダービー(GII)優勝を皮切りに、オールスター競輪・KEIRINグランプリ01‘を優勝し年間賞金王に輝く。2007年にもKEIRINグランプリ07‘を優勝し、2度目の賞金王に輝くなど、競輪業界を代表する選手として活躍し続けている。 自転車競技ではナショナルチームのメンバーとして、アジア選手権・世界選手権で数々のタイトルを獲得し、2004年アテネオリンピック「チームスプリント」で銀メダルを獲得。2008年北京オリンピックも自転車競技「ケイリン」代表として出場。今でもアテネオリンピックの奇跡は競輪の歴史に燦然と名を刻んでいる。