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早大の総長も務める政治学者の田中愛治の古稀を記念してつくられた論文集。田中の弟子筋にあたる人が中心となり、田中の研究テーマの1つである「無党派」について考察しています。
90年代、00年代と、日本の政治を大きく動かしてきたのが無党派ですが、その無党派はどのように捉えるべきなのか? 10年代20年代の無党派をどう捉えるべきなのか? 海外の無党派はどうなっているのか? といったことを論じています。
野党の再編が進み、それとともに無党派の動きが注目されている今、興味深い知見が詰まった内容となっています。
目次は以下の通り。
序 章 なぜ無党派層か(遠藤晶久・三村憲弘・山﨑新)
第1部 無党派層をどう見てきたか
第1章 マスメディアにおける無党派層報道の変遷と特徴(細貝亮)
第2章 「政党支持なし」層の意識構造──政党支持概念再検討の試論(田中愛治)
第3章 1990年代における政党対立次元の変容(ハーバート・F・ワイズバーグ 田中愛治〔遠藤晶久訳〕)
第4章 2000年代以降における有権者の政党対立空間──積極的無党派層の行方(三村憲弘・山崎新)
第2部 無党派層の特徴
第5章 無党派層への社会的アイデンティティ──積極性を生む政治的メカニズム(三村憲弘)
第6章 無党派層の政策関心・政治知識・メディア接触(山﨑新)
第7章 政治参加にみる無党派層の変化(張替孔矢・荒井紀一郎)
第8章 無党派層の投票行動(遠藤晶久・劉凌)
第9章 無党派層とソーシャル・ネットワーク環境(加藤言人)
第10章 選挙制度の不均一性と無党派層──投票判断基準の分析(小川寛貴)
第3部 無党派層の国際比較
第11章 党派的分極化時代のアメリカにおける積極的無党派層(飯田健)
第12章 ヨーロッパにおける無党派層──党派性の役割と政党システムの条件付け効果(日野愛郎・貫井光)
第13章 アジアにおける無党派層(ウィリー・ジョウ〔遠藤晶久訳〕)
結 び 無党派層を問い続けて(田中愛治)
第1章・細貝亮「マスメディアにおける無党派層報道の変遷と特徴」
無党派層は特定の政党を支持しない層のことですが、それは世論調査の広がりとともに明らかになった存在で、60年代ころから存在が認知され、メディアでよく使われるようになったのは77年。前年の総選挙での新自由クラブの躍進などが背景にあるといいます。
マスメディアは基本的に無党派に好意的でしたが、これは無党派には「若者」や「高学歴者」が多く、「健全な批判精神を持つ有権者」の代弁者とされたから。また、政治の変化や流動性を説明する存在として「無党派層」が用いられ、「無党派層」が一定のまとまりをもった集団のように扱われてきた面もあるといいます。
第2章・田中愛治「「政党支持なし」層の意識構造」は1997年の論文の再録(序章では田中(1992)の再録となっているけど田中(1997b)の誤り?)。今まで支持政党を聞いた上でその残余として捉えられてきた無党派を積極的に政党を支持しない層として捉えようとしています。
また、政党支持を考えるうえでの「支持の幅」も検討しており、例えば、同じ自民支持でも、「自民か参政」という人と「自民、国民、候補者によっては立民でも」という人ではその意識はかなり違っているはずです(ただ、この論文は90年代のものなので社民連、連合といった懐かしい政党の名前が出てきてます)。
第3章・ワイズバーグ・田中愛治「1990年代における政党対立次元の変容」は2001年の論文の翻訳&再録。90年代の政界再編が有権者の政党支持をいかに変えたかを追っています。自社さ政権以降、無党派と共産党が反規制政党の次元で似たような位置にいたことが興味深いですね。
第4章・三村憲弘・山崎新「2000年代以降における有権者の政党対立空間」は00年代以降の政党対立の軸と無党派層の位置を探った論文。いろいろな政党が誕生したり消えたりしたが対立軸と無党派の中道志向はそれほど変わらないと。
そのうえで著者は次のように述べています。
既存の有力な政党に代わる「新しい政治」というのが、既存の保守政党や革新政党が取る右や左の志向をもっと先鋭化させていくような路線ではなく、保守でも革新でもない中道志向で変革を求めていく路線だというのは、近年のSNSの発達などによって人々の間での党派的な対立が激しくなっているなか、民主主義において積極的無党派層が果たす役割を考えるうえで示唆的である。(115p)
第5章・三村憲弘「無党派層への社会的アイデンティティ」は積極的無党派がどのような特徴を持つのかを10年代後半の調査を使って分析した論文。無党派であることに社会的アイデンティティを持つ人は政治に関心を持ち民主主義のシステムを支持する傾向が強いといいます。
ただし、党派の支持者は周囲にそれを表明している人ほど政治への関心が強いのに対して、無党派はそうではありません。積極的無党派の人もそのスタンスの表明は身近な人に限られる傾向があり、また、積極的無党派の人は「新しい政治」を求める改革志向が強いとのことです。
第6章・山崎新「無党派層の政策関心・政治知識・メディア接触」はタイトル通りの内容。無党派を無党派意識の強い層と弱い層に分けて分析すると、政策関心や制度・争点に関する知識については政党支持あり層と変わらないが、人物知識についてはやや弱いとの結果が出ています。
メディア接触に関しては、無党派層のほうが新聞やNHKを情報源にしている割合が低く、民放を情報源にしている割合が高いです。興味深いのは政策関心において経済と年金については強い無党派と弱い無党派の差があまりない点。だからこそ、このあたりが選挙の勝敗を左右するのかもしれません。
第7章・張替孔矢・荒井紀一郎「政治参加にみる無党派層の変化」は1976〜2017の無党派の変化を概観。00〜09年にかけて民主党がその支持層を若くしながら支持を伸ばし、10年以降は支持層が高齢化していく157p図7.2が興味深い。そして12年から無党派大幅増となっています(156p図7.1)。
2017年の時点ではSNSへの政治的書き込みをした人は少なく、「「ソーシャルメディアには政治的な意見が溢れている」かもしれないが、「ソーシャルメディアで政治的な意見を発信する人はほとんどいない」のである」(162p)とのこと。
第8章・遠藤晶久・劉凌「無党派層の投票行動」は無党派の投票行動を無党派志向の強い層と弱い層に分けて分析した論文。意外と無党派志向が高い層の投票行動は読みにくく、低い層はその時々の野党の「勝ち組」に入れるような傾向があるといいます。
第9章・加藤言人「無党派層とソーシャル・ネットワーク環境」は投票先を決める要因ともされているソーシャルネットワークについての分析。無党派も支持政党を持つ有党派もSN環境の豊かさについては特に差は見られないと。ただし、相手の投票先は知らないことが多いそうです。
第10章・小川寛貴「選挙制度の不均一性と無党派層」は選挙制度の不均一(衆議院は小選挙区、参議院は大選挙区のような)が無党派の有権者にどのような影響を与えているかを分析。不均一な地域の有権者は政党本位の投票をしにくいのでは?と予想するが、実はそうではありません。
2009年の衆議院選の分析では、積極的な無党派層はむしろ政党本位の投票を行っていたとの結果が出ています。吉野作造は有権者は政党に参加するのではなく政党を審判する存在であるべきだと述べていましたが、積極的な無党派は吉野が理想とした有権者像に近いのかもしれません。
第11章・飯田健「党派的分極化時代のアメリカにおける積極的無党派層」、アメリカといえば党派的分極化ですが、実は無党派も40%前後存在し、無党派が注目された70年代後半と同程度のレベルにあります。このときの若者が年を経ても無党派として残っていることがうかがえるとのことです。
著者はアメリカの積極的無党派にある超党派志向を実験で確かめており、この結果からは分極化するアメリカ政治の中で積極的無党派がそれを緩和する役割を果たす可能性も示唆されています(ただし妥協は党派性を持ち支持者を失わせるかもしれない)。
第12章・日野愛郎・貫井光「ヨーロッパにおける無党派層」はヨーロッパにおける無党派を分析。国ごとにより違いが大きくオランダ、デンマーク、フランスなどでは増加しているが、スペイン、ノルウェー、フィンランドなどでは減少傾向にあります。
第13章・ウィリー・ジョウ「アジアにおける無党派層」は日本・韓国・台湾・フィリピン・モンゴル・タイの無党派を分析していますが、見事にばらばらで面白いです。
例えば、日本は若年層・高学歴で無党派が多いですが、フィリピンは高齢層・低学歴で無党派が多いです。これは非政治的無党派と非党派的無党派がいるからで、フィリピンは前者が中心で、日本では後者が多いと言えます。
もともと東アジアでは民主主義の歴史が浅いため親子での政党支持の継承などは少なく、また、権威主義体制下での弾圧もあって社会的亀裂に基づく労働者の政党なども少ないです。そうした中でも無党派の割合などは国によりけりで、各国の歴史や政治システムなどがいろいろと影響していると思われます。
「結び」では、田中愛治が自らの無党派研究を振り返りながら次のように述べています。
私はこれまでずっと、日本の無党派層は、その時その時にどの政党に投票していようとも、第2次世界大戦後の日本の自由主義経済と自由民主主義を維持する政治システムに正統性を与えており、その政治システムをより現実的にうまく運営できる政党に投票しようとする傾向があると考えてきた。数年前までは、その傾向は時代を超え世代を超えて一貫しているのではないかと考えてきた。(中略)
しかし、私の従来の分析にもとづく認識が、現在の日本の有権者の政治意識とは大きく乖離している可能性が高く、従来のフレームワークでは、今後の日本の投票行動や政党政治のあり方を予測することはもはや困難になってきたと、現時点では感じている。そのことは、私の知的好奇心を掻き立てる現象であり、今後、私が再び投票行動研究・政治意識研究に戻るとすれば、新たに挑戦してもよい課題かもしれない。(299p)
途中でも述べましたが、日本の積極的無党派はかつての吉野作造が理想としたような、政党の実績や政策を見てそれを審判するという意識をもった存在と言えたかもしれませんが(もちろん、それは一部であり全部ではない)、ここ最近の無党派はそうではないかもしれないという危惧が示されています。
一方、それを嘆くだけでなく、できれば研究の課題としたいというところに、本書の監修を務める田中愛治のバイタリティを感じますね。