懐かしき「ジンタ」を再現 北村小学校最後の運動会で生演奏 宮城
山あいの小学校に「ジンタ」のにぎやかな生演奏が響いた――。学校統合を控える宮城県石巻市立北村小学校で16日、最後の運動会があった。かつての運動会では地元の農家らによるバンド「大沢楽隊」の生演奏がつきものだったが、解散して今はない。楽隊と交流があったプロの演奏家らが急きょ集まり、この日限りで演奏を再現した。地域住民らと最後の運動会を飾った。
全校児童41人。快晴のもと、グラウンドには大勢の保護者や地域住民が駆けつけ、児童のはつらつとした動きを見守った。
運動会は1・2年生の徒競走で始まった。スタートの合図と共に、テント席に陣取った楽隊の演奏も開始。低学年の児童にはゆっくりめのテンポ、高学年の児童には速めの演奏。児童の動きに合わせて太鼓や金管楽器で盛り上げていく。
演奏は、石巻市内でライブハウスを経営し、チンドン屋の演奏もする相沢政洋さん(62)ら石巻の3人に、東京から駆けつけたバンド「ジンタらムータ」の大熊ワタルさん、こぐれみわぞうさんの2人が加わった。サクソフォン、クラリネット、コルネット、ゴロス(大太鼓)、ケース(小太鼓)。大沢楽隊の晩期と同じ5人で編成した。
石巻市北村の大沢地区を拠点に活動した大沢楽隊は、約100年前の大正末期に結成された。地元の有力者が「地域の人に夢と希望を」と私費で管楽器を購入。村の若者が、当時の無声映画で演奏していた楽士から楽器の演奏を学んだという。
「ジンタッタ、ジンタッタ」。奏でる独特の演奏から、当時の小編成ブラスバンドは「ジンタ」という愛称で呼ばれた。小学校の運動会、地域の祭り、商店の大売り出しの宣伝などに引っ張りだこ。チンドン屋音楽のルーツにもなったという。
やがて音楽がテープやレコードなどで手軽に提供できるようになると、楽隊が生演奏する機会は減っていった。それでも大沢楽隊は北村小の運動会などで演奏を続け、地域に残る楽隊として珍しい存在になった。
2005年にはCD「疾風怒濤(どとう)!!!」を発売し、全国的な注目を集めた。しかし、隊員の高齢化が進み、2代目楽長の渡辺喜一さんが13年に亡くなり、大沢楽隊の活動は停止した。
石巻の歴史や文化を深掘りし、地域誌「石巻学」を発行している大島幹雄さん(72)は大沢楽隊に関心を持ち、ゆかりの人たちと話し合う中で、北村小の運動会が最後になることを知った。「大沢楽隊を再現できたらいいな」。思いついて口にしてみたところ、演奏家が協力してくれることになった。
2代目楽長・渡辺喜一さんの長男、俊夫さん(74)は、自宅の作業小屋にあった大正時代の初代ゴロスを持ってきて演奏してもらった。「懐かしい。おやじの顔が浮かんだ。感無量です。生演奏で運動会をしていたというのは、改めてすごいことだったんだな……」
初めて生演奏で走った6年生の菅原旭飛(あさひ)さん(11)は「昔あったジンタが復活してうれしい。プロの方が来てくれてありがたい。最後の運動会だけど楽しくできました」。
大沢楽隊のファンで交流もあった東京からの助っ人、大熊さんは「歴史ある学校の最後の運動会で演奏できて良かった。音で一つになれた。これは一つの句読点。記憶として心の中に残ってほしい」と話した。
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