「めんどくさい」の代わりに「世話が焼けるな」を使うといい感じに慈愛がこもるからよく使う 例:このレシピ、塩もみしたあとさらに下味つけて寝かせるのか…世話が焼けるな…
瀬戸水葉
瀬戸水葉
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いままでLINEしても超あっさり返信だった妹、結婚してからもやっぱり超あっさりだけど、文末に「楽しんできてね」とか「水飲んでね」とか「気をつけな」とかつけてくるようになった、きっと旦那さんから日々そう言われてるんだろう あなたが大事にされていると思えて姉はうれしい、どうか愛されていて
水道代払って帰ろと思ってローソン寄ったら高校生くらいのアルバイトさんがお弁当についてるマヨネーズをレンジで爆発させてあわあわしてて、バックヤードから補充肉まん持って登場したオーナーらしき人があ〜僕もこないだマヨボンさせちゃったから大丈夫って適当に励ましていて平和だった マヨbomb
この世で電子化してはいけないと思うもののひとつは絵本 絵本は絶対に紙でなければいけない、コンパクトになってもいけない、重くて、かさばって、スペースをとるものでなくてはいけない
「ねむい」と「ねむたい」の違いを思うに「た」のかわいさ創造力は偉大 「とける」と「とろける」の違いを思っても「ろ」の溶解力は偉大 ひらがな一文字一文字のことが大好き
泣かない人が強いんじゃなくて、ワンワン泣いてコンチクショーだのなんだの言いながらでも明日の朝ごはん用にお米をといで炊飯器の予約ボタンを押せるような人が本当に強い人なんだよって言ってくれた人のことずっと忘れないね
「めっちゃ安いね」じゃなくて「お財布に優しいわ」って言いたい 「てかさ」じゃなくて「あのね」って言いたい 「あの人意味わかんない」じゃなくて「ちがう星に住んでるのかもね」って言いたい
からあげクンを食べながら電車待ちしてる高校生2人組のうちの片方が「てか別にこれもおいしいけどさ〜チーズが好きってこの前も言ったじゃん
はいおまえオレ検定3級〜」って言ってて超和む オレ検定
店員さんの「ポイントカードお持ちですか」「袋お付けしますか」「お箸ご利用ですか」って聞かれることを見越してカゴ渡すより先に全部言ってる人がたまにいるけど、もう流れを覚えてて口から勝手に出ることを知ってる身としては、ハイクオリティな優しさとして「言わせてあげる」のが正解だと思ってる
こんな時代こそ「でこぼこフレンズ」って言葉がいかに重要かをみんな再確認したほうがいい 番組のコンセプトが「ぼくときみはちがうけど、だからぼくは、きみがすき」なの泣けてくる
お金がないのってシンプルに悲しい 明日食べるお米がないとかそういうことではなくて、シャンプーは特売で一番安いの選ぶとか、映画観たいけど1500円あればハイターの詰め替えも柔軟剤もたまごもツナ缶も買えるなって考えちゃうこととか、バス代惜しんで歩くとか、なんてことないひとつひとつの諦めが
電車の中で水筒の中身をこぼしてしまってうろたえている中学生くらいの子に、大丈夫?じゃなくて大丈夫だよって声をかけていた人いて、余裕ある大人は素敵だと思った 周囲の視線を浴びて恥ずかしいだろうし焦るであろうし大丈夫なわけない、ピンチのときこそ強い肯定がうれしい
「バラを差し出すその手にはいつもかすかに香りが残る」という中国のことわざのことが大好き 相手に美しいものを渡したとき、自分もその恩恵を受けている 相手にやさしいものを与えたとき、自分もその温かさに癒されている
前を歩いてた人がおもむろにスマホ出して「すみません娘の体調が悪くお迎えに行くので今日は...はい...あ、ありがとうございますお休みさせていただきます...」って言って電話切ってそのままケンタッキーに吸い込まれていってなんかよかった
会社に入りたてのころ、退勤しようとする私に「お疲れ〜また明日ね」っていつも声かけてくれる先輩がいて、役に立っているんだかいないんだかわからない日々だったけど、そう言われるたびに明日も来ていいんだ〜と思えて本当に嬉しかった いまは私が後輩に言いまくっている
「返信不要です」じゃなくて「ご多忙かと思いますので、お返事はどうぞお構いなく!気が向いたときにでも!」って書いてくれる人のこと大好き 返すか返さないかの選択を私に委ねてくれてありがとうすぎる
社会人なりたてのころの「なにがつらいってわけじゃないけど知らない/できない/わからないことが多すぎてその場にいても手持ち無沙汰で、かといって下手に出しゃばることもできず、貸す力もなく、ちいさく呼吸することしかできない」みたいなしんどさ、いま思い出しても息がヒュッとなるよ、わかるよ
妹が「結婚すると自由がなくなるってよく聞くけど、一人だと大変だったりめんどくさかったりして諦めてきたことも二人ならまあやるかって思えるし、話す相手がいつもいて相談も愚痴吐きもできるから頭的に自由になったー」と言っていてすごかった 頭的に自由
部活のジャージ着た高校生が、怠そうに単語帳を開いて、怠そうに赤シートを滑らせてる リュックには神社のお守りがついていて、膝にはお弁当入れを乗せていて、2リットルは入るであろう水筒を脇に置いて、眠そうなあくびをしながら淡々と 誰かの大きな愛が静かに見える
社会に出て気づいたこと わからないことをわかりませんって言える人はすごいし、わかりませんのあとに教えてくださいって付け加えられる人はどんどん成長するし、教えてもらったあとありがとうございますって満面の笑みでお礼して、じゃ自分でやってみますって言える人は最強 瀬戸のことです
ずっと申し訳ありません星人で、ありがとうでいいのにすみませんって言いがちだったけど、いつからか「適度に図々しくあることは賢さだ」と気づいて、もっと人と楽に、楽しく、適当に、軽やかに話せるようになった 入社後の教育担当の人に「いろいろお手を煩わせてすみません...」って申し訳なさを感
たとえ誰かのいってらっしゃいがなくても、毎日の朝ごはんがお昼に持っていくお弁当の残りでも、多く作りすぎたカレーの行き先が自分の胃のみであっても、高熱のときポカリとゼリーを入手するすべが自分の足しかなくても、私はしっかり生きていくし明るく楽しく暮らすこと絶対に諦めない
コンビニってきっと深夜すっぴんでアイス買いに行くとか公共料金の支払いするとか疲れたからスイーツめっちゃ買うとかしたい場所でもあって、だからこそその匿名性というか店員と客の「関わらなさ、深入りしなさ」が求められるのかなって思うこと結構ある
高校から8年付き合って、25歳でそれぞれ予定通り貯金が目標に達したから結婚ってすごいな 「高校から8年」も「25歳で予定通りの貯金額に到達」も口で言うほど簡単なことじゃないと思うほんとに
ケーキ屋さんでバイトすると、今日も誰かの誕生日だって感じられるしなかなか普段口にしないおめでとうございますを毎回言えて楽しいと友達が言ってたことずっと忘れられない 人をお祝いするって意外に貴重なんだよね
たとえば「ブルーベリー食べた次の日って目がよく見える気がする」と言われたとき、たとえ本当はそう思っていなくても「目に良いって言うもんね〜」くらいは言える優しさと穏やかさは、万人が持つべきだと思う 実際は「そんなわけないでしょ」「気のせいだよ」って会話を断絶させる人の方が多いけど
「愛しい」と「愛おしい」の違いを知っている人 「そうなんだ」と「そうなんだ…」をちゃんと使い分けられる人 「いってらっしゃい」のあとに「気を付けて」を添えることのできる人 「おかえり」のあとに「寒かったでしょ」をくっつけることのできる人 そういう人の書く文章のあたたかさは秋
マクドナルドの店員さんって階級(というか役割?)によって制服違うのはなんとなく知ってたけど、駅前のお店通りかかったとき、赤いスカーフ巻いてるスタッフさんがいて何者なんだ...と思った
子どもの名前に意味や願いを込めるって当たり前だと思ってたし、小学校でも親に聞いて調べて発表しましょうの時間があったくらいだけど、「願いなんて重すぎる、生きててくれるだけで十分」って意見を聞いて、生まれた日のお天気や花や色を名前にするシンプルさも素敵だと思った 雨とか菫とか青とか
エマ・ワトソンが発案したセルフパートナー(その人自身がシングルの状態で充実/満足して、幸せを感じられて、充実感を得るためにパートナーが欲しいって思わない人のこと)の概念をすごく気に入ってる、というかしっくりきてる ロールモデルは少ないけどいろんな人生をナイスって言い合えたらいい
お風呂あがりに呑気にカルピス飲んでて、ぼけっと眺めてたアカウントに消えたいとか生きてる意味ないとか孤独で辛いとかって呟きを見たから、ローソンのクーポン(300円とかそのくらい)送って明日はゆっくり休んだらいいんじゃんと適当に励ましてみたら仲良くなって早5年の人、いまブラジルいて草
たとえ数百円でもクレジットカードで支払うときはご一括でよろしいでしょうか?と聞くマニュアルなんだろうからはいと答えればいいだけの話なのに、200円を分割払いするの?とか、そうに決まってんだろとか言って店員さんに要らぬ不快さを与える人のひん曲がった根性をトンカチでまっすぐにする仕事
話の切り出し方は人によって決まった言葉を言いがちだと思うんだけど、昔から仲の良い友達に「いいこと思いついたんだけどさ」で始める子がいて本当に大好き、全然よろしくないこと(会社やめよかなとか、仕事サボろかなとか)でもこれで話し始めるのがポイント
ずっと探してる曲がある アニメかなにかの曲なのか完全にオリジナルなのかも不明、児童館でいつもピアノを弾いてた中学生(たぶん)が楽譜が読めない私に根気強く聴かせて教えてくれたもの 曲名聞いたかもしれないけどあの頃の記憶ほぼなくて忘れてしまった 知ってる〜って人がもしいたら
「読書が子ども時代(休み時間/放課後/家)を生きる支えになった」って経験のある人にしかわからない感情があると思う ただ本読むのが好きとか買うのが好きとかじゃなくて、もう本や本を読む時間それ自体が生きる希望ですらあったという経験
最近の若い子は真面目だから、真面目でいられなくなった(サボりたい/休みたい/休憩したい)ときの自分の扱い方や受け入れ方を知らなくて、あるときぽっと火が消えたように学校や仕事やバイトや所属するコミュニティから姿を消す みたいな話を聞いた
谷川俊太郎さんの「どうしても忘れてしまう、記憶だけが人間をつくっているのだということさえ きっと人間は歴史のうちに生きてはいない、限りない流血も人を賢くしない、忘れ去ったものがゴミのように澱んでいる場所でしかきみもぼくも話し始めることが出来ない」という文に学ぶことはあまりに多い
なんとなく行きたいと思ったラーメン屋さんには明日にでも行ったほうがいいしなんとなくおもろいと思ったLINEスタンプはすぐに買ったほうがいいしなんとなく表紙が気になって手に取った本はすぐレジに連れて行ってあげるといい そのときはわからなくても、なんとなくのパワーはすごいから
だいぶ前に大学の先生が「解釈を保留して現象に留めておく」ってことを講義で説いてくれてからというもの、生活において「判断を待つ・解釈を一旦しないでおく」ことにかなり大きな価値を見出してる