同志社国際高が政治的中立違反なら森友学園も違反では?記者が追及 文科大臣「同志社からは多様な意見を扱った証拠として沖縄県のHPしか出てこなかった」
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自分のコメント(マイページ)コメント335件
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いやだからさ、今回の問題の本質は、違法行為を繰り返している人間たちに大事な生徒をほとんど騙し討ちみたいな形で預けて、彼らの活動に参加させてしまったことにある。記事の中に出てきたが、死亡事故がまだ起こっていないからと言っても沖縄みたいに知事が違法行為者を取り締まろうとしない地域があるのであれば国が介入してでも同じことが起こらないようにしてくれなければ困る。
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今回は死者が出ている。同列では全くない。 政治的行為によって日本の宝である女子高生が溺死したということを棚に上げて、他校に責任を押し付けようとするような勢力が支持されるわけがない。 だからと言って森友学園を支持する訳では無いが、 そもそも教育のあり方について疑問符がつくような場面が多々ある。見直しは絶対に必要。 リベラルに偏った教育は必ず、日本に不幸を招くことになるだろう。
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これを機に平和学習と称するものの全容が国民に晒されることを願います。 式典で国歌を斉唱しないくらいならともかく、国歌斉唱しないように生徒に指導する教師とかもこれを機にわかるといいですね。
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今回の文科省による同志社国際高校の平和学習への指導を、森友・加計学園問題と同列に扱う議論には無理があると感じます。辺野古の件は、生徒が亡くなるという重大事故が起き、安全管理や教育内容の妥当性が問われている。一方、森友・加計は行政手続きの透明性や政治介入が焦点で、問題の性質が根本的に異なります。また、文科省は同志社国際について、抗議活動への接触や多様な見解の提示不足を「政治的中立性」の観点から判断したと説明しており、所轄権限の違いからも同じ基準で比較することはできません。森友を持ち出して政府のダブルスタンダードを指摘する声は理解できますが、事故の有無や教育現場の責任の重さを考えれば、今回の件を単純に政治問題化するのは本質を見誤る恐れがあると思います。
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ああ、追求する記者は 同志社だけの問題にせず、 日本国中で政治的中立違反があるだろう事例を 全て問題にしたいわけね。 わたし、学生時代に非常勤講師も兼任してました。 某高校の職員会議見たけれど、 某組合が校長に圧力かけて教育委員会から 伝えられて来た内容を、 変えさせようとしていた事例とか経験してる。 そういうのホントに検証していいのだね? わたしは右派左派関係無く、 中立性を損ねるものは あるべきでは無いと思うので 徹底するなら歓迎するし、 証言も惜しまないよ?
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辺野古事件は政治問題になっているが、もっとも解決しなくてはいけない事案は、教育依然の問題である。基地反対は自由と思うが、しかし人の命を奪うような手段(違法な抗議船の運航をさせていた事実、また平和教育の現場としてその現場に行けせる判断の甘さなど)で反対運動を行う権利はない。政治問題になる以前のこの大人(抗議団体、高校、この団体を支援している県知事、共産党及び社民党)達は、人の命をどう思っているのか、が問われている。平和運動以前の問題である。誠意ある謝罪と誠意ある額の賠償金の支払いを早急に行うべき。併せて海上警察による刑事告訴も甘んじて受け、相応の罰則を受けるべき。日頃戦争反対、軍事増強反対などと威勢のよい質問を繰り返す政治家の記者会見では拍子抜けである。無垢の国民一人の命を奪うような行動を意図的に行ったのである。共産党、社民党、県知事、高校はこの点を謝罪する記者会見を早急に行うべきである。
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辺野古反対派だけの意見だけを聞かせ続けることはダメってだけでそれでさらに高校生に活動の協力をさせるようなことはあってはならない。辺野古反対派だけでなく容認派の意見もしっかり聞かせることが大事。その上で法令違反などの活動に参加させては絶対ダメです。それだけの事なのに左派オールドメディアは自分たちは何言ってもいいけど反対意見は許さない。自分たちだけは特別だと思っているのが支持されないってなぜわからないんでしょうかね。
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法律違反というのであれば、適用基準や判断基準を明確に示さないと筋が通らないと思います。 今回の件について「これはダメでした」で終わるのではなく、どの行為のどの点が教育基本法上問題だったのかを具体的に示し、今後はこういう点に留意してくださいという形で全国の教育現場に基準を示すべきではないでしょうか。 そうでなければ、個別案件ごとに後から『今回は違反』と判断できてしまい、恣意的な法適用と受け取られても仕方ないと思います。 教育の政治的中立性は大切ですが、基準が曖昧なままでは現場が萎縮し、逆に何が適切な教育なのか分からなくなるのでは。
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それ言ったらどこかの学校が他の国に修学旅行行って土下座させられた写真も見たことがあるんだけれど。 この記者たちは右へ行き過ぎた例ばかりを論っているが、同志社国際高校のように左へ行き過ぎた例の方が多いんじゃないんでしょうか。
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そもそも、法律違反を認識しながら故意的に法律を犯す行為を繰り返してきた団体の活動に参加させることが、本当に教育と言えるのだろうか。 更には、平和の名の下に生命を蔑ろにしている団体に参加させることが平和教育なのだろうか。 今回の辺野古の件は明らかに平和や教育としては逸脱し過ぎていると感じる。
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