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「朝の満員電車で謎の美女がいつももたれかかってくるので、勇気を出して話しかけてみた。」

 毎朝の満員電車、今の会社に就職して5年、毎日乗り続けている。会社の最寄り駅まで1時間くらい立ちっぱなしだけど、壁際の良いポジションを見つけてあるから問題ない。この場所に来れないと本当に厳しい。四方八方から押され流され、体もねじれて最悪だ。乗らなくていいなら乗りたくないけど、出社するにはこれに乗るしか方法がない。仕方がないんだ。毎朝乙です。満員電車乗ったこと無いならわからんだろうが、ほんと地獄よ。小柄な人だと浮くらしいから、毎日わっしょいよ。よくもまあ5年間乗り続けてるよなって思う。マジで自分を褒めたい。頑張ってる俺、頑張ってるお前ありがとう。

 そんな日々を送ってる俺だけど、ここ最近ちょっと不思議なことが起こってる。さっきも言ったけど、毎日いいポジションつまり同じ場所にもたれられるように立っているんだけど、なぜか隣になる人が同じ人。まあ毎日同じ時間で同じ電車に乗れば顔ぶれも同じになるかだけど、絶対と言っていいほど彼女は俺の横に来る。必ず知り合いだったかなって考えてみたものの思い当たる節がないんだよな。しかも結構美人。好みとかそういうことじゃなくて美人なんだよ。
 降りる駅も同じで1時間弱の時間隣り合わせになるんだ。気のせいかもしれないけど最近は、俺にもたれかかってきてる気がする。もちろん俺が壁側に立っているしかなりの満員電車だからもたれてしまうのは仕方がないことなんだけど、毎日のように美人にもたれかかられるとさ、なんて言うのか男の性かまあ分かる気もするが、なだろそうなんだ。満員電車では両手を上げるのが常識になってきてるし、もちろん俺もそうしてる。だから余計に体がくっつくんだよある意味ご愁傷様だな1時間の修行かよほんとそれな。

 そんな毎日を送っていて、その日も俺はいつもの場所をキープできた。そして少し経つと、あ、彼女だ。もう顔も覚えてしまった。だけど、どう考えても知り合いじゃない。同級生や昔の仕事仲間、どこにも彼女の影はない。乗り込んできてすぐはそんなに混み合ってもいなくて、近くにはいるけど彼女とくっつくわけではない。でも途中の駅からめちゃくちゃ人が乗り込んできて、人の流れに乗ってやっぱり彼女は俺の横にやってきた。あーやっぱり今日も隣だ。しかもその日はいつにもまして大混雑。すごいたくさんの人で電車に乗り切れない人もいるほどだった。なんだよ平日だろう、混みすぎだっての。
 今日の混み方はすごすぎる。いつもと違ってもう持たれるとかじゃなくて押し合いへ試合のおしくらまんじゅう状態だ。ちょマジで込みすぎ。もたれている壁と反対側のドアが開きさらに人が乗り込んでくる。もう乗れない状況の中で押すに押されて、いつもは背中か横向きにもたれてくる彼女が真正面で向き合う形になってしまった。抱き合ってるスタイルじゃないか。そうなんだよ、いつもはチラッと見ていた彼女だけど真正面で向き合うのは初めてで、俺はなんかドキドキしてしまっていた。チラチラと彼女の顔を見ているとこの状態もなんか悪くないような気がして、おいあかんやろ顔に出てたんじゃないかその下心出ちゃってたかも、鼻の下伸びてたかも心臓がバクバクしてきて、なんか悪いことしてるような気分にもなってしまった。正面から見るのは初めてだけどやっぱり可愛いおっと心臓の音聞こえるなよ。

 俺の胸にもたれかかってる彼女をチラチラ見ていたら、不意に彼女と視線があった。彼女もこっちの視線に気づいて、少し驚いたように目を見開いて、すぐに視線を外した。俺のこと見てたよな。目あったよな。視線を外しても、この密着状態は変わらないし変えられない。彼女は耳が真っ赤になっていて、体制を変えようと動いてはいるものの、逆に押し込まれている。あんまり動かないで。ちょ、もぞもぞ動かれると、くすぐったいやら苦しいやら。いつもは耐えられる駅までの距離がもう遠い遠い。いろんな気持ちが入り混じって、この日ほど早く最寄り駅についてほしいって思った日はないぜ。

 やっと駅に到着。ここで大多数の人が降車する。俺も彼女も降りるから、少しずつ体制が楽になる中、動き出せるのを待っていた。体が離れるタイミングで彼女が、「すみませんでした」と顔を少し明るめながら謝ってきた。やば俺変な顔してたかな。え、こっちこそ申し訳ない。
 彼女は人混みに紛れて電車を降りて行ってしまう。俺は声をかけないともう会えない気がした。俺もここのところ彼女のことを意識していたけど、今日の彼女の視線は彼女も俺を意識してくれていた気がしたんだ。だから、これで会えなくなるのはちょっと寂しい気がして、俺は思わずあのと彼女を追いかけた。彼女もそれに気づいたのか、逃げるわけでなく、歩く速度を緩めて俺にちらっと視線を向けてくれる。

 「あの、えっと」話しかけたのはいいけど、俺、本当に人と話すの苦手だったのを思い出した。「えっと、あの、その」呼び止めた跡が続かなかった。何か言わなきゃって気持ちだけが焦る。彼女は足を止めてくれていた。でも、彼女も下を向いて視線をキョロキョロさせている。朝の混み合っているホームで何してんだか。「えっと、ちょっと、俺たち邪魔っぽいですね。」「そうですね、えっと、あっち。」そう言うとホームの隅の方を指さして、足早に歩き出した。

 俺は見失いそうになりながら、遅れないように小走りでついていく。足はや、出社時間大丈夫そうかな。でも、彼女大丈夫なのか。人の波が一段落して人が少ないホームの端の方に寄ったものの、お互い話を進めることができず、むしろ顔を合わせることもできず、ただ立っているだけ。このまま時間が過ぎてしまう。それは避けたい。
  「あの、いつも電車で一緒になりますよね。えっと、その」何を話せばいいんだ。「いつもくっついてくれますよね。」何言ってるんだ。急に、みんな、こういう時、どうやって話すのか気になってました。もう、パニック、そもそも、人が苦手なのに、追いかけてしまったなのに、どうしていいかわからない。言葉を続けられずにいると、「あの、ごめんなさい」「え、何が、え?」「あの、毎日お礼が言いたくていつも近くに立つんですけど、話しかけようとすると駅に着いちゃって。」

 その、ちょちょっと待って、俺には何の事やら。彼女は節目がちに、恥ずかしそうに話し始めた。彼女の名前は真知子。俺より2つ年下の彼女も会社へ出社するために、毎日俺と同じ電車に乗っている。つまりは、同じように満員電車に乗っているわけだ。その日も電車に乗っていた真知子さんは混み合っている車内で人と人の間に立っていた。電車に揺られながら本を読んでいると、後ろに違和感を感じたそうだ。気持ち悪いなと思い、立っている位置を少しずらしてみたが、やっぱり後ろから何か手のようなものがついてきていることに気がついた。彼女は痴漢されていた。気づいたものの声を出すこともできず、逃げることもできなかったそうだ。まだまだ駅までも遠く、声も出せず、怖くて泣くことしかできなかった。

 その時、「ちょちょっとやめてください」と近くに立っていた男の人が自分の代わりに声を上げてくれて、周りがざわつき始めると、その痴漢はどこかへ行ってしまったそうだ。声を上げてくれた人は、壁際に立っていた人だったらしい。そう、俺だ。あー、あの時、思い出した。確かにそんなことあったな。自分の前のおっさんが明らかにおかしな動きをしてたのを見て、周りを見てみたら、泣いてる女の人。これ、痴漢じゃん。最低だな。最初は他人ごと、関わったら厄介なことになるだろうなと考え、見て見ぬ振りを決め込んでたんだけど、そのうちその女の人が固まってしまい、泣き始めてしまった。周りにも気づいているらしい人はいたんだけど、みんな俺と同じように見て見ぬふりをしている。正直、俺もこのまま見て見ぬふりをしようと思ったぜ。だけどさ、女の人が泣いていて、明らかに困ってる。痴漢の手を取って捕まえることはできないけど、何か、何かできないかって考えて、その答えが、「ちょっとやめてください」と真知子さんの代わりに声を上げることだった。
  いろいろ迷った挙句であげた声だったから、変に裏返ってしまったことを覚えてる。正義感、本当に正義感だけ。真知子さん、可愛いよなぁ。そう、可愛いんです。確かに可愛いんだよ。それは否定しない。声を出せたのも、真知子さんが可愛いからってのも大きかったな。

 多分、その後、満員電車は駅について人に流されるように降車。真知子さんは、お礼を言おうとしたが、俺を見失ってしまったらしい。後日、電車に乗っていたら俺を見つけてお礼を言うタイミングを見計らっていたらしい。俺とは必ず同じ電車になることも分かって、俺はいつも同じ場所に乗っていることも分かったから、話しかけようと思って、毎日少しずつ近づいてきたそうだ。「毎日話そうとしてたんですけど、話しかけるぞって思うと駅に着いちゃって、駅に着いて電車を降りてる間に決心が鈍ってしまって、ごめんなさい。」「毎日その繰り返しだったので、気づいたらなんかいつもくっつくみたいになってしまっていて、なんかストーカーみたいに、ごめんなさい。」

 真知子さんはピョコンと頭を下げて、その後、そーっと顔を上げながら、俺の様子を上目遣いで見上げる。その様子がまた可愛くて、ぷ、俺は思わず吹き出してしまった。何だろう、動きが可愛い。俺が笑ってる様子を見て、顔を真っ赤にした真知子さんはオロオロと視線を泳がせながら、「えっと、それにあの後電車に乗るのが少し怖くなってしまったんですけど、あなたを見つけてから、あなたのそばにいると安心して乗っていられたってのもあったんです。」「そうだよね、怖かったよね。ちゃんと助けてあげられなくて、ごめんね。」そうだよな、あんな経験したら本当は怖くて電車乗れなくなっても仕方ないのに、俺はちゃんと助けてあげられなかったことを少し後悔した。

 そんな様子を見た真知子さんは目を大きく開いて驚いた顔をして、「そんな私は助けてもらえて嬉しかったです。声を上げてくださって、本当に嬉しかったです。あの、ありがとうございました」と、今度は深々と頭を下げて顔を上げると、まっすぐ俺を見つめてくれた。緊張しているのだろう、少し震えている手には、ぎゅっと力が入っている。「こっちこそ、声かけてくれてありがとう。真知子さんが安心できていたなら、良かった。君の役に立っていたなら、良かったよ」と、俺もまた笑顔で応えた。

 「確かに、いつも近くに来るなって思ってたけど、ごめんなさい、なかなか声かけられなかったんです。」
 最初は声もかけられなくて、思い切って追いかけてみたけど、2人とも話し始めることがなかなかできないくらいで、コミュ障2人でどうなるかと思ったけど、でも話し始めたら少し距離が縮まった気がする。もう少し話がしたいな、でももう仕事か、朝の慌ただしい時間帯もう出社までもギリだなと感じていた真知子さんも仕事があるだろうし、これ以上引き止めるわけにもいかないだろうな。

 でも、これでお別れも残念だし、寂しい。もう少し話したいな。「あの、俺もう仕事行かなくちゃいけなくて、あっごめんなさい、お忙しい時に時間を頂いてしまって、すみません。違う、違う、えっと、あの、もっと話をしたいなって思ったんだけど、もしよければ、今度ご飯でも食べながら、もう少し話をしてくれないかなって思ったんだけど」
 真知子さんはまた大きく目を見開いている。『うわ、デートに誘うみたいになっちゃった。いや、じゃないかな。大丈夫かな? いや、完全に誘ってる。でも思いきったな、コミュ障の俺にしては上出来だと思うぜ』と、心の中で焦っていた。

 さて、その結果はいかに。今日、初めて話をした女性に声をかけるなんて、今までの俺だったらありえない、絶対にありえない。でも、真知子さんとは、毎日顔を合わせていたこともあったからか、「もう少し一緒にいたいと思えたけど
、いきなり過ぎたかい?」「はい。私ももう少しお話ししたいです。」

 真知子さんはそう答えてニッコリ笑ってくれた。また会う約束をして、俺たちは会社への道を急いだ。なんだか少しだけ足取りが軽かった。ていうか会う約束も何も、明日も電車で会うのでは? 実質、毎日の電車がデートなのでは、そうなのか。通勤時間が楽しい時間になるの、裏山ですわ。満員電車でさえ楽しいがな。
 実際、次の日も会った。今までも約束していたわけではないけど、今も同じ車両で一緒に乗ってる。「おはようございます。」「おはよう、寝癖ついてるよ。」「え、うそやだ、またやっちゃった、今日二度寝しちゃって。セットする時間なかったから、簡単にしか準備できなかったんだー。」

 今までは無言で1時間だったのが、電車の中でも話をするようになったし、約束通り仕事終わりに食事にも行った。真知子さんは話し好きで楽しそうにいろんなことを話してくれる。俺はその話を聞いてるのが楽しかった。休みの日に一緒に出かけたりもした。ドライブが好きだって言ってたから、レンタカーを借りて遠出したりも何回か。一緒に出かけることを繰り返していくうちに、自然と付き合うことにもなった。手をつなぐようになるのも時間はかからなかった。

 朝、いつものように出勤する時間に電車に乗る。いつもの車両、いつもの壁際にもたれかかって、あの駅に到着するのを待つ。駅に到着すると、開く前のドアの向こうに彼女はいる。俺の顔を見つけると、ニッコリと笑って、小さく手を振った。ドアが開くと、降りる人を待ってまっすぐ俺のところまでやってくる。俺は彼女を壁にもたれさせ、壁と俺の間に入るように立たせた。俺の胸に少しもたれた後、俺を見上げるように顔を上げる。「ありがとう」と、毎日同じようにするのだけど、毎日嬉しそうに笑ってくれるこの彼女の笑顔、俺は守りたいと思っている。

 彼女と出会ってもうすぐ2年。あいも変わらず、電車で待ち合わせの毎日だけど、それももうすぐ卒業。彼女と一緒に暮らす部屋も決めた。来月には引っ越しだ。電車のドアではなくて家のドアを開けば会うことができる。彼女はもうすぐ俺の奥さんになるんだ。 ー 完 -



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