第223話 ジーーー。
「えーっと、このまま真っ直ぐ行くと足場が悪くなるんで、少し右へ迂回しますね」
「「りょーかーい」」
先を行くトカゲの尻尾を追いかけて進むと、これまで平坦だった地面は僅かな登り坂に変わった。
八宮ダンジョン地下六階(裏)。一行はエデル族の元・外交官リーダーの案内により、赤月茸の自生地へと向かっている。
溶岩の川が近くなってきたせいか、周囲の温度は次第に高まり、凡そ真冬には体感することのない熱気に曝されていた。
「ホント良かったのー?」
「ええ、問題ありません…………多分」
「多分て……」
「い、いま自分の中に残る、元・外交官としての勘が、皆さんと親睦を図ることこそが国益に叶うんだと、大声量で叫んでいるんです……」
「ちょっ、その勘、大丈夫……?」
あのあとエデル族たちは、初めに予定されていた話し合いへ向かおうとしていたのだが、元部下たちは「秒で仲間を売った裏切り者」「一緒に来られると同盟に支障をきたす」「居ない方がマシ」「売国奴」と、元リーダーに
そして一人残された元リーダーは、我々を赤月茸が生えている場所へ案内すると買って出てくれたのだが、彼が纏う悲しげな空気に、掛ける言葉も見つけられず今に至る。
「あと少しですよー。頑張っていきましょー!」
「「りょーかーい」」
……ま、大丈夫か。
◻︎
一歩進むごとに周りの温度が上がる、そんな錯覚を覚えるほど暑くなってきた。足元は灰色の土から固まった溶岩へと変わり、歩きづらさにも拍車が掛かる。
火山性ガスへの懸念と冷却効果を期待し、先ほどから風魔法で微弱な追い風を吹かせているが、最早これはロウリュウの役目しか果たしていない。
「いやー暑い暑い。このままでは干物になってしまいそうだなぁ! 干物にな!」
「「………………」」
リッチさんが放つ渾身の自虐ネタですら、誰からもツッコミがない。既にそれほど暑いのだ。
「……チッ!」
誰だ、いま舌打ちをしたのは! いくら暑いからといってそれは良くない。
そんなリッチさんの活躍によって、精神的な空気は冷えたものの、依然として現実の温度はこれっぽっちも下がらず、額を伝う汗は瞬時に乾き、水筒の水も残り少なくなってきた。
「だぁぁぁぁ……。あづぃぃぃ」
シマシマさんが周囲の熱に負け、羽織っていた教団服をおもむろに脱ぎはじめると、中からはビキニアーマー姿が飛び出した。
「あー、私も脱ぐー」
「それ涼しいー?」
それに触発されてマキチカもビキニアーマー姿となるが、目に毒というよりかは普通に危ない。
「ちょいちょいちょい。暑いのは分かるけど、転んだりした時に怪我するから、肌の露出はなるべく控えて」
「えー? それならあの人はどうなるんですー?」
そういってシマシマさんが指差した方を見ると、そこにはブーツ以外に何も着ていない、ほぼ全裸の猿渡さんがいた。
「ちょっ……猿渡全裸め……」
静岡ウェイトレスが一人、自己修復の
彼女たち三人のウエイトレスと店長の百地さんは、つい先日より異界薬理機構からの独立を果たした。
元より静岡のレストランは百地店長が独自に営んでいたので、本来の形態へと戻っただけなのだが、今でも声を掛けると、こうして冒険に付き合ってくれている。
「……あの人はそういう枠だから参考にしないで」
「んー、まぁそれなら……」
普通、全裸の女性が近くを歩いていれば、大なり小なり気掛かりなものだ。しかしあまりに暑いせいか、裸の猿渡さんが視界に映ろうとも誰も気に留めていない。これは露出狂にとっては由々しき事態ではなかろうか。
と、その時。元リーダーから念願の報告が上がった。
「あー皆さん、あちらに赤月茸が生えていますよー!」
彼の指差す先には、人の身長ほどもある真っ赤なキノコが生えていた。
「おお、これが赤月茸かー」
キノコの傘は赤一色に染まり、余計な柄は一切ない。軸の部分は
「んじゃ採取しちゃいますね」
そういって中村さんがキノコの根元にノコギリを立てるが……。
「ちょっ、あれ? ぜんっぜん切れないっすよコレ」
中村さんがノコギリを何度も往復させるものの、表面にほんのり白い粉が浮かぶだけで、刃は一向に入っていかない。硬くて食べられないとは聞いていたが、まさかこれほどとは……。
「ちょっと変わって」
今度は大島さんが剛力スキル全開で引っこ抜こうとしたが、それでもキノコは微動だにしなかった。
周囲の熱は限界に近く、これ以上は長居したくないので、爆発魔法で根元から吹き飛ばそうかと考えたその時、竜一郎さんがいそいそと服を脱ぎ始めた。
「どれ、私が引っ張ってやろう。あ、ちょっとこれ持っててもらえるか?」
「あっ、はい」
全裸の竜一郎さんから丁寧に畳まれた衣服を受け取ろうとすると、突然後ろから現れた猿渡さんがそれを奪い、竜一郎さんに向けてサムズアップを送る。
なるほど……。竜一郎さんを露出仲間だと認識したようだ。
「ふんっ、ぬうううううう!」
竜の姿に戻った竜一郎さんは、前脚でキノコを掴むと、一気にそれを引っこ抜いた。さすがはドラゴン。パワーが違う。
「よーし、抜けたぞ。予備として、あと何本か抜いておくか……って、みんなどうした?」
一同の視線は竜一郎さんの胸元に注がれている。ドラゴンの腹側……喉から尾にかけて……逆さに生えた一枚の鱗……。
「あっコラ! 私の逆鱗を探そうとするなっ!」
びっしりと並んだ鱗を凝視するも、様子の違う鱗はどこにも見当たらない。
「ねぇ参考までに、どれが逆鱗か見せてくれない? ほら、黒竜から剥がすときに手間取るといけないからさ」
「そう言いつつ、私の逆鱗を剥がすつもりだろ! そうはいくものか!」
竜一郎さんは両腕を胸元へ回し、身体を捻るようにして後ろを向いた。
「例えばだけど、黒竜を拘束して、逆鱗が生えてくるたびに剥がすってのはできる?」
「いやそれは無理だ。逆鱗は一度剥がれると百年は再生しない」
「えっ、そんなに?」
「逆鱗とは体内の余剰魔力が集まる場所に生えてくるもので、それゆえに癒しの術や薬でも元に戻すことはできんのだ」
「あー、なるほど。それは確かに希少部位っぽいね」
これ以上は逆鱗を探されたくないのか、竜一郎さんは近くに生えていたもう一本の赤月茸を急いで引っこ抜くと、すぐに人の姿に変身した。
「再生を早める方法は皆無?」
「辛い食べ物や飲酒などの刺激物を避け、なるべく消化の良い食事を心がけて安静にしていることで、ある程度は早まる」
「それ風邪の療法じゃん……」
「それと、逆鱗が剥がれた百年間はずっとヒリヒリするんだ。どうだ恐ろしいだろう……?」
「ヒリヒリ……か」
深爪した時の痛みや、口内炎が百年間続くようなものだろうか。だとすれば竜一郎さんが警戒するのも頷ける。
「よし。もう竜一郎さんの逆鱗は探さないから、着替えを済ませ次第ここを離れよう」
「分かってくれたなら良い……」
そんな逆鱗についての知識を増やしつつ、一行は目的のキノコを抱えて溶岩地帯を後にした。
さてこれで、入手の算段が付いていない材料は逆鱗だけだ。
元リーダーから詳しい話を聞かせてもらおう。
◻︎◻︎◻︎◻︎◻︎
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