大学で学生が政治家に要望書を提示したことについて、政治学者の河野有理氏が当事者適格の必要性を主張していたが、参政党の当事者適格性を無視しているのはなぜだろうか - 法華狼の日記
参政党員の集団は要望書へのサインを拒否して座りこみをかわした後、教室の鍵が開いていなかったことで暴言をはきはじめ、管理者のようにふるまいはじめたという。
「参政党は本当に講演会をやる気があったのか」東大・五月祭騒動 ルポライターが明かす異様な衝突、現場では党関係者から若者への“暴言”も | Smart FLASH/スマフラ[光文社週刊誌]
鍵を閉めたのは座りこみをおこなった学生でもなければ、学外の抗議者でもなかった。座りこみをおこなっていた学生たちは暴力にうったえることはなかったようだし、学外の抗議者は普段より抑制的にふるまっていたようだ。
上記エントリに対して、はてなブックマークで下記のようなコメントがついていた。
[B! 参政党] 大学で学生が政治家に要望書を提示したことについて、政治学者の河野有理氏が当事者適格の必要性を主張していたが、参政党の当事者適格性を無視しているのはなぜだろうか - 法華狼の日記
id:poko_pen "東大憲章前文に基づいて学生が過去の差別発言の撤回を求める事は道理としてなんもおかしくない" 東大生だからといって東大生を代表してるわけじゃ無いし、イベント主催者じゃ無いから尚更権利なんて無いのよ。
id:preciar 主催者でも無い赤の他人に書類を突きつけて、署名してもらえると思ってる奴の頭がおかしいだけだろ
id:nemuiumen 左右逆パターンを考えたら絶対サインしちゃダメなやつだし、こんなやり方を通したら右派の方がやりたい放題になると想像がつかないのかね。それともあらまほしき「大学憲章」は常に味方だから大丈夫とでも?
id:mochige ブログの大先生が「貴ブログのこの記述は差別なので撤回を求める、数分以内に回答がない場合は投稿禁止を求める」と言われる程度の思考の反転性がないなら、そんなブログやっぱりもう書く価値がないんじゃないかな
mochige氏のコメントだが、このブログには少なからず内容の訂正や撤回をもとめるコメントが書かれてきたし、はてな匿名ダイアリー等でさまざまな要望がおこなわれている。
「法華狼」の検索結果(196件) - はてな匿名ダイアリー
そうしたコメントを受けて修正や補足をおこなったことも何度かある。もちろん常に批判に納得するわけではなく、必要と思えば反論もしたが、批判をコメントする自由そのものは否定したことがない。さすがに同じ内容の非難をマルチポストされて最新コメントが流された時は、くりかえし注意したうえで新たな投稿は削除したが、過去のマルチポストは基本的に残している。
これはブログでさまざまな論争がおこなわれていた時代のなごりのような態度なので*1、むしろコメント欄を放任しすぎていると自認している。ゆえに他人がコメント欄などで私の批判に対して黙殺や削除をおこなう自由そのものも否定したことはない。
同じように学生有志の提示した「誓約書」は強制力などはなかったし、事実として座りこみはかわされて参政党員は先に進むことができた。強制力がないからこそ、あくまで「要望書」と表現しているのだ。
学生有志は講演前から要望書をSNSで公開して、神谷宗幣氏に通知もおこなっていた*2。直前に批判を提示したわけではないし、不当な批判であれば反論する選択肢もとれた。
神谷宗幣氏に、講演にあたって以下の誓約書への署名を求めます。
東大憲章の理念に掲げる「差別から自由な知的探求の空間」を守る確約です。
私たちは学内自治の精神に従い行動する主体であり、庇護される対象ではありません。誓約書に署名していただくため、当日は決然とした自律的対応を取ります。
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ここで実力行使にうってでたのは参政党員だ。たかだか過去の発言をつきつけられたくらいで。
念のため、エントリタイトルで書いた言論で対抗しなかった存在は、参政党のことを指している。
言論で応じるべきだったと主張する人々は、なぜ参政党にその責任を負わせないのだろうか。
なお、講演させなかったことで参政党の主張を知る機会や反論する機会が失われた、という理屈で学生有志を批判する動きもある。しかし引用したように講演が中止された原因は要望書で論点を提示した学生有志ではなかった。
そもそも要望書で具体的に引かれているように、過去から参政党の主張はおおやけに自由におこなわれているし、撤回しない態度を明らかにしたのであれば維持していると判断せざるをえない。
過去の批判を受けて反論なり修正なりして主張を更新してこそ議論に意味がある。過去の自身の主張にむきあうことすらできないのであれば、議論にあたいする存在であることを自ら放棄したとみなすべきかもしれない。いわゆる疑似科学や歴史修正主義といった詐術は、過去の議論の蓄積を無視することで成立する。
もちろん批判が対応する価値のない難癖と判断できれば黙殺すべきという考えもあるが、参政党の主張を肯定しない自認しつつ講演させて議論するべきだったと主張する人々が要望書の各論点に興味をいだいて論じている場面を見たことがない*3。
*1:かつて左派的なブログのコメント欄に右派が殺到して何度も炎上させる時代があった。そして左派的なブログのコメント欄が管理されることに、右派的なwikiでは批判的な評価すらなされていた。よそのブログに私が長文で批判コメントを書くこと自体への批判も見かけるが、私のふるまいは、その時代の対抗言論として意識的に身につけた態度ではある。もちろんその態度を選んでつづけていることの責任は私にあるが。
*2:日刊スポーツが報じた記者会見によると、神谷氏は要望の内容を見ていないと主張して、過去の具体的な発言を引いた批判を無視するように釈明している。 参政・神谷代表、東大の講演受けた理由や話す予定だった内容明かす 来月にも“代替”の会実施へ - 政治 : 日刊スポーツ
*3:あくまで見たことがないだけで、どこかに論じている人がいる可能性は除外しない。しかし冒頭のエントリでとりあげた河野氏らは、要望書を受けての参政党の主張そのものへの深い言及はおこなっていないようだ。