【無配再録】君の声に目を瞑る
イベントお疲れ様でした! お立ち寄り下さった皆様、本当に本当にありがとうございます。
こちら、当日無料配布していたSSの全文公開です。
声優パロ(声優×声豚『君の声に恋してるっ』の世界線)の話ですが、とりあえず『槍の声が大好きすぎる弓と、弓の耳がめっちゃ好きな槍』ってことを踏まえてもらえれば単体でも読めると思います。声優パロはいいぞ!
2018.08/02追記:本編本文再録しました→novel/9937358
下記、通販のご案内です。
▼通販各種、終了致しました。ご利用下さり誠にありがとうございました。
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ねむれねむれ、よいこはねむれ。
とん、とん、と腹を一定に叩かれる感覚に、爪先から口元まで柔らかな温かさに包まれているアーチャーは、どうしよう、と背中を汗でぐっしょり濡らしていた。
いつもより少し明るい寝室。花粉対策で導入した空気清浄機は加湿モードで静かに潤いをもたらしており、仄暗さに慣れた瞳が右へ、左へ。カチコチに緊張した心は到底寝る準備が出来ているとは思えず、しかしまどろみの影は手を伸ばしたところにあって。プチパニックな脳内を華麗にスルーし、颯爽と耳へ滑り込んでくる掠れた甘音に喉が勝手に「ひぃ」と鳴いた。
(このままでは、星空を背景に爆散して尊笑みを浮かべる姿しか浮かばない──)
尊笑み、とは。あまりにも尊すぎた時に、そっと合掌しながら〝一生の悔いなし〟といった感じの笑みを浮かべることであるが、何故自分がそうなっているのを描いてしまうのか。その原因は、仰向けで四肢をピンと伸ばしたまま寝そべる褐色の隣にある。現在進行形でアーチャーの腹をポンポンと叩き、そのリズムに合わせて子守唄を歌い紡いでいる青頭──クー・フーリン・アルスター、その人だ。
◆ ◆ ◆
「わ、すげぇ隈……寝れてた?」
「ははは……お見苦しい顔で失礼するよ、いらっしゃい」
チャイムが鳴って速攻開けた玄関越しに見えた赤い丸が、二つ大きく開いて細まって、待ちわびた客人を迎え入れた男の顔色に困惑したのは二時間前の話だ。
「仕事詰まってたところからの久しぶりの休みだろ? やっぱり今日は寝てた方がいいんじゃねぇ?」
手土産、とわざわざ買ってきてくれた期間限定フレーバーのアイスを受け取り、先にしまいたいからとリビングへ先行した後ろ。鍵をかけつつ問いかけてくれたクーにアーチャーは固まって、潤滑油の足りてない軋む動きで振り返る。
ギギ、と音が鳴りそうなそれに青の結い髪と一緒に肩を跳ねさせたのも構わず距離を詰め、心配をかけてしまった申し訳なさと、それ以上の欲で褐色は縋る。
「いや、いいや! 何をするよりも、君の声を聞いていた方がよっぽど元気になる……! そういう身体になってるんだ私は……!」
だから頼む、私の癒しを奪わないで──! 悲痛とも取れる叫びに顔を覆うクー。許してやれ、無自覚な煽り文句だ。死神に憑かれていると言われた方がいっそ納得出来る疲れ模様なのに、瞳だけは獲物を前にした飢えた獣のそれで、春物のコートを羽織った背筋が強ばる。両肘を胴に縫い止めるよう握られて、ガクガク揺すぶられ青い結髪がのたうち回った。
「わかった! わかったから、落ち着けって……」
「ハッ、私はなにを……!?」
「とりあえず冷凍庫しまお? んで、なんか飲んでのんびりしようや。しまってる間にオレが淹れるからさ」
大好きな声に平静へ引きずり戻された褐色は、自分の手がどこにあるのか確認して声にならない声で飛び退く。慣れたもの、と困り笑いで肩を竦めたクーは「牛乳ある? ココア飲みたい」なんて会話へ移らせながら足を進め、リビングのドアを潜った。
「アーチャーが淹れるほど美味くないとは思うけどな。ほら、しまったら座った座った」
「え、あ、やっ、」
冷凍庫にアイスを預けるのも袋をひっくり返す雑さで手伝われ、流石に客人に、とまごつくアーチャーの尻を掬い上げるようにペシペシ叩いてキッチンから追い出した綺麗な手は、慣れた手つきで上の収納から小鍋を取り出しコンロにかける。牛乳をとるため冷蔵庫を開けながら鼻歌を奏でるので、きっちり拾い集めた耳がドッと鼓動を増やして転がった。
お付き合いを初めて早幾月、幾年。
大大大好きで大大大ファンな完璧声優様はアーチャーの甘やかし方を完全に身に付けられたようで、仕事という鬼畜生に忙殺されかけたHP残量残り一パーセントの褐色をとにかく労わってくれることに定評がある。その甘さはホットミルクに垂らす蜂蜜を通り越して、角砂糖のメープルシロップ漬け・生クリームとホワイトチョコレートソースを添えて──といった具合で、一般的な成人男性よりも上背があり、鍛えているこの声豚を簡単に丸めてしまうのだから恐れ入った。なんてこった、糖分過多による心臓発作だ! 誰かこの中にお医者様はいらっしゃいませんか──! な日々はまるで夢のようで、しかし鼻に覚える甘さは現実のものだった。
自分も疲れているだろう、と心を向け、手を向ければ、オレはいつも癒してもらってるから、と。
正直癒せている実感のないアーチャーにとっては首傾げ案件なのだが、そんな仕草を見てすらクーは眩しそうに、面映ゆそうに笑ってみせるので、逆にこちらの背がくすぐったくなる。なので、基本的に声が沈んで結髪が力なく垂れているのを見かけたら甘やかそうと思うのだが、どうにも甘やかしきる前に「アーチャーはオレを甘やかすのが上手いなぁ」と瞳を両手で隠して丸まってしまうので、不完全燃焼で終えてしまうのだ。いや、君はこんなもんじゃないだろう……というのが褐色の思うところで、しかしどちらも甘やかし上手の甘え下手な様である。
「ほい、おまたせ」
「ありがとう……ああ、あったかい……」
ソファの背を軋ませ腰掛けたクーに手渡され、マグカップを両手で包み込む。ふんわり丸い湯気を浮かべるココアは表面真ん中に白い丸が浮かんでいて、端から熱でとろりと溶け始めていた。
「ホワイトチョコ? 珍しいな……」
「砂糖少なめにして、入れてみた。アルトリアさんと言峰さんが美味いって言っててさ」
食獣と名高い大御所さんと美食と名高い大御所さんのおすすめとのことで、ちょいとポケットに忍ばせて来たと目を細めマグを傾ける姿に胸が鳴る。喉のために酒はセーブしているらしいが、結構飲めるタイプのクーは酒飲みにしては甘い物が大好きで。どの季節の上着にもロリポップが忍ばせてあると気付いたのはハンガーにかけるため、預かると伝えてすんなり腕に乗せてもらえるようになってからだ。
「ん……うまい。柔らかい甘みだな、ほっとする」
口に含めば想像通りのまろやかさが広がり、白が滲んだ温かさが胃の淵までするりと降りて温かくなる。ほわぁ、と角張っているはずの肩がゆるゆるなだらかになった気がして、行儀が悪いが背骨を前に傾け肘を膝にくっつけて前のめりに。そのままズズ……と二口目をすすって、唇に残った甘みは不精をして舌先で舐めとった。
「美味しい。ありがとう」
「……」
「クー?」
「んぁっ? あ、いや……」
見開かれ零れかけていた赤い丸が、瞬いた青い縁取りに焦点を結び直す。どこを見ていたのか、遠くに焦がれている様な表情に口角を上げながら首を傾げば、視線が上と下に散歩してからココアを一口。
「……舐める仕草いいなーと……」
「ん?」
「なんでもないッス」
急なカタコトに疑問符を浮かべるが、音は通しても意味を聞き漏らした声は戻ってこない。折角の呟きを逃してしまった悔しさにマグに唇を預けて目を覚まさねば、とアーチャーは頬を軽く抓った。
「まだ夢かも、って?」
「や、これは眠気覚ましで──って、もうそんなことしないさ、さすがに。多分……」
「最後の方小さくなってますよ?」
拾って笑われては肩身が狭い。
確かに出会った当初、否、クーが出演するから──! と勇気を振り絞って参加した乙女ゲームのイベントから、事あるごとに頬を抓り己の覚醒を確認してきたのは確かだが、耳に、身に、隣に居るのが本物のクー・フーリン・アルスターであると刻まれては夢に目が眩む暇もなく。時折許容量オーバーになると魂が飛んで「これは……夢……?」と勝手に頬を抓ってしまうこともあるが、それはそれ。こうしてココアを一緒に飲める幸福は、今後ガチャが全て麻婆豆腐礼装になろうが構わないほどの現実なのである。
「言い方、意地悪ですよ?」
「そりゃ勿論、意地悪してぇなーって思って言いましたから?」
わざとらしい敬語で返せば似た響きでふわり微笑まれ、きゅう、と胸が鳴った。ああ、甘い。甘くて──
「ふぁ、あ…………っ、」
「ははっ、でっけぇあくび」
温まったおかげで眠気が手を伸ばしてきて、遠ざけたいのに鼻奥をくすぐる。そのせいで勝手に口が開いて酸素を大量に吸い込み肺が膨らんだ。顎がパキッと悲しくいったのはギリギリ聞こえてなかったみたいだが、指摘されては頬が熱くなる。
もごついて隠れないと知りつつマグで赤い視線を防げば、更にからりとした笑いが生まれて恥ずかしい。仕方ない、眠気というの抗いがたく、更にいえばリラックスしているのだから尚更だ。拗ねてると思われるの上等、素直にそのまま言ってやれば、青い頭は見事に固まった。
「なん……あー、もー……」
かこん。軽い音にマグから目だけ覗かせると、クーが空になったそれをテーブルに預けているところで。耳の端でソファの軋む音を聞きながらただ眺めていると、顎先がゆっくりと寄せられ甘さと湿り気を帯びて重ねられる。綺麗に端から端まで全部押さえられて、小さな小さなリップ音が自然と零れ落ちた。
鼻梁が傾きを変えるのに慌てて目を瞑ると、小指の爪ほどの吐息がかけられる。喉で笑った時の声に近くて思わず口を開けば、隙間へ差し込まれた舌先が軽く口内を撫でていった。残る甘さはアーチャーのココアより強く、ホワイトチョコレートの風味が鼻に抜けて消えない。
「急に、なん……」
「我慢できなかった。すまん」
「あやま──ふぐ、」
二、三、と繰り返されるうちにマグを包んでいる両手は胸元から腹まで下がっていき、寄せられた指につつかれ手を離す。少し離れた時にそれも机へ預けられ、ふかふかとした口付けは止まない。どうやら今日は柔い口付けの気分らしく細(こま)かなのを山ほど与えられ、角砂糖を積むように高め、追いやられていく。
本当に、クーのスイッチはよく分からない。
「──だめだ、」
とろり。すぐそこにあるものに音を上げたアーチャーの言葉尻を飲み込んで、ぐっと重ねを強くしたクーは唇をくっつけたまま器用に「いいよ」なんて言ってみせるが、このままではまずい。非常にまずい。
「だめ」
「大丈夫」
「ちがう、そうじゃなくて、」
「……ん?」
珍しく拒む言葉を繰り返したことで、ようやく唇が離れて焦点の合う位置まで顔が引く。熱量が見て取れるほど吐息が濡れていて、赤い瞳がグラグラ茹だっているのを膜一つ隔てた視界で確認したアーチャーは、堂々と闊歩してきた抗いがたいヤツに白旗を上げて背中でソファにダイブした。
「気持ちよすぎて寝そうだから、駄目だ」
◆ ◆ ◆
そして冒頭に至る。
疲れているところに柔らかく気持ちいいことが続くと眠くなるものだが、よもや睦み合うぞ! とばかりのキスがそれの手助けになるとは思わず、ポカーンとしたクーに顔を隠して謝り倒したのもそこそこに、「なら一回寝よっか」と許してもらうと同時に手を引かれ寝室へ拉致されて。アーチャーをベッドに投げ込み、布団を整えながらさりげなく自分も潜り込んだ青髪は、楽しげに子守唄を歌っていらっしゃる。
「寝れねぇ?」
「や、上手く言えないが、緊張とリラックスが肩を組みながら殴り合っていて……そして寝たら寝たで、めちゃくちゃ安眠できてしまいそうだから怖いんだ」
これぞまさしく、リアルおやすみCD。
今の世の中、シチュエーションCDと一言でいっても、バリエーションに富んだものが各社からリリースされている。一緒に料理してる気分になれるものや、ご飯を食べている気分になれるもの、お風呂に入っている気分になれるもの、ダイエットを応援してくれるようなものがあって、ニーズに合わせて多種多様。中でも昔から根強い人気を博しているのは、声優さんが羊を数えたり物語を朗読して寝かしつけてくれる〝おやすみCD〟というもので、現代生活に疲れた人々の癒しとなっている。クーも会社違いなどで数本出演しており、アーチャーは仕事に疲れすぎて逆に寝れなくなっている夜などによくお世話になっていた。
「君の声は安心安全安眠保証だから……」
「えーと、保証できるほど聞いてくれてるってことな。よしよし」
「ああああリアルだぁぁぁ」
家から出る予定はなかったためワックスで固めていない頭を撫でられて、寝室の静かさにのせて潜めた声色でよしよしされては顎が勝手に震える。喉から絞り出した声は顎の振動が移ってガクガクで、とっちらかってシーツに埋まった。
「……よしよし、仕事頑張ったなぁ」
「ひぅ、うぅぅぅー」
──エマージェンシー、エマージェンシー。クー・フーリン・アルスターさんが本気を出し始めました。
アーチャー反応が面白かったらしく、夜の響きを含ませているくせに包み込むような深い音で鼓膜を揺すぶってくるクーは、横向きで寝そべっていたところを肘で体を支える形で身を起こし、見下ろすように白い髪を撫でていく。地肌に指をあてる愛撫的な撫で方ではなく、表面をゆっくり梳かすような撫で方は褒める、甘やかす、といったのにピッタリで、気持ちよすぎて怖い。
堪えきれず布団を握って鼻下まで引き摺りあげれば、そっちがその気なら、とそのまま自身の最新シングル曲を口ずさみ始めて褐色の心臓を狩りに来た。この人、本当に寝かせるつもりがあるのだろうか。
「ね、寝れない……」
「なんで? 寝ていいんだぜ」
本気で驚いた顔をしているあたり、邪魔するつもりではないのが問題だ。
もっと自分の破壊力を知ってくれ……。ひっそり思うアーチャーの心臓は形容するならドックンコ、と大きく脈打って全身へ血を送り出し、それにつられて末端まで火照り出す。興奮が次第に集まってきて、このままだとまたしてもローリングベッドアウト(ベッドから飛び降りて転がること。アーチャーがキャパシティオーバーで時折やる逃亡方法、素人には危険)してしまいそうで、しかし動けるほど明瞭ではない脳内に歯がゆくなった。耳だけは素直に大好きな声を追いかけて、心を置いて勝手にリラックス。瞼もだんだん蕩け、しぱ、しぱ、と上下する動きも重たい。
「……その曲も大好きなんだが、君の歌う童謡を聞いてみたい……」
どうにかこうにか捻り出した案は本気で一発ガッツリ寝て、スッキリ起きてしまおう! と鈍い頭が蹴り出したもので、言葉の端からもう寝そうな気配を察知したクーは頷き了承してくれた。
「いいぜ、なにがいい?」
「森のくまさん……」
〝ある日 森の中 クーさんに 出会った。〟
曲名を口にすると同時に眠すぎた脳味噌がから回って、可愛らしい替え歌を奏で始めるから顔が変な風に歪んでしまった。頭を撫でるため左手を伸ばした体勢で、ちょうどクーの胸の下辺りに顔があるから見られてないことを願い目を閉じ、一拍おいてから紡がれ始めた可愛らしい音を追いかける。
まったく、いい声は何を歌っても絵になる。花咲く森の道でクーが歌っているのを描きながら、ふわ、と浮かぶ心地に身を任せ、「起きたらちゃんと埋め合わせするから」なんて届かないと知りつつ口の中で呟いたアーチャーは、緩やかに意識を手放した。
──さて。この可愛い男をどうしてやろうか。
むくむくと育っていく明るいとは言えない欲望を抱きながら、子守唄を口ずさむクーは褐色の額に手を当てて前髪をかきあげる。麗らかな陽射しの中駆け回る熊と少女を歌い繰り返すこと三度。すっかり寝入っているアーチャーの目元は少し張りがなく、疲れが伺えた。ココアを胃に入れたことで血色が良くなったか、顔色を見分けにくい褐色に耳へ触れれば、じんわり温かくてほっとする。
「ぼうやーよいこだねんねしなー……ってな」
日本人なら誰でも知っていそうなあの曲をワンフレーズだけ。眉間を揉んでもうんともすんとも言わないのでかなり深い眠りだろう、弱点である耳を晒しながらぐっすりなので口が疼いて堪らない。しかし寝込みを襲うのは、とまだ理性的なクーは頭を振って切り替えようとするが、体は正直でアーチャーの耳から手が離せなかった。
薄くて柔らかな耳朶は、会う度好き勝手させて貰っているからか上の方まで折り曲げられるほど柔らかい。ふと自分の耳朶を折ってみるが、厚紙を曲げるような、曲がるんだけど少し硬い手応え。しかし褐色のこちらはフニャ、ペタン、と綺麗に折れて、柔らかい。まるで赤ん坊の耳朶のようだ──赤ん坊のは触ったことないけれど。
ふに、ふに、と揉んでいると更に熱くなってきて、血行が良くなったからかアーチャーが口を開けて熱を吐き出した。舌が僅かに覗く隙間が色っぽく、ココアを舐めとった時から目が離せなかったそこへ釘付けになってしまう。
「美味そう……」
我慢出来ずくっつけてしまったが、マグカップに向けて名残惜しそうに舌を伸ばし、そのまま唇をなぞる仕草は大層色っぽくてグッとキた。本人は無意識の行動だったらしいが、無意識だからこその色香というかなんというかがあって瞼の裏でつい反芻してしまう。と同時に、気持ちよくて、安心して、眠たくなってしまったという距離感の馴染み具合がくすぐったかった。
前ならこういう時は眠気のひとつも見せてくれなかっただろうし、寝顔を見るにも抱いた後くらいしか機会がなかったのだから、のんびりだが近付けていて嬉しいものだ。
「にしても……」
ふにふに、ふにふに。
揉もうが引っ張ろうが、すやすや寝息をたてるアーチャーさん。爪を立てて裏側から掻くと睫毛が震えるが、それ以外至って変化はなく。
「……どこまでやったら起きるか、気になってくるわ……」
みょん、と下方向に引っ張りながら細く耳穴へ息を吹いて様子見。カチ、と鳴ったのに顔を覗くと口だけがはくはく動いて反応したが、声は出ない。こうなると声を聞きたくなるのが男の性で、いつもたっぷり歌ってくれている唇を目でなぞって舌舐り。少しくらいなら──と悪魔に唆されて、耳朶を食んだ。
いつしゃぶっても舌触りがとても良くて、気持ちがいい。まずは側面全体に唾液をまぶし、唇越しに歯を立てて柔らかさを味わっていく。続いて上側の裏、少し窪んでるところへ一旦舌を掛けて、ピンッと先で弾くと揺れるのが面白い。そのままもう一度食んで扱くように吸い付き、離す時にわざと水音を鳴らしてやると、さすがに短く声が零れた。
「う、ん……」
「ん……ふは、は……やべぇ、クセになりそう……」
いけないことと分かっているが、大好きな耳が舐め放題、噛み放題な現状にクーの中の制御装置がズレていく。もう少しだけ、なんて舌を伸ばして内側の窪みをさらい、穴に寄せては離して水音を足した。ここに舌をはめ込むとアーチャーは特に歌うのだが、眠っている今はどんな声になるのか。常は請われなければなるべく声を我慢したがる節があるので、完全にリラックスしている状況下の喘ぎを聞いてみたくて、聞いてみたくて、我慢出来なかった。
(やっぱオレ、変態だわ──)
そっと吐息を丸めて添わせた先を、穴の入口に引っ掛ける。それだけで眠っている唇は開いて閉じて、あがる息に鼻呼吸から口呼吸へ切り替わっていた。ゆっくり差し込んで、まずは真っ直ぐ抜いてみる。静かに上下していた腹がへこみ、胸元が膨らんでいく。腹式呼吸が保てず、胸式呼吸になってしまったようだ。横目でそれを確認し、限界までぴっちり埋め込んだ。
「はぅ、う、んん、ぁ……」
ぬぷ、ぬぷ、と鼓膜へダイレクトで届く音にアーチャーが喘ぐ。腰に痺れが行っているのか布団越しにそこら辺が跳ねているのが見えて、舌をUの字に丸め興奮で荒くなった息を注ぐと、背がしなって体がベッドから少し浮く。しかし眠っているのでその体勢は保てずまたベッドへ落ちて、感じる度に浮かんで戻るのを繰り返した。
ひとつ大きく顎を開き、耳朶全部を咥える勢いで口の中へ。安いハンバーガーなら三口半で食べられるクーの口内は広く、思ったよりも含むことが出来てしまった。じゅう、と窄めるようにして吸って、こりこりしている部分を細かく上下に舐めてみると真っ直ぐだった膝が立てられて、布団がどんどん跳ねていく。今頃爪先がシーツに波を描いていると想定し、解放して息をめいっぱい吸い込むとそれにすら感じるのか一際高い声が響いた。
「ぁ───っ、あ、あ?」
形のある音が聞こえて、もっと構い倒したい気持ちを抑えて起き上がると、自分の影に隠れていたアーチャーの瞼が緩く持ち上がる。まだ完全な覚醒ではないのか、ぼんやりと囲いを作っているクーを見上げて止まっているので肘を折り、耳朶に小さく口付けてリップ音を一つ。ついでに軽く甘噛みしてやって、欲を隠さない声を叩き込んでやった。
「おはよ。……よく寝れた?」
ぞわり、背筋を走った強烈な痺れがアーチャーの脳を殴り起こし、バチン! と視覚情報と感覚が繋がる。重だるい腰や空気を噛む顎よりも、冷たさを覚える左耳がなによりも重大で、すぐ側にあるクーの唇を意識し目の前がスパーク。ぎゅ、と内太腿に変な力が入った直後、腹の奥が何もないのに強く収縮して声が吹っ飛んだ。そして。
「────!? な、ひぁ、あぁっ!!」
「っ、危な──」
ずぁっ! どん! がごん! 飛び起きると同時に仰け反った反動でベッドから滑り落ち、床へ強かに頭をぶつけたアーチャーへ、伸ばしたものの届かなかったクーは腕を宙に残したまま「ご、ごめん……」と謝るしかできなかった。
「な、なな、何をっ!?」
「ごめん、ほんとごめんて……耳に悪戯を、だな……」
ジンジンと酷く熱を持っている耳は暴れたことで空気に触れ、入口に残された濡れた痕跡が冷えて下っ腹が酷く竦む。太腿を擦り寄せる形で落っこちたことに安堵し、咄嗟に息子を確認するがそちらもギリギリセーフ。ドッドッドッとトラクターのエンジン音の如く爆音走行な心臓もギリギリ正しい位置に収まっていて、驚愕で跳ね動かした全身の変な強張りも次第に解け、くた、と骨が抜けてしまった。
「だ、大丈夫か……?」
「……、…………」
拝啓、クー・フーリン・アルスター様。とてつもなく心臓に悪いので、やめてあげてください。
追伸。しかし色々と美味しいので、もっとやってください。
こんな心境をどう伝えたらいいのか。無意味にはくはく動く口は音が出せず、布団の上を四つん這いで移動してきたクーもベッドを降り、しゃがみこんでアーチャーの顔を窺い眉を垂れた。
「ごめん、無防備な耳が見えて、つい」
「あ、ああ、うん、大丈夫……や、びっくり……本当にびっくりして……起きたらエロテロボイスだったから……」
「エロテロボイス」
「復唱しないでくれ!」
真面目な顔に真面目なトーンでとっちらかった思考直結な言葉を拾われて、わっ! と爆発寸前な熱さの顔を手で覆って丸くなる褐色。脚がへにゃりと床に懐いてる分、饅頭みたいとは言えないが、よくまぁその体躯をそこまで小さくできるな……と思うほどの縮こまり加減に、クーも申し訳なさ半分、こみ上げる笑い半分でひっちゃかめっちゃかな顔つきになってしまった。
「ほんとごめん。次からはちゃんと起きてる時にするから」
「うう……変なこと口走ったりしてなかったか……?」
「別になんも……いつも通り気持ちよさそうだった」
「ひぃっ!」
困ります、困ります。思い出すような感じで唇を親指でなぞりつつ、流し目で見つめながら呟かれては困ります。
寝入りの子守唄がハイパーリラクゼーション森のくまさんで、寝起きのアラームがハイパーエロテロリスト耳責めなんて一体どんな人生だ。散々おみくじは一生凶かもしれないとか、マジックカットの調味料がどんなに試しても伸びるだけかもしれないとか思って来たアーチャーのだが、ここまで来ると〝いっそ夢なのかもしれない〟と思ってしまう。
ぶにり。頬を抓り、強く引く。痛い。
「……夢じゃなかった」
甘い疼きが本物で安心するも、折角の吐息を聴き逃したのは残念で。つい、「もっと早く起きていれば、ちゃんと感じられたのに」と口から転がってしまった。
鋭く息を吸った気配にそちらを見遣れば、いっぱいぱっぱいで我慢ならんといったご様子で。離しても痛みが残る頬を手の平で撫でていたら、あっという間に腕の中閉じ込められ、ぎゅうっと。そのまま頭が首元で暴れるから、苦しくてくすぐったい。
「クー?」
「あーもー、本当に……これ以上甘やかさないでくれよ」
ココアに浮かんでいたホワイトチョコレートよりも、濃くて甘い音が滑り込む。どろりとしたそれは一旦引いていた熱を簡単に呼び戻し、息を浅くさせた。
「甘やかすのは君だろう……?」
甘やかされて寝てしまったアーチャーからすると、甘やかした覚えなど一ミリもなく。何を言い出すのか腕に大人しく囲われて、先程の声でまたうるさくなりだした心臓を抑えていれば、息を腹奥から吸ったクーはしゃがむのをやめて尻もちをつき、つられて前に倒れた褐色の肩へ頬を預けて首筋に鼻を埋めた。
すん、と嗅げば、お日様と柔軟剤の香り。
「すげぇ甘やかされてる。んでもって、すげぇ煽られてる」
どうにもその認識を変える気はないらしく、再び青い頭が振られる動きに目を細めて「では、互いにそう思っていようか」と言おうとした刹那、耳に触れる柔らかな感触。
「な、折角起きてくれたからさ……こっちもしていい?」
甘え上手のオネダリをゼロ距離で見事ぶち込まれ、拒否出来るほどアーチャーはこの声に強くない。まだ昼間だ……とか、寝ていたから汗をかいてそうで……とか全部放り出して、寝る前伝えきれず口内で呟いた言葉を守る気持ちで、その背中に腕を回し小さく頷いたのだった。
◆ ◆ ◆
すする味噌汁の出汁がいい。
ふんわり香る鰹に誘われて、お揚げを噛み締めるとすっきりした身体に旨味が染み込んだ。続いて刻みネギを追いかけたところで隣に座る褐色がこちらを見ていることに気付いて、無作法でもあったか、と自らの食事を見直すクーへ、視線の主が口を開く。
「暫くシチュエーション系が聴けないかもしれない……」
「なんで? ってあー、うん……」
数週間ぶりに愛でまくった耳がまだ敏感なのか、気にする素振りで指を添え、触れすぎぬよう周りの髪だけ梳かして離れる仕草にすらグッとなっている自分に驚きつつ、リミッター外してすいませんでした……と犯人は大人しく頭を下げた。だんだん我慢が効かなくなってきていて、こりゃいけない、なんて思ってはいても褐色を前にするとなんとも儚い灯火な理性。更には本人が悪くない、と許し甘やかしてくれるもんだからどんどん深みにハマって、もうすっかりこの耳の、この声の虜なクーである。
「耳痛くねぇ? へいき?」
「それは大丈夫。そして元気もたっぷりチャージさせてもらったから、明日からも頑張れそうだ」
腰が抜けるほど諸々あったのに、嬉しそうに緩む表情はとてつもなく柔らかい。出会った当初、内心のパニックすら表に出てなかった強固な表情筋はココアに溶かして飲み干してしまったのか、優しい微笑みのオンパレードと化している。慣れが精神的余裕を生んだのか、以前より仕事も捗るようになったと聞いた時は嬉しくて、その後の収録も力が入った。
どうやら最近は録音されたクーの声と、生のクーの声の違いを楽しむのが好きらしく、ボイスレコーダーを突き付けて『アフレコしてくれ!』と言われることは減って他愛もない話をすることが増えた。今更過ぎるが趣味についてなども語らって、実は乗馬が出来ると伝えた時の瞳の輝きようは凄かった。あまりにもいい食い付きだったので、もし休みが取れたら乗馬も出来る牧場などに行ってみようか、と青髪は密かに計画している。たまには泊まりがけで遠出を、と思ったところでこのアパートに泊まることも少なくなくなったことを思い出し、口の端がムズ痒くなったのを菜の花の辛子醤油和えと一緒に噛み締めて飲み込んだ。
爽やかなほろ苦さと鼻にツンと来る辛味に一拍目を瞑り、眦に浮かんだ涙ごと瞬く。お手製ご飯を食べさせてもらうのも両手両足の指を足しても足りないほどで、そのメニューも季節の品を取り入れた、体に優しい物が主なところが胸を甘く鳴らせる。翌日が収録とわかっている時は刺激物も少なく、喉にいい食材が多めなのもいじらしい。
「美味い……ほんと美味い……」
「お褒めに預かり光栄だよ。君の折角の二連休だし、明日の朝はのんびり贅沢に過ごそうか」
魅力的な誘いは果たして〝朝寝坊するようなことをしてもいい〟ということなのか。アーチャーの場合、本気で言葉の通りなことが多いのでつつくか悩んで止め、朝日というには遅い日差しの下朝の挨拶を紡いでくる褐色を描いて「いいな、それ」と肯定を返した。
「昼間少し寝ちまったし、あんま眠くならないかも知れねぇから夜更かしし放題だもんな」
「うぐ……そうなんだ。三十分にも満たない仮眠だったというのに……やはり睡眠の質が物をいうんだな、全く眠くなる気配がない。眠気のねの字も近くに居ないんだ」
独特の言い回しがツボにハマって、ふはっ! と吹き出すクー。台本も楽譜も手元になかった寝かしつけでも、安眠出来たのなら手伝った甲斐があるというもので。こんなのでよければ幾らでも、と笑えば銀色を二つ剥き出すアーチャーへ、言の葉を簡単に紡ぎ重ねた。
「寝のお供なら、いつでも。アーチャー専用生ボイスでお届けしますよ」
「あああああ……声の安売りはいけない……しかし、それは…………それは、欲しい……」
自分の声の圧倒的価値を自覚してくれ――なんて小さく呟くくせに、ちゃっかり欲しいと欲望を漏らしているあたりが可愛らしくて困ったものだ。うぐぬぬ、と箸を握って悩みに悩み、「時々……たまに……」と呟いていく音をなぞりながら大根の煮物をひとつ拾ってキスをする。迎え入れるとじゅわり広がる、優しい味の染み込み具合は絶品で。もうひとつ拾う間に何処までトリップしているのか、完全に箸を置いて「なんて贅沢……」と零すのが聞こえ、丸ごと好いた上とはいえ、ここまで自分の一部に夢中になってくれて嬉しい限り、とくすぐったさの大きな笑みが肩を竦めさせた。
しがない声優ですが、大好きな人が安心安全で安眠できるのなら、幾らでも囁き歌ってみせましょう。
コレを言ったらオーバーヒートするかな、と褐色の許容量をよくご存知なクーは背を正し、アーチャーの好みの声音と響きを思い描きながら喉を慣らして肩甲骨を伸ばす。どうせならこころゆくまで、それこそ自然と目を瞑ってしまうまでシーツに散りばめてみようと決意して、片付けてもらってる間にでもお宝部屋からジャンル問わず題材を拝借しようと算段をつけ──ここまで考えて、ひとまずは今日の夜に想いを馳せて食事を続けることにした。
君と出会う前よりも、声で何かを紡ぐことが遥かに楽しくなっている。悔しくなるほど甘やかし上手な君に出会えてよかった。せめてもの感謝で、君の眠りに祝福を。そんな気持ちを秘めながら。