悲鳴は「目詰まり」危機認めぬ政権 「平時の演出」に蓄え溶かす時か
記者コラム「多事奏論」 編集委員・江渕崇
突如として「国難突破」を唱え、解散・総選挙に打って出たのは2017年の安倍晋三首相(当時)だった。少子高齢化と北朝鮮の脅威が国難なのだ、と。どちらも難事であることに異論はないし、結果的に与党は大勝したが、打ち出しがあまりに唐突で、「こじつけの大義だったのでは」といまも思う。
では、目前に迫る危機はどうか。ホルムズ海峡発の石油ショックの再来である。
ポテトチップスの包装が色を失うのは、ほんの始まりに過ぎない。石油の代替調達は綱渡りが続く。悪いシナリオが重なれば、日本経済のあちこちが機能停止しかねない。
そうなればまさに国難だ。
高市早苗政権はひたすら「大丈夫」というメッセージを発し続ける。たとえば、ガソリン価格を1リットル約170円に抑える巨額補助金は、石油備蓄と財政の両方を注いだ「平時」の演出と言える。石油製品の「総量は足りている」との立場を貫くのも、「平時」扱いへのこだわりがにじむ。
「この国は戦争をしてはいけない、とよく分かりました。あちこちの前線で弾薬や食糧が尽きたとしても、『総量では足りている』などと言い出しかねない」
エコノミストの鈴木卓実さん(47)は、有事であることを認めない政権の姿勢のせいで、非常時に優先すべき分野に物資が回らないことを危ぶむ。
自身もコロナ感染で腎機能を損ない、1回5時間、週3回の人工透析で命をつなぐ。
透析用チューブなど消耗品の多くは石油由来の材料を使い、供給が続くのか不安を覚える。
価格転嫁しやすい化粧品や趣味の品には資材が流れ、規制に縛られた医療向けは国際市場で買い負ける――。そんな不条理すら起きかねないと考えるからだ。
「医療や食品向け優先の資材の割り当て、一時的な規制緩和、診療報酬の引き上げ、政策金融での支援。態勢を『有事』に切り替えれば、できることはいくらでもあると官僚たちもわかっているはずです」
鈴木さんは約15年勤めた日本銀行を18年に辞めた。異次元緩和を進める黒田東彦(はるひこ)前総裁のもと、「2%物価目標」が実現できるとする数字のつじつま合わせに嫌気がさしていた。
トップが絶対で、現場の声が届かない組織になったという失望。「政府が方針転換できないのも、トップの高市首相が聞く耳を持たないからではないですか。私はあきらめにも似た気持ちです」
不安をあおれば買いだめと一層の物不足を招く、という心配が政権にはあるのだろう。
ただ同時に、「景気失速の汚名は避けたい」「国民に節約や我慢を請いたくない」というメンツを守ることも、優先順位の上の方に陣取ってはいないか。
「平時」との建前を墨守する限り、全国の現場からいくら悲鳴が積み上がっても、局所的な「目詰まり」の物語として回収されてしまう。
西日本に住む30代の男性は「民間が悪者にされたようで腹立たしい」と言う。
勤務先の大手メーカーは、ナフサ不足のため一部製品の受注を止めた。しかし、事態はなにも好転していないのに、ほどなく受注再開に追い込まれた。監督官庁から「事態の沈静化」を強く求められたため、と社内の会議で説明された。
納期を約せない顧客に誠実に向き合うよりも、「危機が起きていない」かのように振る舞うことを、企業が強いられたともとれる。
思えばこの数年間、私たちは先人が蓄えてきた資産を切り崩して急場をしのいできた。
備蓄米の放出。外国為替資金特別会計(外為特会)のドル資金による円安対策の為替介入。そして、石油備蓄の取り崩し。
そんな中で政治が負う責任は「平時の演出」ではない。限られた資源をいかに守り、有効に使うのかの戦略や、次の危機への備えを柔軟に考え抜くことだろう。
トップに恥をかかせないために蓄えを溶かす余裕など、この国には残されていないはずだ。
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