【槍弓】言葉はいらない【騎馬民槍×調査員弓】
■言葉が通じなくて理論武装できない弓が御子様ムーブ(でもない)の槍にちょろく(でもない)いただかれる話(予定)。の、出会い編です。with学者の凛ちゃん。
■アップ時、タイトルの制限文字数が増えたと聞いて、試しにタイトル欄に↑の内容ぶちこんでみたのですが、結局47字ほどまでしか表示されなかったので、しょん…ってなって直しました。あと通知欄がみっちみちに…(笑) 最近、馬が熱いです。
■続き書きました→2話目novel/10879559、シリーズ一覧→novel/series/1093679 5話にて完結しております。たくさんご覧いただき、ありがとうございました♪
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おおよそは砂。わずかばかりの草木。
草原地帯を抜けた荒涼の大地を、土煙を上げて走るジープがバウンドする。
おっかなびっくり慣れぬハンドルを握るのは、うら若き黒髪の美女・遠坂凛。
「ねえ!! まだ来てる!?」
叫ぶように呼び掛ける相棒は、屋根の上だ。
答えるまでもない。本来の運転手が座席に戻らぬのだから、そういうことだ。
「ちょっと! 落っこちてないでしょうね!? 返事しなさいよ!!」
「そのままベタ踏みしていろ! 引き離す!」
もおお、どうなってるのよー!と叫びが上がったが、距離と速度、追手の人数人相を詳細に告げたところで、彼女の叫ぶ内容は変わらなかっただろう。指示があろうがあるまいが、アクセルを全開に踏み込むのみである。
川を挟んだ対岸を、片手の指の数ほどの騎馬がだかだかと並走している。
アーチャーが運転を彼女に任せ窓から抜け出したのは、渡り終えた橋を自分たちのすぐ後ろで落とすためだった。
彼ら土地の住民の生活に使われているであろう素朴なそれを使用不可とすることに罪悪感はあったが、命には、取り分け新進気鋭の鉱石学者である遠坂女史の安全には代えられない。
まあ、弾丸の数発で破壊できる簡素な造りからして、大水のたびに流されては架け直している。たいへんに難儀するとまでは行かぬだろう。迂回すれば他にも橋はある。
車の屋根に上がったことで、視界も開けた。
騎馬の数が当初よりだいぶ減っているのは、分かれて上流へ回った一団があるからだ。
残って追走する彼らはおそらく他より足の速い、斥候のような役割を持った人員であろう。
このまま下っていけば、川幅は広くなる。渡しは舟となり、橋はない。その分、流れの浅く緩くなった川を騎馬が渡ってくるかもしれないが、さらに互いの距離はひらく。稼いだ時間で見失っていただくつもりだ。
たびたび射掛けられていた矢や銛や、密猟者などから奪ったと思しき鉄の弾すら届かなくなっている。そろそろ風見鶏もお役御免だろう。凛では障害コースに突っ込めない。
戻る、と運転席へ伝えようとした時、それを感じた。
(なん、だ)
手製の投擲武器など、どう考えても使い物にならぬ距離が空いていた。何であれ虚しく川に落ちるだけだ。ライフルだとて、激しく揺れる馬上から命中させられるわけがない。
だのに、勘としか言い様がなかった。目でも耳でもない、膚が告げる。
あれは、届く。
届いてしまう。
当 た る。
「――凛! 伏せろッ!」
車ごとの回避は間に合わない。叫ぶが早いか、飛来する赤の帯が目を射た。
「ぐっ!!」
全力でしがみ付いていなければ、車の前方に投げ出されていただろう。この速度で地面に叩き付けられては骨の数本では済まなかったに違いない。その上、スピンして襲いくる重量物に轢かれる羽目になるのだから。
ボンネットに転げ落ちながらも何とかひどい衝撃と揺れに耐え、訪れた静寂に目を開けたアーチャーはウインドウ越しにそれを見た。
座席に、赤い棘が生えている。
「うそだろ……」
洒落たレッドメタリックなんかとは重さの違う、深く毒々しいまでの赤。
黒の内装に異質さを醸すそれは、細かな意匠の彫られた槍だった。
馬上から手投げた槍で装甲をぶち抜き、全速力で走っているジープを地面に縫い止めるとは、いったい何の冗談だ。
しかもぴんと真っ直ぐに天を差し、折れるどころか曲がってさえいない。いや、差しているのは地かもしれないが。
ざん!と音がして、間近から突風を浴びたアーチャーは重ねて唖然となった。
「……あんたはスーパーマンか?」
対岸から跳んだのだ。
落下を恐れず跳んだ馬がすごいのか、跳ばせた男がすごいのか。規格外の一組であることは言うまでもない。
赤の槍を投げたのはこの男だ。
青い髪を靡かせて、面倒くさそうに三番手あたりを駆けていた。
仲間に華を持たそうとしたのか、手を抜いていた理由なぞ知らない。槍を当てられる、馬の跳べるぎりぎりの川幅を見極めて逃さなかったのがこの男で、見誤ったのが己である。
悪路で車の速度が落ちようとも、逸早く川から離れるべきだった。反省を、活かす機会があればいいのだが。
「―――、――」
馬を降りた男が、何をか言った。
詰んだ、とアーチャーは思った。文法どころか一単語すら聞き取れない。
男を警戒しつつ凛のほうへ目を遣れば、エアバッグに埋もれている彼女も首を振る。博識の彼女が知る限りの言語ではないらしい。とりあえず怪我はしていない様子でほっとする。
「すまない。言葉がわからない」
うん?と首を傾いだ男も通じていないとわかったようではあるが、胡乱なそれはつまり、今こちらの用いたこの国の共通語での会話も絶望的に望めない、ということだ。
試してみた各国メジャーな言語も壊滅した。
追われた理由もわからなければ、交渉も出来ない。
「このジェスチャーは通じるのかな」
アーチャーは両手を上げ、掴まっていた手を離せば当然にボンネットからずり落ちて、半端に腰掛けるような格好になる。
近付いてきた男は、アーチャーの脇に腕を突いた。
「出てくるな」
男から目を離さずに、絶対に飛び出そうとしたであろう凛に言う。
ああ、しまったな。無造作でいて隙がない。鳩尾でも延髄でも、狙えばその瞬間に腕を捻り上げられる未来が見えていた。
(さて、どうするかね)
地鳴りのように、上流と下流から近付く蹄の音がする。
この男を排除して馬を奪えば、まだ。体勢だけは恭順しながら睨み据えていると、男はにかりと笑った。
「―――、―――」
これで三度。呆気に取られた回数だけ、アーチャーは殺されていてもおかしくなかった。
歳の頃は自身と同じくらい、成人して数年といったところだろうに、悪童じみた笑い方をする。真っ白な八重歯が、いや牙といったほうが似合うそれが、吊り上がった唇の端から覗いていた。
――オレの、勝ちだ。
彼の今言った言葉だ。言語としてはまったくわからないが、確信めいてそう思った。
「勝負なんてしてないだろ」
意図せず蜂の巣を突付いてしまい、すまんすまんと慌てて逃げた、みたいなものだ。
男が笑う。
「―――」
「いいだろう」
アーチャーから数歩の距離を取って、ちょいと指を折って招く。その仕種が万国共通であるならば、タイマン勝負を挑まれたのだ。
先手はくれるらしい。
侮るようなそれにむっとして、アーチャーは拳を握る。
しかし互いに牽制の域を出ぬうち、ハイキックを躱して足払いを掛け、とんだ瞬発力で二段蹴りに持っていった男に顎先を掠められ、地に手を突いて後転したところで、追い付いた十数騎の人馬に取り囲まれた。
男がつまらなそうに肩を竦めて下がる。
おい、取り成してくれるんじゃないのかよ、と勝手に裏切られた気分になる。そもそも追い詰められたのは彼のせいである。
「はいはい、そうせっつかなくたって、自分で降りるわよ!」
「凛!」
彼女を車から引きずり出そうとする連中に握っていた石礫を当てたものの、駆け寄る前に取り押さえられた。武器はない。もう逃げる足もない。多勢に無勢、万事休すだ。
「凛に手を出すな! 持ち物なら渡す、私の命でよければ贖おう!」
年嵩の者ならばあるいはと思ったが、やはり言葉は通じない。眉を寄せてひそひそと話している。
「勝手に贖うな! 私だけ助かったって意味ないでしょうがっ!」
通じたのは凛だけで、むしろ彼女にだけは通じなくてよかった。暴れて怒鳴り散らして、そのせいで余計に傷付けられたらと、はらはらしてしまう。
「君が助かる、という意味がある」
「だから、そしたらあんたを助けに特攻するんだから意味ないって言ってるの! あとこっから一人でどうやって帰れってのよ! 干上がるわよ、私!?」
「…………それは、まあ、そうだが」
ジープに積んだ通信機が生きていても、破滅的機械音痴の彼女には扱えない。何度教えてもうんともすんとも言わないばかりか、指先ひとつで故障を誘発する始末だ。
「すぐ諦めるの、あんたの悪い癖よ。もっと粘んなさい!」
と、言われても。
差し出して彼らの満足するような財もない。こちらは学者と、助手といえば聞こえはいい雑用係の二人組。うっかり未開の地へ踏み込んだ目的は隕石探しであるが、学術価値うんぬん訴えたところで、見る者以外にはただの石ころである。
ただの石ころでなければますますまずい。例えば、神の賜うた聖なる某だとか。まあ、冒険映画でよくある最悪の展開というやつだ。
「何かそれっぽいものを拾った覚えは!?」
「あったらとっくに窓から投げてるわよ!」
凛は悲鳴を上げないように唇を噛んでいる。助けられるのならいくらでも命乞いしたって構わないのに、請うための言葉も、戦うための言葉も取り上げられている。
「―――」
一語、聞いた声がした。決して大声を張り上げてはいないのに、ざわめきを貫いてよく通る。彼の得物に似ている。
青髪の男はジープの屋根に飛び乗って槍を引き抜くと(片手で!まるで糠に刺さった釘みたいに!)、その穂先を仲間へ向けたのだ。
凛に群がっている若者を蹴散らし、アーチャーを押さえている男たちにも何かを言う。咎める響きがあった。彼らの中では若年に見えたが、意外と命令できる立場にあるのだろうか。
(ただし、言うなりには出来ない。おそらく規律のようなもの)
突然解放されて、胡散臭そうに周囲へ目をやりながら凛が寄ってくる。
アーチャーは彼女を抱き締めた。殊更親密に、髪へ唇を押し付ける。何してんだこいつと思っているに違いない凛は、けれどおとなしく体を預けてくれている。
「護衛や助手では駄目なんだ。おそらく、夫のいる女に手を出すことは彼らにとって不名誉になるのではないかな」
ほらみろ夫婦者だろうと言うように男がこちらへ指を差すと、若者たちはとんでもないといった様子で後退った。『禁止』なら不満そうにするだろう。だからやはり、訳語としては『不名誉』が近い。
「なるほど。でも、放してはくれないみたいね。理由わかる?」
「そこまでは。何かの誤解だとは思うんだが、だとしても橋を落としてしまったからな……」
「こっちだって車潰されたんだからおあいこでいいでしょ、そこは」
まあそうだ、移動手段がなくては水と食糧に難儀する。危害は加えられないようだし、人の生活している村に連れて行ってもらえるなら、ひとまず従っておくべきだろう。
腕を出せと指示され、素直に差し出せば、軽く拘束される。
何故そう思うの、と凛に目顔で問われる。それでも判断をアーチャーに任せるのは、長年の付き合いで培った信頼ゆえだ。
ふたりまとめて同じ馬に乗せられて、元乗っていた者は別の馬の尻に跨った。牽引されながら癖で逃走経路を確認すれば、はかったように青髪の騎乗が隊列の穴を塞いでいる。加えて、その肩へ立て掛けられた槍のリーチはほぼ無限である。
それで緊張を漲らせているのならまだしも、くあ、と欠伸を噛んでいるのだから堪ったものではない。
「あの男、わざと外した」
アーチャーは投擲物から凛を護るため、運転席の真上に伏せたのだ。もろとも串刺しにするのはわけなかった。けれどあの槍は、誰もいない助手席を垂直に貫いた。
爆発炎上するおそれのある駆動部も、燃料タンクもきれいに避けていた。
(そちらは偶々かもしれん。自動車の仕組みを知っているか怪しいところだ)
吹っ飛ばされて死ぬならそこまで、といった乱暴さも感じたが。
自分の何が男の琴線に触れたのかはわからない。とかくあの笑顔だ。面倒くさいことに駆り出されたが、ちょっとケンカしてみたくなって止めてみた。そんな気がする。
「ヤの字? チンピラ? バンカラ学生かしら」
推察を聞いて凛が言う。顔の近い相談は蹄に掻き消される。何せ聞かれてもわからないので、言いたい放題である。
「バンカラはだいぶ古いぞ、凛……。だからたぶん、決着がつくまでは殺されないようにしてくれるんじゃないかな。たぶん」
「……たぶんって二回言ったわね。まあ、他と比べたら好意的に見えるけど。気まぐれってことよね、それ」
だから、たぶんだよ。と、結局のところ根拠はない。
そして彼を喩えるのであれば、せめて武士とか騎士とか。戦士、であろうと思うのだ。