【槍弓】失恋カウントダウン第3話【現パロ】
■槍さんに一目惚れして会いに行ったら手酷く追い払われたので、いらっとして待ち伏せしてる弓さんの続き。出会い編終了の第3話です。
■この後のアルバイト編~お別れまでと再会編を書き足したものを、総集編として12/17蒼天DR2023に発行予定です。しぶアップ済の再録部分が約50頁で、ぜんぶで124頁の本になる予定です。数日後に告知できる予定です。よろしくお願いします!!
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失恋カウントダウン第3話
朝方にようやく就寝し、昼過ぎにのそりと起き出す。
「ビバ。アラームに追われぬ朝よ」
すでに朝ではないが。適当な重役出勤のため、目覚まし時計は解雇して久しい。
ぼんやりしたままシャワーを浴び、固いパンを苦いコーヒーで流し込んでから、塒と同じビル内にある徒歩0分の店へ出勤する。酒や煙草のにおいは消えることがない。
「おはようございますー」
「よーっす、おはようさん」
「あ、店長来た! この前のイベント企画なんですけど……」
「おう、見せてみ」
開店準備中のフロアを一巡り。挨拶がてらスタッフのご意見聞きをして、事務室へ向かう。
それがランサーの、長いとは言えぬ期間ですっかり沁みついてしまった生活リズムだ。
健康的とは言い難いが、夜の住人――いわゆる水商売に携わる者にとってはこの昼夜逆転がデフォルトだ。たいへんな仕事だと感心されることもあるが、昼にフルタイム働いた後で不夜城へ繰り出す客人たちのほうがよっぽど、いつ寝ているのか不思議なほど精力的な毎日を送っている。
まあ、昼日中に青白い蛍光灯の下で黙々とデスクワークに励むよりは、体で稼ぐ仕事のほうが自分には向いている。体力があって酒に強く、女は口説くものだし、賑やかなのもきらいじゃない。
天職だろう。
と、思っていた時もありました。
「だーっ! やってもやっても未処理の伝票が湧いてきやがるっ!」
さらに各種発注にシフト組みだの、書類仕事が列を成している。結局どのような職種であれ、肩書きとデスクワークとは切っても切れぬ縁らしい。
ランサーは山になった伝票を舞台の紙吹雪のようにぶちまけようとして、思い留まった。そんなことをしても何にもならぬばかりか、分類からやり直しである。
「オレ下っ端でいい。もうヤダ、フロアでナンパしたい……」
階下から聞こえはじめたリズムが、なんでオレはこんなことしてんだ感に拍車をかける。
ごねごねとテーブルに懐いたところで、あなた店長でしょ、ナンパじゃなくて接客でしょ、と呆れた目を送られるだけで、誰も手伝ってはくれない。
そもランサーは能力がないのではない。潰れそうだった店を借り受け、ぐうたら営業でもやっていける程度の黒字に戻した。そこそこの人気、そこそこの収入。やれば出来るの典型なので、それはもう放っておかれるというものだった。
ぴこん!と呼び出しが掛かり、とにかくデスクワークに飽き飽きしていたランサーは瞬時に飛びついた。
「はいよっ。どうした、カチコミかディルムッド⁉」
『なんで嬉しそうなんですか』
うきうき感が伝わってしまったようで、通話口から呆れ声が返る。
輝く貌と二つ名を持つ美男子のディルムッドはエントランス係だ。卒のない対応と腕っ節が備わっている。ランサーを呼び出すのであれば、その彼が対処しかねた荒事であろうと想像がつくではないか。
『荒事発生で嬉しそうにしないでくださいと言ったのですが……残念ながら面倒事のほうです。モニター見てますか。また来ていますよ、例の〝忠犬くん〟』
「あァ、あいつか」
件の特徴的な白髪を思い浮かべる。
一気に面倒になりつつ、ランサーは監視モニターを操作した。分割された小画面には店舗の内外、いくつかのカメラ映像が切り替わりながら表示されている。エントランス係のディルムッドの手元でも同じ映像が確認できる。
「根気強いこって。ようやく通報案件でもやらかしてくれたか?」
店舗前を映すナンバーを大画面に呼び出した。このカメラはほぼ、白髪に固定されているようなものだった。
もう一週間になるだろうか。毎夜この店にランサーを訪ねてくる男がいる。
否、この店に、では語弊がある。『青い髪の男』について男が直接訊ねたのは、スタッフオンリーに侵入しランサーに放り出されたあの日だけだ。
出入り禁止こそ言い渡していないが、それに準ずる警告を受けた彼は日暮れにやってくると、定位置となった歩道の車止めに腰掛け、始発の動き出す時刻までただそこに座っている。
(っつーか、暇すぎてゴミ拾いだの美化活動してるけどな。いきなりラジオ体操はじめた時は噴飯モンだったわ)
しかも第二までフルだ。鼻につくアピールと思いきや間抜けも同じく晒すので、彼は見られているとは気づいていないのだろう。
経緯からランサーの出勤もしくは退勤を狙っているのは明白だが、居住地もここ、つまりは無駄骨だと教えてやる義理はない。悪さするでもなければ、こちらとしても白髪を見張っておくくらいしか出来ることはないのだ。
『それが性質の悪いのに絡まれているようでして。……事が大きくなる前にこちらで対処しますか?』
「ああ、待て。今確認した」
待ちぼうけの青年にちょっかい掛けるのはたいてい女なのだが、今夜は彼の前に数人の男が見て取れた。画面から見切れているのを含めると五人はいるか。袋叩きコースである。
「座ってるだけのヤツと肩がぶつかるわけもねえよなあ」
『最初は女性の二人連れが彼に飲み物でも渡そうとしていたみたいなんです。そうしたら通りがかった男性らと言い合いになってしまって』
「女絡みのやっかみか。女は逃げたのか」
『あ、言い争っていたのはその子たちです。彼を挟む感じですごい剣幕でしたよ。幸い、乱暴をはたらかれる前に彼が逃がしたようなんですけど……』
「そらまたメンツ丸つぶれだわな」
無論、いちゃもんつけた馬鹿どもに対する揶揄だ。残念ながら音声までは拾っていないが、どうせ「断ったらその子らかわいそうだろ」からの「そんなヤツほっといてオレらと行こうぜ」あたりのテンプレだろう。
情けない姿を晒すはずの白髪が正義の味方よろしく立ちはだかって女を逃がしたとあっては、かえって評判は上がるばかりだ。
「なんだったか、買い出しの子がぶちまけちまった荷物を運んでやったとか」
『お孫さんを探している難儀なご老人を案内したとか』
「そりゃただの助平爺だろ」
『お婆様だったのでは』
「おまえ、ばーさんが夜遊びしねえってのは偏見だぞ」
「……そうですね」
具体的にどこかの女怪でも思い出したのか、おそらく共通の知り合いであろうが、あえてランサーは素知らぬふりをした。地獄耳で槍が飛んできそうだ。
斯様に、白髪の青年に親切にされたというエピソードはいくらでも舞い込んでくる。
極めつけが「彼は恋する女を探しているのだ」という限りなく事実に近い噂だ。
実際、青年に興味を持った女が声を掛けたところ、彼は「会いたいひとがいる」と切なげに答えたそうだ。名前もわからぬから、通りかかりそうなところで待つしかないのだと。
堂々無断侵入した挙句、地獄に落ちろ!とドスを効かせた男が切なげとは?とランサーは首を捻ってしまうのだが、女はいつの世も純愛物語が好きなものである。ましてエキゾチックな魅力の若い男だ。
以来、〝忠犬くん〟の恋のお相手とは誰なのか噂の的になっている。
『首実験で、わざと彼の前を通る者も出始めているくらいですしね』
「んなことでプライド競わんでも。通行量が増えても、うちの客になるわけじゃねえしな」
客をちやほやしてくれるはずの嬢が、他の男の噂話に花を咲かせていてはおもしろくないだろう。話題を攫われるホストも然り。徒党を組んで憂さ晴らしといったところか?
『佇まいがある種、家出少年のようで、ここの皆さんは気を惹かれるところがあるのでしょうね』
「素人くさいからか。すぐ飽きられる要素だな」
『素人くさいというか、そのものでしょう。受け答えも丁寧でしたし、真面目そうな子でしたよ。あなた、本当に彼に何をしたんですか』
「………」
こうなると、そいつの目当てはオレです、と名乗りを上げる真似は勘弁願いたい。
白髪の口から己の所業を暴露されていれば周囲からどのような目を向けられたかは想像に難くなく、その点でランサーは男に感謝すべきだったのかもしれないが。
「一方的に惚れられたほうが悪いなんてこたねえよな?」
『もちろんです』
美貌のおかげで常に女難の付き纏うディルムッドは力強く同意してくれたが、
『その限りにおいては』
それ以降の対応は自己責任とかえって責められた気のするランサーである。
一目惚れだのと宣うから、二度と会いたくないレベルで幻想を粉々にしてやったらますます燃え上がられました、なんて思いもしないだろう。いや、いるにはいたが、その女はマフィアの女王様だった。
経験の浅い、真面目そうな若人ならドン引くものではないか。
懸命な様子に、つい興が乗ったのは否定しないが。
(処女趣味はねえんだがな。あれはなんつーか……)
そのうちにモニターは少なくとも五人の男に取り囲まれた白髪の青年が小突かれ、公園の奥へと追い立てられていく様子を映していた。
「こりゃまずいかね。しょうがねえ、ちっと見てくるわ」
『よろしくお願いします』
はて、ディルムッドによろしく言われる所以があったろうか。荒事得意のランサーが見に行くと聞いて、ほっとしたようだった。
つまりおまえもか、とランサーは胡乱になる。彼を助けに行かせるために、こちらの罪悪感を煽る言い方をしたのだ。
「華麗に助けに入って惚れ直されちゃあ意味ねえだろうよ」
一目なり会わせようとしたのかもしれないが、生憎ランサーは彼を助けるつもりはなかった。
白髪にここらで痛い目を見てもらい、逃げ帰ってもらおうという算段である。男たちは実にお誂え向きに絡んでくれた。
無論、事件化は困るから、程々で「おまわりさん、こっちです!」の追い払い役をやってやるつもりだった。
道に落ちていた彼のマフラーを拾い、車止めに引っかけると、ランサーは薄暗い公園の中へと走っていった。
結果として、ランサーは正しく〝見に行った〟だけとなった。
暗がりにまで連れ込まれた白髪ははじめ、大柄な体を縮めておどおどしていた。
「……っ、暴力行為なんて、すぐ通報されますよ」
昼にはのどかな木陰も、夜は鬱蒼として中で何が行われているのか、通行人からはまったく窺えない。
「防犯カメラだってありますし」
そこへ連れ込んだのであれば、電柱に設置された街頭カメラの死角になることも承知の上に決まっている。
「んなモンねーよ」
「ここ怪しげな取引やってるって噂あるくらいだぜ」
「道から見えねえの。誰も助けになんか来ねえって」
憂さ晴らしをしたい連中は口々に囃し立て、獲物の説得など嘲笑って聞くわけもない。
「つまんねえ話でオンナの気ィ引きやがってよ。どんだけ食ったんだよ」
「ですから、あの女性方とは立ち話をしただけ……ッ」
どんな人間とも話せばわかると信じているような、優等生の物言いが余計に男たちの癇に障ったのだろう。事の真偽はどうでもいいのだ。黙って殴られろと最初の一発が飛んだ。
ガツ!と男の拳が褐色の頬に当たる。
よろめき、地面に倒れ込んで頭を庇いながら必死に詫びるのも意に介さず、殴る蹴るの暴行を加える。――そうなるのだ、ふつうなら。
彼は頬で拳を受けながら、わずか上体を引いたのみだった。
歯に当たって切れたのだろう口端を、静かに親指で拭う。
「……目撃者はなし、カメラにも映らない、か。こちらの立証も難しいが、まあ……」
男たちの脅し文句を逆に冷静に呟くのが不気味だ。
しゃんと姿勢を正すと、ずいぶんと体格が良い。今さら気がつき、見下ろす鋼に気圧されたように、彼の胸座を掴んでいた男のほうが手を離して後退りをした。
「では、ここからは正当防衛ということで。馬に蹴られていただこう」
いっそさわやかな低音が死刑宣告を発した。向かってくるならぶちのめしても構いませんね、と言わんばかりに、くっくっと曲げられた指先が挑発する。
ひょっとすると、微笑んですらいたのではなかろうか。もちろんかえって迫力を感じさせるそれである。
ええいやっちまえ!と一斉に飛びかかった男どもは、吠えた時点で負け犬だった。白銀の残像に二度と攻撃が当たることはない。外灯の作り出す光のリングの中で、ひとりひとり丁寧に沈められた。
隠れて見ているというのに、ランサーは口笛を吹いてしまったくらいだ。
「うぅ……」
「ぐぅ……」
あっという間に地面で蠢くだけの死屍累々が出来上がる。
見事な返り討ちであった。
ひとり立つ長身が、ぱしぱしとコートの埃を叩いた。
「まず私は毎晩いちばん近いここのトイレを借りている身だ。怖がるほど繊細な神経はしていない。おまえたちは乱暴と男らしさを履き違えているんじゃないか。こんなことをして意中の女性に好かれると思っているのなら目出度いことだ。それと、座りっぱなしだったのでね、軽い運動にはちょうどよかった。私でよければいつでもお相手するよ」
果たして憂さを晴らしたのは彼のほうだったらしい。息も乱していない男は朗々と語り、何事もなかったかのように公園の入口へと引き返していく。
そう言う彼自身も性愛由来の迷惑行為に勤しんでいるのだが、ランサーが迷惑だと言って聞く耳はあるのだろうか。
(おきれいな教室武道じゃねえな。ケンカ殺法ってよりもっと実戦的な……)
思ったよりお育ちは悪かったようだ。
意外、でもない。彼に尾行された時、その足取り、気配の消し方から迷い込んだ一般人ではないとランサーの勘が告げた。ゆえに怪しみ、あのように手荒な対応を取ったのだから。
しかし、そうするとランサーのしたことは乱暴でなく男らしさだと彼には思えたのだろうか。
(あばたもえくぼ、でなきゃマゾだな)
見も蓋もなく切って捨てたランサーは木立の陰に隠れ、戻ってくる白髪をやり過ごすと、地面に転がる男たちのほうへ足を向けた。
「おい」
芋蟲のように丸まるひとりの肩口を踏みつけ、表へ返す。呻き声が上がったが、ランサーの知ったことではない。
「一部始終、撮らせてもらったぜ。面倒にしやがったら、わかってンだろうな?」
よほどチンピラ紛いにケンカを吹っかけておいて、負けたら一般市民ヅラして公権力にすがるというのは卑怯であろう。
「な、なんだ、おまえっ」
「わかってン、だろうな?」
「ぅぎっ、骨、骨がぁ……ッ」
喚くのを無視して足に力を込め続けていると、首の千切れんばかりに頷いたので解放してやった。
ぺしぺしと頬を叩く。
「ひとのシマで素人さんにおいたはよくねえなあ。ま、お行儀よく遊んでってくれや」
わかってくれりゃいいよと友好的に笑ったつもりだったのだが、闇に見上げた赤眼がさぞや恐ろしく見えたのだろう。完全に酔いの醒めた様子で蒼白になり、ランサーがまだ〝お願い〟していなかった男たちまでが引き攣った悲鳴を上げて我先にと逃げ出した。
「なんだ、元気じゃねえか」
怪我のないようで何よりだ。が、まったく覚悟が足りない。いったんひとに暴力を向けたなら、自分がそうされても文句は言えないのだ。
あの白髪も、女を庇って暴力が自身に向くよう露悪を気取るのであれば、これくらい徹底すべきだった。あれでは報復される。己の庭で面倒事は御免である。
ランサーはそのまま公園の反対側に抜けた。
白髪が見張っている店へ見つからずに戻るには遠回りを強いられるため、その旨ディルムッドへ連絡する。
『大丈夫でしたか?』
「あー、自力で倒してた。そこそこ強えぞ、あいつ」
うっかり助けて惚れ直される心配などしていたのだから、可笑しくなってしまう。あれはヒロインのたまではない。
『ああ、もしかしてそういう出待ちでしたか』
納得したように言われ、笑みが引っ込んだ。
そういう。どういう? それこそランサーへの報復だろう。
「……いっぺんストリートファイトに付き合えば、見張り番はやめてくれんのかね……」
『試してみてはいかがですか』
強者との格闘ならば吝かでない気がしないでもないが。
わざと勝ちを譲ればさらに根に持つタイプだろう。ランサーの腕は知られている。あの根気強さでもって、自身が勝つまで挑戦し続けるに違いない。
その勝負の景品はオレか? 何度負かしたって追ってこられるのだから、ラッキーパンチで一度でも勝てばいい挑戦者に有利すぎやしないか?
(馬に蹴られろっつったなあ、あいつ……)
誰も見ていないところで恋路を装う必要はなかろう。
何故かと問うて、惚れたからと答えられる。なんと無敵の理由だ。素性も合理性もまったく関係しない。
定位置を離れている間に変わったことはないかときょろきょろしている白髪を遠目に見、ランサーは溜め息を吐いた。
Comments
- emikofDecember 9, 2023