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色即是空空即是色/Novel by ちくわぶ

色即是空空即是色

1,808 character(s)3 mins

版権元:Fate/stay night
注意事項:ネタバレがあります。電波文です。死ネタです。腐向けに見える可能性があります。

登場人物は実質一人。読後感は爽やかでは無いですのでご注意ください。
腐向けのつもりはあんまりありませんが、念のため苦手な方は読まないほうがいいと思います。

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 思い出そうとして、思い出せないこと。
 花冷えの身を刺す寒さ、母の手料理の隠し味の香り、幼い頃夢見てた未来、
 ――――忘れまいと誓った男の背中。

 忘失というのは、忘れていたことすら忘れて初めて成立するものだ。だとすれば、終わりの日に初めてその姿の面影すら思い出せないことに気づいた今は、辛うじて忘失の手前だろうか。ついに死ぬのかと感慨に耽ってやり残したことを数えていたら、いたはずの男のことを思い出した。
 鮮烈な赤に付き従う影。自身を奴隷と呼んだ男。それから、それから……?
 指折り数え上げようとして、失敗した。顔も声も体つきも操る武器も掛ける願いも、冷え固まった湖のように隔てられて浮かんで来ない。ただ、彼女の弾むような信頼と親愛に溢れた声を覚えている。
 私のアーチャー、と。
 ならば彼はアーチャーだったのだろう。他人越しにこぼれ落ちてくる欠片を拾い集めて全像を取り戻そうとするが、飢えた脳ではこのくらいの回想が限度だった。呑気に走馬灯を楽しむ俺を急かすように背後の兵士が前へと追い立てた。
 死への花道。それを見届ける執行人が俺も知る友人のような男であったのは不相応な幸運だろう。彼は彼の正義を為した。恨みなど無いのだとしがらみがなければ伝えられただろうに、その言葉を送るには今の立場は相応しくなかった。俺は恨まれて死ぬべきだ。だが恨む相手が何も憎めない破綻者であると知れば人は矛先に惑うだろう。だからただ、彼のこの先の幸福を願った。
 俺を見上げ罵声する人々の眼差しの燃え盛る憎悪の強さは、そのまま俺の安堵だった。この身は今や大戦犯、ならば彼らの俺に対する怒りとはすなわち争いを憎み平和を望む心の強さである。平和を愛し流血を厭う人の良心、それを散々思い知って逝けるのだから、そう悪い最期でもあるまい。表情を殺すのが上手くなければ、この状況で笑い出してしまっていたかもしれなかった。
 努めて無表情で歩を進める。救済の技法、その最後の仕上げが輪を成して俺を待っている。
 罪状が読み上げられる。儀式のための前口上が終わるのを、祭壇の上で待っていた。呼吸一つ、鼓動一つ、全てが最後の経験になるのだと思えば感慨深いものがあった。視線だけで辺りを見渡す。怒号は半ば歓声だった。敵味方であったはずの人々が肩を並べて終わりの訪れを喜んでいる。自動小銃を持つ警備兵はいれど、それが火を噴くことはない。これだけの人が集まって、一滴の血も流れない奇跡。
 これは上出来な結果だろうか。救ってもらったこの命を、上手に使い切れただろうか。自問して、ジワリと胃に落とした赤い宝石が揺らめくような錯覚をした。流石にいつまでも首から提げてはいられないため飲み込んだのだが、こんな意地汚い執着を向けられたペンダントの主が気味悪く思っていないといいが。
 赤、宝石。連想して、そういえば途絶えていた男についての回想を思い出した。いつもこうだ。取り戻しかけては、取り戻そうとする意思すらも気付けば曖昧になって保持していられなくなる。最後くらいは、と気合いをいれて記憶の抽出を試みた。……いつだって無駄に終わるのだけれど。
 何か、大切なことを伝えてくれようとしていた気がする。言葉の全てが虚構で飾られた本心からの助言であったような気がする。後悔に塗れた、懺悔の祈り――。
 俺の罪の羅列が終わる。一際大きなざわめきのあと、演劇の始まりを迎えた観客のように静まった。時間だ。目配せによる合図などという気の利いたものはなかった。執行人の覚悟が決まるまでを予想して、合わせて俺も人生最後の吸気をする。
 少しの慣性の後、重力が俺を奈落の底へと引きずり落とす。現世と常世の狭間で揺れる一時の苦痛。白滅と暗転を繰り返す意識。夢のような記憶のような曖昧模糊とした思い出の群れ。
 耐えるために見据えた、暗闇の対岸。誰かがそこに立っている。
「だからお前は愚かなんだ」
 悲しい声だった。どこかで聞いたような、不思議と懐かしく、輝かしく、この世で最も忌まわしい男の声だった。は、と喉に残っていた息を吐く。思い出せないわけだ。

 ――ずっとそこにいたんだな、■■■■。

 挨拶のように、告白のように、糾弾のように、懺悔のように呟いた。
 返事はどこにもなかったが、もう、俺は満足だった。

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