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てのひら/テノヒラ/Novel by ちくわぶ

てのひら/テノヒラ

5,318 character(s)10 mins

版権元:Fate/stay night
注意事項:ネタバレがあります。 雰囲気だけの文章です。

ぷらいべったーにあげたものです。
腐向けではないと思うのですが、苦手な方は自衛として読まないほうがいいかもしれません。
一ページ目は衛宮士郎、ニページ目は五次アーチャーの話です。対ですが、続いているわけではありません。

追記(2015/4/18)
ブクマ評価閲覧ありがとうございます。
私にとっての衛宮士郎とアーチャーを詰め込んだ、私的に結構重要なお話でした。文は電波だけど。
なのでご評価いただけて嬉しいです!

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 線が引かれている。
 俺は左右へ延々と続くそれを見つめながらこちら側に立っていて、俺の他には誰もいない。
 身を焼く炎の熱が、母の腕に抱かれるような安堵を与えて来る。皮膚を裂いて開く剣の花は、俺が膝を屈しそうになるのを制する厳しい父の叱責に似ていた。
 それらが、貰い物以外何も持たない衛宮士郎が、唯一信じられる自己だった。いや、これすら元を辿れば他者から与えられたものなのか。そう思うと笑いが起こるが、それでも、これが俺の全てだった。俺はここで産まれたし、この世界さえあれば俺の存在は説明できた。
 優しい世界だった。爆ぜる火の粉の向こうで唄うのは人々の怨嗟の声だろうか。彼らの声が俺をここに繋ぎ留める。俺はここで立ち続けなければならないと教えてくれる。
 母胎の中だった。何もなくても、ここにいるかぎり俺はひどく安心できた。
 線が引かれている。風はその向こうから吹いている。
 つまりこの熱さも痛みも誰にも渡らないのか。そう思ってホッとした。
 境界の向こうは恐らくとても美しい世界だった。炎に空気が揺らめいて視界を歪める。それでも、綺麗なことはわかった。空は晴れて澄み渡っている。誰も焼かれていない、誰も苦しんでいない、誰も悲しんでいない。
 楽園のようだ。そう思った。笑い声がしている。転んだ子を助け起こす母の手がある。泣く子を導く父の声がある。 これを見ていられるだなんて、俺はなんて幸運なんだろう、そう思った。
 だが、いつからだろうか。誰かの語りかけが聞こえた。
 奇妙なことに、それは俺の名を呼んで訥々と何かを説いていた。声は少女のものに思えた。
 誰だか知らないが、こちらに近づくと危ないぞ。
 そう声をかけると、少女はその言葉尻を捕まえて、あなたの言う通りだと声を高くした。
 あなたの立つところはとても危うい。私達はそこに行けない。あなたがそこから差し伸べる手は、こちら側の誰にも掴めない。
 そこに立つ以上、あなたは誰も救えない。
 少女は美しい姿をしていた。容姿の話ではなく、その姿勢のことだった。あるいは、生き様のことだった。
 真っすぐにこちらを見ている。揺らめく炎をかい潜って、ただ一人の俺を見ている。
 その手がそっと伸ばされた。見つめる瞳が言う。あなたの手を取りたい私を幸福にしてみせて。
 俺の肌は焼けていて、飛び出る剣は人を傷つけることしかできないだろう。俺は戸惑った。俺はここにいるのが正しいんだ、いいから君は行くといい。そう願ったが、少女は頑なだった。
 向かい風が弱まる。火の粉が少女の頬を照らす。
 いけない、ここにいさせては。
 思って声を荒げたが、少女の静けさは変わらない。さあ、勇気を出して踏み出して。誰かを救いたいその手は、私がずっと導いて見せる。
 強い苦悩があった。この炎と剣との別離は、すなわち安寧の日々からの巣立ちを意味していた。陽の光が降り注いでいる。温かい人の営みがある。それははっきりと、恐怖だった。だが、少女の白い手の平は変わらず上向いて、俺の手が重ねられるのを待っている。
 ここから出れば、熱は冷めるだろう。そのまま留まればこの手も冷えて彼女の白肌を焼かずに済むことだろう。
 お前はここにいるべきだ。沢山の人の声が言う。でも、目の前に、俺から手が差し伸べられるのを待つ人がいるんだ。
 息を吸うと肺が焦げた。それを土産にして、すっと足を持ち上げた。足裏は長らく熱されて焼きごてのようだった。うまく歩けないかもしれない。眼前の世界はあまりにも輝かしく眼に痛い。俺は、やはり向こうに行くべきではないのか? 最後の自問に歩みが緩んだ、その時。
 どん、と押す手の平があった。遠慮もないその勢いに、俺の体は前へと傾いで、よろめくように踏み止まった。赤い世界が移り変わる。子供の笑い声が聞こえる。
 足元を見る。俺は線を越えていた。そして今、確かに何かと別たれた。
 風が起こるほどの勢いで振り返る。途端に炎の壁が俺を襲った。一歩離れてみれば、尻込みするほどの熱さだ。
 その炎の中、男が立っていた。見覚えがない、だけど酷い既視感で目眩がする。そういう男だった。誰もいなかったはずの炎の中、熱された剣を手に、静かに俺のことを見下ろしていた。
 背は、俺より高かった。男は、炎に巻かれて笑っていた。心底安心した、そういう笑みだった。
 なんで、そんなところに立っているんだ! 一歩出るだけで地獄の苦しみから逃れられると言うのに! そう憤った俺だったが、伸ばしかけた手は上がる焔に負けてさ迷った。彼女の言う通りだった。こちらにいては、あちらの手は掴めない。
 背後から俺の名を呼ぶ少女の声がした。首だけで窺うと、ずっと手を伸べたまま待つ美しい人の姿が移る。逡巡して、振り返って、手を取った。最高の笑顔で彼女が言う。ありがとう、それは俺には天使の祝福に聞こえた。
 繋がれた二つの手を見下ろす。俺の皮膚はもう焼けて引き攣れてなどいなかった。彼女の手を取って、共に歩ける暖かさを得ていた。
 これは奇跡だ、身に余る幸福だ。思わず背きたくなる俺がいる。だが、少女の手の温もりが、俺をこちらに繋ぎ留めた。
 繋いだ右手のまま、もう一度振り返った。赤い地獄がそこにある。はっきりと線が引かれている。
 俺はこの仕組みを理解していた。一方通行なのだ。一度こちらに来てしまえば、もうあちらには戻れない。母の腕であったはずの火は、戻れば俺を苛烈な勢いで焼くだろう。父の齎す剣の洗礼は、心臓を潰し首を落として俺を殺すことだろう。
 もう、剣を持つあの焼けた手を取ることはできない。俺が一人だったように、あいつも一人で立ち続けるのだろう。不動のまま、黒い太陽に頭を垂れて。
 ならば俺はこの手を離さない。線の向こうを忘れず生きていく。せめてこれだけはと、声を張り上げた。
 男は焼かれ貫かれたまま、これに頷いて応えた。言葉は交わさなかった。
 最後に俺の故郷を焼き付けておこう。そうして目を見開く俺の前で、炎の勢いが一段と強まる。
 赤く揺らめくヴェールの向こう、男は一切の心残りも残さずきびすを返した。そうして線を越えた俺を残して、一人地獄の中へ戻って行った。

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