【槍弓コピー本web再録】雲外蒼天
版権元:Fate/stay night
注意事項:腐向け(槍弓) ネタバレ ねつ造
2021/6/27開催のクーエミオンリー「蒼天赤を穿つ」で頒布しました、よくわからない時空での槍弓コピー本のweb再録です。
もはや記憶があやふやですが、確かこれが初めてのクーエミオンリーだったんじゃなかったですかね……。自信ないですが。
私史上最もギリギリまで原稿していました。そのせいか、再録しようと思ったのにデータが残ってなくてそこそこ絶望しました。なんとか古いパソコンからサルベージしたのがこちらです。危なかった。
コピー本なのにBOOTH通販でお求めいただけたりして嬉しかったです(現在は出店していません)。ありがとうございました。
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――戦え
己を省みず敵を討て
初めに、闘争の指示だけがあった。
己がこうして現界している以上必ず存在しているはずの召喚者の姿は、しかしようとして知れない。守るべき主人も、かけるような願いもなく――いや、そもそも戦いの末に願いを叶えるような器があるのかもわからない。
薄い膜を破るような曖昧さと唐突さで自意識が浮上し、最初にただ戦闘を望む意思だけを浴びた。多分、誰も彼も似たような境遇だろう。見知らぬサーヴァントの戦いに、一騎、二騎と横槍が増えてただちに乱戦へと突入していくサマを見ながら思案する。
街には人間の気配はなく、動くモノはサーヴァント以外に見当たらない。遮蔽物には事欠かないとはいえ、これでは少しの動きでも目立ってしまうので、移動にはかなり気を遣う。
幸いにして索敵を得意とするサーヴァントがいないのか、現界早々潜伏を選択した私を発見する者は今のところ現れていなかった。
見物している戦場が移ってややこちらに接近し始めているのを見ながら、距離を取るため隣のビルへと飛び移った。魔力を使わないよう細心の注意を払う。
隣接するビルは高さもやや低い程度でほとんど変わらず、屋上から屋上への移動も素の身体能力でこなせる範囲だ。移動に無理のないルートを選んで隠れているので、当然ではあるのだが。
人のいない街を都市と呼んでいいのかはわからないが、私が召喚されたのはどうも、鉄筋コンクリート製のマンションや全面強化ガラス張り高層ビルが建ち並ぶ、現代都市であるようだった。ただ、全体的にはどうにも違和感が拭えない。
街看板には、何か言語のようにも思えるが意味の通らない記号が並んでいる。ランドマークとなるような建造物は見当たらず、具体にどこであると断定するのは難しそうだ。ビルの一室に踏み込んでみれば、オフィスデスクとチェアーが気味の悪いほど等間隔で並んでいた。
偽物の街。
人々が想像する現代都市をなんとなく再現したものとでも言えるだろうか。現実の都市から人が消えたというよりも、都市をガワだけ真似て拵えたその場凌ぎの舞台装置と考える方が腑には落ちた。
魔力を使わないことを徹底しながら、他のサーヴァントの動向に気を遣って移動を続ける。
偽物の都市とは言え、都市らしさを演出するだけの一定の法則性はあった。例えば壁に埋め込まれた点検用ハシゴはそうとわかって探せば発見には困らないし、緑に光る非常出口の表示も意味がわかっていれば階段を見つけるのに役に立つ。高低差の激しいこの戦場を魔力に頼らずに駆け回ることができるのは、潜伏する上では中々のアドバンテージであった。
これが正式な召喚であれば、サーヴァントには一定の知識が与えられるはずなので、私の現代文明への理解も大した役には立たなかっただろう。だが、今回の召喚はどうも端からきな臭い。少なくとも私には、状況を理解できるだけの知識の譲与は全くなかった。
これだけの英霊召喚をなしえるだけの魔術式だ、かの聖杯に匹敵するような規模の動力源がどこかにあるのだろうが、呼び寄せた英霊に知識と常識を付与するサービスはないらしい。
現代に英雄は生まれない。自分のような後ろ暗い存在でなければ、普通サーヴァントは過去、神秘が色濃く残り時代の者が喚ばれる。
よって私以外のサーヴァントからすれば、ここはどこともわからない、硬い素材が地面を覆い、四角張った構造物が乱立する障害物まみれの謎の空間だろう。彼らの中に、この街並みを正しく現代都市のものであると認識できているものはいまい。
全員に平等に与えられたものと言えば、闘争へ駆り立てる最初の命令くらいか。
私はそれに逆らい続けているので、ペナルティなのか、体を重く縛り付けるような不快感が付きまとっていた。が、マスターの姿も見当たらないくらいだ。命令と言えどもそう強固なものではないのか、命令違反も堪えられるレベルではあった。能力もおそらく制限されているので、このまま宝具展開は厳しいだろうが、そもそも戦闘を回避しているのだから宝具を展開する理由もない。
とはいえ、ただ隠れ潜むためだけに現界を続けるような趣味もなかった。なすべきことが存在しないのなら、自分で自分の胸でも刺してさっさと退場すればいい話だ。それを選択せず、鼠のように街中を走り回って周囲の観察を続けているのは、偏にそうでもしないとこの腹の内が収まりそうにないからだ。
そうとも、私は腹を立てている。
マスターの姿の見えぬ召喚。最低限の知識すら与えられず、ただ戦うだけに喚ばれたサーヴァント。障害物以外の意味を成さない作り物めいたコンクリートの街。サーヴァントを戦いあわせたいのだろう。その意思は感じる。だが、一体なんのために? 説明がないのは、どうせ碌でもない理由しかないからに違いない。うさんくさいことこの上なかった。
今ちょうど、一つの戦闘に決着が付いた。首を断たれて血しぶきを派手に撒き散らした名も知らぬサーヴァントの肉体は、すぐにエーテルへと還り粒子と消えて風に散らされる。
サーヴァント一騎分。その魔力の塊がどう分解され、どこへ消えていくのかを確かめようと私は目をこらしていた。
「戦え」というのが至上命題、我々に唯一許された行動だというのなら、その思惑のとおり牙を剥いてやる。
秘密を暴き、この不条理・不可解な現状を解決に導き、召喚者にその傲慢のツケを払わせるのも、一つの〝戦い〟と言えるはずだ。
*
派手な爆発があった。
四階建て程度の小さなビルとは言え、一棟丸ごと倒壊している。結構な規模の爆発だ。
どうもこの街では、サーヴァントが脱落すると順次補給される仕組みが構築されているようだ。狙いは戦いが絶え間ないように、くらいのものだろう。
必要な魔力量を思えば壮大な仕組みに思えるが、連続召喚に魔力リソースを割り振っているからか、サーヴァントに供給される魔力自体はそう大したものではない。燃費の悪い英霊であれば、魔力不足で宝具を放つこともできないかもしれない。
そういった事情により皆魔力を節約しているのか、これまで戦闘の技巧はともかく、絵面としては大人しいものだった。こういうわかりやすい爆発は私の知る限り初めてだ。
他の戦闘を追っていたので見落としていたが、さて、どんなサーヴァントが暴れたのか。単純な好奇心も働いて、爆心地の方へ近づいていく。
駆ける足並みはこれまでどおりで、気を抜いていたつもりもないが、結果的には警戒が足りなかったのだろう。柵があるだけで壁のない、開放型の連絡通路を渡ってビル間を移動している最中。
殺気を感じた、と思う直後に飛来した頭大ほどの瓦礫を、反射的に切り払ってしまっていた。
(――しまった)
咄嗟に投影した干将を片手に舌を打つ。
神秘を有さない攻撃は、当たっても衝撃こそあれ、ダメージにはならない。甘んじて食らっておくのが最善だったのだが、殺気に釣られてつい応戦してしまった。これで居場所ははっきりと露呈しただろう、すぐにでも追撃が来る。
遅れて莫耶を喚び出しつつ、足場の少ない宙空を嫌って三階相当の高さから身を投げる。着地するのとほとんど同時、瓦礫が飛んできたのと同じ方向から、青い人影が疾風のように躍り出た。
速い。
手には朱の長柄、槍兵か? 待ち構えていても肝を冷やす速度だ。だが、来るとさえわかっていれば防ぎようはある。
刹那の間にそれだけ思って、干将莫耶を刃を寝かして交差させる。その構えをとるわずかな時間で、もう敵は目前にまで迫ってきていた。
駆けてからの十分な速度を乗せた刺突。初手にだけ許された最も威力のある攻撃を、重ねた双剣の交差部分で正面から受けた。派手に上がった火花が、間合いにまで迫った攻め手の姿を隠す。
先に切っ先を受けた莫耶の構成に、瞬く間にひび割れるような綻びが走る。投影術者としては致命的なことに、ここで〝砕かれる〟という直感が過ぎってしまった。
術者本人の信念が揺らいだ投影物は、その瞬間実在強度が著しく低下する。身を守るための唯一の武器である干将莫邪だが、もう寸瞬も保たないだろう。
迫る穂先は神速の域に達している。追加の投影はとても間に合わない。今から身を引いたとて、私が間合い外まで後退するより先に敵の朱槍がこの心臓を貫いている。
――稲妻のように迫る切っ先。
どこか、記憶を焦がすかのような光景。
私にできたのは、双剣が砕かれるまでに稼いだ僅かの時間で、霊核への直撃を避けるために身を捩る程度のことだった。
「ぐッ――!」
胴体にほど近い肩の付け根に、着弾と言っていい勢いで朱槍が突き刺さる。噛み殺し切れず、喉が微かに苦悶を漏らした。
突き技の冴えが素晴らしいおかげで綺麗に貫通しており、槍の直径を越えるほどの被害を受けなかったのは不幸中の幸いだろうか。体を貫通して突き刺さった槍に動きを制限された状態で、幸いも何もあったものではないが。
減退させてもなお刺突の威力は凄まじく、槍の三分の一ほどまでが体に埋まっている。その分敵との距離は手を伸ばせば届きそうなほどに近かった。
蒼天よりも深い青の長髪は、後ろで一つにくくられている。神性を宿す瞳は、血のような赤。今ちょうど人の体を貫き居座っている槍と同じ、高貴と暴力を兼ね備えた神代の色をしていた。
痛みが何かしらの刺激にでもなったのか、その姿に男の正体に思い至って、思わず笑いが零れ出た。
生前の記憶はほとんど薄れたが、この稲妻如き朱槍の苛烈さだけは記憶の底に焼き付いて残っている。それに今もこうして殺されそうになっているのだから、オレはどうにも成長できていないらしい。
「……なんだ? 余裕そうだな」
自嘲の笑みだったが、彼には余裕の笑みにでも思えたのか。
怪訝気な、しかし少々愉快そうな調子で声がかかった。
「そう見えたなら私のハッタリも捨てたものじゃないな」
「ハッ、減らず口を叩く程度の元気はありやがる」
鼻で笑いながら無造作に槍を引っこ抜いたランサーは、一歩下がって間合いを調整すると、興味深そうにこちらを観察しはじめた。見るからに不作法な仕草だが、戦意は感じられない。
「仕掛けてきてから品定めとは、普通順番が逆ではないか?」
「コソコソ嗅ぎ回っている鼠がいたら、おまえだってとりあえず一発いれたくなるだろ」
そう言われるとまあ、返す言葉はない。コソコソ嗅ぎ回っていた自覚はある。ランサーの私への印象を思えば、むしろ今こうして会話し始めたことの方が不思議だ。
「だがこうして来てみりゃ、アーチャーのくせに思いの外気骨がありやがる」
「それはどうも」
適当に返事をして時間を稼ぎながら左肩の傷に意識をやるが、魔力を割いても治癒は遅々として進まない。呪いが付与されているのだろう。
ランサーの口ぶりはこちらを一定認めた様子であるが、我ながら中々のやられっぷりだと思うので、それを褒められても何も嬉しくない。ただ、攻撃を止めてくれるのは都合がよかった。相手が余裕ぶって会話を楽しんでいる間に、交渉を試みた方がいい。
「こちらには戦闘の意思はない。嗅ぎ回っていたのは事実だが、それなりの事情があってのことだ。可能なら、このまま立ち去らせてほしいのだが?」
肯んじられるとは思えないが、一応言うだけ言っておく。街には他にもサーヴァントがいるのだ、できる限り速やかに離脱したい。ここで腰抜けとあざ笑われることになっても、見くびって捨て置いてくれるのならそれに越したことはない。
……と、駄目で元々。こちらとしても通るとは思わない要求だったのだが、ランサーは意外にも鷹揚に頷くと、
「ま、いいぜ。戦いたいだけなら他に相手がいるからな」
行って良し、と言う風に顎で私にとっての背後を指した。
「……厚情、痛み入る」
なんと、要求が通ってしまった。
すんなり行き過ぎて逆に気持ち悪く、なんらかの罠を疑う場面ではあるが、彼はここから不意打ちをしかけるような性根でもあるまい。非常に腑に落ちないが、追求して気を変えられる方が困る。
首を傾げたいのを堪えて一礼だけ残すと、早々に立ち去るために強く地を蹴って離脱した。
――はずなのだが。
「確かに戦闘の意思はないと言ったが、こうも背中に続かれると、剣の一つも抜きたくなる」
商業ビルの一階、エントランス部分で立ち止まって振り返る。
さっき別れたばかりの男が、こちらの苦言に悪びれる様子もなくカラリと笑って返した。
「それも悪くねえな。抜いてみろよ」
「…………」
ついてくるなという意味の警告だったが、なるほど、戦闘を仄めかせても喜ばせるだけらしい。
この男を本気で相手取るなら、せめて二キロメートルの距離は欲しい。翻って今は五メートルほどの至近距離だし、まだ傷も癒えそうにないし、そもそも私は現時点で召喚主の「戦え」という要請には従いたくないのだ。何一つメリットがない。
「今のは付きまとうのをやめろという意味の婉曲表現だ。つまり、嫌味だ。私は戦いたくないし、貴様を満足させるのも癪だし、今仕掛けてこられても、無抵抗でやられてやるからな」
「だったら回りくどい話し方をやめろっつーの。オレはお前さんの言葉に乗っただけだ」
「ああ、もう、面倒なやつだな。回りくどいのは残念ながらそういう性格なんだ。わかったら私のことは放っておけ、戦いたいなら外に行け、外に」
「まあまあ、そうツンケンすんなよ。こんなくだらん召喚でがっついててもしょうがない、だろ?」
口調は軽かったが、少々含むところのある物言いだった。
「……君もこの現界には不満があると?」
よもやここまで尾けてきたのは、ランサーも私から、不満の気配を感じ取ったからだろうか。
様子を窺いながら尋ねた私に、男は一つ頷いた。
「どうにも気になって気持ちよく槍を振るえねえ程度には、あるな。あとはお前さんへの興味が少々」
そう思って見ると、端から話し合いをするつもりだったのか、ランサーの手に槍はない。
挨拶代わりに槍をぶっ刺してくるような相手と話し合いというのも落ち着かないが、もともと敏捷値の差から言って、本気で追われれば逃れるのは困難を極める。向こうに付き纏われてしまっている以上、ここで拒否しても埒が明かない。
私は言いたいことのいくつかを飲み込んで、対話の申し出を大人しく承けることにした。
*
破壊されたはずの街並みは、しばらく意識を向けないでいる間に修復されているようだった。いや、修復というより復元の方が相応しいか。少し視線を外してから元に戻すといつの間にやら元に戻っている。現実に反した、違和感があるくらいの唐突さでだ。
なのでランサーが電柱を複数本なぎ倒したり、高層ビルの下層部の横半分を吹き飛ばしていても、何の問題もないのである。
「……派手にやれと言ったのは私だが、それにしても張り切っているな」
まあ、戦っていると調子が良い――というより、戦い以外の行動を取ると弱体化させられる――世界であるので、多少ハイになってもおかしくない。私の要望を反映させてのことであるし、騒音と振動の公害はあるが放っておこう。
重火器の飛び交う戦場でもまず聞かないレベルの戦闘音をバックに、私は魔術による解析を試みる。対象は地面を起点にして解析網が届くところまでの全て。具体的な対象も目標もない、地引網漁のようなやり方である。ランダムに足を止めては、これを虱潰しにやっている。
私はこの現実感のない世界と、延々と召喚されては戦わされるサーヴァントという不遜で贅沢な光景に、どういう意味があるのかの仮説を立てていた。
それを確かめるための解析魔術によるローラー作戦で、実行可能にするための協力者がランサーだ。
*
「私はここをバーチャルリアリティー、仮想現実のようなものだと捉えている」
住民の存在しない、障害物以外の役割を果たさない街並み。姿の見えないマスターに、殺し合えとだけ命じられて延々と補充されるサーヴァント。
この街に一度に存在するサーヴァントの数は最大七騎。誰かが倒れるとほとんど間をおかずに召喚が実行され、七騎を下回る時間はごくわずかしかない。補充は機械的なもので、召喚のための魔力はどこからともなく補完され、サーヴァントの退去後の魂もまたいずこかへ回収される。
「ぶいあーる?」
「……VRというのは……、そうだな、現実とは一枚分ずれた階層に、仮想の世界を一部分だけ用意するようなものだ。だからこの街は作り物だし、我々は厳密には現界しているとは言えず、座の情報を模倣して生み出されたアバター……仮初めの人格に過ぎない」
「ふーん」
伝わったのやら怪しい相槌ではあったが、紀元前の人間相手にVR技術を説明する気力はない。伝わったという体で話を進める。
それに口ではVRとは言ったが、これはVRそのものではないだろう。こうして限定ながら英霊の再現に成功している以上、発想がVRに似ているというだけで、中身としては魔術式なはずだ。
だが、これで魔力の無駄遣いとしか思えないサーヴァントの大量連続召喚に説明がつく。
ここは現実ではない。となれば、現実から遠ざかった分、神秘に近い空間とも言える。
自分で用意した魔術空間、自分たちで定めた法則に支配された世界に、限定的に英霊の技能を顕現させるだけ。
これなら修正力の影響とて軽微だろう。少なくとも現実で同じことを成し遂げるよりも、随分とローコストで仕上がっているはずだ。
「この空間は現実からは隔離されていて、魔力はサーヴァントの召喚とその魂の回収により循環している。殺し合えという最初の命令は、循環の速度をあげるためのものだろう」
「はー、なるほどねえ。ケッタイな話だが、つじつまは合うな」
ひとまずの情報交換を決めた商業ビルの二階、エレベーターホールのソファに座ったランサーが、感心したような声を上げた。行儀悪く足裏をこちらに向けるように足を組んでいる。私はソファがあるのとは逆側の壁に立ったままの背を軽く預けて、組み立てた仮説を包み隠さず説明していた。
お互いの距離は三メートルと少し。向かい合って話し合っている――というには距離があったが、会話に支障は無いし感情的にもこれくらいが限界だ。
今の距離でもサーヴァント相手と思えば十分過ぎるほど近いが、無呼吸で槍を振るっても届く間合いの内よりは、まだしも気が休まる。
「そうなると問題なのは、何故循環させているか、という話だな。これは推測が強くなるが……おそらく、この魔力循環により、魔力の総量は僅かずつ増加しているのではないかと考えている。その収支の増加分を取り出して他の何かに利用するために、この世界は運用されている」
水車で精米をしていた時代から、循環というのはエネルギーを取り出すために活用されてきた。
私のこの世界へのイメージは発電所が近い。サーヴァントはタービン発電機を回すために座とこの仮想空間とを往復させられている、燃料である。
「それでお前の言った〝戦いたくない〟っつー結論に繋がるわけだ」
「……戦いたくないのではない、戦うメリットも理由もないというだけだ」
「あー悪い悪い、馬鹿にしたつもりはねえ。むしろ感心してるぜ、よく考えてるなって」
そう言われても、なぜこういう仮説を立てられたかと言えば、私がたまたま電気文明と情報テクノロジーへの理解がある現代英霊だったからに過ぎない。
知識が制限され、前提が整わない他のサーヴァントでは中々出てこない発想だろう。戦闘行動を取らねばペナルティをかけられるような状態ではなおさら、おちおち考えてもいられまい。
ふむ。そう思うと、あるいは召喚者にとっても、私のような現代技術と魔術儀式の双方に理解のあるサーヴァントの出現は、想定外のものだったのかもしれない。
「しかし、だからってどうするよ。他のやつらをふん縛って戦いを止めさせるか?」
「実現可能性という意味で難点があるし、途中でマスター側からのテコ入れが入るだろうな。全員をバーサーカーのような状態にされて終わりじゃないか?」
今でも戦わない間は弱体化と不快感というペナルティが課されている。一騎、二騎程度ならまだしも、全騎揃って命令違反となれば、潤滑な運営にエラーを来すイレギュラーとして、強引にでも除去されるだろう。あちらからすれば、ザーヴァントはみな使い捨ての道具に過ぎないのだ。
「それよりも、もし私の仮定が正鵠を射ているのなら、確実に存在する現実との接点があるはずだ」
「魔力の回収点か?」
頷いて返す。
ここが循環に依って生じた過剰魔力を現実に還元することを目的とした世界であるのなら、集めた魔力を現実へ送信するための接続点がなければおかしい。
「これまで魔力を使わない方法で探ってはみたが、さすがに目で見てわかるようなものではないらしい。
……もし、他に私の話に理解を示す者がいたら、そちらに陽動を任せて、私も魔力を使った解析を行いたいと考えていた」
いい加減、一人でできることには限界がある。これこそが、私がランサー相手に、ここまで丁寧に持論を説明してきた理由だった。
十分な実力があって、燃料扱いされることを忌避する程度には矜持が高く、理性的な取引が成立する相手がいれば、手を組みたい。
そして私が知る限りの人物像では、ランサーは条件に適合しているように思えた。
難点としては私がこの男が苦手に思っており、他に選択肢があるなら絶対にこいつだけは手を組みたくないと思う程度には、感情的抵抗があることだ。
とはいえ、贅沢を言うつもりはない。こちらは目的のためなら自分の悪感情くらい目を瞑る。
しかし、同じような根本的な相性の悪さを、ランサーの方でも感じているところであろう。私の協力要請に彼が頷くかどうかは、良くて五分五分くらいの賭けに思えた。
「話はわかった、アーチャー。その要請に答える前に質問するが、その現実との接点とやらを見つけて、それからお前はどうするつもりだ?」
*
魔力を使い始めると、流石にサーヴァントから襲撃されるようになってきた。
正面戦闘を避けて、時にはランサーに押しつけたりしながらあしらっているが、あまり長続きはしないだろう。いつかは捌ききれなくなって乱戦にもつれこむだろうが、そうなると悠長に解析魔術に注力している場合ではなくなり、目標が達成できないという意味で敗北する。
決して焦らず、しかしできる限り速やかに解析と移動を繰り返す。
私の仮説はあくまで仮説で、全て状況証拠からの推測に過ぎない。もしも仮説が正しかったとして、仮想空間側の住民である我々が、本当に現実方向との接点を見つけることができるのかもわからない。
だが、魔術によって閉ざされた空間に、現実へ繋がる穴が空いているのだ。それを解析したときに、ほんの僅かの違和感も覚えないとは思えない。
そうして繰り返した七回目の解析で、私はついに手を止めた。
解析魔術の目はここより背後、尖塔を抱く構造物――教会のもとで止まっていた。
信仰する者もいないのに聖人を模して作られた聖像に、ガラス越しに落ちる影によって表現される巨大な十字架。そして、奥には一般には公開されていないプライベートエリアに続く扉がある。至ってスタンダードな教会である。
問題はその奥の部分。現実であれば重要書類などが保管されているであろう地下倉庫の、鍵付きの棚に安置された一つの聖品。
「なるほど、聖杯か」
こうしてたどり着いてから思えば、極めて単純な話であった。
ここが仮初めの空間であれ、魔術式である以上は現実に肖った、ある程度意味のあるものを使うだろう。何の変哲もないそこらの屑石に英霊の魂を回収させるよりも、聖杯という器に集積するという方が、概念的にも無理がなく理に適っている。
構造解析の発動を止めて、自分の足で聖杯のもとまで移動する。
途中の扉も一応施錠されてはいたが、あくまでフレーバー的要素に過ぎないようで、武器を取り出すまでもなく力尽くでこじ開けられた。
地下まで降りて棚の前まで到達する。棚も本当に戸棚といった感じで、鍵は南京錠というお粗末なものだ。聖杯を守る最後の砦だと思うとセキュリティが心配になるほどだが、普通街中の教会に本物の聖杯があるはずがないので、ここが現代の街を模していると考えると、むしろ現実的と言える。
南京錠を壊して中を検めれば、片手で持ち上げられる程度の大きさの、黄金でできたゴブレットが入っていた。杯という用途を思えば一般的なサイズであったが、事前に解析で得た情報と比べると明らかに小さい。
この、実際の大きさと魔術的構造の大幅なズレこそが、私が感じた違和感の正体だった。
魔術による解析結果では、この杯は直径一メートルはある巨大な杯だ。当然、この戸棚に収まる大きさではない。
すると解析魔術上では、戸棚と聖杯の構造が重なり合うという、現実では起こりえない現象が発生していた。さながらポリゴンが重なって表示される、ゲームにありがちなバグのようだ。
聖杯を棚から取り出してみると、黄金製ながら小さな見た目の通りの重量をしている。彫り込む形で装飾がされている他は特に変わった点はない。ひっくり返したらそのままリングベルとして使えそうな、よくあるタイプのゴブレットである。
……さて。こうして自分の仮説を証明する物が出てきたのは喜ばしいが、のんびりしている暇は無い。
ランサーは今も元気に地下にも響くほどの戦いを繰り広げている、うっかり敗北しないとも限らないのだ。
私は左手に聖杯を握ると、視覚情報に惑わされないように目を閉じて、魔術回路を起動させた。
「投影開始――」
*
「私たちは仮初めとは言え、ここに召喚されている。あとは現世へ至るための道筋と、十分な魔力さえあれば、現実世界への本物の召喚を果たすことは不可能ではない……と、これはあくまで推測だがね」
質問とは一見関係しないことを語り始めた私にランサーは少し眉を寄せたが、口は閉じたままで話を遮ることはしなかった。これが質問の回答への前置きであるとわかったのだろう。
視線による無言の催促に、私は言葉を続けることで応える。
「魔力を蒐集している装置を突き止めたのなら、それを投影で模倣して、以降の魔力をかすめ取る。
こうすれば魔力回収と召喚の循環は止まって新規召喚は打ち止められるだろうが、この街には常にサーヴァントが七騎いるようになっている。一騎のみを残して、他の六騎。それだけのサーヴァント全ての魔力を用いて、現実への顕現を試みる」
今までも証拠のない話をしていたが、ここからは推測どころか、期待や願望と言っていいレベルまで話の信頼性が下がってしまう。
魔力を集めたとして、仮想空間から現実への顕現など可能なのか。可能だとして、どれだけの魔力を用意すればいいのか。はっきり言って私自身にもわからないことだ。
だが、サーヴァント六騎分。これが理論上、私たちがこの世界で得られる魔力量の最大値であるはずだ。
これで無理なら、他に手はない。私はそう割り切って行動していた。
「質問には答えた。私に協力するのかしないのか、君の考えを聞かせてもらおう」
もし協力しないと答えるのなら、このまま戦闘になるだろう。六騎分のサーヴァントを回収するというのは、自分以外の全員を倒すという宣戦布告に他ならない。ただでさえこちらは手負い、ここで仕留めに来るはずだ。
私とてただでやられるつもりはない。男の一挙手一投足に気を配りながら返答を待つ。
こちらの緊張が届いていないはずもないが、ランサーは視線を気にした素振りもなく、組んでいた足を解くとやおら勢いをつけて立ち上がった。
「中々面白い話だった。オレからの条件が一つ、お前がそれでいいならオレも手を貸そう」
「……聞こう」
「最後の一騎、残るのはオレとお前で戦って、勝った方だ。あと、お前のその傷も今治す」
……拍子抜けする。
ラスト一騎、誰が残るかを話し合いで決定できるとは私も思っていない。どうせ戦いになるのは目に見えていることだ。この当たり前のことに頷くだけでランサーの協力を取り付けられるなら、こちらに否やはない。否やはないが、溜息は漏れた。
「構わんが、それは条件が二つと言うのではないか?」
「仕切り直してもっかい闘ろうって条件なんだから、まとめて一個だろうがよ」
……そういう理論らしい。
納得はしなかったがごねる場面でもないので黙っておく。自己治癒が進む気配がない肩の傷も、当の本人に治療してもらえるならそれにこしたことはない。
私も壁から背を離して、ランサーの方へと歩み寄る。こうして並んでみると身長は同じくらいか、私の方がやや高いかもしれない。
彼はもっと大きな――それこそこちらが見上げるほかないくらい――人間である印象があったのだが、今や私が見下ろす側というのは、なんとも奇妙な気分だった。
*
ランサーへの合図のために空へ一本鏑矢を放つ。最後に花火さながら爆発するおまけ付きだ。これで気づかない間抜けはいないだろう。当然ランサー以外にも見咎められるが、それは承知の上だ。
私はすでにこの街で一番の高所であるビルの屋上に位置取っていた。元々有する現代知識に加えて、今まで散々走り回されたのだ。今残った最後の七騎で一番地の利があるのは私だろう。
派手な立ち回りをしていたランサーの周囲には三騎。その戦闘に参加せず様子見をしていた残り一騎は、今の鏑矢を見ると警戒しながら移動してきた。
あともう一騎は確認できていないので、おそらくアサシンクラスだろう。奇襲は警戒しておかなければならない。
こちらへ向かってくるのはセイバーのようだった。両手剣に金属製の全身鎧を見に付けている。
西洋出身なことはわかるが、該当者が多すぎてその英霊であるかまでは絞り込めそうになかった。これだけ遠いと武器を解析して真名を推測することもできない。そして、そこまで接近させるつもりはない。
名も知らぬセイバーとの距離は大凡一キロメートル、高低差は約二百メートル。
距離が理想よりやや近いが、これだけ有利に陣取れたのだ。弓騎士として負けるつもりはない。
「緋の猟犬よ、赤原を往け――」
守るべき住民もなく、壊した建物ですらすぐに元に戻るのだから、何に遠慮する必要もない。これほど都合のいい舞台は早々ないだろう。
ここまで最小限に抑えてきた魔力消費。その縛りをようやく取り払って、弦の中に神秘を編み上げていく。
「――赤原猟犬」
勝利するのは当然として、連戦を考慮して、魔力の残量には気を配らないといけない。
標的に向けて疾走を始めた一の矢の行方を見定めながら、私は油断なく次の一矢の投影を開始した。
*
ランサーが傷を指差すような仕草で宙をなぞると、途端回復が進み出した。
あまりに軽い調子で披露されたので自信がないが、これはルーン魔術、それも原初の一字だろうか? 現代の魔術師が見たら泣いて喜ぶか、血を流して悔しがりそうな光景だ。
「そういえば一つ質問が――ああ、これは先ほどまでの話とは関係ない、本当にただの質問なのだが」
治療と言っても座っているだけですぐに終わりそうだったが、思い出したことがあったので時間つぶしも兼ねて口を開いた。術者のランサーの方も一度描けばほったらかしでいいのか、傷が塞がるまで暇そうにしている。
「初めのとき、私のことをすぐにアーチャーと言っただろう。あれはなぜだ?」
「あん? なぜも何も、そんなもん見ればわか――」
る、と言いかけたランサーが言葉を止めた。次いで首を傾げる。自分の発言のおかしさに気づいたらしい。
確かにアーチャークラスではあるので結果的には正解なのだが、私はここまで一度も狙撃をしていないし、弓を取り出してすらいない。手にした武器は干将莫耶だけだ。セイバーらしくないと思われるまでは理解できるが、アサシンやキャスターなどよりも先にアーチャーだという断定がされたのはどうにも解せない。
「言われりゃそうだな。あんときゃそう思ったんだが……」
しかし肝心のランサー本人も首を捻る始末。役に立たない。
「はあ。もういい、後学のために聞いておこうと思ったが、勘で当てられたならどうしようもない」
「いや、勘ではない。どっかで会ったことあるんじゃねえか?」
私は首を横に振った。出会っているかと言われれば確かに一度こいつに殺されたことはあるが、今とは姿が違うはずだし、アーチャークラスが云々とは全く関係のない出会い方だ。
ランサーは私に否定されてもなお納得のいかない様子で唸っていたが、そうこうする間に傷も完治し、私が強引に解散を宣言して、商業ビルでの密会は終わった。
*
目を離した隙に復元される街ではあるが、目を離さなければ復元されることはない。私たちが認識している間、壊れた建物は壊れたままだ。
ついにランサーが高層ビルへ到着するのを許した私は、こうして足場を破壊され、地上へと引きずりおろされていた。
――急襲してきたアサシンに気を取られている内に大分接近されたとは言え、アサシンを倒した時点で、ランサーとの距離は一キロメートルは残していた。
狙撃のみで倒しきったセイバーと初期位置としてはほぼ同じだ。弓兵の強みを十分活かせる条件であったといえる。
なのに結局はこうして白兵戦の間合いに持ち込まれているのだから、自分の不甲斐なさに目眩がしそうだ。瓦礫を踏み越えて悠々と近づいてくるランサーが楽しそうなのが、余計に腹が立つ。
「よう、アーチャー。途中で脱落しねえかとヒヤヒヤしたが、調子がよさそうでなによりだ」
「君の方こそ、馬鹿みたいに派手な戦闘ばかりするから、魔力不足で途中退場にでもならないか心配していたとも。提示された条件を果たさないままというのは目覚めが悪いからな、こうして再会できて嬉しいよ」
「派手に見えたか? お楽しみが残ってるんだ、これでもオレなりに大人しく戦ってたつもりだがねえ」
あれが大人しいと言えるかはともかく、ペース配分を考えていたのは事実なのだろう。こちらが二騎なのに対してあちらは三騎――合図より前も含めればおそらく六騎――を打倒してきたわけだが、魔力に困窮している様子はない。燃費の良いサーヴァントであるらしい。
干将莫耶を携える私へと歩みを進めていたランサーは、最終的に十メートルほどの距離を残して足を止めた。
無拍子で仕掛けられるほど近くもないが、互いに宝具を放てるほどに遠くもない、そういう距離。
「あの合図から以降、本当にサーヴァントの補充はなくなった。お前の仮説は正しかったってわけだ」
問答無用で仕掛けてこずに立ち止まったのは、最後に対話をしようと考えてのことらしい。
正々堂々というか、なんとも古式ゆかしい作法である。距離があるのをいいことに散々射かけた私とは随分な違いだ。
「おかげさまで。一応伝えておくが、魔力の回収装置は聖杯の形をしていて、今は君の右後ろにある教会の地下に置いてある」
「おう、わかった。わざわざ悪りいな」
協力者への最後の義理として、私の投影した偽聖杯の姿と所在を教えておく。
投影魔術は特性上、術者が消えてもしばらくは残る。念入りに補強しておいたので、仮にランサーが私を倒したとして、偽聖杯はランサーに使われるまで残るはずだ。
もっとも、私とて負けるつもりはない。相手の正体を知っているというアドバンテージもある上に、ランサーは私に真名を知られていることに気づいていないのだ。この情報の不均等をうまく使えば、一つか二つは隙が作れるはず――
「さて、んじゃやるか。オレはクランの守り手、アルスターの戦士クー・フーリン。スカサハ直伝、影の国の秘儀により、これより貴様の心臓貰い受ける」
「………………」
どんな表情をすればいいかわからず、思わず真顔で黙りこんでしまった。いきなり何を言いだすんだ、この男は。
「待て。今なぜ名乗った?」
「はあ? 名乗りの理由なんざ聞かれてもなぁ。殺す方も殺される方も、相手の名も知らないってわけにはいかねえだろうが」
「ああ、うん。確かに、そういう文化もあるが……」
私が聞きたいのは、これから戦う相手に真名という弱点を教えてどうするのかということなのだが、おそらくやつの頭には、弱点を知られないように立ち回ろうとかそういう発想がないのだろう。思い返せば逸話からしてそういう男だった。聞くだけ無駄だ。
「はあ。折角名乗ってもらったところ残念だが、私には名乗るような名はないぞ。回りくどい隠喩とか嫌味ではなくな」
「なんだそりゃ。名無しかよ?」
「そのようなものだ。そうさな、しがない人類の走狗とでも名乗っておくか」
もう一度「なんだそりゃ」と呟いたランサーだったが、私の言葉に誤魔化しはないと判断したのか、気を悪くする様子はなかった。
それに、少しほっとした。侮辱されたと思われなかったのならいい。
これから命を取り合うというのにおかしなことを心配していると自分でも思ったが、これから殺し合いをするとは思えないくらい、不思議と悪くない気分なのだ。
せっかくならこのまま、どっちが勝っても後腐れ無く終わらせたい。
垂れさせていた双剣の切っ先をあげる。二刀中段。
それと同じく、ランサーも片手に持つだけだった槍を一回しすると、両手で構えて姿勢を下げた。
視線が一瞬、交錯する。
「――行くぜッ!」
瞬間、楽しんでいるとしか思えない声音でランサーが吠えた。
迫る穂先を双剣で受ける。
最初の交戦と似た構図、しかし互いに全く異なる表情を浮かべたまま、最後の私闘が始まった。