補足:
「当時日本が自らデマを流した」という話について。
少々ややこしいので長文です。
自らデマを流したという話の出所は、
【 戦時中である1943年の米国諜報機関(現CIA)の機密文書 】
です。
当時イスラム圏との関係構築を模索していた日本の極めて一部の動き(ある使節がアフガニスタンでイスラム改宗や神戸モスク建設や日本のイスラム関連の活動など)と、
それを受けた当時のイスラム圏の
・非イスラム国で、我々の敵である欧米に敵対している日本がイスラムに興味があるらしい。
→ 日本人多数が改宗したらしい(噂)
→ 日本がイスラム教を国教にするらしい(噂)
→ 天皇も改宗を真剣に検討しているらしい(噂)
という願望(米国諜報員の観察による)を背景にした噂の飛躍について、
神道と日本人の信仰を、一神教的視点と敵国バイアスで、これまた大胆に誤解した上での一方的な推測で書かれた米国諜報員の報告に基づいています。
(戦時中の敵国分析のため偏った観測・判断がかなり含まれています。)
日本側にはそのような噂を流したとする根拠となる資料はありません。
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この見方が生まれた背景は、当時の日本側から世界に向けての「多神教である神道」についての説明が、
『 排他的でなく、寛容であり、信仰を重複できる 』
という、「一神教徒には極めて理解しにくい概念だったことを十分に考慮できなかった点」にあると思います。
同時に日本特有の「曖昧さ」を含むアプローチだったことも原因にあると感じます。
※ これらは今も同じ構図と問題があります。
そしてこの日本の発信や態度について、イスラム側も米国諜報員も、やはり日本側の意図を正確に理解できなかったようです。
イスラム側は「つまり日本は改宗してイスラム国家になる」と解釈し、
米国諜報員は「つまり日本人は偽装改宗でイスラム圏を懐柔する」と解釈したようです。
その解釈から米国諜報員は
「”日本がイスラムに改宗する”とムスリムたちが噂しているのは、日本が二枚舌外交でイスラム圏を取り込もうと流したプロパガンダに違いない」
という推測から導いてそのまま結論し、報告書(米国からの逆プロパガンダの提案)をまとめている、という印象です。
正直、文書内容はかなり誇張され誤解も多いです。
仮に、当時の日本が対外的に「天皇改宗の噂」を流した場合、後々それがイスラム圏から日本国内にも伝わるのは避けられないでしょうし、そんな噂が広まったと知られれば、どんな理由があったとしても大きな問題になったはずです。
そもそも、当時の日本にとって天皇は国家の中心であり、神道と深く結びついた存在です。
例え戦略上でも「天皇が外国の宗教に改宗する」という噂を流すことは、国家観そのものを否定するような行為であり、現実的に考えにくいことです。
つまり曖昧な説明をした日本人と、「多神教・神道」を理解できない一神教の外国人たちの誤解の連続の結果だと感じます。
正直、この流れは現代でも見る同じ流れであり、各人あまり変わっていないと感じます。
日本:曖昧で迎合しすぎて都合よく解釈されたり、怪しい魂胆があると誤解される。
また、極少数の日本人改宗者がイスラムとの繋がりを主張し、それがイスラム圏で「日本の全て」と解釈され噂が独り歩きする。
イスラム:希望的観測が強く、「日本人がイスラムに改宗する」という過去も今も同じような「願望」を現実の話として信じ込み拡散しやすい。
米国:一神教的視点で日本を判断し、良くも悪くも極端に解釈する傾向がある。
そして Wikipedia ではその背景部分、つまりイスラム圏で希望的観測の噂がひとり歩きしたことや、戦時中の敵国である米国のバイアスがかかった観測と分析が根拠なことや、日本側には「天皇改宗の噂流布」のような戦略の記録は全くなかったことなどが大幅に端折られて記載されており、誤解を招きやすい構成になっています。
(率直に言うと狙っていると感じます。)
更にムスリムたちはこの話を否定されてもそれを聞き入れない場合が多く、検証もせずに広めているように見えます。
イスラム側から「日本の国教に採用する事を真剣検討」「天皇が改宗寸前だった」という話が繰り返し「事実」として様々な形・媒体で発信されており、出元を調べた結果 wikipedia がその一つでした。
まるで事実であったかのように誤解させる記述、そして検証すらしていない都合の良い物語を「事実」として世界中に広める状態が、日本に対する深刻な誤解と歴史改竄を生んでいます。
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