「倫理にかなう行為だと思った」
「17歳に生中出しをキメました。歳はどうでも良いが結構美少女だった」
「ヒジャブを被った〇〇ちゃん、16歳ぐらいに見えた。いきなりどうぞとM字開脚。濡れてないキツキツにNNN、200k」
「チープカシオやキーホルダーでラオス人少女を釣ってNN」
インドネシアやラオスで児童買春に手を出したとみられる日本人男性たちの生々しい写真付き投稿が、SNSで話題になっている。NNとは「中出し」のことらしい。200kは20万ルピア(インドネシアの通貨)、日本円で約1800円になる。
こうした投稿を受け、在インドネシア日本国大使館は5月13日、渡航者や現地滞在者に法令を順守するよう注意喚起した。昨年6月には在ラオス日本国大使館も同様の注意喚起を出しており、日本人男性の逮捕が相次いだ。経済格差を利用した日本人男性の児童買春にはSNSで批判や怒りの声が高まっているが、東南アジアでは半世紀以上前から度々、メディアを騒がせ、「日本の恥」だと物議を醸してきた。
そのおそらく最初の騒動を引き起こしたのが、「ハーレム玉本」と呼ばれる人物である。
1973年1月、タイの古都チェンマイで児童買春に関与したとして、現地警察に拘束された玉本敏雄(当時39歳)のことだ。日本は当時、高度経済成長期の真っ只中だったが、第1次石油危機(オイルショック)によるトイレットペーパーの買い占や物価高が市民の暮らしを直撃し、田中角栄内閣は対応に追われていた。
そんな激変の時代に玉本は、チェンマイの自宅で14〜17歳の少女約20人と一緒に住み、呑気に囲い込んでいたというのだ。少女たちの容姿に応じて5000〜5万バーツ(当時のレートで約7.5〜約75万円)で買っていた。その見返りとして、少女の両親には家を数軒建て、斡旋人には15万バーツ(約220万円)を渡していたという。日本の新聞には、玉本の顔写真だけでなく少女たちの写真も掲載され、連日、大きく報道された。
同年1月12日付の読売新聞朝刊に、チェンマイ警察署に拘留中の玉本に特派員が取材をした時の様子が、次のように書かれている。
特派員から事実関係を問われた玉本は、「タイをはじめ各国で20人ほどの少女を妻としている」とあっさり認めた上で、その経緯をこう説明した。
「私はタイの貧しい農村の人たちへの同情心から、タイの風習に従って、最低5000バーツから、最高5万バーツまでの金を払って、少女を買い取った。日本の社会通念からは許されないかもしれないが、倫理にかなう行為だと思った」