【明和電機】土佐信道という芸術
この記事は、【実録】明和電機のファンをやめた話 の補足であり、ファンをやめた後の私が、『明和電機』『土佐信道』という構造を読み直す試みである。
【明和電機とは】
土佐信道プロデュースによる芸術ユニット。 青い作業服を着用し作品を「製品」、ライブを「製品デモンストレーション」と呼ぶなど、日本の高度経済成長を支えた中小企業のスタイルで、様々なナンセンスマシーンを開発しライブや展覧会など、国内のみならず広く海外でも発表。音符の形の電子楽器「オタマトーン」などの商品開発も行う。オタマトーンは累計販売数200万本を超えるヒット商品(2023年8月現在)。
『明和電機』はご存知の通り、昭和の中小企業をモチーフとした芸術ユニットだ。1993年に結成され、現在もさまざまな分野で活動している。
彼らは兄の正道を「社長」、弟の信道を「副社長」とし、架空の中小企業として「ナンセンスマシーン」、役に立たない機械作品を製品として発表し、デモンストレーションとして舞台上でパフォーマンスを行っていた。
それは彼らの喪われた「家」を取り戻す行為だったように見える。
1970年
1969年退社した彼は兵庫県赤穂市に有限会社明和電機を設立。東芝、松下電器の下請工場として真空管の制作から始まり、最盛期には100人を越す従業員を抱えた。しかし1979年オイルショックの影響で経営が悪化し、倒産してしまった。
皆さんがご存知の通り、有限会社明和電機、もとい土佐兄弟の実家はオイルショックで倒産し一族はバラバラになる。母親、姉、兄弟は広島へ移り住む。彼らは元の家を喪っている。土佐信道は「家を喪くした」痛みを糧に、兄と共にプロの芸術家として歩み始める。
ソニーミュージックに所属した彼らは、順調な滑り出しでアーティストとして活躍した。「たけしの誰でもピカソ」「題名の無い音楽会」等さまざまな番組に出演し、社員のメタファーである青い制服を纏うファン---電協会員たちを獲得する。彼らは『明和電機』という架空企業を支える重要な存在だった。これは喪失した共同体を再構築する動きに見える。
構造としての『明和電機』
私もまたその動きの-----『明和電機』という構造の当事者であった。青い制服、製品デモンストレーション、社長と社員という役割。完璧な振り付けで社歌を歌う。私は、その演劇的な世界観の内部に、自ら進んで参与していた。
ファンは『土佐信道』という芸術を消費する者であり、同時に『明和電機』という構造を成立させる存在だったように思う。
ファンの中で『土佐信道』がどう扱われていたか、私は6年間のファン活動の中で、現実の人物というより、“キャラクターとしての土佐信道”へ向けられた異様な熱量を何度も目撃した。
私自身も、『土佐信道』というキャラクターへ過剰な投影や期待、疑似的親密性を抱いていた。ファンたちは、『土佐信道』というキャラクターを通してしか土佐信道を見られなくなっていたように思う。『土佐信道』を消費し、崇拝する。ここから抜け出すのは難しい。
私たちが見ているのは、土佐信道氏ではない。少なくとも私はそう思う。
『土佐信道』から脱がれようとする土佐信道氏
土佐信道氏は過去に二度、『土佐信道』という役から脱がれようと試みたように見える。
・『EDELWEISS』発表時の土佐信道氏
2004年頃、『EDELWEISS』シリーズは明和電機としてではなく、土佐信道氏の個人活動として発表された。よって制服は着用せず、キャラクターの社長としての振る舞いはしない。黒いスーツを着用していた。(現在はほぼ統合されているものと思われる)
・『ヒゲ博士とナンセンス★マシーン』
概要
わしが開発したマシーンたちと自動演奏マシーンであわせて歌い、踊るのじゃ!みたことがない新感覚のマジカルでメカニカルなミュージカルのはじまりじゃ!
『ヒゲ博士とナンセンス★マシーン』を見ればみんな、頭がフニャフニャになって、愉快な発想が湧きだし、何かを作りたくなることまちがいなしなのじゃ!!」
『ヒゲ博士』は『明和電機』の演目を子供向けに改変したミュージカルだ。2015年に発表された。
ここでは『土佐信道』ではなく、『ヒゲ博士』というキャラクターが登場する。水色のロンパースに、オレンジ色のおかっぱ頭とカイゼル髭。頭には電球が刺さっている。『土佐信道』を過剰に戯画化した結果のように見えた。
両者は、声色も振る舞いも全く異なるキャラクターだが、現象としては似通っている。
『EDELWEISS』
・制服を脱ぐ
・個人活動
・暗くアダルト、私的な世界
→『土佐信道』を薄める方向
『ヒゲ博士とナンセンス★マシーン』
・さらに強い、非リアルなキャラクター性
・子供向け
・世界観の過剰な戯画化
→『土佐信道』を誇張する方向
片や『土佐信道』を薄め、片や『土佐信道』を過剰に戯画化する。方向性は真逆だが、どちらにも『土佐信道』という役から逸脱しようとする気配を感じる。
個人的な意見だが、土佐信道氏は我々の前で、『土佐信道』ではなくなりたい時があるのかもしれない。
『土佐信道』と土佐信道氏
前記事に書いた2022年春のトラブルの時に、強く感じたことがある。
それは長年維持され続けたキャラクターが、現実の人格との境界を曖昧にしているのではないかということだ。
こちらが抗議しているのにも関わらず、この期に及んで現実の土佐信道氏ではなく、キャラクターとしての『土佐信道』が応答したように見えたからだ。表面上の謝罪すらしないのが不思議で不気味だった。
現実の土佐信道氏の正体とは、『土佐信道』という役に侵食された役者だったのではないかと今になって思う。
兄弟にまつわる既知のエピソードは、ディープなファンであった自分には既に知っている話だった。それでもなお、真正面からの謝罪や説明ではなく、“『土佐信道』らしい”語り口が優先された事に、強い違和感を覚えた。
私はあの時、ファンという作品のパーツ、役から降りていたから、土佐信道氏がそれに気づかず『土佐信道』という役から降りなかった事が恐ろしかった。失礼な対応以上に、このことが引っかかっていた。
『土佐信道』という芸術品
以前、社長がこう語っていたことをよく覚えている。
“明和電機の最大の発明は、『明和電機』というハコだ。”
しかし私はこう思う。
”明和電機の最大の発明は、『土佐信道』という芸術品だ。”
今ではそう感じてならない。
土佐信道氏が意図して『土佐信道』を作り出したというよりかは、我々ファンを含む「共同体」が『土佐信道』を生成したのではないか。
ファン間の熱狂や陶酔、擬似的親密性が、『土佐信道』を求めるからだ。土佐信道氏にとって『明和電機』『土佐信道』は商売でもある。株式会社化したいま、社員たちを食わせていかねばならない責任もある。『土佐信道』はなかなかやめられない。
“土佐信道氏という人は、『土佐信道』に拘束されている。”
長年続いた『土佐信道』という役割は、ファン側の認識をも固定していたように思う。
舞台から降りられそうにない人が、こちらが舞台から降りたことに気づけないのことは、哀しさがある。
『EDELWEISS』、『ヒゲ博士』、これらの逸脱行為はほぼ10年周期で起きている。2026年のいま、彼はふたたび逸脱を試みるのだろうか。
最後に
我々も舞台から降りなければ、『土佐信道』という芸術、『明和電機』という構造を真に理解するのは困難であると思う。
『明和電機』は芸術作品であると同時に、極めて演劇的な構造だった。
私はかつて、舞台の中にいた


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