分数が苦手な子どもが多いことは周知の事実だが、分数のどこでつまずいているのか? 近著『発達障害大全』(日経BP)が話題の黒坂真由子が、『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』(日経BP)著者、今井むつみ教授を取材。「分数ができない子どもたち」の真実に迫る。
分数の「計算」はできても、分数を本質的に「理解」できていない子どもがいる。
例えば、「1/2+1/3=5/6」と計算できても、「『1/2+1/3』の答えに最も近い数字はどれか」という問題を出されると、間違える。「0、1、2、5」という4つの選択肢を示されたとき、中学2年生の半数以上が間違えた。「1」と正答できた生徒は47.8%で、34.2%の生徒が「5に近い」と答えた(*1)。
そんな調査結果を前回、紹介した。
中学生が分数を本質的に理解できていないなら、もちろん小学生も理解できていない。
小学生に、次のような問題を出した。
1/2と1/3では、どちらが大きいですか。
答えはもちろん「1/2」だが、学年別の正答率は、以下の通りだ(*2)。
- 小学3年生 17.6%
- 小学4年生 22.4%
- 小学5年生 49.7%
小学5年生の半数以上が、分数の大小を間違える
分数の学習は、小学2年生からスタートするが、小学5年生になっても、半数以上の生徒が、この問題に正答できない。ちなみに、中学2年生の正答率は79.6%。中学2年生のおよそ5人に1人が「1/3」より「1/2」が大きいことを理解していない(*1)。
これらの問題は、慶応義塾大学の今井むつみ教授をリーダーとする有識者チームが、広島県教育委員会の委託を受けて開発した「たつじんテスト」の中にある。今井教授は認知科学や発達心理学などを専門とする。
このテストが開発された背景には「従来型のテストでは、つまずいている子どもたちが、なぜつまずいているかが分からない」という問題意識があったと、今井教授は話す。だから、「1/2+1/3=5/6」と計算させるのではなく、「『1/2+1/3』の答えに最も近い数字はどれか」を問うた。そこから、分数の「計算」することはできても、分数の大小が分からず、分数を本質的に「理解」できていないと思われる子どもたちの存在が浮かび上がった。
子どもたちは一体、分数の何につまずいているのだろう? 今井教授は、こう説明する。
*1.広島県福山市内の公立中学校に通う中学2年生333人に出題
*2.広島県福山市内の小学3~5年生に出題。対象となった生徒は、各学年150人ずつ、合計450人
まず、子どもたちが理解できていないと思われるのは「1」の意味です。「1」という数字は、私たちが日常的によく使う数字ですが、非常に抽象的な意味も持っています。
私たちが「目で見る」ことができるのは「1個のリンゴ」であり、「1匹の猫」です。1という「概念」は、目に見えません。けれど、リンゴや猫は目に見えるし、その数を数えることも、小さな数であれば、赤ちゃんのときからできます。こういう「1」は、いわば「数えるための1」です。
けれど、算数や数学で必要な「1」は、「数えるための1」ではないことが非常に多い。
算数や数学で使う「1」の多くは、要するに「単位としての1」であり、「基準量としての1」です。例えば、「2リットルのジュースを8人で分けたら、1人何リットルになりますか」という問題があったとします。この問題を解くには、「2リットル」を「1」として見なければなりません。「200円のリンゴが3割引きで売られています。いくらになりますか」という問題もそうです。「200円」を「1」と捉えて、3割がいくらかを考えるわけです。
分数は「1」を「モノ1個」ではなく、「基準量としての1」として捉える概念です。このような「概念としての1」を獲得できずにいる子どもたちがとても多い。「概念としての1」を獲得できなかった子どもたちは、分数だけでなく、小数、割合、比などの理解も難しくなります。
「概念としての1」を獲得していなくても、「通分する」という計算の「手順」を、手続き的に覚えることで、「1/2+1/3=5/6」と計算できるようになる子もいる。しかし、それは分数を本質的に理解したことを意味しない。
子どもたちが「概念としての1」を獲得し、分数を理解できるようにするには、どうしたらいいのだろうか。
平均点の背後にある得点分布
「今、義務教育に関わる教育委員会や自治体の方々、現場の先生方は、平均点をとても気にしている」と、今井教授は指摘する。例えば、文部科学省が実施する「全国学力・学習状況調査」(全国学力テスト)で、どこの自治体の平均点が高かった、低かったといったことは、メディアでもよく取り上げられ、教育委員会も現場の先生たちも気にしている。「うちの自治体の平均点を上げて、都道府県別ランキングの上位に入りたい」「うちの学校の平均点を上げて、市内トップ3に名を連ねたい」といった気持ちになりやすい。
ただ、現実には「平均的な子ども」というのは、ほとんどいない。平均よりずっと学力が高い子どももいれば、低い子どももいる。子どもたちの学力の実態を理解するには、平均点の背後にある得点分布を把握する必要がある。
「『1/2+1/3』の答えに最も近い数字」を考えることを、今井教授は「概数の計算」と呼び、中学生版の「たつじんテスト」において10問、出題している。これらの問題の得点分布を見てみよう。公立中学校に通う中学2年生の正答率を出すと、次のグラフのような分布になった(広島県福山市内の中学2年生333人に出題。分布を曲線で近似)。
得点分布に2つの山がある。できる子どもとできない子どもが両極に分かれているのだ。
私たちは普段、学力テストの得点分布というのは、何となく正規分布に近いと考えていないだろうか。下図のような最頻値を頂点とした山のような形である。
もちろん、きれいな左右対称形にならない場合もあり、ピークが正答率の高いほうにずれたり、低いほうにずれたりすることもある。しかし、得点分布の山は「1つ」であり、平均値(平均点)は、山の頂点の近くにあると無意識のうちに思い込んではいないだろうか。
しかし、「たつじんテスト」の「概数の計算」においては、得点分布の山が「2つ」になった。このような分布の場合、平均点は2つの山の谷間に位置し、平均点を取っている子どもの数は非常に少ない。極端に二極化した形だ。今井教授によると、算数の文章題でも、このような「ふたこぶ型」の得点分布が見られるという。
算数や数学は、学習到達度が二極化しやすい分野を含む。このような状況において、大人が子どもたちの平均点を上げたいと考えたとき、どうなるか。おそらく2つの選択肢が浮上するのではないか。
上位層のレベルアップか? 下位層の底上げか?
もともと算数や数学ができる子の成績をさらに上げるか、あるいは、苦手な子の学力を底上げするか、という2択だ。両方をできるのが理想だが、限られた人的資源の中でそれはなかなか難しい。
「学校や自治体の関心が、全国学力テストなどで平均点を上げることに集中すると、成績上位層のレベルアップに力を入れることになりやすい。平均点アップには、そのほうが効率はいいはずだ。今の公教育は、その方向に流れていないだろうか」と、今井教授は危惧する。
成績下位層には、「概念としての1」の獲得にも苦労している子どもが多くいる。そういった子どもたちにとっては分数の大小を理解するのも大変で、教える側にすれば非常に手間がかかる。一方、成績上位層には「概念としての1」を自然に獲得できている子どもが多く、少しのトレーニングで、さらに難しい問題をどんどん解けるようになっていく可能性が高い。そのため、平均点の引き上げを目標にすると、後者のレベルアップに力が入りやすいという指摘だ。
その結果、下位層の底上げに手が回らなくなったら、どうだろうか。分数の意味や「基準量としての1」の意味を理解できず、比率や割合の概念を理解できないまま大人になる子が増えるのは、社会にとって歓迎すべきことではないはずだ。何より、学習につまずいた子どもたちの自己肯定感を著しく下げてしまう。「下位層の子どもたちを丁寧にフォローしなければならない」と、今井教授は話す。
福山暁の星女子中学校の数学科主任、近石康徳教諭が、生徒たちの「分数の混乱を解きほぐす」ために実施した補講を、前回、紹介した。これは「丁寧なフォロー」の好例だ。
キーワードは「記号接地」
「1/2と1/3では、どちらが大きいか」と問われると間違う子どもも、「同じケーキを1/2個に切ったときと、1/3個に切ったときでは、どちらのほうがたくさん食べることができますか」と問い方を変えると、正解できることが多い。「たつじんテスト」の結果から分かったことだ。具体的なモノを使って表現することで、分数は理解しやすくなる。
近石教諭の補講では、何枚かの「紙」を使って、分数を表現する練習を何度も繰り返した。抽象的な概念を、紙という「具体的なモノ」を通して操作するワークを通じて、数学が苦手な生徒たちに分数の根本を伝えようとした「優れた実践例である」と、今井教授は高く評価する。
近石教諭が勤める福山暁の星女子中学校は、広島県福山市内にある私立中学だが、福山市では、公立の小学校や中学校でも、抽象的な概念と具体的なモノの接続を強化する取り組みが多くなされている。
例えば、立体の体積を計算する授業で、紙を使って実際に立体を組み立てる。また、分数や小数が書かれた「概数トランプ」(下の画像)を使ったゲームを取り入れている学校もある。例えば、トランプゲームの中でよく知られた「大富豪」。基本的に、前の人が出したカードより数が大きいカードを出していくゲームのため、プレーするには分数や小数の大小を判断できなければならない。算数が苦手な子にとっては大変だが、「概数トランプ」には分数や小数の大きさが視覚的に分かるような絵や数直線が描かれており、子どもたちの理解を助けている。子どもたちは授業中はもちろん、授業以外の時間にもこのトランプで遊んでいる。
福山市教育委員会の三好雅章教育長は、「記号接地」をキーワードに公教育の改革に取り組んでいる。「記号接地」とは、数や数式、文字などの「記号」を、実世界での具体的な体験と結び付けて理解することを指す。認知科学の世界で生まれた言葉だが、人工知能(AI)の進化をきっかけに近年、注目されている。
近石教諭や福山市が実践するような、子どもたちの数に対する理解を丁寧にフォローする取り組みは、これから広がるのだろうか。分数や「概念としての1」をはじめ、数について根本的な誤解を抱いている子どもたちが現実に多くいる。「その誤解は、子どもたちを丁寧にフォローし、子どもたちが自ら自分の考えが誤解であることを発見し、納得しないと、解きほぐすことができない」と、今井教授は話す。
知識は教えることができない
算数が苦手な子どもに算数の基本的な概念を伝えるには、かなりの手間をかける必要があるのは間違いない。
近石教諭は、前述の通り、数学が苦手な生徒5人に3回の補講を実施した。紙という具体的なモノを通して、分数の概念を丁寧に基礎から教えた。そんな補講の最後に毎回、「『1/2+1/3』の答えに最も近い数字はどれか」という問題を出した。選択肢は「0、1、2、5」の4つ。
1回目は、5人のうち4人が「5に近い」と答えた。もちろん誤答だ。
2回目になると4人が正答できたが、それでも「5」と答えた生徒が1人いた。この生徒が、3回目の補講でようやく、自信を持って「1に近いです」と答え、正解した。そのとき、彼女はこうつぶやいたという。
「この補講は、楽しかったです。紙を使って分数を作るのは楽しかった」
抽象的な概念を、身体的に理解する体験を、生徒は「楽しい」と感じた。その楽しさは、手続きとしての通分を覚えるのとは違う。
近石教諭は、こう話す。「どんなに教え込んでも、子どもたちに理解させることはできないと、身に染みて分かった。自分の身体と頭で納得しない限り、どれほど言葉を尽くして説明しても、子どもたちが新しい概念を理解することはない」。
近石教諭のこの気づきは、認知科学的に正しいと今井教授は言う。「『知識は教えることができない』というのは、認知科学の長年の研究で実証されている真理です。知識を教えれば、それを記憶させることはできる。けれど、どれほど分かりやすく教えたところで、自分の知識を他人の脳に移植することはできない。自分で経験し、推論し、思考することなしに、人間は何も学べないのです」。
数学の補講を受けて「楽しかった」とつぶやいた生徒は、確かに「学んだ」のだ。そんな子どもたちの姿に、私たち大人が学ぶべきことは多いのではないか。
[日経ビジネス電子版 2024年3月19日付の記事を転載]
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