都市型テロと化した中国版「無敵の人」
昨日、上海で日本人が被害に遭う事件が発生しました。被害に遭われた方の一刻も早いご快復を心よりお祈り申し上げます。
今回の事件も、おそらく「犯人の精神疾患」といった個人的な要因として処理され、背景にある社会的な構造まで詳しく報じられる可能性は極めて低いでしょう。
2026年5月19日
某商業ビルの3階レストランにおいて傷害事件の通報があった。
警察官が現場へ駆けつけ、容疑者の楊某(男、59歳)を現行犯逮捕するとともに、負傷した3名を病院へ搬送し治療を受けさせた。
楊某は言語が錯乱しており、奇怪な行動が見られ、精神疾患の治療歴があることが判明した。現在、さらに詳しい捜査が進められている。
このnoteでは、これまでにも中国の「無敵の人」の事情について何度か取り上げてきました。
本稿は、こうした事件が一過性ではなく、構造的な社会現象として、いつ、どこでも起こり得るという、今後の注意喚起に的を絞った考察です。
最初に、日本人が中国の「無敵の人」問題を把握するためには、同じように見えながら、微妙に異なる発生ロジックを理解する必要があります。
日中の共通点
まず日中で共通しているのは「無敵の人」が
社会的上昇ルートの喪失
社会的な孤立
未来への期待の薄さ
「自分の人生は終わった」という感覚
を抱えているという点です。つまり日中とも単なる治安問題ではなく「社会から脱落した人間が、社会へ復讐する」構図になっています。
日本との大きな差異①:犯人像と社会的背景
しかし中国では、今回の事件もそうですが、犯人の高齢化が目立つ点が特徴的です。日本と同様に30代後半〜40代の男性による犯行もありますが、高齢者による無差別殺傷事件も頻発しています。
高齢者もこうした凶行に走る背景には、日中の脱落のプロセスの違いがあります。
日本の無敵の人=社会から静かに脱落した人
中国の無敵の人=競争から振り落とされた人
日本の場合は、長引く経済停滞や格差の中で、誰にも気づかれぬうちに社会から静かにフェードアウトしていくプロセスが主です。
対して中国の場合は凄まじい速度の経済成長と、それに伴う過酷な生存競争(内巻)が前提です。
中国の「無敵の人」は、右肩上がりの経済成長という上昇気流に身を投じ、必死に食らいつこうとしながら、そこから振り落とされた人々です。
現役時代に激しい競争に晒され、セーフティネットからも漏れてしまった結果、人生の成功ストーリーから完全に弾き飛ばされてしまった。
この競争社会の歪みが、現役世代だけでなく高齢者層の絶望へ直結しています。
日本との大きな差異②:社会の対応策
日本の「無敵の人」論は長らく
なぜ容疑者は孤立したのか
なぜ社会参加できなかったのか
という、加害者の内面や社会的背景の理解に重心が置かれてきました。
日本で「無敵の人」問題は心理分析や福祉・ケア、孤立、就職氷河期などで語られやすい傾向があります。
これは日本社会が、福祉や対話による社会の修復可能性をどこかで信じているからだと言えます。
一方で中国では「無敵の人」を競争社会の副作用として、構造的に不可避の存在として認識し始めています。
そして、その原因をケアするのではなく、治安の強化によって制御しようとしています。
「経済発展を最優先し、脱落者による潜在リスクは治安と監視で抑え込む」という基本構想です。
中国版「無敵の人」の再生産プロセス
しかし、近年の中国では
経済停滞
若年層の失業
不動産バブルの崩壊
過酷な過当競争(内巻)
急速な非婚化
地方財政の悪化
などが同時多発的に重なり、人生の成功ルートが急速に細くなっています。その結果、必然的に社会の失敗者が大量発生する時代へ突入しました。
成長の停滞
さらなる競争の激化(内巻)
競争に耐えきれない脱落者の増加
底流に溜まる不安要素の増加
国家による監視と治安強化
締め付けによる社会的閉塞感の増加
再び「1. 成長の停滞」へ
上で述べた基本構想は現在、このような負のループに陥っています。そして国家は、この矛盾を自覚しながら突き進まざるを得ない。
「経済成長を維持するために競争を止められず、競争を続ければ脱落者が増える」というジレンマです。
そして、このプロセスが続く限り中国版「無敵の人」は、システムから永続的に生み出される可能性が高いと言えます。
したがって、これは個人的な背景や資質によって引き起こされる犯罪ではありません。
私は中国版「無敵の人」を、競争社会が生んだ
「都市空間に潜む社会的弱者による低強度テロ」
として理解しています。
「無敵の人」から身を守る方法
中国の「無敵の人」による犯行が都市型テロの性質を帯びている以上、対策も「テロ対策マニュアル」に準じた意識が必要になります。
まず、彼らの行動原理ですが、テロリストと類似しています。
無防備なターゲットの選定
短時間で最大の社会的インパクトを与えられる、無防備な対象を選ぶ。そのため、監視の目や他人の視線から外れた一瞬の隙を狙う傾向がある。
「社会の象徴」への攻撃
個人的な怨恨ではなく、学校、駅、商業施設など「社会そのものの象徴」を標的にする。特に、高級店や学校、幼児など、世間の注目を集めやすく、大きく話題になりやすいターゲットを選ぶ、劇場型犯罪の側面が強い
ナショナリズムの利用
事件によってはナショナリズムが引き金になるケースもある。その場合、日本をはじめとした外国を象徴する場所が選ばれやすくなる。
繰り返しになりますが、彼らは特定の「個人」を攻撃しているのではなく「自分を拒絶した社会」を攻撃しています。
この文脈をふまえると、彼らは「日本人」を狙って襲うというよりは、彼らの目に映る「日本的な象徴」を襲っていると捉えるべきです。
万が一への備えと防犯原則
個人的には、昨今の発生頻度を考慮しても、この手の事件は「遭遇する可能性は低いが、万が一発生したら惨事になる」タイプのリスクだと考えています。
感覚としては落雷事故に近く、日常の転倒や交通事故に遭う確率の方がはるかに高いというのが現実的な見方でしょう。
以下に挙げるのは、その極めて低い可能性を、さらにゼロに近づけるための現実的な対応策です。
特定のシンボル周辺で警戒レベルを上げる
社会の象徴となる場所、特に「日本的シンボル」が含まれる空間(日本人学校、日系スーパー、高級日本料理店)もしくは主要な駅や商業施設などでは、平時よりも周囲への意識を強く持つ。
「隙」のある状態を作らない
ながらスマホやヘッドホンは避ける。犯人が見て「周囲を警戒していない」と思わせない様子自体が、強い防犯になる。
防犯の抑止力を意識する
ターゲットとして選ばれやすい「女性と子供だけ」の外出は極力避けるのが賢明。男性の同行や、警察・警備員の目が届く動線を選択し、犯行が起きにくい要素を確保する。
登下校時における保安の姿が常態化している
パターンの固定化を避ける
通勤、通学、習い事など、定期的な移動の際に「この曜日のこの時間、必ずここにいる」と目を付けられるリスクを減らす。ルートや時間をランダムに変えるなど、繰り返しの行動を減らす。
万が一の事態が発生したら
最も危険なのは「何が起きたのか」を理解しようと、その場に立ち尽くしてしまうことです。異変を察知した瞬間に、その場から全力で逃げる。
事件に出会った瞬間の「認知・判断・行動」のプロセスを、あらかじめ脳内でシミュレーションしておくこと。この準備が重要だと思います。
おわりに
筆者は中国の「無敵の人」現象は競争社会の歪みが生み出した、構造的な課題だと考えています。
ですので、これを単なる「運の悪い突発的な事件」で終わらせず、社会全体のメカニズムを理解し、あらかじめ備えておく必要があります。
日々のちょっとした意識だけで、身を守る盾は格段に厚くなります。
中国の各地で暮らす皆さまが、安全で平穏な日々を過ごせることを心より願っています。
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>>原因をケアするのではなく、治安の強化によって制御⇒今の日本も危ないですねえ。置き換えて今の日本で、在日外国人に対して、このような注意が伝えられたら、逆に日本人が激怒して、危険になっているのは日本人だ、在日外国人に警戒しろ、隙を作るな、いや元凶である在日外国人を追い出せ、となり…
この事件で被害に遭われた方々がじゅうぶんな配慮を受けられる事を祈ります。 また加害者には公平な裁きと社会復帰の為の治療が施される事を望みます。 中国は今過度期にある感じですね。 これから少子高齢化に入ると、だんだん日本のように競争から降りるムーブが常態化して、一個人のケアにより…
中国を愛する日本人にとっても、日本を愛する中国人にとっても、痛ましい事件です。ネットで両極端な意見が投稿され、分断されていくのを見るのが辛いです。えいちゃんのように多角的に物事を捉え、流されずにいたいものです、、、
>筆者は中国の「無敵の人」現象は競争社会の歪みが生み出した、構造的な課題だと考えています。 日本も本質的にそれもある。それと国家・社会の無策の複合産物。と思える。 とりあえず「犯罪」を抑え込み、あとそういう人の救済をしないと。。洪秀全・・・