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Conversation

東大五月祭における参政党・神谷氏の講演中止問題が話題になりましたが、これをめぐって、Xのなかで、大きく A 「ヘイトは事前に止めるべきだから講演の抑制は正当化される」(発言機会自体を奪ってよい) とする陣営 B 「言論は原則自由、事前排除は危険」陣営 とにわかれ、私はBの立場だと思うんですが、同様にBの立場に立つ人の考えに対し、対立陣営(A)からの発言が ・頭おかしい とか ・頭大丈夫? とか ・(身も知らない者に対して)お前 とか ・その他略 といった、ときにはそれ自体ヘイトじゃねえの?というような、なかなかユニークな汚言が多く、いわゆる「リベラル」界隈(もさまざまだろうが)は、どうして、 普段、差別・ヘイト反対とか、多様性とかいう立場の界隈ほど、そもそも(法的概念に照らして)不合理であることを指摘するや、対立意見者に対して箍が外れたようにこういう汚言をぶちまけたがる傾向があるのかな と思ってしまうんですよね。もちろんそうした人は一部だろうけれど、いわゆる「リベラル」界隈の唱える「差別・ヘイト反対」「多様性」って、なんなんだろうね?と思っちゃうんですよね。 こういう「一部だろうけど」このような傾向が顕在化することで「リベラル」界隈のイメージって相当にpolluteされると思うんですが、これもまた多様性の一つであり、表現の自由の一つだとは思うんですけどね。 でも、このひとたちの最終目的って「政治的にわからせる」ことなのに、一般国民からウケないであろうこういうやり方って、誰得なのかな?と思っちゃったりはすることがありますが、それはIt's none of my businessなことではあります。
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