四谷くんが前々から、

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太宰治の「畜犬談」という短編がおもしろいおもしろいとしきりに言っておりました。

高校生の時に新潮文庫の短編集『きりぎりす』を読み、そのなかで「畜犬談」が図抜けていたのだそう。


四谷くんの度重なる熱い「畜犬談」談議を聞いていながら、ずっと本文には目を通さずにいました。(仲がいい人が何度もあらすじを言っていると、なんかもう読んだ感じになっちゃいますよね)


しかしながら、松永K三蔵さんの『カメオ』をきっかけに「畜犬談」を読んでみようと思いました。

松永K三蔵さんは『バリ山行』で芥川賞をとった方で、私はこの『バリ山行』が刺さりに刺さりました。

そして松永K三蔵さんのデビュー作の『カメオ』が最近単行本化され、ウキウキで読もうとした矢先、作者がXで、昭和の犬文学は「畜犬談」、令和の犬文学は『カメオ』と言っていたので、「じゃあ、先に「畜犬談」を読もうかなとなったのです。


この「畜犬談」、
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めちゃくちゃ面白かったです。


犬が怖くてしかたがない主人公が、野良の子犬になつかれてしまい、嫌々飼うという単純な話なんですが、主人公の「犬嫌い漫談」がうねりを見せ、「ポチ」と名付けられた犬のしみったれた感じがものっそい光っているのです。


主人公はなんかくだくだ理屈をこねているのですが、時に裏腹なことををする&逆のことを言いだしたりして人間くさい可愛げがえげつなく、読者に「こ、こいつ・・・!」とあらゆる突っ込みを可能にさせています。


ポチもポチで、人間が手に負えないアンコントローラブルさと、格好も不細工だし、途中皮膚病になっていよいよ本格的にうとまれるしという、哀愁があっていい感じです。私は、人に馴らされた犬すべてに、人が操作できない自由な部分と、人の都合にふりまわされる悲しい部分があると思っているのですが、ポチには十二分にそれがありました。


すっかり、四谷くんと同じ「畜犬談」ファンクラブの一員です。


私が一番好きな文中の表現は、

赤毛は、卑劣である。無法にもポチの背後から、風のごとく襲いかかり、ポチの寒しげな睾丸をねらった。



です。犬の睾丸、あれに対する形容詞で「寒しげ」以上にしっくりくるものを聞いたことがありません。ファンクラブの会員証には「ポチの寒しげな睾丸」という言葉を刻み込みたいです。