http://tsigeto.info/covid19/book/ch08.html
田中重人 (東北大学)
2026-05-20 20:53
本稿のふたつの焦点である「3密」と「クラスター対策」についての専門家会議メンバーの言説を見るとき、その主張の強さの度合いにかなりの隔たりがあることに気づく。彼らは、「3密」に関しては科学的根拠がないことに自覚的であり、それを回避することの効果は不確実だと釘を刺す発言をしばしば見せた (6章)。これに対して、「クラスター対策」に関連する話題になると、彼らは打って変わってアグレッシブになる。日本では複数の感染者の共通の感染源を探すさかのぼり調査によって大規模感染を発見する方法を採っていて、そのことによって感染拡大を抑止する効果を挙げてきたと主張しつづけてきたのである (3章)。この主張は、文書やデータを少し調べれば誤りであることがわかるものだ (5章)。にもかかわらず、彼らは根拠を示さないまま、それが真実であるかのように語る方策を採った。それは、「3密」言説での抑制的な態度とは正反対の過激さであった。
専門家会議メンバーの言説は、政府の姿勢如何で内容を変える、戦略的なものである。 1章でみたように、専門家会議が独自の見解を積極的に打ち出すようになったのは、彼らが負っていた「使命」が、政府への助言では達成できない状態になっていたためとされる。もしも政府が彼らの意見をきちんと理解し、それに賛同して、実現するべく適切な手を打っていたなら、そうはならかっただろう。しかし、彼らは自分たちの意見と政府の活動との間に落差があると感じて不満を持ち、その落差を埋めるべく行動を起こした。その手段のひとつが、自らの意見を直接公表していくことだったのである。つまり、専門家会議メンバーは、彼らが正しい/望ましいと思うことそれ自体をストレートに表現していたわけではない。むしろ、彼らが正しい/望ましいと思うことに対して政府がどのような姿勢をとるかに反応する傾向を強く持つ(1)。
「3密」の場合、政府は専門家会議の提言を全面的に採用した。それだけでなく、その反・多重防護的な性質を利用して「外出しましょう!」キャンペーンを積極的に展開していた (6章)。専門家会議が「十分な科学的根拠はありません」[369: 4] と慎重な姿勢を示していたのは、そのような政府の活動が行き過ぎだと考えてブレーキをかけようとしたのだととらえることができる。
それとは対照的に、専門家会議が提唱したさかのぼり調査中心の「クラスター対策」については、政府が導入を図ることはなかった (5章)。専門家会議のメンバーたちは、そのような状況下で自らの発想の正当性を強く主張し、政府をバイパスして保健所や自治体の担当者を直接動かすことによって、さかのぼり調査を採用させようとしたのだろう。日本公衆衛生学会の委員会報告 [253] や講習会 [294] といった場で押谷が「クラスター対策」の解説をおこなっていたのは、その一環だったと考えられる。
スーパースプレッダーがいなければ感染ネットワークは広がらずに途中で消滅するという仮説についても、同様にとらえることができる。この仮説は、実証的に確認できていたわけではないにもかかわらず、専門家会議メンバーはそれを「事実」[押谷 295: 8] としてあつかった。当時彼らは感染者の8割は2次感染を起こさないと喧伝していたが、それはデータ収集法と分類法がほとんど不明の謎グラフ (2章参照) に基づくものである。根拠薄弱である点は「3密」とたいして変わりない。ところが彼らは、この不確かな命題について、その正しさを断定的に主張した [アジア・パシフィック・イニシアティブ 21: 39]。この仮説はクラスター対策の発想の大前提となるもの (3章) だから、ここを疑われるとクラスター対策の正当性が根底から崩れてしまう。
もっとも、一般向けの「状況分析・提言」[専門家会議 380] などで保健所が実際にクラスター対策をおこなってきたと主張した件(2) に関しては、ちがう説明が必要になる。クラスター対策がすでに実行されているという偽情報を一般向けに流したところで、保健所がクラスター対策を実行するようになるわけではない。クラスター対策を実現したいのであれば、むしろ、専門家会議が提唱したクラスター対策を政府が採用しなかったという事実をはっきりさせた上で、そのせいで流行の拡大を止められなかったのだと論証すべきところであった。実際にはそうしなかったのだから、専門家会議の目的は別のところにあったはずである。
1章で確認しておいたように、専門家会議内では、当初から「日本は思いつきで対応しているのではなく、ちゃんと戦略があって対応していることを示す」[363: 3] べきだという主張があった。当時、日本の保健システムは、検査対象を極度に絞り込んで感染者をほとんど見逃しているとして、批判の的となっていた (3章)。これに対して、専門家会議が提唱した「クラスター対策」は、感染者ではなく「クラスター」の把握こそが重要だという発想の転換をふくんでいた。捕捉できている感染者が少ないという否定しがたい現実を前に、いや感染者のほとんどは捕捉しなくてかまわないのだ、とする逆転の理屈を広める——それを通じてコロナの流行防止のために日本はちゃんとした戦略を立てて対応していたというストーリーを創り上げ、名誉回復を図る——ことが、彼らの真意だったのではないだろうか。
そうとすれば、人々にその理屈を信じさせることができればそれで足りる。本当に「クラスター対策」を実行する必要はない。そして実際、人々は専門家会議の作り話をあっさり信じた。日本語圏の出版物 [313] [21] [30] [188] のみならず、英語圏のメディアにもそれを真に受けた記事 [57] [193] [304] が載っているので、大成功といったところである。
2月下旬に専門家会議が独自の見解を公表するようになった当初、彼らを支えていたのは、コロナの爆発的流行を回避したいという使命感であったともいわれる [河合 112: 24-39]。日常生活で広がる感染症に対する防御という事柄の性質上、一般市民の間に警戒心を呼び起こすことが必要になる。そのための手段として、専門家としての立場から直接警戒を訴えることが選択された。だが市民に直接訴えるという回路は、ウイルスへの警戒を呼び掛ける以外にも使える。彼らは、いったん手に入れたこの手段を、自らの思惑を実現するために活用したのだろう。
それはまた、政府にとっても好都合なことであった。初動体制の不備に対する批判が高まっていた [西田 256: 43, 116--120] 中で、それに反論することは、政府に対する信頼を回復するうえでも重要だったからである。第1波の緊急事態宣言解除後、「日本モデル」の成果を強調するキャンペーン (7章) が展開されたが、それは専門家会議が単独でおこなったものではなく、むしろ政府が前面に出た宣伝活動となっている。
本稿で見てきたように、日本のコロナ対策に関しては、さまざまな立場からの記録を残すことがそれなりになされている。そうした記録へのアクセスも、容易なことが多い。現実に起こったことが握りつぶされていて記録されていないとか、記録されていても公開されていないとか知られていないとかいうことは、もちろんいろいろありうるのだが、他のさまざまな社会問題にくらべれば、コロナ禍における大切な出来事はかなりきちんと記録され、公開されて利用可能になっていると評価していいのではないかと思う。それは、1章で指摘したように、社会的な関心が高く持続したこと、各地での感染状況に関するサーベイランス結果がそのまま各地の自治体によって公開されたこと、科学的な研究成果が科学コミュニティに向かって——すなわちデータの捏造や改ざんが禁止されたかたちで——発表されていたことなど、複数の要因が重なった結果であろう。そしてまた、5章で検討したところによれば、コロナ危機に対してはテクノクラシーは一枚岩としては機能しておらず、危機以前から存在した政府官僚組織と事後的に組織された専門家の間には亀裂があった。このことも、政府内部のいろいろな、ふつうなら表に出てこないような事情を推測可能とする資料(3) を私たちが入手できる背景になっている。
その反面、記録を総合して歴史を描く作業はじゅうぶんとはいえない。記録がせっかく公開されているのに、その内容が無視されているという事態が起きている。たとえば2章でみた2020年3月23日の飛行機での感染事例の場合、6月にはそれに言及した論文 [Furuseほか 50] が公開されていた。この論文は新聞でも取り上げられるなど、注目度も高かった。にもかかわらず、この論文に記載された飛行機でのクラスターの例は、あまり意識されていなかったのである。『日本経済新聞』2020年8月15日の記事「新型コロナ「正しく恐れて」 わかってきた特徴と対策」[251] は、「1〜4月に国内で発生した61のクラスターを分析した」論文としてこのFuruseほか [50] を参照しているはずなのだが、飛行機の事例がそこに載っているのを無視して「飛行機での集団感染事例は聞かない」と書いている。この例に限らず、公開されている記録の内容を正確に把握した上で批判的に総合して妥当性の高そうな歴史認識を共有していくという方向性が弱かった。専門家会議メンバーが根拠なく放言した内容がそのまま真実であるかのように通用してしまう現状を産み出したのは、この言論の弱さである。
そこで重要になってくるのが、断片的な公開情報を有機的につないで理解していく作業である。最近よく耳にすることばとしては、「こたつ記事」というのがまさにそのようなものである。これは「ブログや海外記事、掲示板、他人が書いた記事などを "総合評論" し、こたつの上だけで完結できる記事」[本田雅一 75] をいう。「こたつ」(炬燵) は日本家屋で使われてきた暖房器具である。現代では、暖房部分の上に天板を乗せるかたちのものがふつうであり、書き物などの作業をすることができる。そこからの連想で、暖かい室内から一歩も出ずに、ネット上で入手可能な情報だけを使って書く(4) 記事を「こたつ記事」というのだ。もちろん、こたつ記事を書くためには、情報を集めてそれを理解し、批判的に吟味したり、複数の情報を突き合わせて異同を確認したりする作業が要る。こうした作業を「こたつ研究」と呼ぶことにしよう。
こたつ研究が必要とされるのは、ネット上に情報があふれているのにそれを誰もまとめていないからである。そのような状況では、こたつの外に出て事実を掘り起こして記録する作業よりも、すでに大量にある記録を総合するこたつ記事のほうが相対的に希少だということになる。コロナ禍第1波で日本の保健システムがどう機能したか、また政府がどのような対策を展開していたかについては、記録が豊富に残っているのに総合的な検討がおこなわれておらず、まさにこたつ記事が待望される状況にある。
こたつ研究の中核は、手に入る情報をかき集めて自らそれを検討して、真相に迫っていく過程である。それは、2章で紹介したEBM [Sackettほか 310] の基本的な思想と重なる。権威ある専門家が言ったことや彼らが編纂した教科書などではなく、文献を網羅的に収集して批判的に吟味した上で、その時点で最善の結論を出そうとするのがEBMの原則だからである。ネット依存的である点でも、EBMとこたつは親和性が高い。
またEBMにおいては、医学の知見に関する一般的な命題ではなく、文献に何が書いてあるかが主な争点になるから、医学に関する専門的知識がそれほどない素人でも専門家の主張に反論することが可能になる。たとえばある病気について治療法Aと治療法Bのどちらが有効か、といった命題をEBMであつかう場合、まずそれらの治療法の効果に関する文献をかき集めて、その内容を批判的に吟味する。こうした手続きをとることで、医学的な命題そのものについての高レベルの争いではなく、文献の検索や読解に関する低レベルの争いに持ち込める。専門家の言うことに素人が反論する手段という面でも、EBMからこたつ研究が学ぶべきことは多いのである。
ただし、論文のかたちで発表された医学の研究成果を主要な情報源とするEBMとは異なり、歴史に関するこたつ研究は雑多な——しばしば信頼性の低い——情報源に依拠する必要がある。この点で、実際的に注意しなければならない勘どころはずいぶんとちがう。
コロナ第1波において専門家会議が発信した内容は、基本的に独自研究に依存していた。独自研究とは、「信頼できる媒体において未だ発表されたことがない」[Wikipedia 442] ような知識や意見をいう (2章)。学術雑誌に掲載された論文などとは異なり、科学制度による品質保証対象にならないものである。論文や学術書などの科学の制度内部で批判にさらされる文献を参照しながら進む通常の科学コミュニケーションとは、この点が大きく異なる。
私たちは、論文を読む際には、著者を疑うことは通常ない。たとえば、ある方法によって実験をおこなったと論文に書いてあれば、そのとおりの方法で本当に実験がおこなわれたものと受け取る。よほど不審な点があるとか、関係者からの告発があったとかいうこと(5) でもない限り、著者の作り話だろうとは思わない。 EBMでいう「批判的吟味」[310: 80-149] も、実験方法等の記述をいちおうは信頼した上で、報告されている結果について吟味するのであり、データ捏造をどうやって見破るかといったことに重きを置いているわけではない。医学以外でも論文の読みかたは似たようなものであり、著者を基本的に信用して読み進める。
こういう読みかたで問題があまり起きないのは、2章で説明したように、科学コミュニティに向けて研究成果を発表するにあたっては、データの捏造・改ざんが厳罰をもって禁止されているからだ。そうした実効的な規範が機能している限りは、論文の中心部分で使われるデータが捏造・改ざんされるような事態は抑止される。そこで読者はいちいちそうした心配をせずに読み進めることができる。
しかし、科学の制度の外でおこなわれる独自研究については、そうはいかない。捏造・改ざんを禁じる規範がなく、嘘をついたことがバレても制裁を受けない環境では、著者が嘘をついている可能性は無視できない。あるいは、読者を欺くトリックを、嘘にならない範囲で張り巡らせているかもしれない。
政府の内部に入り込んで独自研究に基づいた助言や広報をおこなうのは、科学の制度の内部で研究をおこなうのとは根本的にちがう原理に基づいた活動である。真理の追究は最優先の課題ではないし、それを妨げる行為を禁止する実効的な規範もほとんどない。一方で、科学者はそれぞれ個人としての利害を持ち、何らかの組織に属しており、人間関係の網の目の中でしがらみに縛られて生活している。したがって、当然のことながら、各々の置かれた状況に応じて、彼らにとって合理的な行動をとろうとする。そのような状況に置かれた科学者が、科学の制度という拘束のないところでも真理の追究を優先し続けるとは期待できない。
困ったことに、新興感染症の流行のような緊急かつ不確実性の高い事柄に対応するには、独自研究に依存せざるをえない。まだ論文など出ていないような最新の状況について、手元にある情報をもとに判断していかなければならないことが多いからである。そのような状況では、通常の科学コミュニケーションとはちがう心構えで科学者に対峙する必要が出てくる。
そこで、猜疑に基づく資料解釈とでもいうべき姿勢が必要になってくる。文字資料や口述資料を利用する人文学あるいは社会科学であれば、資料の作成者や発信者は信頼できず、猜疑を持って精査しないといけないのは前提である。警察官や弁護士は、やはり信頼できない語り手の語ったことを証拠としてあつかわなければならない職分である。語り手を信頼できないという状況は、フィクション——作者の空想をあたかも現実であるかのように構成した作り話——の分析には多少ともふくまれる(6) ものだから、趣味の読書や映画鑑賞などでそうした感覚を養った人は多いかもしれない。
本稿の場合、専門家の言動について、通常は疑わないようなレベルのことまで疑ってかかる猜疑心が出発点であった。具体的には、事実についていちいち裏をとること (いわゆるファクトチェック)、そして論理が正しく使われているかどうかをチェックすることである。これらは、それほど高度な知識や技術を要するものではない。むしろ勝負所になるのは、大量の資料を網羅的に集め、長い時間をかけてそれらを細部まで検討する根性である。 2章では、こうした勝負を「低レベルの争い」と呼んだ。
2章で取り上げた飛行機での感染事例のような問題は、単純かつ容易に決着がつく。飛行機での感染の事例の報告はちょっと探せば見つかるのだから、「飛行機の中で感染したという例は、今のところ一件も報告がありません」[尾身 279: 121] という発言が誤りであることはそれで証明できる。
これに対して、コロナ第1波において保健所がさかのぼり調査による大規模感染の発見の成果を挙げていたか、というのは複雑な問題であり、答えを出す手続きも面倒である。複雑だというのは、たとえば、「さかのぼり調査」が何を指すかは自明ではない(7) というようなことである。しかし基準を決めないと分析できないので、何らかの統一的な基準を設けて、さかのぼり調査か前向き調査かを判断していくことになる。面倒だというのは、たとえば、各保健所の調査の記録が全部まとめて公開されているわけではないので個別の感染者について全情報を収集するのはとんでもない作業量になる、というようなことである。実際に実行可能な範囲で、目的に照らして適当な資料を収集する方法を考えなければならない。こうした条件を勘案して実行可能な分析を実行した結果は、5章で報告した。
「日本モデル」について検討を要する事柄の多くは、事実というよりは、論理に関するものである。コロナに関する専門家の説明はしばしば論理の飛躍やすり替えをふくむのであるが、それらは多義的な用語を使っていることに起因している。「3密」「クラスター (対策)」などの多義的キーワードは、「日本モデル」というものの性質を理解する上で重要である。本稿4章から7章ではこれらの用語について資料を精査し、どのようなバリエーションがあってどのように使い分けられてきたかを明らかにした。
「3密」は、最初から多義語として創られたわけではない。換気が悪く、人がたくさんいるところで、声を出す、という3つの条件がそろった状況を警戒するアイディアは2月末には出ていたものである。それぞれの条件を具体的にどのように表現するか、基準をどのように設けるかにバリエーションはあっても、「3つの条件が同時に重なった場」だけ避ければいいという反・多重防護の発想は共通していた (6章)。「3密」ということばが普及していく4月頭までの時期には、それはまだ一貫性を保って使われていた。
3条件のうちひとつでも存在すれば避けるべきだという方向——すなわち多重防護——に変わったのは、4月7日の緊急事態宣言直前の諮問委員会での議論による (7章)。この会議のために用意された原案を会議中の議論によって変更したものであり、突然の決定であった。この変更によって、「3密」は3条件のどれかが成立する場の意味でも使われるようになり、多義語化した。問題は、政府も専門家会議もこの変更を広報せず、あたかも変更などなかったかのように振る舞ったことである。このため、送り手は新しい意味で「3密」を使っているのに受け手は古い意味で受け取る、といった事態が生じるようになった。
一方「クラスター」は、それが使われ始めた2月末の時点で、すでに多義語であった (4章)。「クラスター対策」も同様である (5章)。「日本モデル」を構成する言論は、最初から「クラスター (対策)」の多義性を利用する詭弁として成立している。
この多義性は隠されていたわけではない。 4章で紹介したとおり、2月末にはすでに「クラスター」の異なる意味が併存していた。それは、報道からも読み取れることであった。たとえば『読売新聞』には「クラスター」を感染ネットワークの意味でとらえた記事 [455] が、『朝日新聞』にはスーパースプレッダーからの感染としてのイメージを伝える記事 [108] があり、『毎日新聞』は「クラスタ−」とはすなわち集団感染のことだと解釈している [198] [9]。
ところが、「クラスター」がそういう多義性を持って流通していることについて、突っ込んだ分析はおこなわれなかった。疫学やネットワーク科学の専門用語としての意味はどういうものかとか、以前の感染症流行の時にはどういう意味で使っていたのか(8) などの検討もなかった。 7月末にそれまでとちがう定義の「クラスター」情報が政府の会議資料 [39] [351] にいきなり出てきた (7章) ときにも、「いったいクラスターとは何なのか」という疑問は大きな声にはならなかったのである。
用語に関する素人からの疑問が功を奏した例はないわけではない。たとえば、3月15日の厚生労働省「全国クラスターマップ」[161] に対しては、大分県が抗議して、「クラスター」の定義を変更させている (4章)。「基本的対処方針」の原案を検討した諮問委員会 [337] [339] では、「三つの密」に関する文案に徳島県知事、神奈川県知事が疑義を呈し、それが「3密」定義変更に大きな役割を果たした (7章)。自治体という大きな権力(9) を使うことで、専門家の用語法に介入できていたわけである。
もっとも、これらは当該文書を変更させるという成果を得たにとどまる。これらの概念がもともと持っていた問題点について市民の間で議論が深まることには、結局ならなかった。また、「3密」の定義を変更させた (にもかかわらずそのことについての広報がなく、従来のままの受け取りかたが持続した) ことが、後に Go To トラベル事業を正当化する専門家の詭弁に利用されるようになった (7章) のは皮肉である。
その後、「3密」「クラスター」「クラスター対策」は、専門家のコントロールの必ずしも効かないかたちで意味を拡張していく。
「3密」については、さまざまな独自基準がつくられ、流通するようになる。
2番目に挙げた、「換気」が「3密」から独立していく現象は興味深い。 7月25日のNHKの報道でも、西村大臣が「3密の回避や大声を避けること、換気などに注意してもらうことが大事」[243] と話しており、換気は「3密」の条件にふくまれないことを示唆する。 8月7日の厚生労働省製ポスター [171] でも、「密」は距離の問題であって「換気」とは別、という整理である (図表8.2)。「密」という文字から換気の問題を類推させるのは無理(11) だという判断があったのかもしれない。一方で、専門家会議第6回議事概要 [368: 3-4] や和田耕治の企業向けマニュアル [438: 47] にみられるように、換気の効果に懐疑的な意見は専門家の間でも強かったようであり、そのことが影響している可能性もある。
一方、「クラスター」は、コロナという特定の疾患に関する用語の域を超えて、感染症に関する一般的な語として使われるようになりつつある。 4章で書いたように、このことばは、2019年までは、単独で使われる一般的な日本語の語彙ではなかった。一般に浸透したのは、コロナ禍において専門家や政府や自治体やマスメディアが「クラスター」を連呼したためである。
2021年以降の国語辞典類には、「クラスター」の語義あるいは用例として「感染者の集団」などの記述が載るようになった (4章)。小学館『デジタル大辞泉』[31] は、「クラスター」にふたつの新語義を加えている。「ある疾患が、特定の集団内において、予測よりも多くみられること」と、「感染経路が判明している、数人から数十人程度の小規模な患者の集団」である。前者は疫学教科書的な「クラスター」を一般化した表現であること、後者は日本のコロナ対策のなかで正統的な「クラスター」定義として使われたもので、ネットワーク科学における用法と通底していることも4章で論じた。
「クラスター対策」の用法にも変化が見られる。専門家会議等が唱道した「公式」のクラスター対策 (=スーパースプレッダー対策) ではなく、5章で「現実」あるいは「理想」のクラスター対策と呼んだもの (=感染ネットワーク対策) を指して「クラスター対策」とする用法がかなり広まっている。
「現実」のクラスター対策とは、保健所が実際におこなっていた、前向き調査によって濃厚接触者を探す方向の調査である。「クラスター追跡」[AbemaTV 1] などと呼ばれることが多いが、「クラスター対策」と呼ばれることもある。日本政府のコロナ対応に批判的な立場から書かれた漫画の用例を見ておこう。
みなさんクラスター対策って覚えてますか…?/濃厚接触者の追跡調査/これは世界で行われている基本的な対策だが/日本モデルは/なぜかPCR検査をケチり/発症した人を追跡するだけだった
——ぼうごなつこ [24: 54] 〔原文の強調を省略。枠線による区切りを/で示した〕
この引用では、「クラスター対策」とは、濃厚接触者を追跡する積極的疫学調査のことだ。これは日本に特殊なものではなく、世界中でやっている基本的な対策とされる(12)。そして、日本においては対象範囲を狭く絞っていたためにその成果は見劣りする、という評価になっている。
「理想」のクラスター対策とは、国立感染症研究所「積極的疫学調査実施要領」にお題目のように書かれていたもので、感染ネットワークを洗い出すことで、地域におけるすべての感染者とその濃厚接触者を囲い込んで感染拡大を止める、という目的を持つ調査をいう [139]。日本疫学会が編集した『疫学の事典』(2023年) は、コロナの世界的流行に触れた上で、この意味の「クラスター対策」に言及している。
疫学的リンクを追うことができる感染者の一群をクラスターとして位置付け〔……〕,クラスター内の感染者(有症者および無症候性病原体保有者) およびその濃厚接触者の健康観察をフォローアップすることで,感染鎖のさらなる継続を阻止して,全体としての流行拡大を抑制するというのがクラスター対策である.〔……〕前向きに検出された感染者だけではなく,さかのぽって検出された感染者から見出された新たな接触者群をフォローアップすることで,当初見えなかった事例を含むクラスター全体の封じ込めにつながることが期待される.
——神垣+砂川 (2023)「感染症アウトブレイク」『疫学の事典』 [102: 9]
この説明での「クラスター対策」は、接触者調査で感染ネットワークを特定して制御下に置くことで、流行を封じ込める。これはまさに、国立感染症研究所「積極的疫学調査実施要領」[139] が「クラスター対策」の目標として掲げたものに相当する。感染ネットワークを「クラスター」と呼ぶ国立感染症研究所の定義を出発点にして感染拡大を抑えるための「クラスター対策」を考えるなら、当然そうなるだろうという内容(13) である。
この『疫学の事典』における「クラスター (対策)」のあつかいは、「逆・科学コミュニケーション」とでも呼ぶべき現象である。通常の科学コミュニケーションでは、科学の世界で創られた知識が科学の外部に出ていく。しかし、上記の「クラスター対策」の場合はこれとは逆であり、科学の外部 (行政の一部である保健所の調査活動) の知識 (用語) が、学会の編集する事典の記述を通して、科学の世界に持ち込まれているのである。この逆・科学コミュニケーションの対象となったのは、国立感染症研究所が「実施要領」に書き込んだ「理想」のクラスター対策であり、専門家会議が唱えた「公式」のクラスター対策ではなかった。疫学用語としての「クラスター対策」がこのままの意味で定着することになるのかどうかはわからないが、注目する価値のある事例といえよう。
本稿でやってきたのは、過去の記録を精査して、当時何が起こっていたのかを推論し、確定できる部分を確定していく作業である。広い意味で歴史を描いてきたことになる。これは、古来困難をともなう作業であった。
中島敦の短編小説「文字禍」に、古代アッシリアの若い歴史家が「歴史とは何ぞや?」と問いかける場面がある。
先頃のバビロン王シャマシュ・シュム・ウキンの最期について色々な説がある。自ら火に投じたことだけは確かだが、最後の一月程の間、絶望の余り、言語に絶した淫蕩の生活を送ったというものもあれば、毎日ひたすら潔斎してシャマシュ神に祈り続けたというものもある。第一の妃唯一人と共に火に入ったという説もあれば、数百の婢妾を薪の火に投じてから自分も火に入ったという説もある。何しろ文字通り煙になったこととて、どれが正しいのか一向見当がつかない。近々、大王は其等の中の一つを選んで、自分にそれを記録するよう命じ給うであろう。これはほんの一例だが、歴史とは之でいいのであろうか。
〔……〕歴史とは、昔、在った事柄をいうのであろうか? それとも、粘土板の文字をいうのであろうか?
——中島敦「文字禍」 [231: 45-46] 〔原文の振り仮名、傍点、注番号を省略した〕
日本のコロナ対策を巡る言論では、何を正しい歴史とするかを決める絶対的な権力があるわけではない。にもかかわらず、当時の状況に関するいろいろな説のどれが妥当であるかが検証されることなく、特定の説——たとえば日本の保健所は共通の感染源をさかのぼり調査で探す「クラスター対策」をとってきた、など——が根拠なく流布し、いわば「正史」を形作ってきた。その点では、中島が描いた古代の世界と、それほど大きく変わってはいないのである。
この観点から見たときのコロナ問題の特徴は、専門家発の言説が政府の公的文書以外にも大量に残っていることだ。それは、専門家たちが、政府に対する助言者としての役割を越えて、一般向けのメッセージを出したことによる [牧原 202] [河合 112]。彼らはさらに、自らネット上での情報発信を展開した [古口 127] [堀口 76] ほか、各種メディアに出演し、また積極的に取材を受けた。このような「専門家会議の一部とマスメディアの合体」[筒井清忠 431: 80] を中心とした言説が、批判を経ずに真実であるかのように受け止められた面がある [近藤誠司 144: 91-92]。
もっとも、21世紀の日本におけるコロナ禍には、紀元前のアッシリアにおける文字禍とは異なるところがいろいろある。最大のちがいは、往時のアッシリアにおいて、記録が後世に遺るのはきわめて稀だっただろうということだ。上記の若い歴史家の言う「色々な説」も、おそらくは口伝えの噂であり、時間が経てば消えてしまうものだっただろう。上記の問いに対しては、老博士ナブ・アヘ・エリバがつぎのように答え、問答が進む。
歴史とは、昔在った事柄で、且つ粘土板に誌されたものである。この二つは同じことではないか。
書洩らしは? と歴史家が聞く。
書洩らし? 冗談ではない、書かれなかった事は、無かった事じゃ。芽の出ぬ種子は、結局初めから無かったのじゃわい。歴史とはな、この粘土板のことじゃ。
——中島敦「文字禍」[231: 46]
現代においては、こうはならない。いろんな組織や個人が書き残した記録がある以上は、「無かった事」にはできないのである。そうした記録の多くはインターネットで確認でき、それらを整理するこたつ研究だけでかなりのことがわかる。つまり正史に反論するための材料が大量にあり、簡単にアクセス可能である。大王の図書館に保管された粘土板上の記録以外ほとんど後世に伝わらなかった古代とは、ここが大きくちがう。
コロナ禍に関する言説では、事実に反する無根拠な言明や、多義的なキーワードを利用した詭弁によって政策が正当化されていた。事実に反することを事実だと強弁するとか、論理的に正当化しようのないことを正当化するために多義語を使って概念をすり替えるとかいう手法がまかり通ったのでは、公共的な議論の土台が根底から掘り崩されてしまう。いわば反則技を仕掛けられたのである。それは、単に政策が失敗したということとは次元が異なる。
問題は、それらの反則が咎められることなく通ってしまったところにある。専門家会議から出てくる言説がおかしいのは冷静に資料を検討すればわかることだったにもかかわらず、体系的な批判が展開されることはなかった。
この種の問題が再発するのを防ぐために、私たちは、科学の制度の外に、科学的知識 (として専門家たちが広げるもの) の品質管理の仕組みを持つべきである。 2章で紹介した森嶋通夫の論に依るならば、「常識が専門的知識よりも優位に立つ」[220: 166] 制度を作って、政治的意思決定過程をその制度下に置くべきということになる。現状ではそれはうまくいっていないのであるが、多少でも状況を改善していきたい。
専門家たちが一見もっともらしい「科学的知識」を繰り出してきたとき、一般市民が適切にそれに対抗するにはどうしたらいいだろうか? 本稿では、即時的な批判ではなく、数年(14) の時を経てから、過去を振り返って歴史を描くことを試みた。時計の針を戻すことはできないので、数年前のことをいまさら批判しても、当時の状況が改善するわけではない。それでも、政府と専門家がどのように知識を利用していたのかを事後的に分析しておくことは、森嶋のいう意味での「常識」を強化し、今後、テクノクラシーに対抗していく方法を準備することになる。
この役目は、もちろんプロの学者やジャーナリストが担ってもよい。実際、コロナ禍の記録を残していく上で、そうした人々の手になる文献は重要であった。飛行機や屋形船やスポーツジムでの感染を保健所がどのようにして突き止めたのか、またそこから広がった感染ネットワークはどのようなものだったのかといった具体的な経過は、地道な取材や調査に基づく記事や論文や書籍がなければ、よくわからないままだっただろう。本稿もそうした業績に支えられてできている。
だが、それらの記録を精査して専門家の言説を検証し、歴史を描いていく作業は、ずっと遅れていた。コロナの流行あるいはそれに対する対策について世間で共有されているイメージは、かならずしも事実に基づかない意見や憶測を書いた記事などの循環的な参照を繰り返して形成されたものであり、統計数値や当事者の経験のような一次情報から遠く隔たっている [藻谷浩介 222: 258] のだが、それが批判を受けないまま通用してしまっている。特に、「クラスター (対策)」や「3 (つの) 密」などのことばの問題に関しては、ほとんど手が付けられていなかったのである。
本稿で展開したような研究は、日本語の文章を読んで論理的に考えるとか、文書を比較してまちがいさがしをするとかいうことをその中核とする。読解力と論理的思考力があれば、誰でも参入できる。むしろそこで必要になるのは、専門外のことであっても好奇心を持って調べ、発言すべきことは発言する野次馬根性であろう。私自身、社会調査データの統計分析を中心的におこなってきた社会学者であって、行政文書の解読や政治的意思決定過程の分析などはこれといった訓練を受けておらず、医学・疫学等に至っては完全に専門外であった。だから本稿はそれ自体、私の野次馬根性の産物である。
もともと、政治的意思決定の過程について文書その他の記録を集めて分析するというのは、民主制の社会を維持するために一般市民が担うべき基本的な役割といえる。「科学」的な装いを纏っているからといって、素人の手に負えないと考える必要はない。足りない知識を補う工夫は必要になるが、それを乗り越える好奇心を持った野次馬が集結して、テクノクラシーに対抗する公共の仕組みを作っていくべきなのである。
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