「それじゃ、全員揃った事だし……」
「「「「「「かんぱ〜い!!!」」」」」」
ジョッキのぶつかる音が心地よく響いた。
花の金曜日、本日何度目かの乾杯コール。
付き合いでの飲み……と言うていでの合コンモドキ。
同棲している交際歴1.2年の恋人がいると言ったのだが、押し切られてここに居る。
人数合わせと言う事で無理やり連れて来られたが、これがまためちゃくちゃ楽しい。
彼女は今夜は知り合いと飲みに行くと言っていたし、今夜は気兼ねなく節度を持って飲みまくろう。
「それじゃ、後から来た人は軽く自己紹介してこ」
「はーい、じゃあ俺からーー」
ビールがうまい。
脂っこいものがうまい。
何より酒の場という事で皆んなのぶっちゃけた話が面白い。
俺を含めた最初に揃っていたメンバーは、良い感じに酔いが回っている。
来て良かった、俺は心からそう思った。
「なぁ、お前今アイドル事務所のプロデューサーだろ? どの子が一番可愛いと思うよ」
隣の席の、大学時代からの付き合いの男友達がそう聞いてきた。
誰が一番可愛いか?
そんなのは俺の恋人に決まっている。
……が、今聞かれているのはそういう事じゃないだろう。
この場にいる中で、プロデューサーである俺のお眼鏡にかなう子という事だろうが……
「この中で誰ならアイドルやれそうだ?」
「そうだな……」
ん、一人めちゃくちゃ可愛い子がいた。
俺の席の真正面で、ニコニコと此方を向いて微笑んでいる。
開始時点では居なかったから、途中参加の子だろう。
俺たちの会話を聞いていたからか、まるで少し期待するかのような視線だった。
「少し聞こえちゃったんですけど、芸能関連の方なんですか?」
「こいつ? まぁそんな感じ」
「君凄く可愛いな。絶対モデルとかアイドルとか出来るって」
「わぁい、嬉しいです♡」
お世辞とかではなく、本当に凄く可愛らしい子だった。
もしかしたら、既に芸能関係の職に就いていたのかもしれない。
長くさらりとした黒髪も、整った顔立ちも。
と言うか、俺の好みドストレートだった。
「あ、そう言えば自己紹介まだだったっけ。俺は〇〇、でもってこいつがP」
「〇〇さんにPさん……ふふ、覚えましたっ」
ぞくっ、っと。
名前を呼ばれた時、何か嫌な予感がした。
ここで止まれば良かった。
帰れば良かった。
聞くんじゃなかった。
余計な事なんて、言うんじゃなかった。
「……き、君の名前は?」
彼女は俺にだけ聞こえるくらいの声で。
この喧騒の中で、それでも『元から知っている』俺なら分かるくらいの声量で。
ぼそりと、呟いた。
「…………冬優子よ」
「……………………」
…………なんで……
なんで居るの…………
「あ、自己紹介が遅れちゃってごめんなさい。黛冬優子って言います、今日はよろしくお願いしますね?♡」
「冬優子ちゃんかぁ! ……あれ、どっかで聞いた事が……」
「ふゆちゃん、って呼んで下さい♡」
全員に向けて明るく微笑むふゆちゃん。
ひゅーひゅーと歓声が上がる。
「Pさん、でしたよね? 今夜はよろしくお願いします♡」
「あ、はい。よろしくお願いします」
酔いなんてとっくに覚めてる。
俺と、目の前の黒髪清楚超絶美人の間の空気も冷えてる。
これが夢ならそっちも早く覚めて欲しい。
あと足を踏まないで欲しい。
まさか、無理やり連れて来られた(ここ重要)合コンに。
同棲相手が来るなんて、夢にも合わなかった。
逃げられない。
足を踏まれて、逃げられない。
意図せず川柳(字余り)になってしまったが、それどころではなく本当に逃げ出したかった。
それか謝る機会を今設けて欲しい。
「Pさんともっとお話ししたいですぅ。お隣良いですか?♡」
「ぇ、あぁはい是非」
もう完全に逃げられなくなってしまった。
すっ、っと身体を寄せてくる冬優子と名乗った絶世の美人が、ニコニコと笑顔で睨み付けてくる。
いやまだだ、この子が同姓同名同外見なだけのただの別人な可能性が……あっダメだこれ冬優子の香りだ。
右手に着けた指輪、思いっきり俺がプレゼントしたやつだ。
「ひゅーひゅー! 早速カップル誕生か?!」
「お前同棲相手居るっつってたろ! 羨ましい野郎だなこのこの!」
外野がうるさい。
ふざけるな、今はそれどころじゃないんだよ。
これ以上状況を悪くしないでくれ、殺すぞ。
「……殺すわよ」ボソッ
ごめん。
いや本当に、謝らせて欲しい。
「……なぁ、冬優子」
「ふゆちゃん、って呼んで下さい♡」
これガチで切れてるやつだ……
「……本当に申し訳ないと思っ」
「お酒飲みますか? ふゆが注ぎますよ?」
『問答無用』という言葉が擬人化したら、きっと目の前の女の子みたいなデザインになるのだろう。
「……ありがとうございます」
「良い飲みっぷりですぅ〜♡ あらわもうグラスが空じゃないですかぁ。もっと飲みますか?」
「いやこのジョッキまだ満た」
「飲みますよね?」
『断ったら殺す』の擬人化だったかもしれない。
「是非」
店内での一気飲み、及び一気飲みの強要は控えて下さい。
俺はほら、自発的に飲んでるだけだから。
二回に分けたから。
ビールの味は分からなかった。
「……ふぅ……」
とは言え、流石にこの程度なら飲み慣れている。
酔うことはあっても、酔い潰れたり気持ち悪くなったりのラインはまだまだ先だ。
周りが良い感じに盛り上がっているうちに、こっそりと冬優子に話し掛ける。
「……なんで冬優子が居るんだ?」
「逆に聞くけど、なんであんた合コンなんかにいんの?」
俺は何も言えなくなった。
「冬優子ちゃん、だっけ? 君すっごく可愛いねぇ!」
「わぁ、ふゆ嬉しい♡ ふゆちゃんって呼んで下さいっ」
「ふゆちゃん、本当に悪いと思っ」
「あんたは口閉じてなさい」
呼びかける事も出来なくなった。
「お前めちゃくちゃふゆちゃんに気に入られてんじゃん! 羨ましいなこいつぅ!」
お前、それ以上喋るな。
頼むからこれ以上俺を追い詰めないで欲しい。
「ふゆちゃんこいつクズだぞぉ? 恋人いて同棲してんのに合コン来てんだから!」
お前が無理やり連れて来たんだが?
本当は来たくなかったって何度も強調しただろ。
「え〜、さーいてーい。でもふゆ、そういうワルい男の人好きかも♡」
可愛い笑顔なのに目が笑っていない。
福笑いか。
「Pさんって本当に恋人さんいるんですかぁ? もし実はいないとかだったらふゆ嬉しいなぁ♡」
まわりがヒューヒューまくし立てる。
俺もヒューヒュー過呼吸になりかける。
これはどう答えれば正解なんだ。
今更ではあるが最も誠実な対応をする事こそが正解か?
「………まぁ、居るんですよ……同棲相手」
「どんな恋人さんなんですか? 可愛いんですか?」
チャンスが巡ってきた。
ここで冬優子をベタ褒めすれば、あるいは。
「とびっきりの美人で」
「なのに合コンに来ちゃうんですね。ワルい人♡」
「……そ、そうだな……」
「でも、合コンに来てるのが恋人さんにバレたらぁ。捨てられちゃうんじゃないですかぁ?♡」
そろそろ場もあったまってるし、今なら土下座しても良い頃合いだろうか。
この店って店内土下座禁止?
かなり精神がきつい。
同棲相手から呼ばれたって事にして抜けるか、同棲相手目の前にいるけど。
冬優子がスマホを取り出し、一瞬こちらから目を逸らした。
ラインを打つフリをするなら今だ。
自分のスマホを開く。
冬優子『逃げんな』
見なかった事にしよう。
取り敢えず今は隣の女の子と楽しく飲もう。
うん、それが良さそうだ。
足が震えて立てそうにないし。
「Pさん♡」
「はい」
甘い声で、獲物を狙う目つきの美人が話しかけて来た。
何かを仕掛けてくるのは分かるが、今の俺に逃げ出す術はない。
「ふゆの事、可愛いって言ってくれてましたよね?♡」
「はい。言いました」
……この流れは不味い。
次に来る質問が、もう読めてしまった。
「今の恋人さんと、どっちが可愛いですか?♡」
……勘弁してくれ。
まじで、この生き地獄何時間続くんだ?
飲み放題付きコースだから……あと2時間だ。
「……いや、君も凄く可愛いけどここは男として恋人って答えるべきであって、つまりだな……」
「答えなさい」
「冬優子ちゃんが一番可愛いかな!!」
「最っ低♡」
思い切り足を踏まれた。
プラン変更。
このまま2時間弱この拷問を受けていては心がもたない。
なら……
「ふゆちゃんグラス空だな。ほら、もっと飲もうよ」
酔わせて潰そう。
「ふふっ。ふゆの事、お持ち帰りしちゃうつもりですか?♡」
この件は持ち帰らせて欲しい。
家で謝るから。
「……ふゆも、実は恋人がいるんです」
えー! と声が上がる。
え゛ー、と俺はえずきそうになる。
「でも最近、彼が冷たくってぇ……ふゆがいるのに勝手に合コンとか行っちゃって、寂しくって……誰か優しい人にお持ち帰りされたいなぁ、なーんて♡」
「クソ野郎だな! ふゆちゃんみたいな可愛い子を放っとくなんて!」
「そんな奴なんてさっさと別れちまえ!」
外野の言う通りだ!
なんて酷い彼氏なんだ!
そんなやつは懲らしめてやらないとな!
でも本当はふゆちゃんの事を愛してる筈だから少しは優しくしてあげても良いと思うぞ!!
それはそれとして、そろそろずっと踏まれている爪先の感覚が無くなってきた。
「うっぷ……」
吐きそうだった。
精神的にも、飲まされた……自発的に飲んだ酒の量的にも。
「大丈夫ですか? ふゆが介抱してあげます♡」
背中をさする手が優しい。
ありがとう、冬優子。
足を踏まないでくれるともっと嬉しいぞ。
「ん、もうそろそろ店から出るか」
この時ほど飲み放題の時間制限に喜んだ日はないだろう。
やっと終わる。
やっと解放される。
あとはみんなと別れた後に冬優子に謝り倒して……
「二件目行く人ー!」
「はぁいっ!ふゆ、もっと飲みたいなぁ♡」
……おい。
……あの……
「Pさんも行きますよね?」
「いや……俺は……」
ツイプラ:もうやめませんか?
賛同者は0だった。
「あんたも行くのよ」
腹と首、くくるなら腹だ。
「…………俺も行く! まだまだ飲み足りないな!!」
「恋人さんがいるのに、帰らないんですね♡」
だって今家には居ないからな。
来るんじゃなかった、俺は心の底からそう思った。
いやほんとおもろい