「酒を飲まないなら居酒屋へ行くな」が非酒飲みに通じない理由
※全文読めずに「すでに書いてあることを反論してくる人」があまりにも多いので、記事の最後に ChatGPT による要約を追加した。細部を読むことのできない人はそれで概要を把握し、読める人も補助線として使ってほしい。
「居酒屋論争」なるものが発生している。きっかけは以下のツイートだ。
一部のグルメ系の人たちにマジで物申したい。自分たちがやってる行為が結果的に店を苦しめてる、ということを自覚してほしい。中野で大好きな八九屋さんもこうなってしまった。あと他に取材した店からも何軒か俺に相談とクレームが来てる。本当にこの問題、思いっきりどこかでぶつけたい。本気で怒。 pic.twitter.com/fAywuHsKYo
— なおたか|酒場放浪記🍻 (@iam_naotaka) May 8, 2026
「時間あたりの客単価が極端に低い客がいると困る」ということで、それ単体なら居酒屋に限らずあらゆる飲食店でありそうなことだ。ツイート主が後に「酒の飲まないこと自体が悪いわけではない」と投稿しているように、酒飲みと非酒飲みを分けて何かを言うような発信ではないのだが、ここから連想ゲーム的に「酒を飲まないなら居酒屋へ行くな」という主張が一部の酒飲みの間で形成されていき、ツイッター内で一定以上の規模で広がっている。
今回の投稿で伝えたかったこと
— なおたか|酒場放浪記🍻 (@iam_naotaka) May 8, 2026
今回の投稿に対し、多くのご意見をいただきありがとうございます。
一部で「ソフトドリンクを頼む客が悪なのか」といった誤解や、解釈のバラバラな部分が見受けられましたので、改めて整理させてください。
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居酒屋を食事目的で利用していた非酒飲みからは当然大きな反発があり、酒飲み vs 非酒飲みの大規模な論争となった。非酒飲みの立場は(その後のバッシングを受けての反応はさておき、少なくともスタート地点においては)あまりバラけておらず、文明社会で生きているにもかかわらず、「避けてほしいことをなるべく先に明文化しよう」という努力を「明らかに常識的に求められるような範囲」ですらまったくしていないような店が後から文句を言う権利はないだろう、という極めてシンプルなものであるため、まずはそちらをまとめてみよう。
まず前提として、非酒飲みの大多数はおそらくこの論争まで居酒屋を通常の飲食店と並列して認識していた。数ある飲食店の中からひとつを選んで利用し、たまたまそこが酒も頼める店だった、というところだ。よくある反論の「"酒"という文字が入っていること」については、「酒 "も" 頼めるから居"酒"屋である」と捉えている(「〇〇珈琲」でココアを頼んだり、蕎麦屋で天丼だけ食べたり、化粧室で化粧をしなかったりするように)。非酒飲みが自分の意志で通常の飲食店ではなく居酒屋に行く場合、(最初に挙げた「インフルエンサーの紹介」というケースもあるが、ほとんどは)「食べログ・店頭・公式サイトでおいしそうな料理の写真を見かけたから」であり、居酒屋が見せる「飲食店」の側面を見て「飲食店」とだけ認識している。そもそも居酒屋に「居酒屋」と書いていることは少なく、文字でわざわざ「○○居酒屋」と書いてあるのはむしろチェーンやファミリー向けであることが多いような印象がある。試しにグーグルマップで「京都 居酒屋」で検索してみると、"酒" という文字が入っているのは1ページ目に表示される店の半数ほどであり、ごちゃごちゃと書かずに平仮名や漢字で4文字以内のシンプルな店名が多い。ほぼ体感と一致している。書いていなくても雰囲気である程度わかれ、という反論もあるかもしれないが、かなりグラデーションがあるので判断は難しいし、少なくとも「"酒" という文字が入っているから」という主張自体の正当性はさらに怪しくなる。入ってないんだから。
そのため、今回の論争で「なぜ酒が飲めないのに居酒屋に来るのだ」と初めて言われることとなり、ただただ「寝耳に水」となる。だって、単に「飲食店に来た」という意識しかないのだから。以下のツイートで言及しているように、「酒を頼んでもらわないと困る」だろうという発想自体がない。酒飲みにとっては自明でも、非酒飲みにとっては高難易度の水平思考ゲームだ。「飲食店に入って食事をしたら嫌がられた。なぜ?」「その店はドラッグを買ってもらわないと儲からない収益構造で、食事はドラッグを効率よく売るための商品だったから。」
知らない人からすると(知ってたうえでなおそう思う)一部の飲食店っぽい形をしたものが実は「歴史的なノリでたまたま規制されてない極めて有害なヤバいドラッグを大量に売る収益構造なので、その意図を無視してダミー商品の飯だけ食うと嫌がられる」店だと言われても悪い冗談としか思えないんじゃないか
— 複素 数太郎 (@Fukuso_Sutaro) May 11, 2026
付随する様々な悪影響はさておき、個人がドラッグでキマること自体は具体的な迷惑さえかけてこなければ個人の自由だと考える人は多いだろう(僕は友人が酒を飲もうが大麻を吸おうがとやかく言うことはない)し、おそらく治安維持のための必要悪でもあるが、それにしても堂々と「大量に売り捌く」のを目的にしているとは普通思わない。バーは明らかに悪役を担ってくれているから「そういうもの」だと思える。けれども、飲食店っぽいほうまでそうだとは思い至らない。メーカーが「スマドリ」と称して「飲む人も、飲まない人も、自分の体質や気分に合わせて、適切なドリンクをスマートに選べる時代へ」とソフトドリンクでの利用を推奨していることも、「酒を頼んでくれないと困る」に到達することを難しくしている。発言者によって発言の信頼性が変わるのは望ましくないが、よく知らない酒飲みとアサヒグループであれば後者を信じるというのはそう不自然な意思決定ではない。ここに対立があるのであれば、文句を言うべき対象は非酒飲みではなくまずは酒造メーカーだ。まずは酒飲み側で喧嘩してくれ、ということになるが、この事実は「酒を飲まないなら居酒屋へ行くな」と主張する酒飲みにとって不都合で致命的なウィークポイントであり、徹底的に無視されている。
というわけで、「なぜ来るのか」と言われても「腹が減ったから飲食店に来た、という行動の何がおかしいんだ?」と返すしかなくなっている。非酒飲みは、「普通に飲食店を利用していたら急に後出しで色々言われた」というかなりネガティブな体験からスタートしている。酒飲みは「後出しではなく、そこには元から酒飲みの文化と不文律があり、後から入ってきた非酒飲みが侵入してきたのだ」と主張するかもしれない(この妥当性も後で検討する)が、少なくとも非酒飲みにとって主観的にはそういう状況が成立してしまっている、というのは紛れもない事実なのだから、このこと自体に反論しても仕方がない。
「居酒屋」が通常の飲食店とは違う(酒飲み用の店である)と認識している非酒飲みでも、「通常の飲食店として利用せざるを得ない」事情がある。まず、居酒屋があまりに多い。非酒飲みが空腹を満たしたいと思った場合、自身の好みに合う店を見つけたいときの"検索汚染"があまりに酷く、酒飲みが店を探すよりも難易度が高くなっている。結果、諦めて「居酒屋っぽいけど、ここに行くしかないか」と判断することになる。時間帯やジャンルによっては想像を絶する厳しい旅になる。非酒飲みに来てほしくない居酒屋からすると迷惑な話かもしれないが、「通常の飲食店とは違うと認識している非酒飲み」でもまさか「非酒飲みには来てほしくない」とまで思われている[本当に?]なんて今回の論争で初めて知ったという人が大半のはずだ。なぜならば、「注文」自体はしっかりとしており、その時点で「金を落とす良い客」として振舞えていると心から信じているからだ。全然注文しないで何時間も居座る非酒飲みもいるかもしれないが、今回反論しているような人々はしっかりと「注文」している。繰り返すが、酒飲み側の事情とは独立して、非酒飲みにとって主観的にはそうなのだから、これを覆すには相当の説得材料がないと難しい。この論争がこじれているのは、この"説得材料"が(一部の酒飲みにとって自明であるにもかかわらず、不幸にもそれに反して)今のところ非酒飲みから「まったく信用に値しない」または「正当性がない」と判断されているからである、ということを後で説明する。
これに対する酒飲みの立場は、あまりまとまっていないように見える。共通しているのは「(当初の問題提起ツイートと同じく)単価の低い客は来るな」という主張だが、この「単価の低い客」として ①そもそも全然注文しない客(傾向として非酒飲みが多いため[本当に?])、②酒を飲まない客(ソフトドリンクはガブガブ飲めず、食事は利益率が低いため)の2パターンが言及される。これに加え、「金を落としているかに関わらず、非酒飲みは来るな」という極端な主張がついてくることもけっして少なくない。立場は人それぞれではあるが、再反論させられる非酒飲みは「まず酒飲み側で具体的に何を許せないと思っているのか喧嘩してまとめてから叩いてくれ」と、やはり思うことになる。
「どういう客の単価が低いか」というファクトの時点で(そもそも店によるとはいえ)まったくコンセンサスが取れていないように見える。酒飲みのツイートの中にも「むしろ利益は食事で確保しているって聞いたことがあるけど……」「ソフトドリンク数杯と食事を注文して長居しすぎないなら問題ない」「異常な量の酒を飲まないならお呼びではない(← なら多くの酒飲みは低単価の迷惑客なのでは?)」と様々あり、非酒飲みは結局どれなんだと困惑することになる。正解は「店による」でしかないのだが、「店による」を認めると「明文化される前に察しろ」系の主張がすべて無効化されてしまい、不文律への "粋" な配慮を求めたい過激派には不利となるため、そのことを徹底的に無視するような議論が横行している。
それまでの認識を覆すような主張を目にしたとき、人は「それは一般的か」「それは妥当か」「それは正当か」を検討することになる。今回の場合、非酒飲みは「酒を飲まないなら居酒屋へ行くな」という主張を検討するにあたり、まず「それは居酒屋側の一般的な感覚か」を考えなければならない。この時点で「酒飲み側のコンセンサスが取れていなさそう」「そもそも客側ばかり主張していての居酒屋側の発信は少数」というところから、「一部の変な人が勝手に言っているのではないか」と疑わざるを得ず、信用することができない。アルコールが「判断力を鈍らせるために摂取する」ものであることが、致命的に発言の信頼性を下げてしまう。「居酒屋の食事は高いのになぜ来るんだ」「居酒屋の安い食事で得をしようとしているフリーライダーだ」という明らかに矛盾する言葉を同時に目にすると、真面目に話を聞く気もなくなってくる。そもそも「明日訪れる居酒屋の店主でもないただの酒飲みの主張を聞き入れろ」と言うのであれば、相当に筋の通った主張を期待することになるが、一向にそんな強度のものが出てこない。「今回の論争で来るなと言われているのに、なぜまだ来たがっているんだ」とさらに非酒飲みを叩いている酒飲みも少なくないが、単に「インターネットで一部の変な人が勝手に言っているだけで、そんなノイズは明日の食事に制限をかける理由にはなり得ない」と判断されているからだ。
一方で、「少数派だから無視していい」わけでもない。少数民族が迫害されるとき、迫害者への抗議は必然的に「少数派の声」となるが、少数であることを理由にこれを無視していいわけがない。主張は、あくまでもその妥当性と正当性で判断されるべきだ。
今回の場合、「酒を飲まないなら居酒屋へ行くな」という主張の妥当性は、「客にはその判断をする責任がある」という部分に帰着させるべきではないだろうか。酒飲みの主張では、「非酒飲みがこちら側(居酒屋)へ "入ってきた" のに、その内部のルールに従わない」という状況が発生している。「店による」時点でその「こちら側」とやらが整合的に構成不可能である、ということには目を瞑り、ゆるやかな「酒飲み文化」を仮定しよう。居酒屋は物理的には道行く万人に(地域に根差した店であれば未成年にさえも)解放されており、レビューサイトに普通の飲食店と並列で登録されており、普通の食事を提供している。つまり、飲食店市場に "入ってきて" いる。実際に発生しているのは、食事をする客と店がすでに存在する「飲食店市場」という空間に、居酒屋側が「営業」をすることで入ってきている、という状況だ。元からあった居酒屋に飲食店市場が侵入した(取り込んだ)わけでも、「入ってこい」と誘ったわけでもない。自らの意志で、居酒屋が「飲食店」というやり方を選んでいる。飲食店を検索したときに表示されるリストの中に入り込んできている。これで「そちら側が入ってきた」と主張するのはかなり無理筋ではないだろうか。「郷に入っては郷に従え」と言うのであれば、その言葉をそっくりそのまま返されてしまうだけだ。
「郷に入っては郷に従え」なんて言葉は、賢明な人は「"郷"の範囲を作為的に設定できる」と0秒で気づけるのだから、決して使わない。実際、「集団A, B, Cがあって A ⊂ B ⊂ C という包含関係になっていたときにBにおける秩序を守ってAやCにおける秩序を破る」ようなことにしか使われていない。食人を拒否するA家は食人を文化とするB村という共同体に組み込まれているが、そのB村は食人を禁止するC国に組み込まれており、C国のあるD星全体でも圧倒的多数が食人を禁止している。このときB村における秩序だけを保護するには相応の理由が必要だが、「郷に入っては郷に従え」という呪文を唱えることでそれがスキップできると思っている浅はかな人が多すぎる。
結局、「不文律」で解決することに妥当性を求めるのはかなり難しい。発端のツイートのように、どうしたいか・どうしてほしいかを店側があらかじめ明文化するほかない。「明文化しても文句を言われている」と捉えている酒飲みもいるようだが、それは「酒飲みが減っていく21世紀における戦略として筋が悪いと指摘している」「明文化する前の客を悪人に仕立て上げているような店を批判している」だけで、「通常の飲食店市場のルールから外れたローカルルール・ローカルマナーは徹底的に明文化する」のが理想であり「それをしている店は素晴らしい」ということに異論のある非酒飲みはほぼいないだろう。
それでもなお、「店の自由だからそれでいいけど、正当性でいうと……」と引っかかる人も多いはずだ。人間のすべての言動にいちいち大義なんてなくてもいいのだが、「酒飲みコミュニティの美味い飯だけをかすめ取っていくフリーライダーだ」のようなことを言い始めるとかなり違和感が強い。今回の議論の争点は(ごく一部の「それとは関係なく非酒飲みがいること自体が気に食わない」過激派を除けば)「金」に帰着されるのだが、そもそもアルコールは莫大な社会的損失を発生させている。ドラッグの有害性に関する研究(例:イギリス、欧州全体、カナダ)では、使用者本人と他人を含めた総合的な害はヘロインなどの違法薬物を抑えてアルコールが堂々のトップに君臨している(これを引用したレポートが邦訳されている)。日本における社会的損失は2011年時点で年間4兆円と試算され、これはアルコールの市場規模より大きい。「犯罪」という、金額だけで語れないような深刻な害も誘発する。「合法だからドラッグではない」というのはまったく科学的な態度ではない。法律なんて人間の匙加減で、立法者が常に賢い専門家であるわけでもなく、現に今禁止されている違法薬物たちにも「合法」な時期はあったがそのリスクが「違法」かどうかで変わるなどという不思議なことは起こっていない。
このこと自体はもう仕方がない。飲酒は(絶滅に向かっているとはいえ)文化として定着してしまっているし、個人の自由に干渉するのも避けたい。ドラッグには「必要悪」という側面もあるだろう。流通が管理されているだけ、暴力団や反グレのシノギになるよりはずっといい。ただ、ドラッグを売って利益を得るのはこのような社会的損失を引き換えにした商売なわけで、非酒飲みが居酒屋を利用するよりもよっぽど明確に「社会へのフリーライド」と言えるのではないか? より正確に言うならば、酒の販売は「負の外部性」を引き起こす。その損失を、負担割合の大きい側が(自覚的あるいは無自覚的に)「食事の選択肢を増やす」ことでほんのちょっぴりだけ誤差程度のささやかな補填をする、それだけのことにここまで嚙みつくというのは、かなり異常性を感じるし、恐怖すら覚える。そこを「お互い様」と考えられないのは、まったく "粋" とは言い難い。
以上より、現状は非酒飲みが「酒を飲まないなら居酒屋へ行くな」という主張を慎重に検討するとどうしても「一部の変な人が勝手に言ってるだけの」「妥当性がなく」「正当性もない」ものだと判断せざるを得なくなっている。もちろん、そうしてほしくない居酒屋が「うちはこうしてほしい」と普通に(余計な敵意なく)明文化してくれるなら、多くの人はそれを(悪手だなと思うことはあっても)受け入れるだろう。これを超えて「自分から不文律を知りに行って空気を読め」と言うには、説得材料が揃っているとは到底言い難い状況である、というだけだ。
というのが「事実」の部分の話だが、非酒飲みによる反発がなぜここまで大きいのかについてもう少しディテールを詰めてみるため、おまけで「感情」の部分の話もちょっぴりだけしておこう。これは僕自身の個人的な感覚に依るところが大きいのだが、おそらく非酒飲みの平均的な感覚からそう大きく離れてはいないだろうという自信はある。引き出され方は違っても、同じようなトリガーによって同等以上のなんらかの負の感情が発生していることだろう。
大多数の酒飲みは該当せず、今回極端な主張をしているごく一部の人々に限られる特徴ではあるが、"粋" という言葉に象徴されるような表現しようのない「不気味さ」が、非酒飲みからの心証を取り返しのつかないくらい悪くしている。それは「大学に行っていればきっと(それ自体は悪くないが、愛好家には最大級の警戒をする必要のある)バタイユや谷崎潤一郎を崇拝していたのだろう」という危険信号であり、「人間関係をなんでも戦国武将や三国志の登場人物で喩えていそう」という嫌悪感であり、「"タバコ休憩中の社内政治"という概念がめちゃくちゃ好きそう」という偏見である。「粋じゃない」「粋だねぇ」という一言だけで、あらゆる理屈をぶっ飛ばして背筋を通り抜けるあのひんやりとした不快感は、これは別世界の、言葉の通じない、違う生き物だ、という差別的な直感を引き出す。
あまりよろしくない感情とは思っているが、「居酒屋論争」がここまで過熱した理由の半分以上はこれではないだろうか。もし非酒飲みから「そんな嫌悪感などない」という意見が多ければ考えを改めるが、さすがに「今回の論争でなんらかの主張を積極的にしている人々」の傾向が酒飲みと非酒飲みであまりにも違いすぎていて、印象の時点ですでに相容れないのは確実だろう。偏見だけでなく、実際の振る舞いも「非常識な絡み方をしてくるのに"常識"という言葉を好む」「視野が狭いのにやたらと社会経験がどうとか言ってくる」(収入が優秀さを表すわけではまったくないのであまり大きな声で言いたくないが、こういうことはさすがに僕より稼いでから言ってほしい)などと、「気持ち悪いほうの"大人"」の類型が見えてくる。彼らは自分たちの意に沿わない、狭い世界のローカルルールが通じなかった一般社会の人々を「ガキ」と称し、自分たちを「大人」と称する。反論できなくなると、エコーチェンバーの中で煮詰めた架空の"常識"を武器にする無敵ぶりだ。非酒飲みは、今回の論争よりもずっと前からそういう不気味な人々の存在に苦しんできた。そのフラストレーションがこのタイミングで爆発しているのだろう。
[記事公開後4時間経過時点での追記]
このnote記事はあらかじめ「すでに場に出ている反論にはすべて先回りする」かたちで書かれている。そのため、まともに反論することはかなり難しいだろうと予想していたが、現時点での記事への反応を見る限り、やはりその狙いは成功しているようだ。記事投稿時のツイートに対するネガティブな引用ツイートは現在ふたつある。
つらつらと自分の主張に都合よくまとめたノート。こりゃひでぇ(笑) https://t.co/9S0l5VStSG
— なまはげ〠👺͚ (@NamaHageJpn) May 15, 2026
「酒がドラッグである以上たくさん飲むのは非道徳的」とかいう「健康ファシズム」を基にした議論。これだから「非酒飲みは」という感じではある。 https://t.co/A69SUzN6lO
— トアニ(年金は景気に悪い)(避難所) (@mimi2345_1) May 15, 2026
ひとつめは「記事の内容は偏っている」と言いたいようだが、アカウント画面に飛んでも具体的な指摘は見当たらない。内容に誤りがあるなら教えてもらえるとたいへん助かるので、楽しみにしていたのだが。記事を読んで何か言ってやりたくなったが、反論があらかじめすべて潰されていたために何も言うことがなかった、といったところだろう。
ふたつめはこの記事が「酒をたくさん飲むのは道徳に反する」と主張していると読むツイートだが、そんなことはどこにも書いていない。ドラッグを「流通させること」による社会的損失と販売者によるそれへのフリーライド、そこから導かれる論理的帰結には言及しているが、「ドラッグをキメること」自体の道徳的な善し悪しに言及している箇所はない。念のため自分でも何度か読み直したが、まったく見つからなかった。むしろ、「大麻にもとやかく言うことはない」とはっきり書いているくらいだ。彼は何を読んでいるのだろう。
このように、「酒を飲まないなら居酒屋へ行くな」という立場の人は現状まだ「反論にならない文章で何か言ってやった気になる」「書いていないことを読み取って批判する」ことしかできていない。我こそは、具体的に筋の通った反論ができるぞ、と自信のある人は、チャレンジしてみてほしい。僕の予想では、(「酒を飲まないなら居酒屋へ行くな」と言い切るために必須である)「それは一般的か」「それは妥当か」「それは正当か」のすべてを同時にクリアできるような議論は存在しない。もしそんなものがあるのなら、ぜひ教えてほしい。
この記事は、「酒を飲まないなら居酒屋へ行くな」という主張を、一般性・妥当性・正当性の観点から検討している。
筆者はまず、発端は「時間あたりの客単価が極端に低い客」の問題だったのに、そこから連想ゲーム的に「酒を飲まない客」一般への批判へ拡張されたと整理する。つまり、問題は「単価」「注文量」「滞在時間」「非飲酒」のどれなのか、酒飲み側でもコンセンサスが取れていない。
また、非酒飲みにとって居酒屋は、通常の飲食店と並列に認識される。料理写真・レビュー・店頭表示を見て「腹が減ったから飲食店に来た」のであり、客に提示されている情報だけでは、「酒を頼まないと成立しない収益構造」や「酒飲み向けのローカルルール」を事前に把握しにくい。したがって、不文律をあとから持ち出されると「寝耳に水」に見えるだけでなく、実際に情報設計上、後出しの規範として機能してしまう。
筆者はさらに、「居酒屋側の文化に非酒飲みが入ってきた」という見方も疑う。居酒屋はレビューサイトや検索結果に載り、普通の食事を提供し、飲食店市場に自ら入ってきている。したがって「郷に入っては郷に従え」と言うなら、むしろ飲食店市場の側のルールに従い、ローカルルールは明文化するべきだ、という反転がなされる。
フリーライダー論についても、筆者は正当性を問題にする。非酒飲みが「酒飲みコミュニティの美味い飯だけをかすめ取る」存在だという批判に対し、筆者はむしろ、アルコール販売者こそが、アルコール消費によって生じる医療・治安・依存症などの社会的損失を社会全体に負わせながら、その販売益を得ている側ではないか、と反転させる。つまり、居酒屋の場を酒飲みが支えているという構図だけでは不十分で、酒類販売そのものが社会的コストへのフリーライドを含む、という指摘である。
そのため、非酒飲みによる食事利用は、酒飲みの利益にただ乗りしているというより、むしろ酒類販売が生む外部化された損失を、食事の選択肢を増やすという形でわずかに埋め合わせている面すらある。筆者は、それを「お互い様」と見られず、非酒飲みだけをフリーライダー扱いする態度のほうに、正当性の欠如を見ている。


「酒を飲まないなら居酒屋へ行くな」は、 ・一般的コンセンサスがなく、 ・妥当性も弱く、 ・正当化も難しい ローカルルールを求めるなら、明文化すべき
すごいよく纏まってて途中までは感心して読んでたのだが最後三割くらいが余計すぎて信頼性を下げていて勿体ないなあと感じました マル(最後の段落の酒飲みへの偏見は非酒飲みから見ても引くし、「酒をたくさん飲むのは道徳に反する」と"直接言及だけは避けながら強く仄めかす"書き方も引く)
「酒を飲む」ことに対する道徳的な判断が透けて見えると言うなら致命的に文章を読むことに向いてないですね。(道徳的な善し悪しはさておき)酒は科学的にはハードドラッグである、それによって実際に社会的な損失が発生している、「酒を飲む」人間の一部にしょうもないやつらがいる、という三点が酒に…
この人は、居酒屋と「それ以外の料理屋」が区別がつかないの? 居酒屋では、料理しか頼まない客は、「けち臭い迷惑な標準から外れた存在」なんですよ。それを知ってるか、知らないかはどうでもいいですよ。 で、自分が「けち臭い迷惑な標準から外れた存在」であることに気づいたなら、今後は気を…
仲間内でだけ通じていたローカルルールが社会で通じなかったら知らない側を攻撃するような人間がどの面下げて他人を「ガキ」なんて言えるんでしょうね。あなたのような酒飲みを今回の論争でけっこう見ましたが、「恥ずかしいという気持ちはないのかなあ」と本当に不思議です。
地方都市に住んでいるので、繁忙期以外で席が埋まっている居酒屋なんてほとんどない。 そういう店でも非飲酒客は迷惑になるんだろうか? 居酒屋ていう主語の曖昧さもあるよね