【東大仮面浪人合格体験記】仮面浪人はするな。それでもしたければこれを見てほしい
はじめに
こんばんは、東京大学司法試験予備試験研究所です。今回は、仮面浪人経験者による東京大学の合格体験記を紹介します。
体験談のほか、仮面浪人をしたほうがいいのかどうか、仮面浪人が向いている人はどのような人なのかについての見解も載せています。
また、付録では仮面浪人時代の大学生活の詳細や、模試の結果など、本文には書ききれなかったことについても詳細に説明しております。
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プロフィール
現在、東京大学法学部4年。首都圏の私立高校(偏差値70前後)
現役時はA判定も取っていたが、文科二類を受験し2点差で不合格。その後W大学に入学するも、東大合格を諦めきれずに5月に仮面浪人を決意。大学生活との両立に四苦八苦しながらも、淡々と勉強を続け、文科一類に余裕を持って合格。
体験記
みなさんは「仮面浪人」という言葉をご存知だろうか。
X等のSNSのおかげか、最近はその存在が広く認知されているようだが、改めてその定義を述べておくと、「大学に在籍しながら受験勉強をし、大学合格を目指す人」のことをいう。
私はかつて、その「仮面浪人」であったのである。
私は3年前、東大合格を目指す普通の高校生であった。東大模試の判定はAかB、共通テストも東大受験者の中でも上位、普通にやれば受かるだろう、と高を括っていた。そして迎えた本番当日、私はなぜか「攻めた」答案を書こうと思い立ってしまった。どうせ受かるのなら攻めてみよう、そうした好奇心があったのかもしれない。そして試験が終わり、合格発表までの間に再現答案を書くことになった。そこでようやく気づくのである。「あれ、これ普通にまずくないか?」、と。気づいた時にはもう遅かった。合格発表当日、私の番号は合格者の番号一覧になかった。落ちたのである。その日の午後はずっと涙が出ていたことを、今でもよく覚えている。私は、受験勉強をもう一年続ける気にはなれなかった。幸いにも、共通テストの点数が良く、私立のW大学SK学部K学科には合格をもらえていたので、進学することにした。ここから4年間W大学に通うのだ、とその時は信じてやまなかった。
そしてW大学の入学式を迎える。私は地元の友人と共に出席した。そこでは、W大学の応援歌に合わせて腕を振らされた。その時に、「私はこんなところで一体何をしているのだろう。」と思ってしまった。とはいえ、入学してすぐであったため、W大学を楽しむ努力をしよう、と切り替えた。サークルの説明会に出てみた。いまいちしっくりこない。経済学の講義を真面目に聞いてみた。恐ろしくつまらない。一般教養の授業は面白いのだが、専攻の経済学の授業が私にとっては本当に面白くなかったのである。これから4年間ずっと学んでいく予定の学問がこんなにつまらなくては、大学生活を正気で送れる気がしない。私はまず、転学部できないか調べることにした。そこで驚いた。なんと平均GPAが3.7(最大が4.0)も必要だったのである。流石にこれは厳しい。それならどうすればよいのか。私は考えに考え抜いて結論を出した。再受験しよう、と。そちらの方が転学部より確実だろう、と。それは入学から約一ヶ月経ったGWのことであった。私は決意してすぐ、親にそのことを伝えた。私はその時まで知らなかったのだが、なんと私の祖父も仮面浪人を経験しており、見事成功させていたというのである。そんなこともあって、すんなりと決断を受け入れてもらえた。そこから私は受験勉強を開始した。
仮面浪人の利点(諸説あり、最後に述べる)は仮に受験に失敗してもその大学の2年生として大学生活を送れることにある。そこで、私は月に一度活動しているプロスポーツ観戦サークルに入って最低限のコミュニティを確保しつつ、受験勉強に集中することにした(なお、アルバイトはしていなかった。親に感謝である)。そこから、仮面浪人としての日々が始まった。単位を落とさないように大学の授業の復習を毎回行い、その日の分の復習が終わってから受験勉強に取り組んでいた。幸いなことに、当時はまだ新型コロナウイルスの影響が大学に残っており、大学の授業の半分くらいがオンラインで開講されていた。そのため、授業を3倍速で聴くなど工夫し、なるべく大学の授業に費やす時間を少なくするよう努めていた。記録がないため正確なことは言えないが、だいたい平日は3時間、休日は6時間くらいは受験勉強をしていたのではないだろうか。勉強は概ね大学の図書館で堂々としていたが、誰にも何も言われなかった(当たり前かもしれないが)。予備校については、R海セミナーの東大プロジェクトという、年3000円で添削を無制限にしてくれるというサービスを利用していたが、それ以外は利用せず、市販の参考書や現役時代に使っていたT進の教材を用いて勉強していた。なお、仮面浪人していることが同じ授業を受けていた友人にバレてしまったこともあった。授業の開始前に数学の参考書を開いているところを普通に見られてしまったのである(英単語帳ならごまかせるが、数学は厳しい)。また、ペアで発表をする授業があったのだが、その練習予定を立てる際に、駿台の東大模試であるという詳細を伏せたにもかかわらず、「土日に試験がある」と言っただけで察されてしまい、仮面浪人がバレてしまった。ただ、その人たちは仮面浪人を応援してくれた。意外と仮面浪人をしていても敵意を向けられることはないのだな、とその経験から学ぶことができた。
仮面浪人は世間から辛いと思われていると思うし、実際そのような人が多いと思う。ただ、私はとても楽しかった。なぜなら勉強をするたびに学力が上がっているのを感じていたし、なによりも東大模試でそれまでとったこともないようないい成績を取ることができていたからである(現役時で仮面浪人時の詳しい成績については付録を参照)。実は私は高校3年生の時、秋までほとんど勉強をしていなかったので、伸び代が残されていたのだろう。もし成績が伸びていなかったらもっと不安に駆られて、メンタルが不安定になっていたに違いないと思う。その好成績をTwitter(現X)に載せ、いいねをたくさんもらい、承認欲求を満たしていた。それだけではなく、Twitterでは、予備校で浪人していた人や優秀な現役生と交流し、モチベーションを高めていた。一方で大学の授業も前期は22単位(オンデマンド含め16コマ)を取り切り、GPAも3.3だった(後期は意図的に減らして5コマのみ)。しかも統計の授業をとることにより、共通テストの「確率統計」の対策をすることもできた。春学期は英語の授業もあったので、英語力が落ちることもなかった。大学の勉強と受験勉強の比率はだいたい1:5くらいだっただろうか。我ながら模範的仮面浪人生と言えるような生活を送っていたと思う(W大学で受けた他の授業については付録を参照)。年明けには、大学の試験と共通テストが被るという、仮面浪人にとって一番と言っていいほどの試練が襲いかかったが、前述のとおり戦略的に単位数を減らしていたので、共通テストでも目標の点数を取ることができた。そして、二次試験本番を迎えるのである。
二次試験本番、私はまたも慢心していた。普通にやれば受かるだろう、と。だが、その年の慢心は前年とは違った。あまり勉強をしていなかった前年の慢心は虚勢を張っていた部分も大きかったが、その年は圧倒的な成績という裏付けのある、「確かな慢心」であったのだ。しかし、数学で事件が起きる。2020年代の文系数学は難化傾向にあったにも関わらず、なぜかその年は異常に簡単だったのである。私はその数学が、解けなかったのである。1完3半。この数字だけ見れば善戦しているように思えるかもしれないが、その年は4完する人が何十人も出てもおかしくないくらい簡単だったのだ。私は1日目の試験が終わった後、ホテルで絶望し、シャワーを浴びながら涙を流していた。なんとか切り替えて受けた2日目の科目も手応えが悪く、帰宅して絶望に打ちひしがれていた。不合格が濃厚となったその時に気がついたのだ。仮面浪人なんて何の保険にもならないことを。最低限作ろうとしたコミュニティも、実際は最低限すら築けていなかった。実は後期に必修を落としており、W大学2年生となったとしても、マイナスからのスタートである。まっさらな状態で1年生からやり直した方が何倍もマシだったのだ。合格発表までの日々は、W大学の春学期の履修を考え、なるべく東大のことについて考えないように努めた。自己採点をする気も起きなかった。その期間の記憶はあまりない。あまりにも悪い記憶であるから、脳が消しとばしているのだろう。
そして迎えた合格発表当日。私は10時くらいに目覚めてしまった。合格発表まで2時間もあった。親は、私が絶望していたことを察していたので、11時くらいに気を遣って外に買い物に出掛けていった。私は合格発表を自室で1人で見ることにした。そして12時。なんと合格者の番号一覧に自分の番号があった。すぐには信じられなかった。合格発表システムにも自分の受験番号を入力して確認した。赤い「合格」という文字がすぐに出てきた。確かに合格していたのである。その後は家族、Twitter、高校、友人等に報告し、その日のうちに自転車を漕いで、コンビニまで入学金を振り込みに行った。その時の青い、透き通った空は今でも忘れられない。
東大に合格したということは、W大学を退学しなければならない。ということで私は退学手続きを進めた。学部の窓口に行き、退学願を記入した。退学理由は「他大学進学のため」とした。他にも同じことをしている人が多いからか、あっさり受理され、教授会での承認をもって正式に退学となる旨を伝えられた。こんなに簡単に大学って退学できるんだ、となんだか拍子抜けした気持ちになったが、なにはともあれ目的を達成したのだ。その日は嬉しくて通い納めとなるキャンパスを歩き回った。受験勉強をしている時はあんなに抜け出したかったはずのキャンパスが、不思議なもので何だか名残惜しく感じられた。
仮面浪人はするべきか
以上が、私の仮面浪人体験記である。
ここで、(主に大学入学前に)仮面浪人を検討している人に対して伝えたいことがある。それは、仮面浪人はするなということである。二浪目になってくるとまた違うのかもしれないが、少なくとも一浪目でするべきではない。
まず、世間では一浪なんて大したことではないということを言っておきたい。仮面浪人をする動機の一つとして、大学生としての身分が欲しい、というものがあるが、別に浪人生はそこまで社会的立場が弱いわけではない。結局受験勉強をしなければならないのは同じなのだし、それならば受験勉強に使える時間が多い方がいいに決まっている。受験に失敗しても2年生から大学生活をリスタートできる、というのもあるが、実際のところ受験勉強と大学の授業、サークル等の両立は難しく、最悪の場合、落単だらけでコミュニティなしのぼっち大学2年生が誕生してしまうおそれがある。それならば、受験に失敗してもピカピカの1年生から始められる純浪(予備校浪人や宅浪)の方がよっぽどマシである。
加えて、現役の時に合格できた滑り止め校に、純浪してもう一度合格できるか不安という人もいるかもしれないが、普通に勉強していれば現役の時に合格できた滑り止めの大学に落ちてしまうことはありえない。基本的に勉強すれば学力は伸びるし、最低限維持はできるはずなのだから、その心配は無用である。1年間勉強せずに滑り止め校に落ちてしまうようであれば、それはそもそも浪人自体が向いていないので、仮面浪人云々の問題ではないだろう。
1年間それなりに勉強できる人であれば、間違いなく純浪のほうがよい。特に予備校浪人ならば周りに仲間もたくさんいるし、孤独を感じることは少ないだろう。
一方で仮面浪人は、孤独である。周りの人たちは大学生活を楽しんでいるのに、自分だけ受験勉強をするというのはなかなかにハードである。私はTwitter等のSNSで孤独を解消していたが、それも限界があった。交流していた人はほとんど遠くに住んでいたため、実際に初めて会ったのは二次試験1日目の休憩時間だった。予備校浪人だと、毎日対面で会うことができ、刺激を受けつつも、交流できる。こんなにも幸せなことはないと思う。学費面でも、私立文系と大手予備校(講習込み)の1年分の学費はだいたい同じくらいであり(私立理系に関しては予備校代の方が安い)、受験勉強をするのであれば予備校に通った方がよい。
以上が、私が仮面浪人を勧めない理由である。しかし、もし大学にすでに入ってしまって、再挑戦をしたいのなら仮面浪人をするか、退学して純浪するしかない。そして、もし仮面浪人をすることを決めたのなら、がんばってほしい。誘惑に惑わされる時も、孤独に苦しめられることもあるだろう。そんな時でも、淡々と勉強をし続けられれば、あなたはきっと合格できる。そう信じて突き進んでほしい。仮面浪人の先輩として、あなたの合格を心から願っている。
付録
大学生活と受験勉強の両立について
結論から言えば、大学生活と受験勉強を両立するのは難しいと思う。どちらに重点をおくかにもよるが、例えば大学生活に重点を置いた場合、サークル活動等により受験勉強の時間は取れなくなる。逆に受験勉強に重点を置いた場合、サークル活動等の時間は受験の妨げとしか思えなくなる。
おすすめとしては、仮面浪人中は受験勉強に重点を置き、サークルを気分転換だと思ってほどほどに参加(週一以下)することである。
また、大学の授業についてだが、復習をその当日か1日後にした上で、次の授業の直前に復習したものを見返すのが良いと思う。個人的な経験からだが、これをやるだけで内容の定着度が違う。定期試験前に焦って全範囲を勉強するより、コツコツとやっておいた方が受験勉強のペースも乱されないので、おすすめである。
W大学での印象的な授業について
まず、必修の第二外国語として取ったスペイン語は面白かった。日本人の先生とスペイン語圏の先生でそれぞれ週に一コマずつあったのだが、日本人の先生の授業が特に面白かった。教え方が上手いのはもちろん、先生自身の体験談が面白かった。なにやらホンジュラスの大統領に近いところで働いていたらしく、その時の貴重な話をしてくれた(ちなみにホンジュラスの治安は世界の中でも最悪レベルである)。このように、楽しく授業を受けられたため、特に苦しむこともなくW大学では良い成績を取ることができた。東大でもスペイン語を選択したので、その貯金で楽に1年間分の単位を取れるだろうと甘く見ていたのだが、驚いたことに東大ではW大学で1年かけて終わらせた範囲を半年で終わらせ、残り半年は新しい分野に突入した。そのため、成績を取るのに存外に苦労することとなった。
他には、W大学でしか開講されていないと思われるアイスランド語の授業が面白かった。アイスランド政府後援の授業であり、アイスランドの文化も含めて知ることができたので、とても有意義であったと思う。せっかくなら、その大学でしか取れないような授業を取ってみるのも面白いと思う。
それと、面白かった授業というわけではないのだが、論文の書き方を勉強する授業でちょっとした事件があった。入学してすぐの頃、担当の教授が画面をスクリーンに映していたのだが、メールフォルダに「五月祭 参加証」といった内容のメールがあったのだ(当時はコロナの影響で五月祭の入場は事前抽選式だった)。おそらく、プライベートで行く予定だったのだろう。そこで、私の東大への想いが再燃した(ような気がする)。
得点開示と仮面浪人
東大は入試の約1ヶ月後に得点開示を行なっている。実は、私は現役の時に文科一類ではなく文科二類を受験していた。私は文科二類に約2点足りず落ちたのだが、その年は文科二類の方が合格点が高く、文科一類なら受かっていた点数だった(採点基準の差について色々噂はあるが)。厳しい現実になるが、正直、仮面浪人でうまくいっている人は現役時に僅差落ちであった人が多く、大差落ちの人は仮面浪人をしてもなかなかうまくいかないようである。もちろん、大差落ちだから諦めろなどというつもりは毛頭ないが、仮面浪人を始めるか決めるにあたって得点開示は大いに参考にすべきであると思う(ちなみに仮面浪人時は+40点くらいで合格することができた)。
模試について
受ける模試は東大模試のみ、それも河合駿台のもののみでいいと思う。ただでさえ仮面浪人は時間がないのだから、むやみやたらに模試を受けても仕方ない。私は大学の英語の試験と秋の河合塾の東大模試が被り、模試の受験を断念した。
河合駿台の東大模試では現役の時、秋の駿台東大実戦模試のみBで、その他はAだった(東進の東大模試も受けていたが、相性が悪かったのか判定が厳しかったのか、同日以外Aは出なかった)。全てA判定のボーダーラインかそれより少し上くらいで、突出した成績はとれなかった。
仮面浪人時は以下に示すが、驚くほどいい成績が取れた(上には上がいるが)。
夏の河合塾の東大オープンについては身バレ防止のために掲載を控えるが、偏差値70越えでA判定だった(秋については上記の通り未受験)。



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