「ただ平穏に暮らしたい」がもはや、1番贅沢で叶わぬ願いなのかもしれない
多くは望まない。ただ、平穏に暮らしたい。
これが切実な願いである。
しかしこの「平穏に暮らす」という願いこそが一番、贅沢で叶わぬ願いなのではと感じるようになってきた。
資本主義のこの世の中、常に成長を求められ、その場に留まる事は後退を意味するらしい。
それにしたって先行きの見えないこの世の中、金だ、キャリアだ、と将来の不安というものがどうしたって付き纏う。
将来が描けない。将来が見通せない。
何が正解かも分からぬまま、一生懸命稼ぎ続けるしかない。
インフレも物価高も止まらないし、ちょっとの稼ぎではもうとても足りない。
そうなるともう平穏には程遠い。
多くは望まないと言いながら、その平穏を手に入れるにはあまりにも多くのものが必要だ。
そしてさらに厄介なのが、人生には時に思わぬ方向から災難が飛んでくる事がある、ということ。
極端な話、一瞬で全てを失う時もある。
これはいくら金持ちだろうと、完全には回避できない。
こうなるともう平穏というのは不可能なものなのだ。
平穏こそが一番贅沢で、叶わぬ願いなのだ。
心を騙し騙し生きていくしかない。
ささやかなものに感謝しましょうとか、困難を楽しもうとか、勉強になったと考えるとか。
それができたら苦労しないんだが。


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